第42話 気にする人は気にする
「瀕死のジョージさんを助けるために、アピリス先生はゾンビ化手術をしたわけですねー」
わたし、村井ニニカは、先ほどアピリス先生とジョージさんから聞いた話を改めて要約した。なお、当のアピリス先生は「少し疲れました」と言って自室に戻って寝てしまっている。
まあそれも無理はない。小南レイさんの誘拐事件の後も色々大変だったのだ。
事件があった場所は診療所から離れた場所にあったので、まず診療所に移動しないといけないわけだが、誘拐されていた5人の男女は全員ゾンビ状態なので、そのままだと目立ってしまう。なのでその場で応急処置をして見た目を普通の状態に戻し、その後みんなでぞろぞろ診療所に移動して、それから本格的に治療を行った。その後も、今後の病気との付き合い方を説明だ。薬袋を肌身離さず持つことや、定期的にアピリス先生の診療を受ける必要がある事、つまり、現状完治はしないという事を説明した。
これを5人分一気にやったのだから、それはもう大変だった。特に病気の説明が。そもそも彼女たちは、突然ゾンビに誘拐されて致命傷を負わされ、そして気づいた時はゾンビになって捕まっているという、トラウマになってもしょうがない体験をしたのだ。わたし達に助けられたのは幸運だったが、安心したのもつかの間、ゾンビは治らないと聞けば、これからの生活に不安を持つのは当然だろう。5人もいれば反応も様々で、静かに受け入れる人もいれば、泣きわめく人、何とかしてくれとアピリス先生に食って掛かる人もいた。そんな人たちをなだめるのには、本物の刑事である小南レイさんが説得に加わってくれたのは助かった。何せこっちはモグリの医者だし。そんなこんなで、全員帰ってもらうのに結局朝方までかかってしまった。
そしてその後、「ジョージさんをアピリス先生がゾンビにした」という話の真相を話してもらったわけだ。もちろんわたしも聞きたかったが、一番強く聞きたがったのはメアリさんだった。まあメアリさんは、ダンテ・クリストフのせいで友人の保谷ルイさんを殺すはめになったので、ゾンビを生み出すダンテを強く憎んでいた。そこに、実はアピリス先生もゾンビを生み出していたと聞いて、複雑な気持ちだったのだろう。
で、教えてもらった真相がああいう事だったわけだ。
「まあ、やっぱりねって感じだったよね」
「予想通りでしたね」
「えええ!?」
わたしとメアリさんの言葉に、なぜかジョージさんは大きな声を上げた。
「軽くない!?俺の悲しい過去とセンセイとの出会いの話をあけすけに語ったのに!?」
「ええ・・・おじさんなのに、未成年の美少女との出会いにそんな思い入れを持ってるんですか・・・ヤバくない?」
「え!そんな感じ?うーん、そう言われるとちょっとヤバい感じがしてきた!じゃあそっちじゃなくて、俺の悲しい過去は!?」
「あれ話す必要ありました?『死にかけてたところをアピリス先生にゾンビにして助けてもらった』だけで良かったんじゃない?」
「え、それだけでよかった!?つい気持ちが乗って語っちゃったけど・・・・」
「私たちにそんな話されても、重すぎて反応に困るし・・・」
「そう言われると確かに・・・?」
「あ、でも、仕事って大変なんだなぁって思いましたよ。将来就職するのが怖くなったって言うか。ブラック企業には気を付けようっていうか」
「そ、そうか。それが伝わったならよかった・・・かな?」
「それで、アピリス先生の話ですけど・・・」
「あ、俺の話、本当にもう終わりなんだ!?」
さっきから、わたしの一言一言にジョージさんが妙にツッコみを入れてくる。一体どうしたんだろうか。まあいいか・・・。
「アピリス先生のことだからそんな事だろうと思ってたけど。ジョージさんが死にかけてたのを助けるにはゾンビにするしかなかったんでしょ?じゃあしょうがないじゃんねぇ?ダンテは『衝撃の真実!』みたいに大げさに言うし、先生も『ついにバレてしまった!』みたいな顔してるけど。そんなに気にすること?」
アピリス先生が、ゾンビを完全に治療できないのにゾンビ化するのは嫌なのは分かっているけど・・・。わたしが頭を捻って疑問を口にすると、ジョージさんは少し困ったように答えてきた。
「まあ・・・センセイの医者としての倫理観がそれを許さないんだろう。それに加えてダンテ・クリストフに対する憎しみもセットになってるからね。冷静にはいられないんだろう」
「もしかして、ジョージさんが『何でゾンビにしたんだ!』とかセンセイを責めたとか?」
「まさか。助けてくれたことへの感謝を伝えたよ。センセイは当時も俺をゾンビにしたことを悔やんでいたから、気にするなとも言ったけど、ねぇ」
そう言ってため息をつく。ジョージさんもアピリス先生の気にしすぎを気にしているようだ。
「まあでも、アピリス先生が悪い事のためにゾンビにするような人じゃなくて良かったですね、メアリさん!」
わたしばっかり喋っていたことに気づいて、メアリさんに話題を振る。メアリさんもさっきの話を聞いて「予想通り」と言っていたので、最初からアピリス先生が悪人じゃないとは思っていたのだろう。そのことが確認できてホッとしているはずだ。
「え、ええ・・・そうだね・・・」
だけどメアリさんの表情はあんまり明るくなかった。心ここにあらずという感じだ。
「アピリス先生がジョージさんをゾンビにした事情は、しょうがないですよね。むしろ・・・諸悪の根源ダンテ・クリストフの悪辣さを再確認しました。やはり絶対に許せない・・・。私がこの手で絶対に殺してやる・・・!」
どうやらダンテへの憎しみを募らせていたみたい・・・。メアリさんの言葉に驚きの声を上げたのは、ずっと部屋の話で黙って聞いていた小南レイさんだった。彼はずっと『俺この話聞いてていいのかな?』というような顔で居心地の悪そうな顔をしていたのだが。
「こ、殺す!?」
刑事だけあって「殺す」という言葉に反応したようだ。それに気づいたメアリさんは、あからさまに誤魔化すように席を立った。
「すいません、私も疲れたみたいで・・・今日は帰りますね・・・」
そう言うと足早に診療所を出て行った。
「あの、殺すって・・・!?」
「まあ、いつもの事だから気にするな」
「そうですね。ダンテに対してはいつもあんな感じですから」
「いつもの事なの!?それはそれで心配じゃない!?」
レイさんが食い下がってくるが、ジョージさんは面倒くさそうに話題を変えた。
「そんな事より、刑事さんはどうするの?事情を聴きたいって言うから同席してもらったけど。・・・ていうかよくずっと黙って聞いていたね。あんたの性格だと、途中途中で絶対リアクションというか口を挟んでくるものとばかり・・・」
「いやいや、あの空気で半分部外者のボクが口挟めないでしょ。ボクだって仕事中はちゃんと空気読んで振る舞いますよ」
「え・・・空気読んでるつもりであの仕事ぶりだったの・・・?」
ジョージさんは割と本気で衝撃を受けているようだ。ジョージさんとレイさんの間に何があったのか、後で聞いてみよう。
「それで、刑事さんとしてはどうするの?もしかしてこの場でモグリの俺たちを逮捕するとか・・・?」
ジョージさんは冗談めかして言うが、正直そうなる可能性もあった。だがレイさんはあくまで友好的な態度だった。
「いやいや!皆さんは今回の恩人ですし!むしろ皆さんの活動の助けになりたいので、今回の事を上司に話して、警察と協力体制を取れるようにしてきます!」
その言葉に私のテンションが上がる。
「え、マジで!?ついに警察にゾンビの情報が伝わるわけですね!?警察対ゾンビ軍団!これもゾンビ映画の王道ですね!そして次々とゾンビに感染していく警察官たち・・・。ついに警察署までゾンビの居城に・・・・!」
「妄想はいいけど、流れるように警察を負けさすな・・・」
ジョージさんのツッコミ。レイさんはそれにアハハと笑うと、「今日は時間が無いのでこれで」と名刺を渡して帰っていった。
「さて・・・」
ジョージさんとわたしの2人になると、ジョージさんはため息をついた。
「これから大変だな・・・・」
「そうですね!ダンテとの邂逅、アピリス先生のお姉さんとの確執、そしてお姉さんの隣にいた謎の美女!いよいよ話が佳境に入ってきて、戦いも激しさを増しそうですね!」
「いや、それよりも・・・・」
ジョージさんはもう一度、今度はさらに大きく肩を落としながらため息をついた。
「お金が・・・・お金が大赤字なんだ・・・・!」
今回、誘拐されたゾンビ患者5人を助けて治療したわけだが、『事件に巻き込まれてこちらが勝手に治療したのに、治療費を取るのは悪い』というアピリス先生の意向で、治療費100万円、5人で500万円、を請求しなかったのだ。
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