第18話 契約

「というわけでこれからよろしくお願いしますね!一緒に黒幕ダンテ・クリストフを倒しましょう!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいー!」


 どんどん話を進めようとするメアリさんに、アピリス先生がストップをかけた。


「一緒に?私とメアリさんが?なんでそうなるんです!?」

「だって先生もダンテ・クリストフを仇敵として行方を追っているんでしょ?」

「え、えーと・・・」


 おお、アピリス先生が凄く困っている。理由は簡単。メアリさんが言っていることが当たっているからだ。

 ダンテ・クリストフは、アピリス先生のお母さんを殺してゾンビ化の秘術を奪い取った仇だし、今も人々を襲いゾンビを生み出していることも、アピリス先生にとっては許せないことだ。

 行方不明になったアピリス先生のお姉さんを探すことと並んで、ダンテを倒すことはアピリス先生の大目的だ。


 なんだけど、メアリさんにはそこまで話していない。メアリさんが勝手に決めつけて話しているわけだ。


「な、何でそう思ったんですか?」


 アピリス先生は「違う」とも言えず、微妙な質問で返した。


「なんでって、先生はゾンビとして暴走する私を命を懸けてまで助けて治療してくれたじゃないですか!つまり愛と正義のゾンビドクター!先生は世のゾンビを助けながら、諸悪の根源ダンテ・クリストフを追っているんですよね!?」


 うん、100点満点の想像だ。思い込みが強いというべきか。でも当たっているんだから推理力があると言った方がいいのか?アピリス先生はその勢いにアワアワしているが、ジョージさんは「愛と正義」の辺りでこっそり噴き出して笑っていた。


「だから一緒に協力しましょう!私も今後、悪鬼ダンテ・クリストフの行方を追いますので、何か分かったら連絡します。あ、そのついでにゾンビを見つけたら、捕まえてこの病院に連れてくればいいですね。そしたら先生もゾンビの治療が出来るし」

「ちょっと――――」


 待って!とアピリス先生が言う前に、わたしは口を出した!


「いいですね!人手が増えるとゾンビ治療もダンテ探しも、これまで以上に捗りますもんね!アピリス先生やジョージさん以外にも戦力になる人が増えるのは心強い」

「ですよね!助手さんもよろしくお願いします!」


 メアリさんが私に向かって力強く挨拶した。


「ちょっと待ってって言ってるでしょ!」


 アピリス先生が今度こそ大声で遮ってきた。


「私達と一緒に?ゾンビとも戦う!?そんな危険なこと患者さんにさせられるわけないでしょ!?ニニカさんも、勝手な事言うのはやめてください!」


 その言葉にメアリさんは不思議そうに質問を返す。


「え、でも、もう助手さんが2人もいるんだから、私も入れてもらってもいいじゃないですか」

「ニニカさんは助手じゃありません!ただの患者さんです!」

「え、そうなの?」


 メアリさんが全くの予想外という目でわたしの方を見る。

 アピリス先生はぷんすか怒りながら続ける。


「そうですよ!ニニカさんは助手でもなんでもないです!それなのに勝手な事ばっかりして!今もそうだし、さっきも病院でイトさんと待っててって言ったのに勝手に着いて来て。危険なんですよ!?患者さんに危険な事させられませんよ!」


 アピリス先生が興奮してこれまでの不満をぶちまけてきた。・・・だけど・・・。


 ふふふ計画通りだ。

 わたしは思い通りに事が進んだ嬉しさを顔に出さないようにして、努めてとした顔で反論した。


「えーでも、それなら、わたしはただの『患者』で先生に雇われてるわけでもないので、勝手に行動しても文句言われる筋合いなくないですか?」

「ええ!?」


 アピリス先生はその返事は全く予想外だったようで狼狽うろたえたが、何とか言い返してきた。


「いや・・・でも患者さんは医者の言う事を聞いてくれないと・・・」

「えー、患者は医者の言う事聞かないといけない法律なんてありましたっけー?」


 わたしはとぼけた顔で煽りまくる。正直法律の事なんて全く分からないが、友達が「おばあちゃんが医者の言う事を聞かなくて家族が困ってる」という話をしていたので、多分大丈夫だろう。そもそもアピリス先生はモグリ・・・つまり法律違反の医者なので、法律に訴えられる筋合いはないはずだし。

 案の定、アピリス先生は何も言えずに困ったような悔しがるような顔をしている。ここはもう一押しだろう。


「だから、もし私達に言う事聞いてほしいなら、ちゃんと仲間として雇ってもらった方がいいと思うんですよね。もし雇ってくれないんだったら、私はこれまで通り『ただの患者』として、自分の好きなようにさせてもらいますよ。メアリさんも、アピリス先生にダメって言われても、ゾンビ狩りとダンテ・クリストフ探しは勝手にやるんじゃない?」

「それはもちろん。ゾンビを救い、そして巨悪ダンテ・クリストフに報いを受けさせる事が、私が今できるせめてもの償いだから・・・」


 メアリさんは自分の胸に手を当て、神妙な顔でそう答えてくれた。


「だ、そうです。どうですか?アピリス先生」


 わたしは先生にニッコリ笑いかけた。

 先生はと言うと、困りはてた顔でわたしから後ずさっていた。顔色も青ざめて見える。


「ううう・・・」


 アピリス先生はチラリとジョージさんの方を見るが、ジョージさんは口元を抑えて隠そうとはしているが、ニヤニヤ面白がってアピリス先生の方を見ている。よし、ジョージさんもこの流れに反対じゃないみたいだ。


「あー、もう!」


 アピリス先生は吹っ切れたように大声を上げた。


「分かりました!二人とも私の病院で雇います!その代わり、もう勝手なことはしないでくださいね!」


 よっしゃ!


「やったー!ありがとうございます!」

「力の限り、先生と皆さんと共に、使命を果たします」


 私とメアリさんは喜びと決意を表す。


 話がまとまったところでジョージさんが話に入ってきた。


「いやー。二人とも手伝ってくれるなんてよかったじゃない。これで俺もちょっとラクできそうだ」

「なんですか、今更出てきて。私達の事眺めて笑ってたくせに」

「いやいや、俺もあくまでセンセイの助手ですからね。センセイの決断に任せようかなと」

「はあ・・・。まあ、確かに勝手をされるよりは手綱を握ってた方がいいですかね・・・」


 アピリス先生は疲れ切ったように肩を落とした。私は改めて笑顔でアピールする。


「まあまあ、安心してくださいよ。今日だってちゃんと役に立ってたでしょ?これからはもっと役に立ちますから!」


 ・・・なりゆきに任せたところはあるが、これで正式にアピリス先生達の仲間になれた。これまでは部外者と言うことでゾンビの詳しい話などを教えてもらえなかったけど、これからはどんどん教えてもらおう。

 しかし先生は素直すぎるというか、そこはちょっと心配ではある。雇えば私が言う事を聞くという言葉を信じているけど、私はこれからも好きにやらせてもらうつもりなんだけどね。


 そんな事を考えていると、メアリさんが話をまとめようとしてくれた。


「それじゃあ、これからよろしくお願いします。あの・・・すいませんが、皆さんのお名前聞いてもいいでしょうか。ちゃんと聞いてなかったので・・・」


 そう言えばそうだった。色々ドタバタしていたから、私達の紹介をしていなかった。


「そうでしたね・・・。私はアピリスと申します。この病気、細胞異常再生症の治療のために医者として活動しています」


 丁寧に自己紹介するアピリス先生に、わたし達も続く。


「俺は安東丈治あんどうじょうじ。ゾンビだ。センセイの助手として、この病院の事務作業と、あと、荒事を担当してる。本当は俺はのんびりしてたいから、キミたちには期待してるよ。よろしく」

「わたしは村井ニニカ、17歳、ゾンビです!特に特殊な能力はないです。目玉が外せるくらい。でもゾンビ映画が好きなので、色々役に立てると思います!頑張ります!」

「じゃあ改めまして、私は蘭葉らんばメアリ、20歳大学生、ゾンビです。刀で戦う他に、髪の毛を周囲に張り巡らせて足場にすることでビル街を縦横無尽に飛び回れたりするので、街中の調査、追跡に役に立てると思います。よろしくお願いします」


 わたし達は互いに紹介し終え、爽やかにその場がまとまった・・・。はずなのに、アピリス先生は不機嫌そうな顔をしている。


「どうしたんですか?アピリス先生」

「・・・だからゾンビじゃないって言ってるのに・・・・!みんなして気軽にゾンビゾンビと・・・!」


 まだそんなことを気にしているのか。やれやれ、アピリス先生にも困ったものだ。


 こうしてこの日の事件は終わり、アピリス診療所の新しい日常が始まるのだった。

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