第35話 ゾンビ志願者

「ええ!?刑事さん、何を言ってるんですか!?ゾンビになりたいだなんて、ダメですよ!!!」

「そんな!お願いしますよ!ゾンビが実在する。しかも、ダンテという親玉の元組織的な犯罪を行っているとなると、ボクも刑事として、ゾンビと戦えるようにならないといけない!!あなたはゾンビ専門の医者なんですよね?そしてジョージさん達はゾンビとして暴れるということも無い。ということは、安全にゾンビになって、その力を正義のために使えるということでしょ!?」


 そもそも、ジョージさん達には感謝はしているが、市民を戦わせて危険にさらすなんてことは刑事として許されない事だ。だが、アピリスさんは「とても信じられない」という顔をしていた。


「ダメです!そもそもこれはゾンビじゃなくて病気の症状なんです。しかも未知の部分も多く、治療法もまだ見つかっていない。ジョージ達も定期的な処置が必要な体です。今は安定して見えるかも知れないですが、いつ悪化するか分からないんですよ。それに、この病気になるという事は、一度致命傷を与えてから蘇生治療をしないといけない。それでも発生してしまう副作用がこの症状なんです。さらに、どのような症状になるかは全く分からない危険なものなんです!そもそも健康な人を故意に死の危険にさらすなんて、出来るわけないでしょう!!」

「え、そ、そうなんですか・・・!?」


 アピリスさんの必死の訴えに、ボクはたじろぐ。そう言えば、ゾンビにするには一度殺す必要があるって大男ゾンビも言っていたな。改造人間にする手術みたいなものなのか。確かにそれは色んな意味で問題だ・・・。


「あれ?ということはジョージさん達は、アピリスさんがゾンビにした仲間ってわけじゃないってことですか?」

「それは・・・」

「みんなダンテに無理やりゾンビにさせられたんだよ」


 ボクの問いに最初に答えたのはジョージさんだった。


「そうですよー。私も狼男ゾンビにグサー!ってやられて、気づいたらゾンビに!」


 ニニカさんはあっけらかんと言う。そんな軽い調子でする話か?


「ゾンビは、冷徹非道ダンテ・クリストフが生み出しているんです。絶対に、許すわけにはいきません」


 一方メアリさんは自分がゾンビ化した経緯は特に言わずダンテへの怒りを口にした。


「そうですか・・・。ゾンビの犯罪者に対抗するにはいい手だと思ったんですが、それなら仕方ないですね・・・」

「いえ、分かってくれたならいいんです。じゃあ、倒れてる患者たちの様子を見るので」

「あれ、全員治療して気絶してるんじゃ?」

「そのはずですが、一応確認です。特にこの患者は体が大きかったりと特殊なタイプだったので、念のためちゃんと診ないと」


 そう言うとアピリスさんは大男ゾンビの傍にかがみこむ。そうだったのか。じゃあボクが色々話しかけたせいでこれが出来なかったんだな。申し訳ない・・・。


 その会話をきっかけに、アピリスさんとジョージさんは大男ゾンビの傍に、メアリさんは倒れているその他のゾンビ達の様子を見に、ニニカさんは誘拐されていた人たちを安心させるために話しかけに行っていた。・・・いや、ニニカさんは興奮した様子で「あなたはどんなタイプのゾンビですか!?」と聞いて回っているだけだ。


 まあそれはそれとして、先ほどの戦いの時といい、この人たちはゾンビの事件に対処することに慣れているように見える。特にその息のあった連携、チームワークは見事だった。


 ・・・そう言えば、チームと言えば。


「あと二人のお仲間はどこに行ったんですか?アピリスさん達が来る前にはここにいたんですが、戦いでピンチの時にも出てこなかったですけど」


 ボクのその言葉に、近くにいたアピリスさんとジョージさんが怪訝な顔をする?


「あと二人?」

「はい。・・・あれ?お仲間なんですよね?アピリスさんとそっくりだったから、当然関係者だと思ってたんですけど・・・」

「私にそっくり!?」


 アピリスさんとジョージさんは、大男ゾンビから完全に目を離してボクの方を向いた。ボクは何の気なしに言ったつもりだったので、その勢いに少し戸惑ってしまった。


「本当ですか!?ここに、私にそっくりな人が!?いつ!?」


 だが、その直後に決して見過ごせない事がおきた。大男ゾンビが、急に目を開き、傍にいるアピリスさんに向かって勢いをつけて手を伸ばし始めたのだ。


 まさか、倒れていたのは演技!?アピリスさん達の注意がそれるのを待っていたのか!?


「危ない!!」


 ボクが声を上げるのとほぼ時を同じくして、アピリスさんもジョージさんも大男ゾンビの動きに気づいたようだ。だが、二人とも一瞬遅い。大男ゾンビの手がアピリスさんに届くのが早い・・・!!


 キィィイン・・!!


 間に合わない、そう思った次の瞬間、不思議な音と主に、大男ゾンビの動きが止まる。そしてその後、まず気づいたのは、周囲に急速に流れてくる冷たい空気だった。大男ゾンビがいるのに気付いたのはその後だった。


「な・・・・」


 ボクもアピリスさんもジョージさんも、周囲の誰も、何が起きたか分からなかった。


「相変わらず、アピリスは肝心なところで判断を誤るのね」


 突然声がする。アピリスさんの声に似ているが、今周囲に流れている空気のような、どこか冷たい響きを感じる。


 声の方向を見る。ボク達が今いる広場、そこに置かれたコンテナの上に、人影が2つ、月の影から現れた。ボクが先ほど見たのと同じ2人だ。アピリスさんにそっくりな、銀髪と褐色の肌の少女。そしてもう一人は、白く長い髪と白い肌の長身の美女。2人はコンテナの上に立ち、ボク達を、いや、アピリス先生を見下ろしている。夜空の満月を背に、非現実的なほどの冷たい美しさを感じさせる。


 ボクは全く事情が呑み込めていないが、アピリスさん達にとって、とても重大な事が起きているのは肌で感じていた。特にアピリスさんは、驚きと困惑・・・そしてその奥に喜びの気配を感じる表情をしていた。


「お姉ちゃん!!!」


 アピリスさんの声が月夜に響いた。

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