第49話 蘭葉メアリサイド

 私、蘭葉らんばメアリは一人病室に残っていた。もともと、付き添いのためアピリス先生の病室にニニカさんと私とで一緒にソファに座って休んでいた。ついウトウトしてしまっていたら、アピリス先生が部屋を出ていくのに気づいた。タイミングが間に合わず声をかける前に出て行ってしまったが、様子からして恐らく散歩だろうと思った。ニニカさんと相談して、ニニカさんがアピリス先生と一緒に行き、私は念のため病室に残っておくことにした。


 暫くするとニニカさんからスマホに連絡が入った。


『アピリス先生とヒナコちゃんと肝試しに行ってきまーす』


 とのことだ。割と謎の状況だが、連絡が取れているので大丈夫だろう。私は病室で一人待つことにした。


 それにしても、先ほどついうたた寝しまったのは、自分でも意外だった。ゾンビになってからずっと、寝付けない日々が続いていたというのに。あのゾンビにされた夜。そして、友達の保谷ルイの首をこの手で切り落としてしまったあの夜から・・・。


 一人でいるとそんな事が頭の中を支配してしまう。気分のいいものでもないので、私もアピリス先生達の散歩に参加することにした。静かに立ち上がって、病室を後にする。


 ◆


 夜の病院の廊下は静かでひんやりしている。ニニカさんにスマホのメッセージで居場所を尋ねると、程なくして返事が届いた。


『人に見つからないようにいろんな所を通ったからよく分からないけど、外科病棟のB-12って書いてる辺りですー』


 とのこと。壁にかかっている院内案内図を見ると、端っこの方、病院の裏手にある旧病棟の敷地に近い場所にいるらしい。まあ私が今いる場所から大きく離れているわけではない。


 ニニカさん達は肝試しという事で、人目を避けて移動しているようだ。子供であるヒナコちゃんがいるから、見つかったら怒られると思っているんだろう。だけど私のような大人が夜の病院を歩いていた所で、人に見つかっても特に怒れるわけではない。何度か病院スタッフとすれ違ったが、散歩してます、という態度で軽く会釈すれば問題にならない。


 そういう感じで、ちょっと迷ったこと以外は苦も無くB-12にたどり着いた。とは言えニニカさん達はさらに移動してるらしく、まだ姿は見えない。スマホの連絡も送っているが、返事は無い。まあニニカさんは何かに夢中になるとスマホの反応が遅くなるのはよくあることだが。


 B-12の辺りは特に人気が無い。入院病室のエリアではないようで、入院患者の気配も無いし、そのためスタッフの詰め所も無い。なるほど、オバケが出そうな場所ではある。ここまではあまり気にしていなかったが、こういう雰囲気だと確かに怖い。


 この怖さも私にはあの時の事を思い出させる。私がゾンビになった日。あの日廃ビルに忍び込んだのは、肝試しのためだった。私は乗り気ではなかったが、とは言え大学生になったらこれくらいする人もいるよね、という程度には思っていた。


 だけどそれが、あんなことになるなんて・・・。


 突然現れた、天井に張り付く異形の男。その男に殺され、気づいたらゾンビになっていた私。悪鬼ダンテ・クリストフの卑劣な嘘に騙され、ゾンビとなった友人、保谷ルイ達を殺してしまった私。


 その後。アピリス先生達のおかげで、ゾンビを殺すという間違った行動は止めることが出来た。そして、表面上は明るさも取り戻せたと思う。


 だけど、私が友人達を殺してしまった罪は消えない。ゾンビになって錯乱していた。ダンテ・クリストフに騙されていた。正当防衛。法律には触れない。言い訳はいくらでも思いつくし、アピリス先生達は本当に私に罪は無いと思ってくれているようだが・・・。私は、私自身が許せない。


 全ての元凶ダンテ・クリストフを殺したら、全ての私の罪を償おう・・・。


 一人になるとそんな事ばかりを考えている。


 ふと、静かな病院の廊下に自分のものではない音を感じた。


 ズリッ・・・ズリッ・・・!


 何かを引きずるような音・・・?


 かすかだが、そんな音が聞こえる。私はそちらの方に静かに近づいていく。すると、今度は別の音が聞こえる。人の声と気配。これはアピリス先生達のようだ。


 引きずるような音はアピリス先生達の方に向かっている・・・?


 私は途端に嫌な予感がした。なぜかあの廃ビルの夜の事を強く思い出す。引きずるような音のする方へ急いで駆ける。


 暗い廊下の先、さらに影になっている一角の天井に、その音の源があった。天井に張り付いた異形の男。青緑色の肌はぬらりとした光沢を見せ、丸く大きい目は黄色く光っていた。巨大なトカゲを思わせる異様な体勢。


 私の心がざわめき立つのが分かる。

 間違いない、あの時私たちを殺した、廃ビルのゾンビだ!


 奴はあの時よりもさらに異形、トカゲのようなしっぽまで生えていていた。だが目に強く焼き付いたその姿は間違えようがなかった。


 奴の少し先にアピリス先生、ニニカさん、ヒナコちゃん、さらにもう一人白衣の男性の姿も見える。奴はアピリス先生達を狙っているのかも知れない。あの夜私たちを襲った時みたいに!


「アピリス先生!ニニカちゃん!逃げて!!」


 私は胸にかけた薬袋を引きちぎり、一気にゾンビ化してその手に赤い刀を生み出し、それを奴に投げつけた!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る