第9話 赤い襲撃者

 人が行きかう往来で赤い髪をはためかせて声を上げる女。ゾンビかどうかに関わらず、さすがに何事かと興味を示す人も出ているが、彼女自身はそんな事は気にしていない様子だった。


 それはサラリーマンゾンビも同じだったようだ。顔を隠すことも忘れて、悲鳴を上げて彼女から逃げようとする。


「ちょ、ちょっと待って!」


 事情は全く分からないが、また逃げられてはかなわないと、アピリス先生がサラリーマンゾンビを捕まえる。


「離してください!あの女に殺される!!」

「殺される!?」

「アイツに狙わてるんだ!!」


 ゾンビがゾンビを殺そうとする?

 よく分からないが、もしかして、あの女ゾンビ、アピリス先生の仇のダンテの仲間か!?


 私達が混乱している間に、女ゾンビは戦闘態勢に入ったようだ。腰を落とし、今まさに飛び掛かろうとしている体勢だ。


「待ってください、あなたも病気なら、私が・・・」

「それは病気なんかじゃない!早く離れないとアンタも襲われるよ!!」


 アピリス先生が女ゾンビを制止しようとするが、女ゾンビにその言葉を絶たれた。


 次の瞬間、女ゾンビはこちらに向かってひとっ飛びに突っ込んでくる!


「う、うわぁ!!」


 サラリーマンゾンビが私達の手を振り切って逆方向に走り出した。

 丁度、サラリーマンゾンビと女ゾンビの間に私とアピリス先生が立ちふさがる形になった。これはどうしたらいいんだろう。事情は分からないが女ゾンビを止めるか?でもサラリーマンゾンビも捕まえないといけない。


 私は迷っていたが、女ゾンビは私達のことは眼中にないようだった。


「逃がさないって言ったでしょ!!」


 そう叫ぶと走る勢いのままジャンプした。いや、ただのジャンプではない。私達の頭上の・・・さらに上を悠々と飛び越える。ゾンビは身体能力が高いとはいえ、先日のジョージさんも狼男ゾンビもここまでの身軽さは無かった。

 私が唖然としている間に、女ゾンビは私達だけではなくサラリーマンゾンビも飛び越えて、その進行方向を塞ぐように着地する。さらには・・・いつの間にかその手には、刀のようなものが握られていた。


「くらえ!!」


 女ゾンビが刀を振りかぶってサラリーマンゾンビに斬りかかる。

 流石に、あまりの異常事態に周囲の人からも悲鳴が聞こえてくる。


「うわぁぁ!」


 サラリーマンゾンビは間一髪でその刀を避け、Uターンして私たちの方に逃げ戻ってきた。


「た、助けて!!」

「わ、分かってるから!!」


 アピリス先生は再び女ゾンビに声をかける。


「とにかく落ち着いて・・・」

「邪魔するな!!」


 ダメだ、全然話を聞かない。


「とりあえず逃げよう!!」


 私はサラリーマンゾンビの手を掴んで走り出す。アピリス先生もそれに続く。


「待て!!」


 女ゾンビはさすがに私達に向かって刀を振り回すことは無かったが、追い付き次第サラリーマンゾンビを捕まえて殺そうとする勢いだ。


 アピリス先生は土地勘がないので、私が先導して逃げるしかない。幸いと言うか、通行人がそれなりにいるのでそのすき間を縫って走りながら、小道や裏道を駆使して距離を稼ぐ・・・つもりなのだが・・・


「待て!そいつは危険なのよ!!」


 女ゾンビは走って追いかけてくるのではなく、大きくジャンプして、時には左右のビルの壁を足場にしたりしながら、立体的な動きで追いかけてくる。こっちが土地勘で引き離しても、空からのショートカットですぐ距離を詰められるのだ。


「何あれ!?ゾンビってあんなにジャンプできまたっけ!?」

「さ、さすがにあそこまで凄いのは見たこと無いですけど・・・」

「ヒィ!助けてー!!」


 このままでは、そのまま上から掴みかかられるかも知れない。

 ・・・待てよ、上から追いかけてくるということは。


「そうだ!こっちに来て!!」


 私はあることを閃いて、記憶を頼りにとあるビルへと向かった。

 繁華街のメイン通りに近づいていく。そうすると、どんどん大きな商業ビルが増えてくる。そのうちの一つ、何度も利用したことのある勝手知ったるビルの中へと入る。


「くそ!!」


 後ろの方で女ゾンビの悪態が聞こえる。そう、どんなに立体的な動きが出来ても、建物の中に入ってしまえば関係ない。小さな建物なら入り口が一つなので逃げ道がないが、このビルは出入り口が何カ所もある大きなものだ。相手がこちらを見失っているうちに建物中を移動し、別の出口から出る。そうしてしまえば、外に出たのか、もしくはまだビルの中にいるのかすら、相手は分からない。


 さらに私は念を入れる。私達が出ていった先は繁華街のメイン通りだ。その下には大きな地下街がある。すぐさまその地下街への階段を駆け降りる。繁華街だけあって、人通りはさらに多く、この中で人を見つけだすのは難しいだろう。


 私達三人はしばらく歩いてできるだけ遠くに進む。歩きながらサラリーマンゾンビは帽子とマスクを着けなおしていた。ある程度たったところで周りを見渡し、ようやく一息をついた。ようやく落ち着いて話ができると思い、私はずっと言いたかった言葉を口に出した。


「いやー!あの女ゾンビ、何でしょうね!ぴょんぴょん跳ねて!!普通のゾンビじゃなさそうでしたけど、どんな能力を持ってるんですかね!?」


 私が興奮して二人に意見を求めたが、アピリス先生はなぜかガックリと肩を落としてしまった。


「とりあえず・・・安全のためにも、私の病院に行きましょう」


 サラリーマンゾンビは疲れ切ったという顔で、力なくアピリス先生の言葉に頷いた。


 ◆


「へぇー。そりゃ災難だったな」


 先に病院に帰っていたジョージさんは、椅子にだらしなく座りながら、全く感情のこもっていない口調でそう言った。これには私は腹が立った。


「もう!アピリス先生が大変な時に、どこほっつき歩いていたんですか!?」

「そんな事言ったって、二手に分かれようって言ったのはセンセイだぜ?」

「そうだけど、先生のピンチには颯爽と駆けつけないと!」

「おいおい、分かってないなぁ。俺はセンセイの用心棒じゃなくて、助手なんだぜ」


 ついこの間狼男ゾンビとの戦いで言っていたセリフだが・・・。


「だから危険を冒してボディーガードするなんてのは契約外なの」

「あの時と意味合いが全然違う!!」

「・・・もう、二人ともその話はいいですから!!」


 アピリス先生に怒られてしまった。


 先生の目の前には、サラリーマンゾンビが所在なさげに座っている。しまった、さっきのくだらない会話で、またこの病院の信頼度を下げてしまったかもしれない。


「それで、お名前伺ってもいいでしょうか」


「はい、私は、伊都いとまなぶと申します」


 よかった、今度は素直に答えてくれた。


「イトさん。それでは、教えてもらえますか?あなたがその病気になった時の事を。そして、あの女の人はいったいなぜあなたを襲うんですか?」

「病気・・・このゾンビみたいな症状の事ですよね・・・・」


 イトさんは自分の青緑色になった手を見つめてから、一気に興奮したように喋りだした。


「なんであの女が私を襲うのか・・・。そんなの私も分かりませんよ!ゾンビになって途方に暮れている私の前に突然現れて、問答無用で襲ってくるんです!むしろ私が教えて欲しいですよ!私はいったいどうなっちゃったんですか!?何であの女は私を殺そうとするんですか!?」


 アピリス先生は何とか彼を落ち着かせようとする。


「安心してください。あなたのその症状は治療できます。日常生活も送れるようになります。ウチのジョージさんもそうなんですよ。ほら」


 アピリス先生が促すと、ジョージさんは自分の首から薬袋のネックレスを取り外す。すると、ゾンビの証である青緑色の肌になった。

 それを見てイトさんは驚いたようだが、その後、ジョージさんが薬袋を再び身に着けて肌が元に戻ると、さらに身を乗り出して驚いた。


「本当に・・・本当に治るんですね!?」

「完治と言うわけにはいきませんが、このように、薬を絶やさなければ日常生活を支障なく送れるように」


 その言葉にイトさんは深く安堵したようだ。アピリス先生に治療をお願いし、そして、自分がゾンビになった時の事を語りだした。

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