第48話 病院にオバケはつきもの

「お、オバケ!?」

「しぃー!おねえちゃん、声がおおきいよ!」


 ヒナコちゃんは慌てて口元に人差し指を当てて私を制してくる。


「おおおお、オバケって何言ってるの!?」

「あのね、最近この病院に出るんだって。看護師のおにいちゃんおねえちゃんがコソコソ噂してるのを聞いたの」


 ここでヒナコちゃんはさらに声を低く落とすと、いかにも「怖い話」をする時の表情を作って・・・目は少し笑っていた。完全に面白がっている。


「夜になると・・・でるのよ。この病院で亡くなった人たちの怨霊が形になった・・・壁や天井をはいずる黒い影・・・。夜な夜な病院内を彷徨い、自分たちの仲間に引き入れようと次の犠牲者を探す・・・」

「な、なにいってるんですか・・・病院でそんな、非科学的な・・・・」

「それだけじゃないわ・・・。その影は翼の生えた死神の姿となって、犠牲者と共に闇夜に消えていくの・・・!」

「や、やめてください!!」


 私は耐えられなくなって耳を塞ぐ。


「あれ、おねえちゃん、怖い話苦手なの?」

「苦手なんかじゃありません!私は非科学的なことは・・・ば、馬鹿馬鹿しいと思ってるだけです・・・!」

「しぃ!おねえちゃんの後ろに誰かいる!」

「ひぃ!」

「何やってるんですか、アピリス先生」


 そこにいたのは・・・ニニカさんだった。


 ◆


「やっぱりアピリス先生って、ホラー系の話が怖いんでしょー」

「違います!」

「おねえちゃん、怖いの?あたしが手を握っててあげようか?」

「もう、からかわないで!ほら、肝試しなんてバカな事してないで、早く部屋に帰って寝ますよ!」


 アピリス先生は必死に誤魔化そうとしているが、怖がっているのは明らかだ。このニニカの目は誤魔化せない。


 わたし達3人は病院の通路の影に隠れ、病院スタッフに見つからないようにコソコソとしている。アピリス先生の提案に、ヒナコちゃんは必死に抗議をする。


「えー!そんなのヤダよ!ようやく看護師さんたちの人数が少ないシフトの日が来たんだから!このチャンスをずっと待ってたのよ!」

「そうですよ、アピリス先生。面白そうだから一緒に行きましょうよ」

「ニニカさん、あなたねぇ・・・」


 アピリス先生はいかにも「私が常識人です」みたいな顔でわたしを見てくるが、そうはいかない。私はアピリス先生の耳に口を近づけ、ヒナコちゃんに聞こえないように小声でささやく。


「いいじゃないですか。オバケなんて非科学的な事、信じていないんでしょう?」


 わざと挑戦的な言い方をしてみるが、アピリス先生は逆に何かピンと来てしまったらしい。


「ニニカさんって、オバケも好きなんでしたっけ?それとも、もしかして、これも過剰再生症に関する事件だと思っています・・・・?」


 バレたか。


「まあ、そうかもなーって。でもそれならそれで、先生も放っておけないんじゃないですか?」

「でも・・・子供の噂ですよ?」

「噂してるのは病院の大人でしょう?」

「あのー・・・おねえちゃんたち・・・」


 ひそひそ話を続けていると、ヒナコちゃんが困ったように声を上げた。見ると、なんと目に涙を浮かべている。


「ごめんなさい・・・夜中に出歩いちゃダメだって分かってるけど・・・。わたし、1か月も入院していて、辛くて・・・・。ちょっとでも気分転換にと思って、オバケの噂を楽しみに過ごしてきた・・・!だから・・・!」


 ヒナコちゃんは、しくしくと泣き出してしまった。


「な、泣かないでください、ヒナコちゃん・・・!分かりました・・・。病院なので、肝試しみたいに遊ぶのはダメなんですが・・・。まあ散歩ということなら、私たちと一緒ならいいでしょう」

「ほんとう!?ありがとう!アピリスおねえちゃん!」


 アピリス先生はつい涙に動揺して許可を出してしまった。それに無邪気に喜ぶヒナコちゃんだが・・・。多分あれはウソ泣きだよね。まあ、わたしもオバケ探し、もといゾンビ探しをしたかったので、丁度いいだろう。


「それじゃあねぇ!噂でよくオバケが出るのはこっちだよ!」


 わたし達はヒナコちゃんに手を引かれ、看護師たちに見つからないようにコッソリと夜の病院を進んでいった。


 ◆


 この病院の事は裏道まで詳しいというヒナコちゃんの言葉は嘘じゃなかった。看護師さん達に見つからないルートを選び、時には関係者以外立ち入り禁止っぽい場所も通ったりして・・・、ほどなくして病院の端っこの方、人気のない一際薄暗いエリアへとたどり着いた。アピリス先生はもうちょっと文句を言ってくるかと思ったが、実際には口数は少なかった。様子を見ていると、ずっと青ざめて周りをキョロキョロと見まわしている。


「・・・アピリス先生、そんなにオバケが怖いんですか?」

「こ、怖くなんてありません!」

「そんなんでお医者さんなんて務まるんですか?病院と言えばオバケの噂はつきもでしょう?」

「そんな常識はありませんよ!病院が怖いなんて思ったことありません!オバケなんてヒナコちゃんが言うから・・・」

「ほら、オバケが怖いんじゃないですか~」

「ううう・・・!」


 アピリス先生は恨みがましく睨んでくるが、可愛い顔で睨まれても怖くは無いのだ。


「ちょっとぉ、おねえちゃんたち、静かにしてよ。オバケが逃げちゃうでしょ」


 ヒナコちゃんは呆れた顔で注意してくる。8歳に呆れられるとは、ちょっとふざけすぎたかな?


 ・・・とは言え、実はわたし自身、意識的におちゃらけていたという自覚があるのだ。


 だって、夜の人気が無い病院って、やっぱり怖いんだよね・・・。わたしはゾンビ探しで夜中に廃墟とかに行ったこともあるけど、それはそれとしては、怖いものは怖いよね・・・。この病院はかなり新しくて綺麗だけど、それでも、だ。薄暗く、白い壁が長く続くこの廊下に、私たち以外の人がいない。わたし達が喋らなければ音もしない。遠くの街から時々車の走る音は聞こえるが、それがより一層、今この場所の静寂を強めているように感じる。昔、夜の学校に忍び込んで遊んだ時もこんな感じだった。怖がる必要なんてない、と頭では分かっていても、怖く感じてしまう。人間の心は不思議なものだ。


 ヒナコちゃんをよく見ると、強がってはいるが彼女もどんどん怖くなってきているようだ。さっきまでは私たちが喋っていたので気が紛れていたが、彼女の言葉により誰も喋らなくなってしまった結果、その怖さをハッキリ自覚したのかも。まあ小学生が肝試しに臨む時なんてこんなものだろう。始める前は意気揚々興味津々、でも始まってしまえば・・・後悔だ。


 暫く、静寂が続く中を黙々と歩く・・・。


 ズリッ・・・!


「「「!?」」」


 今一瞬、何かを引きずるような、異様な音がした。


 ズリッ・・・ズリッ・・・!


 かすかだが、確かに聞こえる・・・!


「おねえちゃん、き、聞こえた!?」

「え、ええ・・・!」


 わたし達三人は周囲を見渡す。思い出されるのはヒナコちゃんの話。壁や天井をはいずる黒い影・・・!?


 誰とはなしに、ゴクリと唾を飲み込む。すると・・・次は違う音が聞こえてきた。


 カツ、カツ、カツ・・・。


 足音・・・?足音が近づいている?


 足音は私たちがいる廊下の先、曲がり角の向こうから聞こえ、近づいてくる。


 アピリス先生とわたしはヒナコちゃんを庇うように後ろに下がらせ、音のする方向を注視する。


 音は近づき・・・曲がり角から影が現れる・・・!


「お前達!?なにやってるんだ!」

「財前マシロ!?」

「げ!財前せんせい!」


 現れたのは、若いイケメンの白衣の男だった。


「お前・・・昼間の過労女か!?それに羽佐間ヒナコちゃんも?こんな時間に何やってるんだ!?」

「な・・・!だれが過労女ですか!?」


 話しぶりからすると、アピリス先生を助けてくれたという天才外科医か?


 ヒナコちゃんは、アチャーという顔をしている。と同時に気が抜けてしまったようだ。わたしたちを包む雰囲気が一気に緩む。お医者さんに見つかり、肝試しの時間は終わりを迎えてしまったのだ。


 そう思った、その時―――


「アピリス先生!ニニカちゃん!逃げて!!」


 遠くから声が響く。廊下の向こうから駆けてくる人影。見覚えのある姿。メアリさんが、長く赤い髪をたなびかせながら、手に持った赤い刀を振りかぶる!?なんでこんな所でゾンビになってるの!?


 わたし達が疑問の声を上げる間もなく、メアリさんは手に持った刀を投げつけてきた。わたしは一瞬身構えたが、その刀が私たちを狙ったわけではない事をすぐに知る。刀は、私たちから少しは慣れた場所、一層暗い影になっていた方向の天井に向かっていき、そして、に弾かれた。


 その場所に大きな黒い影があるのが分かった。天井に、異形の男の姿があった。青緑色の肌・・・そして、大きく長い尻尾・・・!?トカゲのような姿のゾンビが天井に張り付いてこちらを見つめていた!



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