第41話 治療開始

 蘇生術を施すのは初めてだったが、どうやら上手くいったらしい。いや、上手くいったとは言ってはいけない。の結果として、再生過剰、副作用のある状態でその男性は蘇生した。意識は戻っていないものの、心拍と呼吸は戻っている、が、肌は青緑色に変色している。目を覚ましたらどのような反応をするだろうか。こんな体にしたことを恨み、怒るだろうか。


 私の後悔は、しかしある突然の声によって中断させられた。


「なるほど、そういう手順ですればちゃんとゾンビになるのか」

「!!!」


 決して聞きなれた声ではない。奴の声を聞いたのはほんの僅か。だが、耳に、心にこびりついた、許すことのできない声。


 声の方を振り返ると、金髪碧眼の一人の男が経っていた。したり顔でこちらを眺めている。


「ダンテ・クリストフ・・・!?」


 探していた男だが、こんなに簡単に会えるとは思っていなかった。怒りと同時に困惑も沸いてしまう。そんなこちらの様子を気にするふうでも無く、ダンテ・クリストフは独り言のように続ける。


「君の母親から貰った情報で色々やってみたんだが、どうも上手くいかなかったんだよ。蘇生は出来るんだが、しばらく経ったら活動不能になってしまって。何より、見た目がゾンビらしくない。普通の人間のようになってしまうんで困っていたんだ。だがさっきの君の処置を見て、正確なやり方が分かったよ。これで理想のゾンビに一歩近づいたな」

「な、何を・・・・?」


 思考が追い付かない。何かとても不愉快な事を言われていることだけは分かる。私が混乱したまま口にした言葉を、ダンテ・クリストフは「ここで何をしているのか?」と聞いたと思ったのか、それに答えるように言葉を続けた。


「何をと言われても、実験していたんだよ。蘇生術の。君の母親が素直に全てを教えないし、君も大した情報を持っていないようだったから、いただいた資料から自分で習得するしかなかった。だが、君がきちんとの知識は持っていたとはね。あの時ちゃんと君からも情報を聞き出せばよかったな」

「な・・・!」


 必死で頭を働かせて、相手の言っていることと、そして自分の感情とを整理しようとする。そしてようやく言葉を絞り出した。


「・・・ふざけるな!!!お母さんを殺して、うちの村を滅茶苦茶にして、それでやることが、ゾンビ!?私たちの蘇生術は、人命を助ける立派な医術よ!それを・・・それを、治療途中の副作用がというだけで・・・。そのためにお母さんを殺してまで技術を盗んだの!?その上、中途半端な技術で、こんな全く関係ない日本の人たちで人体実験をするなんて・・・!」


 許せない。ダンテ・クリストフの行動は全く理解不能で、支離滅裂で、正気とは思えない。悪い冗談のようだ。そんな事のために多くの人が犠牲になっているかと思うと、私は怒りを抑えられなかった。だがダンテ・クリストフは全く動じない。


「それは見解の相違だな。むしろゾンビの技術を上手い事使って医療に利用していると言った方が正しいんじゃないか?」


 くだらない言葉遊びだ。それが私の神経を逆なでする。


「ゾンビなんて呼ぶな!」

「そうかい?じゃあその後ろで目を覚ました男は何なんだ?」

「え・・・!?」


 後ろを振り返ると、先ほど助けた男性が目を覚ましたようだ。まだ何が起きたか分かっていない様子で、力なくゆっくりと起き上がろうとしている。


「その男はさっき間違いなく死んでいた。死者を蘇らせ、青緑色の肌に不死身の体。ゾンビそのものじゃないか」

「ゾンビ・・・?アンタ達は・・・?一体・・・・?」

「ま、まだ動いちゃだめよ・・・!」

「君は死んで、ゾンビとして甦ったんだよ。その手を見てごらん」

「はぁ・・・?」


 男性は訳が分からないという感じで・・・だが言われた通り自分の手を見る。青緑色に変色した肌を。


「・・・?」


 だがまだよく分かっていないようだ。当然だ、手の肌の色が変わっただけで、急にゾンビだなんて言われても、意味不明だろう。だが、ダンテ・クリストフもそれは予想通りだったようで、次の行動に移った。おもむろに男性に近づくと、ダンテ・クリストフは自らの手を男性の右足に向けて振り降ろす。すると、男性の右足が切断された。


「うわぁあああ!?」


 当然、男性は驚きと、そして痛みから悲鳴を上げる。私も突然の事に気が動転する。


「な・・・何を!!」

「百聞は一見に如かずさ」


 そう言うとダンテ・クリストフは男性の傍にかがみこみ、斬り落とした右足を一度ヒョイと持ち上げると、切断面同士を当てがった。


 すると湯気のようなものが上がり、少しすると綺麗に


「あ・・・、え・・・?」


 男性は自分に起きたことに理解が追い付かないようだ。だが確かに、今の状態、「再生過剰」の状態なら、こうなる。実際、体の一部が千切れた状態からでも、それがくっついた状態に蘇生できるのがこの技術だ。


 それを見たダンテ・クリストフは得意げに声を上げる。


「どうだ!死者から甦り、切断されても元通りになる再生力!これこそゾンビ!」

「・・・違う!!」


 私はついにダンテ・クリストフの暴挙に我慢が出来なくなった。この男性がどんな事情でビルから飛び降りたかは知らない。だが、死ぬような目にあって目覚めた途端、ゾンビなどと言われてその体を実験のように切り刻まれる。そんな事をされた彼がどんな気持ちになるか、それを思うと絶対に許せなかった。


「彼はゾンビなんかじゃありません!これは・・・これはただの病気です!治療の途中に起きる副作用、ただそれだけです!彼は私の患者であり、私が必ず彼を治療します!!」


 そんな私の叫びに、ダンテ・クリストフはしかし、意地の悪い笑みを漏らす。


「ふぅん・・・?自分でそんな体ゾンビにしたくせに?」

「・・・・!!!」


 私の叫びは、自分の失態を慰めるものでもあった。それを看破されたようで、私は言葉を失ってしまった。


「もし君が彼をゾンビにしたことを悔いているなら、私と協力するというのはどうだ?キミも蘇生術の全てを知ってるわけでないようだが、それでも私が知らない知識を持っているかも。君の知識を合わせて一緒にを繰り返せば、彼をゾンビから治すこともできるかも?」

「ふざけるな!お前の目的からすれば、この病気を完全に治療する方法が見つかっても自分で独占するか、握りつぶすかしかしないだろ!」

「フ、まあ流石にこの勧誘は無謀だったな」


 そう言うとダンテ・クリストフはその場を去ろうとする。


「待て!どこに行く気だ!!」

「どこにって・・・この土地での実験もそろそろ潮時だからな。また別の場所で理想のゾンビを生み出す実験を続けるのさ」

「そんな事・・・!」

「ああ、追いかけて来ようとしても無理だよ。その男を放ってはおけないだろう?」

「く・・・・!」


 だがこれだけは聞いておかなければ。


「お姉ちゃん・・・パナテアはどうした!お前が何かやったのか!?」

「君のお姉さんか。安心していいよ。彼女の行方は私も知らない。まあ私も彼女を探し出して情報を聞き出そうとしているから、早い者勝ちだね」


 そう言うとダンテ・クリストフは闇の中に消えていった。私はそれを見送る事しかできず・・・そして、しばらくして私の心に訪れたは、大きな無力感だった。


「う・・・うぅ・・・」


 怖かった。お母さんを殺した男。怒りと憎しみと同時に、目の前に立っているだけで心が竦むように怖かった。探していたはずなのに会いたくなかった。仇を討つこともできず、奪われた情報をを取り戻すことも、奴の暴挙を止めることもできず。今一番会いたいお姉ちゃんの行方は依然知れない。そして目の前の傷ついた患者一人満足に助けられず、中途半端な治療で後遺症を残してしまった。


「ごめんなさい・・・」


 私のその言葉を聞いてくれたのは、未だに事態が呑み込めず、ただ困惑する、目の前の患者ただ一人だった。



 ◆


 その後私と患者の男性、つまり安東丈治はすぐにその場を離れた。彼の青緑色の肌は、その後の私の治療で一時的に戻すことは出来たが、結局は一時的なものだ。彼は街に残らず私に着いて来てくれるという。私と一緒にいないと、病気の症状が表に出るので仕方ないことだった。


 街で起きていた死者が甦るという噂については、その後、甦ったとされる人たちは急に意識不明になってしまったらしい。彼らは仮死状態になり、街の病院に入院することになったらしい。

 恐らくは、ダンテ・クリストフの中途半端な治療のせいで妙な状態になっていたのだろう。一時的に肌の変色が無い状態で活動出来ていたようだ。それだけ聞くと、肌の変色が無い分理想的な治療状態に思えるが、持続性が無いものであった。


 また、肌の変色が無いのはダンテ・クリストフのいうの状態ではなかったという事だ。奴の倒錯した願望は許すわけにはいかない。


 私は、ジョージだけでなく、ダンテ・クリストフに病気にされた人の治療も行う事を心に決めた。

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