第50話 財前マシロ、ゾンビと出会う

 完璧な外科医であるこの俺、財前マシロは、当直の役目を終え、深夜の病院で一息ついてた。窓から外を見ていると、ふと目に着く人影がある。今俺がいる病棟とははす向かいの位置にある建物の1階、B-12のエリアの建物の窓から、3人の人影が見える。完璧に健康的な視力(右1.5、左1.4)を誇る俺の目にははっきり見えたが、昼間過労で倒れた女ともう一人女子高生くらいの女、そしても一人は子供・・・羽佐間ヒナコちゃんだ。


「こんな夜中に何やってるんだ・・・」


 あのアピリスという女は、過労と寝不足で倒れたというのに、またこんな夜中に・・・。まあ、入院して昼間十分寝て夜中に目が覚めた、とかなのだろうが、それにしても自己管理がなっていない。まあ、大人二人は別にいいだろう。だがあんな小さな子供を夜中に連れまわすなんてもってのほかだ。あれで自分の事を医者の卵だと言うのだから、随分意識が低いものである。


 とは言え、アピリスという女もヒナコちゃんも、自分の担当ではない。放っておいてもいいし、適当に看護師に伝えるだけでもいいかも知れない。だが、それはそれで面倒だな、と思い、時間もあるし自分で3人に文句を言いに行くことにした。


 ◆


 それがなぜこんなことになったのか。俺は夢でも見ているのか?などというありきたりな言葉が脳裏をよぎる。だが夜勤であっても俺の体調管理は完璧だ。寝ぼけるようなヘマはしていないし、思考もハッキリしている。


 なんて考えが頭の中を駆け巡っている時点で冷静になれていない証拠だ。俺は自分を現実に引き戻し、目の前の光景を受け止める。


 そこにいたのは、天井に張り付いた異形の男。そしてそれに刀を投げつけた赤い長髪の女だ。女が投げた刀は、天井に張り付いた男によって弾かれ、乾いた音をたてて床に落ちる。刀を弾いたのは、男の・・・シッポだった。もはや何から驚いたらいいのか分からない。


 天井に張り付いた男はまさにトカゲ男という風貌だった。青緑色の肌がぬるりと光っている。いっそトカゲなら良かったかもしれないが、ご丁寧に服を着ている。顔つきもトカゲっぽいが、よく見ると人間の範疇だ。ギラリと光る眼の瞳孔はトカゲのそれに似ていて、異常さを強調している。


 赤い髪の女の方は、トカゲ男よりは幾分マシだろう。赤く長い髪は美しいと言ってもいい。だがその肌は青緑色に変色していた。何らかの疾患を心配するが、立ち居振る舞いは元気そのものという感じだ。その女は俺には目をくれず、トカゲ男の方を憎々し気に見つめながら、床に落ちた刀に向かって手を伸ばす。刀は彼女から離れた場所に落ちていたというのに、手を振れることも無く動き出し、何かに引き寄せられるように彼女の手元へと戻っていった。


「メアリさん!」


 なんと赤髪の女にアピリスという女が話しかけた。顔見知りなようだ。一緒にいるもう一人の女子高生風の女も同様だ。


「気を付けて・・・!あいつは、あいつは私をゾンビにした奴なんです!!」

「なんですって・・・!?」

「わぁ、トカゲタイプのゾンビ」


 ・・・ゾンビ?


 情報量が多すぎて頭が追い付かない。だが、呑気に構えていい状況ではないだろう。明らかな不審者が2人もいるわけだし、アピリス達が何を言っているかは理解できないが、非常に緊迫した空気を感じる。


「わ、わぁ~・・・!本当にオバケ・・・!?」


 だがそこに場違いな発言が飛び出す。


 羽佐間ヒナコちゃんだ。彼女はアピリスの影に隠れながら、天井に張り付いた男を見上げていた。その表情は、恐れと、驚きと、好奇心と・・・様々な感情がごっちゃになっているようだ。まだ8歳の子供だ。恐らく、事態が呑み込めていない。危機感を十分に持てていない。


 その隙を狙ったのか何なのか、天井に張り付いた男が、グッと体に力を入れた、その次の瞬間、天井を蹴ってアピリスと、彼女にくっついていたヒナコちゃんに飛び掛かってきた!俺はとっさにその二人を庇うようにトカゲ男の前に立ちふさがる。


「チッ!!」


 トカゲ男は舌打ちをしたようだが、その勢いが止まる訳ではない。次の瞬間、ドガッ!!という衝撃を俺は受け、思わず目をつぶってしまう。衝撃はその後も続く。体が激しく揺さぶられる。俺はすぐに目を開けると、なんと、俺とアピリス、そしてヒナコちゃんの3人は、トカゲ男にシッポを巻き付けられていた。ヒナコちゃんをアピリスが庇い、その二人を俺が庇った体勢のままで。


「「アピリス先生!」」


 赤髪の女ともう一人の女子高生風の女が叫ぶ。次の瞬間、トカゲ男は俺たち3人をシッポで抱えたまま、赤髪女たちとは反対方向に駆け出し、すぐそこに会った扉から病棟の外に出た。


「待て!!」


 赤髪女は叫んで追いかけようとするが、トカゲ男はすぐに扉を閉め、すぐさま移動を開始した。3人も抱えているとは思えないスピード。人間離れした強靭な肉体。俺たち三人は激しい揺れに声を出すこともできずに、ただ耐える事しかできなかった。


 だがトカゲ男がどこに向かっているのかは分かった。病棟の隣の敷地にある、旧病棟、今は使われていない、暗闇に包まれたその場所にたどり着き、トカゲ男は荒々しく扉を開けて中に飛びこんだ。


 そして暗闇の中、俺は激しく叩きつけられ、そこで意識が途切れた。

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