第22話 VSゾンビライダー(後編)
「イヤァァァア!何あれ怖いいいい!」
わたしは隣に座るメアリさんに縋りつきながら叫び声をあげていた。
「ニニカちゃん!?普段はゾンビなんて見てこんなに怖がらないでしょ!?」
「いや、ゾンビは全然怖くないけど、煽り運転は怖いでしょ!!」
わたし達の車はゾンビ(?)ライダーからメチャクチャ煽り運転をくらっていた。わたし達の車を追い抜かしたと思ったら前にぴたりと着いて蛇行運転したり、かと思えば横に着いて並走したり、また後ろに着いて追い立てようとしたり。これが煽り運転。こんな恐ろしいことをよくできるよ・・・。なんて思っていたら怖がる私を見たメアリさんにスイッチが入ったらしい。
「許せない、卑劣な暴走ゾンビめ!そのバイク叩き斬ってやる!!」
「ちょっとちょっと!メアリさん、窓から顔出さないでくださいー!!」
頭に血が上ったメアリさんの奇行にアピリス先生が悲鳴を上げるが、なんとゾンビ(?)ライダーがこちらに並走してそれに答えてきた。
「いい度胸じゃねぇか!俺様は不死身のゾンビライダーだぜ!」
「このクリムゾンビーストに向かっていい度胸はそっちの方よ!!そこまで言うなら本当に叩き斬るわ!」
「ちょっと!待ってメアリさん!もしその人がコスプレしてるだけの一般人だったら大変なことに!本当に病気かを確かめないと!!」
「なんですって?お前、偽ゾンビだったのか!」
「誰が偽だ!それに誰が病気だ!?俺様は元気いっぱいだ!」
「あーあ、アピリス先生のせいでややこしいことに」
「え、私が悪いんですか!?」
車内が一気にカオスになってしまった。
「でも本当にゾンビか?やっぱり偽ゾンビなんじゃないか?」
「なんだとぉ?俺様は本物のゾンビだ!もっと怖がれよ!」
「ヘルメットとライダースーツで全身覆ってたら分からないだろ」
「何だと!これを見ろ!!」
ゾンビ(?)ライダーはヘルメットの目の部分のカバーを跳ね上げた。そこにあったのは、血の気のない青緑色の肌にギラギラとした瞳、まさにゾンビ!
・・・かな?
「いや、でも最近はコスプレでも、ああいうの出来ますよね」
「目の周りだけ見せられてもなぁ」
「一回バイクを止めて、診察させてくれません?」
「そうよ!早く止まりなさい、この暴走コスプレバイク!!」
「テメェら俺様の事を馬鹿にしてんのか!?」
わたし達は口々に彼を説得したが、思い届かず彼は怒り狂ってしまった。
「あー、アピリス先生が頑なにゾンビと呼んであげないから」
「また私のせい!?」
先生が抗議の声を上げたが、もはや誰も気にしていなかった。ゾンビ(?)ライダーもだ。
「俺様に文句があるならなぁ、勝負だ!勝負!」
「勝負!?」
「都市高バトルだ!!俺様はここで最速の男だと証明するために走ってんだ!!」
「ゾンビと何の関係が!?」
「うるせぇ!グダグダ言ってねぇで、この勝負受けるのか、受けねぇのか!?」
「ゾンビだって証明できないとダメだってアピリス先生が」
「めんどくせぇなぁ!これでどうだ!!」
ゾンビ(?)ライダーがそう叫び、全身に力を入れるような動きをすると、途端に彼の体が炎のようなオーラに包まれた。そしてその光はバイク全体を覆うように広がり、さながら炎のバイクと言った様相だ。
「どうだ!これが俺様のゾンビの力だ!こうなった俺のマシンは最速だ!」
「おお!あれはさすがにマジのゾンビじゃないですかね!?」
「まさか本物の炎じゃないだろうし、さすがにゾンビっぽいな」
「じゃあアピリス先生の言う通り勝負成立ね!勝ったらそのバイクを叩き斬ってやる!」
「ちょっとまって、私が勝負受けるって言ったことになってるの!?」
さっきからアピリス先生一人が狼狽えているが、他の人は全員やる気になっている。
「じゃあ行くぜ!言っておくが、そんなチャチな軽自動車じゃ勝負にならねぇだろうが、俺様は手加減なんてしないぜ!?」
「・・・はぁ!?なんですって!?」
ゾンビライダーの挑発に怒りを露わにしたのは・・・・アピリス先生だった。
「私の車が遅いって言うんですか!?」
「へぇ、そんな軽で随分な自信だな。じゃあ試してやるよ、着いてこれるかな!?」
そう言うとゾンビライダーは一気に加速してわたし達の車を置き去りにしていった。
「あ、やばい、逃げられる!?」
「ちっ!皆さん、飛ばしますよ!シートベルト締めて!あと、万が一に備えて薬袋は外しておいてください!」
薬袋をはずす。ゾンビ化を抑制するために身に着けている薬袋を外すという事は、ゾンビ化しておけということだ。それはつまり・・・。
「つまり、万が一事故ってもゾンビになっとけばまあ大丈夫だろう、ってことだな」
ジョージさんが冷静に解説をする。
「えええ!走り屋対決ってそんなに危険なの!?」
「いいから早く!追いつけなくなる!」
アピリス先生の気迫に押されてわたし達は全員言う通りに薬袋を外す。3人とも青緑色の肌に、メアリさんはそれに加え、髪が赤く長く伸びる。一斉ゾンビ化。普通ならカッコいいシーンのはずだが、狭い軽自動車の中でこれはなかなか凄い見た目になっているな・・・。
アピリス先生はわたし達のゾンビ化を確認すると一気にアクセルを踏んだ!
「絶対追い付いてやる!!!」
普段の先生からは想像できない過激さだ。
「アピリス先生どうしたんですか!?」
「あのバイク、あんなスピードで暴走して、危険すぎるでしょう!早く捕まえて大人しくさせないと!!」
なるほど、さすがはアピリス先生。
「でも軽自動車じゃ無理があるんじゃ!?」
「大丈夫、この車はバリバリに改造してますから!!時速200キロはいける!」
「200!?」
そう話しているうちに車はみるみる速度を上げていく。周囲に他の車はないが、周囲の街灯が見たこと無いスピードで通り過ぎていく。後ろに飛んで行っているようだ。だがゾンビライダーも同じくらい速い。離されることは無くなったが、それ以上距離が詰まらない。
「チッ!向こうも改造バイク、さらに病気の再生能力を頼りにリスクを恐れず無茶な運転をしてるから早いんですね。あの炎のような光にも何か効果があるのか?バイクが速くなるとか・・・?」
アピリス先生が一人でブツブツ呟いている・・・。どうもさっきから先生の雰囲気がいつもと違う。私の困惑を感じ取ったのかジョージさんが口を開く。
「この軽自動車はセンセイの愛車なんだよ。まだ金が無い時に格安で買ったんだけど、その後資産運用でお金の余裕が出来てきてね。もしもの時のために速い車がいいってんで買い替えも考えたけど、すでに愛着が沸いていたらしく。それで、この車を売ってくれた整備工場が走り屋の改造もしてるところで、それならこの車を改造しようってことに。で、金が入る度に改造してたら、いつの間にかこんなモンスターマシンになってたんだよ」
「え、じゃあ先生が急にやる気だしたのって・・・」
「愛車を馬鹿にされたからだと思うよ」
「ええ・・・」
資産運用の時と言い、アピリス先生の熱くなるところがよく分からない。当のアピリス先生はこちらの話が耳に入っていないかのように集中している。いや、まあこのスピードで運転しているんだから集中してもらわないと困るが。相変わらずブツブツ言っている。
「くそ、このままじゃ埒が明かない・・・。次のジャンクションまでもうすぐだし、そこまで行ったら走り屋的には勝負終了でどこかに行ってしまう・・・周囲に車がいないこの直線でカタをつけるしかない!」
そしてアピリス先生は前を見据えたまま、わたし達に向かって作戦を告げた。
◆
「行きますよ!短い時間ですが、時速300キロまで出せるハイパーブースト!!」
アピリス先生が謎のボタンを押すと、車はさらなる加速をした。体にかかるGは相当なものになり、車体はギシギシと悲鳴を上げているようだ。周囲の街灯はいよいよその姿をとらえることはできず、光の帯だけが後ろに流れていく。
目の前を走っていたゾンビライダーがどんどん近づいていき、そのまま追い越せる―――そう思った瞬間、ゾンビライダーがこちらに気づいたらしい。抜かれまいと、こちらの進路を妨害するように横へバイクを滑らせる。
だが――――それこそがアピリス先生の狙い。その一瞬、どうしてもスピードに緩みが出る。その一瞬のスキをついて、さらにもう一段階の加速を踏み込む!わたし達の車はゾンビライダーの車体を避け、射抜くようにその前に出る!
「なにぃ!!!」
とゾンビライダーが言ったかどうかは聞こえないが、間違いなく驚いているだろう。だが、これで終わりではない。
「メアリさん!今です!!」
ゾンビライダーを追い抜いたところでメアリさんは車のドアを勢い良く開ける。このスピードでそんな事をすれば当然車が風圧で暴れるが、アピリス先生は何とか車体を制御する。メアリさんはその赤い髪をたなびかせながら車外に飛び出した。空中を跳びながらその手に握られた赤い刀を操り、周囲の鉄骨と、車とゾンビライダーをその髪の毛の糸で捕らえて結びつける。
時速300キロにも加速した車とバイクがそれですぐに止まる訳ではない。だが速度をやわらげられればいいのだ。
アピリス先生はハンドルを巧みに操りゾンビライダーの前方に車を回転させながら滑り込ませる。そして―――
「ジョージ!!」
助手席のジョージさんにハンドルを任せると、先生も車の扉を開け放つ。その先にはドンピシャでゾンビライダーが。そしてアピリス先生の手にはニードルガンが握られていた。
「緊急治療を開始します!!」
未だ高速で進む車とバイクの間を、ニードルガンから放たれた治療針が飛び、見事ゾンビライダーの心臓に突き刺さった。
「・・・・!!!!」
ゾンビライダーの悲鳴は風にかき消され聞こえないが、その体は力を失う。だが、即座にクラッシュするということは無かった。メアリさんの髪の毛の糸によって絡めとられたバイクとゾンビライダーは、地面をしばらく滑ったあと、その動きを止めた。
◆
幸運だったのは、たまたま他の車がいなかったことだ。まあ、ゾンビライダーが最近暴れていたせいでこの道路を利用する人が少なくなっていたのだろう。あの後ジョージさんがゾンビライダーとバイクを路肩に移動させ、アピリス先生が応急処置をした。目を覚まさなければゾンビライダーを車に乗せて、バイクはジョージさんが乗っていくか?という話をしていたが、幸いゾンビライダーが目を覚ました。
「あれ?俺は?ここは・・・?」
ゾンビライダーは先ほどまでのオラオラぶりが無くなり、ずいぶん大人しい感じだ。年の頃は20歳くらい、金髪にしているが、ヤンキーにしては純朴そうな雰囲気が滲み出ている。田舎の垢抜けきれない不良という感じだ。
「あなた、もしかして意識の混濁が起きてますか?さっきまでバイクで暴走していたんですけど・・・」
「え・・・!!?」
その言葉を聞いてゾンビライダーは青ざめた。
◆
「私の診療所に行こうとバイクに乗ったら記憶を失っていた?」
「はい・・・少し前にバイクで事故って気を失って、目覚めたらゾンビになってたんだ。それで、ゾンビ専門のお医者さんのサイトを見つけたんで行こうとしてたんだけど、バイクに乗った後の事が全く思い出せなくて、気づいたら家に戻ってたんだけど・・・」
「バイクに乗ってる時の記憶が無い・・・。何か性格も変わってるみたいだし、2重人格的になってるのかも・・・?バイクに乗ることが一種のスイッチになって症状が進行する・・・ってこと?」
「こち亀の本田巡査みたいだな」
アピリス先生が頭を捻り、ジョージさんが一人でよく分からない納得をしている。ゾンビになると人格が変わるのはよくあることみたいだが、バイクに乗ってる時だけなんて、こんなパターンもあるとは。
「ゾンビなんて早く治したいから、諦めずに毎晩毎晩バイクに乗って診療所に行こうとしてたんだけど、毎回記憶を失って家に帰ってるんで困ってたんだ。まさか走り屋活動してたなんて・・・」
「走り屋願望があったとか?」
「まあ確かに漫画とか見て憧れてはいたけど、実際やったら捕まっちゃうし・・・」
「そういう気持ちがゾンビ化して抑えきれなくなったのかもな」
「じゃあ潜在意識とは言えコイツのせいってことよね。やっぱりこのバイク叩き斬ろう!」
メアリさんがギラリと刀を振りかぶるが、アピリス先生がなだめる。
「まあまあ、治療したから大丈夫だろうし・・・・。でも確かに、しばらくバイクは乗らない方がいいでしょうね。今日は送ってあげましょう。バイクはジョージが乗っていって」
「えええ・・・まあしょがないけど・・・」
ジョージさんは露骨に面倒そうな顔をしたが、大型バイクに乗れるのはジョージさんだけだから仕方ないだろう。
取り合えずこれでひと段落だ。他の車の目に付く前に退散することになった。
「それにしても・・・バイクに乗ったら記憶失う事が分かってるなら、バスとかで来たら良かったんじゃないですか・・・?」
アピリス先生が疑問を口にしたが、ゾンビライダーは考えたことも無かった、という顔をした。
「えええ!?あんな青緑色の肌で公共交通機関に乗りたくないよ。バレたら何か怖いじゃん」
まあ確かに、わたしもメアリさんも、イトさんも、最初に診療所に来たときはスクーターや自分の車を使っていたな。
「なるほど、そういうのもあるのか・・・」
というわけで、アピリス診療所のホームページには「出張診療いたします」の一言が付け加えられたのだ。
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