第53話 それぞれの出来る事
ヒナコちゃんの命を救うため、もう二度と使うまいと思っていた不完全な蘇生術を、副作用の発症を承知で使う・・・。
追い詰められた私がそれを決断しようとしたその時、部屋の扉から、再び人影が飛び込んできた。
「アピリス先生!!・・・・ヒナコちゃん!?」
一人はニニカさん。そしてもう一人・・・。
「な・・・何をやってるんだ!!!」
男の医師。財前マシロだった。彼は私とヒナコちゃんの姿を見ると顔色を変えて駆け寄ってきた。
「ヒナコちゃん、ヒナコちゃん!」
意識の確認をするが、返事はない。財前マシロはヒナコちゃんから目を離さないまま、私に問いかけてくる。
「何があったんだ!」
「きょ・・・胸部を、鋭いもので一突きされています。それ以外は打撲と擦過傷。胸部の傷は心臓には達していないと思いますが、何らかの内臓を傷つけている可能性が高いと思います。失血が多く、体が小さな子供なので、すぐにでも心肺停止するかも・・・!」
「!?・・・・」
「出来る限り応急処置はしましたが、これ以上の事は・・・。治療できる場所に移動させても、救急隊をここに呼んでも、その間に心肺停止し、通常医療で蘇生可能な時間を過ぎてしまうでしょう。だから・・・」
「・・・?だからなんだ?このままここにいたら助かりようがないんだから、一刻も早く病棟に連れていくしかないだろう!!」
「だから!連れて行っても助けられる可能性は物凄く低いんですよ!だから私がここで・・・」
ここで蘇生術を・・・・。この男の前で言っていいのか、私の一瞬の戸惑いを無視して、財前マシロは厳しい口調で言葉を発する。
「助かる見込みが無いから、何もせず諦めるっていうのか!?ふざけているのか!それでも医者を目指しているのか!!どんなに可能性が低くても、医師は患者を助けるために全力を尽くすしかないだろう!」
「ち、違う!私は・・・!」
確実に命が助かるように、蘇生術を施すかどうかの決断を・・・。そう言おうとしていた言葉も、財前マシロに遮られる。
「それに、助かる見込みがないなんてことは、無い。この子は今すぐ病棟に移動して治療させれば、ちゃんと助かる!」
「え!?でもこの傷と出血では・・・!」
「どけ!」
財前マシロを私からペンライトと治療道具を奪い取ると、私が傷口に施した応急処置に手を加えだした。
「確かにお前の処置は適切だ。移動している間に症状が悪化して回復できないという見立ても妥当だろう。だが、それは一般的な医者しかいなかったら、だ」
財前マシロは見たことも無い素早い手際で傷口への応急処置を終えた。その結果は、私が施したものよりも明らかに出血やヒナコちゃんへの負担が少ないものだと分かる。
「俺は天才外科医、財前マシロだ。この処置ならもっと余裕はでるし、それに俺の腕なら、移動中に心肺停止しても、後遺症無しで治療できる時間的猶予はもっと多い!
普通の医者なら無理でも俺ならこの子を助けられる!!」
自信満々にそう言い放つと、彼はヒナコちゃんを抱えて立ち上がる。
「行くぞ!」
「え・・・!」
私が戸惑っていると、ニニカさんも話に入ってきた。
「ほら!アピリス先生も一緒に行きましょう!」
「え、あ、でも・・・」
メアリさんを放っておいていいのか・・・?という考えが頭をよぎったが、ニニカさんはそれを最初から察していたようだ。私に顔を近づけ、小声で話を続ける。
「(メアリさんは強いから滅多な事じゃ無ければ大丈夫でしょ。それより、このお医者さん達が病棟に戻る間にトカゲ男ゾンビとまた会ったら、いよいよ危ないでしょ。二人を守らなきゃ。ここは一度一緒に戻って、安全を確保してからメアリさんを助けに行った方がいいですって。あの財前マシロとか言うお医者さんへの説明も面倒だし!それに、ジョージさんがここに向かっているので、メアリさんはジョージさんに任せれば大丈夫!)」
「(そ、そういうことなら・・・)」
「何ゴチャゴチャ喋ってるんだ!早く行くぞ!!」
財前マシロはヒナコちゃんを抱えてすでに部屋から出ようとしている。なるほど、彼はメアリさんがここに来ている事は把握していないようだ。それならこのまま彼の言うとおりにする方が、面倒な説明が無くて良いかも知れない。
メアリさんには悪いが、出来るだけ早く戻ることを心に誓って、私とニニカさんは財前マシロを追って駆け出した。
◆
幸いにも、旧病棟から新病棟までの間に邪魔が入ることは無かった。メアリさんがあの異常再生症の患者を対処してくれているお蔭だろうか。今はメアリさんが無事だと信じるしかない。
新病棟についてからは、思っていたよりもスムーズにヒナコちゃんの治療が始まった。急な事態にも関わらず病院のスタッフは混乱も少なくスムーズに事を運んでくれていた。これは財前マシロの的確な指示と、彼の人望というか、カリスマのようなもののおかげかも知れない。
私もヒナコちゃんの治療に、と言いたかったが、メアリさんを助けにも行かなきゃいけない今、それは思いとどまった。言ったとしても、財前マシロには一蹴されるだろうし。
「でも大丈夫なんですかねぇ。あの男、自分の事を天才外科医なんて言って。大した腕じゃなかったら心配ですよね」
ニニカさんは今更そんな事を言ってくる。
「大丈夫、と信じましょう。少なくとも、私よりもずっと腕のいい医師のようでしたから・・・」
彼が施した応急処置の手際を思い出す。私は自分の心の中に生まれたかすかな疼きを自覚しながら、それを奥底に押し込んだ。今はとにかく、メアリさんを助けに行かないといけない。
私とニニカさんは、旧病棟へ向けて再び駆け出した。
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