第7話 ゾンビの魅力を語る
「ニニカさん!早くそいつから離れて!」
「それが・・・・!体が動かなくって・・・!」
「なんですって・・・!?」
アピリス先生とジョージさんは、金髪の男・・・ダンテというらしい。彼が私の傍にいるせいで、迂闊に近づけないようだった。
先生たちの反応からすると、どう考えても友好的な関係とは思えなかった。
今私は、なぜかその場から動くことができず、目の前にダンテが立っている。
丁度私を挟んで先生たちとダンテが向かい合っているので、先生たちは私の背後にいることになる。
「そういうこと。彼女は今私の前から動けない。二人とも、迂闊な行動はしないように」
ダンテは優雅な、そして余裕の表情をたたえている。
私が人質になってしまっているせいだ。
「あのっ!先生、この人って・・・」
私は後ろを振り返って先生に向かって問いかける。ダンテ本人に聞く勇気はなかった。
「そいつが・・・そいつが私の母を殺し、蘇生術の知識を奪っていった男・・・・」
先生はハッキリと怒りの表情を見せてそう言い放った。
コイツが・・・じゃあ・・・・。
「そのとおり。そしてニニカさん、
ダンテが優雅な微笑みのまま、私に向かってそう告げる。その言葉に私が反応する前に、アピリス先生が激昂した。
「命の恩人!?ふざけるな!自分で人々を傷つけておいて!その上で中途半端な蘇生術を施す!結果、彼女のように、副作用で苦しむ人が大勢出ているんですよ!お前たちの実験のために!!」
こいつが・・・・。私をゾンビにした男。そして、今世間で話題になっているゾンビたちを生み出した元凶!?
「仕方がないだろう。あなた達がゾンビ化の知識を全て教えてくれないから、自分で色々試して研究するしかないんだから。それとも、私に全部教えてくれる気になったか?」
「誰がお前なんかに・・・・!」
ダンテはやれやれと言ったジェスチャーをして挑発し、アピリス先生は冷静さを保つのがやっとという様子だ。
「そうだろう?なので私は自分で何とかするんだよ」
そう言うとダンテはまた私の顔を覗き込んできた。
「そういう訳で、お嬢さん、私と一緒に行かないか?一緒にゾンビの研究をしよう」
「え・・・ええ!?」
突然の申し出に、私はうろたえる。
「お嬢さん、ゾンビが好きなんだろう?私もそうなんだよ」
するとダンテは。爽やかな笑顔で天を仰ぐ。
「ゾンビ・・・退廃的で無秩序な破壊衝動。死と生命力が同居する矛盾した存在。そして、そんなゾンビが街を埋め尽くし既存の社会構造をメチャクチャにする光景。それが現実になるとしたら・・・・」
「まさか・・・そんな理由で・・・・!?」
アピリス先生も初めて聞くようだ。衝撃を受けていた。
「おや、言っていなかったかな。本当だよ。その証拠に、ほら」
そう言うと、ダンテの首筋から青緑色のあざが広がり、顔の左半分までを一気に覆った。
「な・・・!」
「お前まさか・・・自分で自分をゾンビに・・・!?」
アピリス先生とジョージさんが呻く。
「ゾンビフリークとしては当然だろう?」
ダンテが自慢げに眉を上げる。
まさかこの人もゾンビ好きだとは思わなかった。
しかも自分を自分でゾンビにするほどの。
「ね、お嬢さん。アピリスさんはゾンビを認めず、ゾンビをこの世から消そうとしている。彼女のお世話になるより、私についてきた方が思う存分ゾンビと触れ合えるよ」
ゾンビと触れ合えるのは凄い魅力的、だけど・・・・
「私は・・・イヤだ!」
正直彼が怖かったが、だがそう言わずにはいられなかった。
「私は確かにゾンビが好きだけど・・・・好きって気持ちは人を傷つけるものじゃない!私の好きなゾンビを理由に、人を不幸にするあなたに協力なんてしない!」
「ふぅん・・・」
だがダンテは、断られることは予想していたようだ。
「まあ貴女が嫌だと言っても、逃げることもどうする事もできないんだが」
そう言って手をかざすと、私の体は動けないまま少し浮き上がり、私の顔がダンテの顔と同じ高さにまできた。
「ぐ・・・!」
見えない力で掴まれている。これがダンテの・・・ハイゾンビとしての力なんだろう。ジョージさんの電気の力みたいに・・・・。
「ニニカさん!」
「このまま一緒に来てもらうよ」
どうしよう。アピリス先生もジョージさんも、ダンテが私を盾にする位置にいるので動き出せる切っ掛けがない。せめてダンテに隙が出来れば何とかしてくれるかもしれないが。
私にもジョージさんやダンテみたいな異能の力があれば・・・。私がハイゾンビなら・・・・。
・・・いや、もしかしたら私にも何か異能があるかも知れない。
私はゾンビにあんな力があるなんて思ってもいなかった。だから試そうと思ったことも無い。でも今なら・・・・。
私は僅かに動かせる両腕を力いっぱい動かす。何とか・・・自分の右手首に左手が届いた!そのまま・・・アピリス先生に着けてもらった薬袋の糸を引きちぎる!
「!!」
ダンテがこちらの動きに気づくが、それより前に私は全身に力を入れる。
異能の力の出し方なんて分からない。とにかく、ダンテを見据えて自分の体に気合いを入れる!
「うぉぉぉおおおおお!」
薬効が切れ、自分の皮膚が青緑色に染まっていくのが分かる。
そして―――――――
ポンッ!!
私の右の目玉がおもちゃのように飛び出して・・・・
ダンテの胸あたりに当たる。
べちゃ
緑色の体液が微妙な音をたてる。
そのまま落下する目玉を、ダンテは思わずキャッチした。
「・・・・」
・・・・これで終わり?
あんなに勢い勇んで叫んだのに。
いたたまれない気持ちになって穴があったら入りたい。
―――――だが、アピリス先生とジョージさんはこれを隙と取ってくれたらしい。
飛び出して、ダンテに向かってニードルガンを撃ち出す!
針がダンテに当たる瞬間・・・・
ダンテが私の目の前から消えた!と同時に、私の体は動くようになり、地面に着地した。解放されたらしい。
「クソ!どこだ!!」
「あ!あそこ!」
最初に見つけたのは私だった。
私達より3メートルほど上空に浮かんでいる。
さらにその周りには狼男ゾンビやゾンビ犬も、ぐったりしたまま浮いている。ダンテの力で浮かんでいるのだろうか。
「いやー、何と言うか、反応に困るな、これは」
ダンテは右手に持った私の目玉を眺めながら、笑っているような困っているような顔をしている。
「今日のところはこいつ等を回収して帰らせてもらうよ。まあ、気が向いたらまた会うこともあるだろう」
「待て!ダンテ!!!」
ダンテは私に向かって言っていたが、声を上げたのはアピリス先生だった。
「姉さんは!姉さんはどこにいる!?」
アピリス先生の表情には、怒りだけではない必死さが込められていた。だがダンテはあくまで軽い調子で返した。
「安心しろ、と言うべきかな?まだ見つけていないよ。もし私が彼女を見つけていたら、私のゾンビの知識が完成して究極のゾンビを生み出せているはずだからね」
「そんな事はさせない・・・・!姉さんは私が救って見せる!そして、お前の野望も絶対に止めてやる!」
「はいはい・・・・それじゃあ、ごきげんよう」
そう言ってダンテ達は闇夜の中に消えてしまった。
山奥の廃虚には、私とアピリス先生、ジョージさんだけが取り残されてしまった。
アピリス先生は悔しさと怒りで今も夜空を見上げている。
そんな空気の中、申し訳ないが・・・・。
「あいつ、私の目玉持って行っちゃった・・・・」
私は私で若干途方に暮れていた。
◆
あの後廃墟を探し回ったが、ゾンビ達やダンテに関わる痕跡は見つけられなかった。全部ダンテが回収したのか。私としては狼男ゾンビやゾンビ犬を愛でたかったのでムカつくことだが。
もちろんアピリス先生も怒っていた。あのまま治療を継続するつもりだったのに、連れ去られてはまた症状が悪化してしまう、と。とは言え、その後は優しいアピリス先生に戻ってくれた。(ジョージさん事が終わるとすっかり元のやる気ないバージョンに戻った)
聞きたいことはたくさんあったが、「あなたに危険が及ぶから」と言って、ゾンビ症状を抑える薬袋をまた手首に巻いてくれた後、私の家に送り届けられた。
ちなみに、私の目玉はと言うと・・・・。
◆
「まあ目はすぐに生えてきたから、いいっちゃいいんだけど」
「いやー、女子高生の目玉持って行くのはかなりキモいだろ」
私が手鏡で綺麗に元に戻った自分の両目を眺めながら呟くと、ジョージさんは病院のテレビを操作しながら相槌を打ってきた。キモイのは確かにキモイ。金髪イケメンゾンビという評価点と差し引いてプラマイゼロと言ったところか。
「お、これか?『転生したら悪役令嬢ゾンビだった件~歯一本も無し~』」
「そうそう。去年のゾンビ界最大の怪作C級映画と一部で話題の・・・」
「・・・ちょっと、二人とも!!」
奥の方のデスクで何やら調べ物をしていたアピリス先生が急に声を上げてきた。
「さっきから何やってるんですか!ニニカさんも!毎日毎日病院に来て用もないのにダラダラ居座るのはやめなさい!」
「『気になる事があったらまた病院に来てね』って言ったのは先生じゃないですか」
「『病状に』って最初に言いました!あなた症状落ち着いてるでしょう!
ジョージも、一緒になって変な事しないで!」
「でもセンセイ、ニニカさんがせっかくお勧めのゾンビ映画教えてくれたんですよ。
『ゾンビの事あんまり知らないみたいだから勉強に』って」
「だから・・・あれはゾンビじゃないって言ってるじゃないですか!!!」
そうは言うが、アピリス先生は多分ゾンビ映画が怖いだけだと思う。
面白い作品を沢山見れば考えも変わるだろう。
それに、私はやっぱり知りたかった。
ダンテの企みとは何か、ジョージさんと先生はなぜ一緒にいるのか、アピリス先生のお姉さんはどこにいるのか。そして、完全な蘇生術とは・・・。
それに・・・・。
「あの・・・・ここでゾンビを治せるって聞いたんですけど・・・」
病院の扉が開く。
ここにいれば、沢山のゾンビと会えるはずだから!
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