第6話 ゾンビの治療を開始します

「おい!さっさと外に出るぞ!」


 ジョージさんが破壊された壁際で叫ぶ。


「行きますよ!」


 アピリス先生が私の手を取り走り出す。


 壁に開いた穴の方へ。


「ええ!?」


 状況を飲み込めないうちに壁際に到着し、ジョージさんが私達2人を抱え上げた。


「えええーーー!」


 そのままジャンプしてビルの外に飛び降りる。

 終わってみると、2階からなので大したことは無かったのかも知れないが、正直死ぬかと思った。


 しかしアピリス先生は全然平気なようだ。ジョージさんが私達2人を地面に降ろすと、私を壁際に下がらせて、ジョージさんと2人並んで前に出る。


 降りた先はビルに入る前にゾンビ犬達と戦った広場だった。

 ジョージさんがビルの中から吹き飛ばしたゾンビ犬が5体、そして狼男ゾンビが、私達を取り囲むようにうずくまっている。気を失ってでもいてくれたら安心なのだが、どうやらそうではないようだ。こちらを睨んで立ち上がろうとしている。


 だが、アピリス先生はひるむ様子もなく、真っ直ぐと凛と立っている。


 ジョージさんもやる気のない雰囲気から一変。猫背じゃなくなったせいか、普段より力強く、体が一回り大きく見える。Tシャツ越しに筋肉質な上半身の様子が分かる。


 ダラッとしてした時は気付かなかったが、結構カッコいい人だったのかも知れない。


 特に今はゾンビなので間違いなくカッコいい!ゾンビ特有の青緑色の肌の質感が細マッチョと組み合わさるのもいいものだ。



「もう一度伺います」


 アピリス先生は狼男ゾンビに語り掛ける。


「私はあなたを助けたい。治療させていただけませんか?」


 だが・・・立ち上がった狼男ゾンビは、ハッキリとした臨戦態勢を取り、その言葉を拒絶した。


「ふざけるナ・・・!俺のチカラは、誰にもワタサない・・・!!」


「そうですか・・・。残念ですが仕方がないですね・・・」


 アピリス先生は悲しそうにため息をつき・・・、だが次には決意を込めた声で、


「患者の了承は得られませんでしたが、危険性の高い状態と判断し、緊急治療を開始します!」


「了解、センセイ!」


 先生の言葉にジョージさんが応え、そして狼男ゾンビに向かって駆け出す。


「舐めるナァ!」


 狼男ゾンビが吠えると、周囲にいた5体のゾンビ犬が一斉にジョージさんに飛び掛かる。


 だが、


 バシュバシュン!!


 アピリス先生が後ろからニードルガンで2体を迎撃する。


 そしてジョージさんが1体を殴って吹き飛ばす。


 残り2体は・・・迎撃が間に合わずジョージさんの肩口と脇腹に噛みついた!


「ジョージさん!」


 私は思わず声を上げたが・・・・、ジョージさんは2体に噛みつかれたまま、狼男ゾンビの方に再び走り出した!


 痛みを感じにくいとは言え、そんな無茶な!?


「バカめ!そんな状態デ!!」


 狼男ゾンビが鋭い爪を構えてジョージさんに襲い掛かる!


 避けられない!


 ズシュゥ!!


 狼男ゾンビは頭を狙ったようだが、ジョージさんは間一髪でそれを避ける。

 だが、完全には避けられず、爪はジョージさんの右胸に突き刺さった!


 私はあまりの凄惨さに声も出せない。


 ゾンビとは言え不死身ではないと言っていた。じゃあ、どこまで傷ついたらしまうのだろう。


 だが、私の心配など的外れかのように、ジョージさんは止まらない。


 なんと、ゾンビ犬2体に組み付かれ、狼男ゾンビに貫かれたまま、ジョージさんは両手で狼男ゾンビをがっしりと掴んだ。


「ナに!?」


「おらぁ!!」


 ジョージさんは狼男ゾンビの頭に思いっきり頭突きをした!


「・・・!!」


 狼男ゾンビは悶絶する。


 だが、ジョージさんの本当の目的はではなかった。


 近づいてきていたアピリス先生が飛び上がり、ジョージさんと狼男ゾンビを飛び越えながら、空中でニードルガンを撃ち放つ!


 狼男ゾンビの背中に2発、ゾンビ犬2体に1発ずつ。


 ゾンビ犬は撃たれた衝撃でその場に倒れ落ちる。

 だが・・・


「・・・・!舐めるナァ!!」


 狼男ゾンビは吠えると、先ほどの頭突きのお返しとばかりに口を大きく開け、その牙でジョージさんの肩に噛みついた!


 ニードルガンの薬が効いていない!?


「!!」

「ジョージ!!」


 着地したアピリス先生がさらに針を撃ち込もうとする、が、それを察知して、狼男ゾンビはジョージさんの肩口を一気に嚙みちぎり、そのまま振り返ってアピリス先生にその爪を突き立てようとする。


「くっ・・・!」

「クソ!!」


 アピリス先生が横っ飛びに避けると同時に、ジョージさんが狼男ゾンビに掴みかかりその動きを止めた。


 だが、狼男ゾンビは余裕の表情を見せる。


「なるホド・・・。貴様の針ハ心臓に刺さらなケレバ効果は薄いようダナ・・・」


 確かに・・・、最初心臓に針を刺されたゾンビ犬は1発で動かなくなったが、心臓以外に針を刺された狼男ゾンビやゾンビ犬は今も動けるようだ。先ほど倒れたゾンビ犬も多少ふらつきながらだが立ち上がっている。

 効かないわけではなさそうだが、効果が薄いか、効果が出るまでに時間がかかるのかも知れない。


「そレニ・・・貴様のようナ何の能力モ無いノーマルゾンビが、ハイゾンビであるオレに勝てルト思っタカ!」


 狼男ゾンビは、ジョージさんの腕を逆に掴み、力づくで自らの体から引きはがした。

 結果、ジョージさんは身動きが取れなくなり、狼男ゾンビの鋭い牙に対して無防備となってしまった。


 大ピンチだ!どうしよう。私は狼狽える事しかできない。

 だが・・・・。


「へぇ、『ハイゾンビ』っていうのか。洒落てる・・・のかな?」


 ジョージさんが不敵に笑ったその瞬間・・・。


 バチィ!!!


 ジョージさんの腕を掴んだ狼男ゾンビの手から激しい音と光が!!


「グぁ!?」


 狼男ゾンビが呻き、後方に弾き飛ばされる。


 何が起こった!?すぐには分からなかったが、ジョージさんの腕を見ると何となくわかった。その腕はバチバチと、まるで放電しているように光っていた。


「圧縮電気を食らわせたのさ。お前の言うの能力って奴でな」


「チッ!成程・・・ソレがお前のチカラか・・・!だがソレでコノ俺を倒セルかな!?」


 狼男ゾンビは好戦的に再び構えを取る。どうやら、戦い自体を楽しんでいるようだ。だが・・・。


「おいおい、勘違いしないでくれよ。俺はセンセイの用心棒じゃない。なんだよ。」


 ジョージさんは待て待てというように片手を前に出す。


 狼男ゾンビは何を言っているのか理解できない様子だ。

 私も分かっていない。


「センセイ、そろそろ大丈夫ですか?」


 ジョージさんがそう言うと、アピリス先生は力強く頷く。


「はい、十分時間は経ちました。


 そこまで聞いて、狼男ゾンビは自分の体に刺さった針に目をやった。


「!!マサか、最初カラこれヲ狙ってイタノか!?」


「おっと、もう遅い」


 ジョージさんはそう言うとともに、突き出した右手の人差し指を立てる。

 次の瞬間――――!


「圧縮電気、解放」


 バチチチチチチ!!!!


 先ほどよりもはるかに激しい音と光が爆発のように沸き起こる。

 ジョージさんの右腕から放たれた雷が狼男ゾンビだけでなく、周囲のゾンビ犬達にまで、そのすべてに刺さったに向けて降り注いだ!!


「ガガガッッッ・・・!!!」


 狼男ゾンビは全身を激しく震わせ痙攣した後、白目をむいてその場に倒れこんだ。

 他のゾンビ犬達も同様だ。


 先ほどのように起き上がる気配も無い。死んだ・・・?と思ったが、そういうわけではないようだ。どうやら・・・眠っている・・・?


 心配そうに見ている私に気づいたのか、アピリス先生が優しく語り掛けてくれる。


「治療針の薬効を圧縮電気により促進させたんです。彼らの症状では、あのくらいの電撃なら傷は残りませんよ。今は薬が効いて寝ているだけです」


「じゃあ・・・」


 勝ったんですね?

 私はそう言おうとしたが、その前にアピリス先生はニッコリとしてこう言った。


「はい、無事治療は成功しました」


 戦いじゃない。彼女にとってはあくまで『治療』だったのだ。


 私はアピリス先生の事が少しずつ分かってきた気がした。

 ジョージさんのことは・・・まだよくわからない。まさか電気タイプのゾンビだったとは・・・。


 とにかく、私は2人にお礼を言うために駆け寄ろうとした・・・・

 その時――――


「なるほど、そんなふうにゾンビの症状を抑え込んでしまうんだね」



「!?」


 突如、私の背後から全く聞き覚えのない男の声が聞こえた。


 私が急いで振り返ると、そこには一人の男がいた。

 金髪碧眼、端正な顔立ち。白のスーツに身を包んだ、すらりとした長身の男。こんなゾンビが出る夜中の廃ビルには似つかわしくない美男子だった。


「だ・・・誰!?」


 私はとっさにアピリス先生たちの方に逃げようとする。だが・・・


 体が動かない!?


 まるで何かに掴まれたかのように、その場から動くことができなかった。顔や腕の先くらいを動かすことはできる。だが、それ以上は無理だ。


「ニニカさん!!!」


 アピリス先生とジョージさんが声を上げる。


「お前は・・・!」

「ダンテ・クリストフ・・・・!!」


「やあ、アピリスさん。それにお供のジョージさんも、お久しぶり」


 苦々しい表情のアピリス先生とは対照的に、その男は優雅な笑顔をたたえていた。

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