第17話 クリムゾンビースト

 淡々と話すメアリさんに、アピリス先生もジョージさんも何も言えずにただ聞いていた。


 友人共々、自分も含めてゾンビになってしまい、そして、友人だったゾンビに襲われ殺されそうになり、恐怖のあまりその友人を殺してしまった・・・。先ほどの取り乱しようを見ればメアリさんの辛さは十分想像できる。今淡々としているのは、ある意味ストレスが限界を超えてしまった結果のようなものだろう。


 そんな姿を見て、何も言えなくなってしまうのも分かる。


 わたしは色々聞きたかったが、せっかく話してくれてるのに、腰を折って話してくれなくなるのも困るので黙って聞いていた。


 メアリさんは続ける。


「そのサラリーマンを追おうとしたけど、他のゾンビ達が襲ってきて・・・全員を殺しているうちに、そのサラリーマンには逃げられてしまって・・・」


 サラリーマンとはイトさんのことだろう。イトさんの話とも一致する。


「その後私は、ゾンビとは言え友人を殺した罪を背負い、ゾンビの力をもってゾンビを殺し救う者・・・『クリムゾンビースト』としてゾンビ狩りを始めることにしたんです」


「え?」


 アピリス先生がここで急に口を挟んできた。


「え、なんですって?」

「クリムゾンビースト?」


 ジョージさんも入ってきた。


「はい・・・『クリムゾンビースト』として、全てのゾンビを殺して救い、そして最後には自我を失う前に自らの命を絶とうと・・・」

「ちょっと待って、『クリムゾンビースト』って・・・メアリさんの事?」

「はい・・・。ゾンビを狩る者としての、私の影の名前です。すでに人間ではないという自戒を込めてビーストと・・・」

「クリムゾンビーストって、自分で名乗ってるの?」

「はい、名前は必要でしょ?」

「??」

「?」


「なるほど・・・クリムゾンビースト・・・」


 困惑するアピリス先生達だが、私は一人呟いて唸っていた。


 わたしには分かる。メアリさんの深刻そうな表情から、彼女はふざけているわけでも無理して変なことを言おうとしているわけでも無い。友達を殺した現実に心を痛めた結果、本気で自分の事を一種の『怪人』だと思っているのだ。


 その結果出力された名前が『クリムゾンビースト』・・・。

 つまり・・・恐らく彼女は、天然かつ真性の中二病的センスの持ち主。

 辛い現実から目を逸らすための一種の自己陶酔なのかも知れないが、その発露には個人の趣味嗜好が現れるんだなぁ・・・。


「・・・そして私はあの日から、逃げたサラリーマン風のゾンビを探して夜な夜な街を彷徨さまよいました。そして・・・今日ついに見つけ出し、彼も殺そうとしたのですが・・・」


 誰も話を続けないからか、メアリさんは独白を再開した。


「それなのに・・・ゾンビは殺すしか救う方法が無いって信じてたのに・・・!」


 メアリさんの口調が、今までの淡々としたものから変化した。声を震わせ、徐々にその声音は大きくなっていった。どうやら「経緯を説明する」というある種の単純作業が終わったため、再び自分の抱えた現実に向き合わなければならなくなったみたいだ。


「本当はゾンビから元に戻せるなんて・・・。それじゃあ、私は、私はルイを殺してしまった・・・!ただの人殺し・・・・!」

「それは違います!!」


 ベッドに座ったまま両手で顔を覆い泣き始めるメアリさんに、アピリス先生が駆け寄る。


「悪いのは・・・悪いのは、ダンテ・クリストフです!あなたに、友人達を殺すしかないと嘘を教えて誘導した男・・・。そもそも、あなたや友人達を襲って病気にしたのも、その男の仕業なんですよ!」

「・・・え?」

「その男こそが、あなた達がなってしまった病気、『異常再生症』の患者を意図的に増やし、苦しめている張本人なんです!奴は人々を襲い傷つけては、人体実験のようにこの病気の患者を増やし続けているんです!」


 そう、話の中でメアリさんがダンテ・クリストフの名前を出した時、聞いている私達はさすがに驚いた。すべてのゾンビ事件の元凶なのでおかしくはないが・・・。私のゾンビ化事件の時にも現れたけど、ゾンビ事件のあるところに毎回登場するのか・・・?突然現れたり消えたりしていたけど、どういう能力を持っているんだろう・・・。


「そんな・・・、あの男。そうだ、あの男があんなことを言ったから!全部、全部あの男が仕組んだことなんですか!?」

「そうです。あなたはあの男に騙されただけなんですよ」


 メアリさんの表情が険しくなり、語気を強める。

 なるほど、アピリス先生は、落ち込んで罪の意識に苛まれているメアリさんを立ち直らせるために、ダンテに怒りの矛先を向けさせようとしているんだな。私も協力しよう。


「そうなんです、あの男は最低なんです!わたしも目玉を持って行かれたし!」

「目玉を!?」

「そう、右の。もう生えてきてるけど」

「ちょっと、ニニカさん、ややこしいこと言わないで!」


 なぜかアピリス先生に怒られてしまった。


「とにかく、あなたがご友人を・・・傷つけてしまったのは、ダンテに騙された結果です。ご友人の事は悲しいことですが、あまり気に病みすぎないように・・・」

「でも・・・でも、確かに私はあの男に騙されたかもしれないけど、最後には自らの意志でルイを殺したんです。そんな私が許されていいはずが・・・・!」


 なかなかメアリさんの自責の念は根深いようだ。ここでジョージさんも助け舟を出す。


「いや、それも、自分の命の危機が迫っていたんだから、正当防衛が適用されるだろ、多分」

「多分って・・・ジョージさん、そこはもっと自信もって言ってくれなきゃ」

「いや、俺は法律の専門家じゃないし・・・」


 わたしは文句を言うが、ジョージさんはシャキッとしない。

 そうだ法律と言えば・・・。


「そもそも、ゾンビを殺すのって殺人罪になるんですかね?」

「え?」「えっ?」「え!?」


 私が疑問を発すると、3人とも私の方を見た。


「いや、法律の話ですよ。たしかゾンビを殺しても殺人罪にはならないってネットで言ってましたよ」

「そうなの!?そんな法律あるの?」

「ゾンビの法律があるわけじゃなくて、日本の法律に照らし合わせると、ゾンビを『すでに死亡した人が動いているだけ』とすると、殺人罪にはあたらないって」


 ゾンビ好きとしてはそこらへんは色々調べているのだ。


「死亡した人って・・・この病気の人は蘇生治療の途中なのであって、死亡したわけでは・・・」

「いや、アピリス先生的にはそうでしょうけど、一般的な話ですよ?アピリス先生、ゾンビになるには一回致命傷を負わないといけないって言ってましたけど、それって医学的には生きてる扱いになるんですか?死亡扱いになるんですか?」

「え、ええ~・・・」


 アピリス先生はこちらの意図を察してか、なんと答えようか困っているようだ。代わりに答えてくれたのはジョージさんだった。


「日本の場合・・・『死亡』の判定基準は、細かい説明を省くと『呼吸の停止』『脈拍の停止』などなどを確認して、『蘇生不能』な状態だと『医師が』判定することが条件になる」

「え、ジョージさん、こういうこと分かるんだ・・・」

「・・・診療所で働いてんだから、一応ちょっとは勉強したから・・・」


 そうは言うが口調は自信なさそうだ。まあいいか。


「その理屈で言うと、ゾンビ化できる条件って、一般的には『死亡』判定になるんですか?」

「ゾンビじゃなくて、蘇生治療の途中の副作用です!蘇生可能なんだから、死亡判定には・・・・!」


 アピリス先生が医者としての矜持からか、強めに主張してくる。でも違う、今聞きたいのはそう言う事じゃないんだよね。


って言いましたよね!?アピリス先生の蘇生技術を知らない医者が見たらなんて判断する状態なんですか?」

「それは・・・」


 アピリス先生もこちらの意図・・・メアリさんを慰めるという意図を感じ取って、渋々答えた。


「・・・一般的には死亡と判定されると思います」


 やっぱりそうか。じゃあ・・・。


「じゃあ、メアリさんは殺人罪じゃないってことですね!正当防衛だし、そもそも人殺しじゃない。だからあんまり気にしないでください」


 わたしは非常に論理的な結論を出し、メアリさんを慰めた。


 だが・・・


「あれ?」


 アピリス先生とジョージさんが凄く困ったような顔でこちらを見ている。

 アピリス先生はわたしに顔を近づけて小声で咎めてきた。


「(ニニカさん・・・これはそういう話じゃないでしょ!?)」

「(なんで!?だって・・・)」

「(どっちにしろメアリさんは友人を失ってるんですから、茶化していい話じゃないです!)」

「(茶化してるわけじゃ・・・)」

「まあお嬢ちゃんは元々、自分がゾンビになって喜んでるような変人だから、倫理観がちょっと違うんだよな」

「ジョージさんまで!?」


 私の善意が全否定されてショックを受けた。そもそも最初にジョージさんが正当防衛とか言い出したのに!!


「あ、あの皆さん!」


 そこにメアリさんが声を上げてきた。見てみると、先ほどまでの悲しや困惑とは違う、幾分か落ち着いた表情をしていた。


「あの、ありがとうございます。皆さんで、私を慰めて、元気づけてくれているんですよね」

「そう!わたしはメアリさんを元気づけようとして!」


 分かってくれる人は分かってくれるんだ。


「でも私が友人をこの手にかけたのは事実です。私はその罪を背負います・・・」

「その・・・早まったことはしないでくださいね・・・?」


 アピリス先生が心配そうにそう問いかけると、メアリさんは分かっています、というように少しだけ頷いた。


「自ら命を絶とう、とは思っていません。自首も考えたけど・・・、さっきの法律的な話からしても・・・、そもそも、警察も誰もこんな話信じてくれないと思うんです。だから・・・、私は、私達をこんな目に合わせたあの男、ダンテ・クリストフを必ず見つけ出し、この報いを受けさせます!復讐の刃・・・『クリムゾンビースト』として!!」


 そう言うとメアリさんは力強く立ち上がった。

 どうやら気持ちを持ち直したようだ。良かった良かった。

 アピリス先生とジョージさんは若干呆気に取られているようだけど、とにかく良かった。

 立ち直る方向性が復讐とか、相変わらず『クリムゾンビースト』という名前を使うあたり、やっぱり思考回路は中二的な人なんだな。とても好感が持てる。


 わたしは場の雰囲気が前向きになったので、ずっと言いたかった事を口に出した。


「『クリムゾンビースト』、いい名前ですよね!個人的に、名前の中に『ゾンビ』が入ってるのがポイント高いです」


 しかしメアリさんはキョトンとした顔をした。


「え・・・名前の中に『ゾンビ』・・・?クリム『ゾンビ』-スト・・・わっ!ホントだ・・・!」


 自分で言っておいて自分で驚いている。

 やっぱり天然系だ。

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