第3章 ゾンビにまつわるエトセトラ

第19話 ゾンビでお金を稼ぐには

 わたし、村井ニニカ17歳。ちょっぴりゾンビな普通の女子高生。アピリス先生のゾンビ診療所に助手として雇われることになったんだ!


 ということで、メアリさんとの戦いから一夜明けた休日、私は再びアピリス先生の診療所を訪れていた。


 正式に仲間と認められたということで、この扉を開けるのも今までよりも気分がいい。まあ今までも別に遠慮したりしていなかったけど。


 さて扉を開けよう、と思った時にちょっといたずら心が沸いてきた。いつもなら元気よく挨拶しながら入るところだが、今のわたしはここのスタッフだ。と言う事は、あいさつ無しで静かーに入ってもいい立場だろう。つまりコッソリ入って普段のアピリス先生やジョージさんの様子を見てみるのだ。


「(おはようございまーす)」


 一応の言い訳のために小声で挨拶をしながら扉を開けて中に入る。受付兼待合室には誰もいない。アピリス先生もジョージさんも奥の部屋にいるのだろうか。


 音をたてないよう、後ろ手に扉を閉めて待合室に入る・・・と、奥の診察室から女性の鼻歌が聞こえてきた。アピリス先生だ。かなり上機嫌のようで、随分とアップテンポな歌だ。聞いたことも無い曲で、メロディーラインも日本では馴染みがない。アピリス先生の故郷の歌かも知れない。こっそりと診察室のドアを開けると、鼻歌を歌いながらお茶を入れていた。その動きも随分軽やかで、よほど嬉しいことがあったのだろう。


「あら、ニニカさんどうしたんですか!?」


 アピリス先生がこちらに気づいた。驚いてはいたが顔には微笑みが浮かんでいた。コッソリ入ってきたことを怒れるかも、と思っていたので、逆に面食らってしまった。


「集合時間は夕方ですよ?まだお昼なのに」

「いやー、別にヒマだし、せっかくだから早く病院の手伝いしたいなって」

「いやいや、だからちゃんと契約やお給料のお話をしてからって言ったじゃないですか」


 そう、昨日の夜はもう遅かったしみんな疲れていたので、契約などの詳しい話はまた翌日、つまり今日の夕方にまた来てください、ということになったのだ。正直言うとわたしは契約とかよく分からないしどうでもよかったのだが。


「それに今日の午後は診療所は休みで、誰もいなくなりますよ。私も今から用事で出かけるし」

「え!そうなんですか!?」

「サイトにも書いてたでしょ、休診日」


 そんなの一々見てないし・・・。


「ジョージさんも?」

「ジョージは朝からバイトです」

「バイト!?」

「私もジョージも夕方まで帰ってきませんよ?」

「えー、そんな、せっかく来たのに。教えてくれたらよかったのに」

「ニニカさんが黙って早く来るからでしょ。どうせ私達を驚かせようとか思ってたんでしょうけど」


 アピリス先生は上機嫌なくせになかなか辛辣しんらつだ。むしろ上機嫌だからこちらをからかってるのかも知れない。


「ニニカさんも夕方までどこかで時間潰してきた方がいいんじゃないですか?」

「えー、うーん。別にやること無いし、ここで待ってますよ」

「はぁ。まあいいですけど、じゃあ鍵渡しておきますね。外出するときはちゃんと閉めて。火元には気を付けてください。もし患者さんが来たら連絡くださいね」


 ダメもとで言ってみたが、意外とアッサリOKされた。鍵まで渡してくれるなんて、一応本気でわたしのことを身内だと思ってくれてるんだろうか。もしくは単に急いでいて雑になっているのかも。アピリス先生は時間を気にしながら慌ただしく出かけて行った。白衣ではなくスーツ?のような格好だった。


「行ってらっしゃーい・・・」


 私は閉じた扉に向かって尻切れトンボにそう声をかけた。


 色々と想定外だったため感想が追い付かなかったが、一人になってようやく色々と気になりだした。


「ジョージさんが、バイト・・・・?」


 取り合えず一番気になったのはその言葉だった。


 ◆


 診療所での留守番は予想外に退屈だった。誰もいないこの隙に、ゾンビ化に関するいろんな情報を漁ろうと思っていたが、アピリス先生はそういう大事なものの場所には全て鍵をかけているようだった。パソコンにもログインできなかった。仕方なく自分のスマホで世の中のゾンビ情報を眺めながら時間をつぶした。


 そして夕方、先に帰ってきたのはジョージさんだった。


 いつものやる気のない猫背で白衣・・・とは全く違い、ものすごく健康的だった。下は作業着に上は白いタンクトプ1枚、髪をバンダナで持ち上げ、そして爽やかな汗を流しながらハツラツと入ってきた。


「お!ニニカちゃん本当にもう来てたんだ。すごいやる気だねー」

「ええ・・・?」


 いつもと全く違う様子にわたしはドン引きしていた。


「おっと、汗かいてちゃ失礼だな。ちょっくらシャワー浴びてくるから、待っててくれ!」


 そう言ってジョージさんは奥の部屋へと入っていった。


 ◆


「ふー、サッパリした」


 シャワーを浴びて着替えてきたジョージさんは、いつも通りよれよれのシャツに白衣を羽織り、猫背のまま椅子に腰かけた。


「ん、どうした。なんか・・・珍獣でも見るような眼をして」

「さっきの姿とのギャップに戸惑ってるだけですけど・・・。何であんな爽やかなスポーツマンみたいな感じだったんです?」

「え、そうだった?まあ体動かすのは好きだからね!病院の事務仕事みたいなのは性に合わなくて、出来るだけダラダラやってるんだけど」


 そうだったのか。単にやる気のないダメな大人だと思っていたけど、肉体労働に喜びを感じるタイプだったとは。


「バイトに行ってるって聞きましたけど・・・」

「そう、今日は工事現場のバイト。体力勝負だから、そういう時はゾンビで身体能力が上がってるのは助かるね!」


ゾンビ化した人はアピリス先生に治療されたとしても、本格的にゾンビ化しなくても、素の状態でも身体能力があがっているのだ。まあそれは知ってる話なのでいい。


「なんでバイトしてるんです?この診療所が仕事でしょ」

「え?ああ・・・」


 ジョージさんは、一瞬、どうしようかな、という顔をして、でも面倒くさくなったのか「まあいいか」と言って話し始めた。


「うちの診療所はお金が無いんだよ」

「え、そうなんですか?」

「まあお金が無いというより、安定収入が無いんだな。ゾンビの患者さんなんて多いわけじゃないし。それに、うちのセンセイはお金が無いからって治療しない訳じゃないでしょ、性格的に。一応一人100万円は請求するけど、払えなくてもゾンビの情報を教えてくれる条件でタダにしてあげてるし」


 ああ・・・。自分の時の事を思い出す。あれはそういう事だったのか。


「じゃあ患者さんの何人かに一人が100万円払ってくれたとしても、実際はそれじゃ全然足りないしね。100万円という金額は、割と雰囲気で決めたというか、適当な値付けなんだよ。でも、本来はこれくらい大金がかかることなんだよ、というのを患者に知っておいてもらうのは必要なんだそうだ」


 なんだか、だんだん難しい話になってきた。


「まあでも、そんなんじゃ自分たちのごはんも買えないってんで、診療所以外の収入源が必要なわけ。それで俺は時間がある時にバイトしてるの。ゾンビの身体能力と体力を活かして、工事現場とかウーバー配達員とか日雇い系を色々」

「へぇー。でも意外でした。ジョージさんってアピリス先生に雇われて、先生に給料もらってると思ってました。むしろジョージさんがこの診療所に必要なお金を支えてたんですね」


 そもそも給料も払ってもらえない状態でジョージさんが働き続けると思ってなかった。肉体労働が好きと言ってたし、もしかしてダメ人間じゃないのかも知れない・・・。


「見直しました。ジョージさんが活動資金を頑張って稼いできてるから、アピリス先生はゾンビの治療に専念できるんですね」

「え?何か勘違いしてるみたいだけど、この診療所の資金はセンセイが殆ど稼いでるんだよ。俺が時々日雇いでちょっと稼いだくらいじゃ、足しにはなっても全ては賄えないよ」

「え、そうなんですか!?アピリス先生、診療所やりながらどうやって稼いでるんですか?」

「あーそれは・・・」


 ジョージさんが言葉を続けようとした時、診療所の扉が静かに、力なく開いた。そこにいたのはアピリス先生・・・だが・・・。


「せ、先生、どうしたんですか!?」


 私は大いに狼狽えた。アピリス先生はここを出ていくときのウキウキした様子が信じられないくらい暗く落ち込んだ顔で帰ってきた。だがジョージさんは特に驚いた様子もない。むしろ見慣れた風景というように、ため息だけをついている。


「株が・・・」

「カブ?」

「株が暴落しちゃった・・・・!!!」


 アピリス先生はオヨヨヨヨと泣き崩れた。


 ◆


 私はよく分からないが、アピリス先生は資産運用というので活動資金を稼いでいるらしい。株とかFXとか。結局よく分からないが。昼までは大儲け出来ていたのに、夕方になったら不祥事発覚とかで大暴落したとかなんとか。


「まあ確かに、アピリス先生はゾンビの事で忙しそうだから、パソコンでポチポチするだけでお金稼げるならいいですよね」


 わたしがそう言うとアピリス先生はなぜか強く抗議してきた。


「簡単そうに言わないでください!常に市場の動向を注視しないといけないし売り買いのタイミングも1秒単位で天国と地獄!とても過酷なものなんですから!」


「そんな事言われてもなぁ・・・・」


 わたしはどうしたらいいか分からなくなって、ジョージさんの方を見た。しかしジョージさんは相変わらず興味なさそうだ。


「まあそんなに気にしなくていいよ。こんなふうに負ける時もあるけど、トータルではこの診療所をなんとかやっていけてるみたいだし」

「ジョージさんも株とか詳しいんですか?」


 そう聞くとジョージさんは「とんでもない」という顔をした。


「俺はちょっと、そういうのは性に合わないんだよ。俺は体を動かした分お金をもらえるのがいいんだ。肉体労働はいいぞ。特に、セメント袋1個運ぶごとにいくら、みたいなのがシンプルでいい。運ぶたびにお金が積みあがってる達成感が・・・」

「はぁ」


 こっちはこっちで全然分からない。お金を稼ぐのって大変なんだなぁ。


「こんにちわー・・・うわっ!いったい何があったんです・・・?」


 ちょうどそこにメアリさんが到着したが、扉を開けた瞬間、生気が抜けてぐったりしているアピリス先生を見て困惑していた。


 ◆


 その後、なんとか持ち直したアピリス先生により、契約内容や給料などの説明があった後、わたしとメアリさんは正式にこの診療所に雇われる形で契約をした。正直違法モグリの医者であるアピリス先生との契約に何の意味があるのだろうかと思うのだが。どっちにしろよく分からないので、言われるままにサインを書いた。


 なお、給料については、わたしもメアリさんもタダでも働くつもりだったから全く気にしていなかったが、後でメアリさんが計算したところ法律が許すギリギリの最低賃金だったらしい。

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