第23話 ゾンビバーへようこそ(前編)

 痛い、苦しい、痛い・・・・。

 自分がなぜこんなに苦しんでいるのか全く分からなかった。いや、自分が何をしているのか、自分が誰なのか、どこへ向かっているのか・・・。何もかも分からない。考えられない。

 とにかく痛い、苦しい・・・。

 誰か、誰か・・・・。


 ◆


『ゾンビのメイドカフェ』があるという噂は、ちょっと調べたらすぐに真相にたどり着いた。なぜならSNSで告知をしていたし、店に看板が出ていたから。


「メイドカフェって噂だったけど、これはメイドカフェじゃないな」


 雑居ビルの一角、通路の奥の突き当りに構えるその店の入り口を見て、ジョージさんはそう呟いた。店の前に立てかけられた黒板風のボードには可愛らしいイラストと文字で『ゾンビのメイドカフェ♡』と書かれているが、店の入り口に掲げられたこの店の本来の看板を見ると、この店の本来の姿が分かった。


「これってニニカさんが入ってもいい店ですかね?」

「年齢の話なら、わたしがダメならアピリス先生もダメなんじゃないですか?」

「最悪ジョージしか入れないかも」


 ちなみに今日はメアリさんはいない。もう夕方なのだが、大学の実験講義が抜けられないらしい。ただしメイドカフェというものに興味があったらしく、行きたがってはいた。


 取り合えず入ってみるしかない。ジョージさんが扉を開けるのを、わたしは色んな意味でドキドキしながら見守った。ゾンビがいるかも知れないというドキドキ、メイドカフェというドキドキ、そして・・・・。


「あ~ら、いらっしゃーい。あら、いいオトコとカワイ子ちゃんたち♡あなたたち、はじめてねぇ?」


 わたしたちを出迎えた人物は、フリフリのメイド服を着て、ゾンビっぽいメイクをして、がっしりとした体格で、野太い声で・・・・。


 ううむ、情報量が多すぎて頭が混乱してきた。


 取り合えず、まず確認できたことは、ここは『オカマバー』だということだ。


 ◆


「いやーん、このくたびれたオジサンって感じが逆にセクシーよね~。そ・れ・に、意外と筋肉質なのもポイント高いわ~」

「このミステリアスな小麦色の肌!そして、銀色に輝く、なーんて素敵な髪の毛なのぉ~!?キラキラ輝いて眩しい!眩しい!目が、目がぁ~ん!」

「うぅーん、このザ・フツーの女子高生って感じがむしろ新鮮だわ~。道端に咲く何気ないタンポポにも青春があるのよね。あたしの若い頃を思い出すわぁ~」


 ジョージさんとアピリス先生はともかく、私は褒められてるんだろうか。微妙な気持ちになる。


 わたし達はガールズバー『ぴーちパーク』のおねえさま方の熱い歓迎を受けていた。


「取り合えず座ってちょうだい」と言われて、バーのソファーに案内されたわたし達の隣に、それぞれ一人ずつ、おねえさまが飲み物をもって座ってくれている。バーのオーナーのリュウさんは、体格こそ大きくガッチリしていて男性的だが、綺麗なウェーブのかかったブロンドと整えられた化粧で、ぶっちゃけ綺麗だ。スタッフであるカンちゃんとチョウちゃんと呼ばれる二人。カンちゃんは長身のスタイルの良いお姉さま系、チョウちゃんはポッチャリとした癒し系。二人とも野太い声ではあるが、それも含めて魅力的に仕上がっている。こういう店にくるのは初めてだが、みんなとても明るくエネルギッシュで、こちらも楽しくなってくる。


 とは言え、グイグイ来られるテンションにこちらのリアクションが追い付かなかったりもする。褒めちぎられているアピリス先生も明らかに困った顔で愛想笑いをしているし、ジョージさんは「いやぁ」とか「はあ」とか言いながらチビチビと出されたジュースを飲み続けている。大人なのでこういう店も得意なのかと思ったが、そうではないらしい。


「あのー、それでゾンビメイドカフェというのは・・・?」


 アピリス先生が何とか自分たちの聞きたい話題に持ち込んだ。


「あら~これはね、最近ちまたでゾンビの都市伝説が流行ってるでしょぉ~?なんか面白そうだから、ゾンビにコスプレするコンセプトイベントを開催したってワ♡ケ♡」

「な、なるほど~」


 先生は愛想笑いをした後に、隣にいたわたしに小声で話しかけてきた。


「(これは本当にコスプレをしているだけなのでは?本物の病人はいないように見えますが)」

「(うーん、そうですね。ゾンビっぽい怪しいところも無いですし・・・)」

「ところで」


 わたし達のコソコソ話を遮ってリュウさんがまた話しかけてきた。


「あなたたち、どうしてウチに来たのぉ?なんかお店を楽しみに来たって感じじゃないわねぇ?」

「え!?」


 アピリス先生はドキリとした顔をした。いや、私も同じような反応をしていたかもしれない。


「可愛らしいからサービスでジュースは出したけど、一応この店はオトナがお酒とショーを楽しむ場所よぉ?未成年が来ちゃいけない訳じゃないけど。あなた達、お友達?ちょっと不思議な組み合わせな気がするけどぉ?」

「え、えーと・・・」


 明るい笑顔はそのままに質問してくるリュウさん。こちらを怪しんでいるのか素直な感想なのか分からないが、アピリス先生は大分テンパってしまっているようだ。まあ確かに、オジサンと異国の美少女と日本の女子高生の組み合わせはよく分からないかも知れない。この店がゾンビと関係あるかどうかまだ確証を持てないうちにこの店を追い出されるのは困る。こういう時にはやはり年長者のジョージさんが何とかしてくれるはずだ。


「・・・・」


 ジョージさんはジュースを飲みながらボーっとした目でこちらを見ているだけだった。何とかしないのかよ!大人のくせにーーー!


 こうなったら、仕方ないので私が何とかするしかない。とは言えどうしよう。「ゾンビ大好きサークルです」とでも言えばその場は誤魔化せるかも知れないが、そしたら今まで以上の話は引き出せないだろう。ここは、波風立ててでもブッこむしかない!


「バレてしまったらしょうがないですね・・・」


 わたしはミステリアスな美女の仕草をイメージして自分の髪をかき上げた。


「わたし達、実は本物のゾンビを探す秘密の組織なんです。単刀直入に聞きます。いますよね――――ここに、本物のゾンビが」


 わたしの渾身の演技をぶちかます。演技というか、色んなことを考えなければ最初からこう聞きたかったのだが。


 その私の発言に・・・・アピリス先生とジョージさんは「えっそんな事言って大丈夫!?」という顔をしている。そしてターゲットであるリュウさんは・・・


 先ほどまでのにこやかな笑顔から一変、無表情でこちらを見ていた。カンちゃんとチョウちゃんも同様だ。そしてリュウさんはゆっくりと口を開く。


「・・・その通りよ」


 これは、ビンゴか・・・!?わたし達が身構えると・・・、


「わたし達本物のゾンビよぉん!食べちゃうわよ、ガオー!!」


 リュウさん達3人は一斉に、両手をワキワキさせながらわたし達に顔面を近づけてきた。


「なーんてね!ビックリした!?うふふ、ゾンビメイク頑張った甲斐があったわぁ」

「やぁねぇーそんな真面目な顔しちゃって♡驚かせちゃってごめんねぇ」

「でも今って本当にゾンビが流行ってるのねぇ。都市伝説追いかける系のサークル?楽しそうだわぁ」


 3人がウフフ、オホホと笑い合っていると、店の入り口が開いた。


「あらん、お客様だわぁ。ゴメンね、あなたたち。構ってあげたいけど他のお客様の相手もしないとだから♡楽しんでもらってもいいけど、お子様はあんまり遅くまでいちゃだめよぉ~」


 そう言って3人は席を立って行った。わたしの演技も冗談だと思われたのか、それとも誤魔化されたのか・・・?


 その後、夜になるにつれて一般の客がいくらか入り、店内はリュウさん達のハイテンションもあってとても賑やかになった。バーと言ってもリュウさんたちスタッフが歌や踊りなどのショーも披露する店のようで、お酒目当ての人だけじゃなく、ショー目当てで来る観光客もいるようだった。


 こうなるとリュウさん達と直接話す機会も少なくなり、このまま店に長居しても仕方がないか、ということでわたし達は店を出ることにした。


 ◆


「ニニカさん、何か分かりました?」

「全然分かんないです・・・」

「ですよね・・・」


 店を出たわたし達は意見交換を始めたが、この有様である。


「とりあえずリュウさん達三人は、間近で肌など見てみましたが、細胞異常再生症の兆候は見られませんでした。あの三人は違うと思います」

「でも私が『ゾンビいるでしょ』って言ったときの反応は怪しいと言えば怪しいですけどね。こっちを警戒したうえで上手く誤魔化したというか」

「うーん、でも、決定的な証拠というわけでは・・・」

「いや、あの店には多分ゾンビがいるよ」


 わたしとアピリス先生が頭を悩ませていると、ジョージさんが口を挟んできた。その表情はいつも通り覇気は無いが、ハッキリとした自信を持っているように見える。


「本当ですか?ジョージ」

「嘘でしょー。さっきリュウさん達に囲まれて固まってたじゃないですかー」

「ニニカちゃんが俺の事をどう思ってるのかはよく分かったよ・・・」


 ジョージさんは苦々しい顔をこちらに向ける。


「彼らは俺たちと話しながらチラチラと店の奥へと続くドアを気にしていた。それに、そのドアの先から、かすかにだけど呻き声みたいなのが聞こえてきたから、多分その先にゾンビがいるんだと思う」

「ええ!?そんなの聞こえたんですか!?」


 わたしはとても信じられなかった。店の中は音楽がガンガン鳴っていたからだ。だがジョージさんは自分の耳を人差し指でトントンと叩きながら説明を続けた。


「ゾンビになると身体能力が上がるだろ?ゾンビ化しなくても、集中したらギリギリだけど聞き取れることができたよ」

「えー、マジですか・・・」


 身体能力が上がっていることは分かっていたが、聴力も上がっているのか。わたしも今度試してみよう・・・。


 とは言え今はそれどころではない。というのはアピリス先生が態度で示していた。


「お店のバックヤードに患者が?どういう状況か分かりませんが、一刻も早く治療しないとですね」

「でも当のお店の人が隠そうとしてるからなぁ・・・」

「じゃあ・・・コッソリ裏口から忍び込むしかないですね!」


 わたしの明快な結論に、アピリス先生とジョージさんは何故か頭を抱えた。


 ◆


「犯罪に手を染めたくはないんですが・・・」


 アピリス先生はボヤいているが、とは言え他にやりようも無いので、反対せずついて来ている。今は店の裏口を見つけだしたところだ。先ほど店を出た時の様子からすると、お客さんが沢山いるのでお店のスタッフ全員接客で大忙し。つまり、裏口からバックヤードに入っても誰にも見つからない可能性は高い。もちろん、運悪く見つかることはあるだろうが。その時は全力で逃げよう。


「鍵は・・・かかってますね」


 まあこれは不思議な事ではない。予想の範囲内なので、


「じゃあジョージさん、ぶっ壊してください」

「ああ・・・本格的に犯罪者に・・・」


 アピリス先生を無視して、ジョージさんは上手いこと音が出ないようにドアノブを壊した。これもゾンビとしての高い身体能力のおかげだ。


 そーっとドアを開けて中を覗き込む。薄暗いバックヤードの突き当りのドアから、店内の明かりと声が漏れている。とりあえずリュウさん達と鉢合わせしなかった事に胸を撫でおろし、こっそりと、そして速やかに中に入る。ゾンビのうめき声が聞こえたという事だが・・・わたしも耳を澄ませてみる。すると・・・、


「・・・・!」

「やっぱり声が聞こえるな」


 ウウウゥという声が聞こえてきた。その音の出所を探ると・・・。


「地下への階段がある。この先か・・・・」


 バックヤードの中にはさらに階段があり地下へと繋がっていた。その先はさらに暗くなり、そして確かに声はここから聞こえてきた。


 わたし達は再び静かに階段を下りる。その先に繋がる廊下の中の一つの扉。声はそこからだ。ドアには鍵がかけられているが覗き窓が設けられていた。それを恐る恐る開け、3人で覗き込むと・・・。


「・・・・!あれは・・・・!!」


 ゾンビだ。部屋の中にゾンビが1人。女性のようだ。青緑色の肌、そして、完全に正気を失い白目をむいている。呻き声をあげながらただただゆっくりと部屋の中を徘徊している様子は、まさに映画などで見る、知性のないタイプのゾンビの姿そのものだ。


「でも・・・なんでゾンビをこんな所に閉じ込めているの・・・・!?」


 わたしの疑問には誰も答えられない。アピリス先生もジョージさんも息を飲んでゾンビの事を覗き窓から見ている。


 と――――。


「あなた達・・・見てしまったのね・・・・」


 わたし達はハッとして振り返る。


 そこには、先ほどまでの明るい笑顔からは程遠い、厳しい顔でわたし達の後ろに立つ、リュウさんの姿があった。

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