第28話 追跡

「む!今ゾンビって言いましたね!どういうことですか!!」


 ニニカちゃんが不用心に発した「ゾンビ」という言葉に、刑事だという小南しょうなんレイは当然食いついてきた。俺はニニカちゃんに「余計な事言うな」とアイコンタクトを送り、何とか誤魔化す。


「いやー、さっきも言ったでしょ?ここ、ゾンビ目当てで来る人が多くて困ってるって。そういう人が来てないかって話ですよ」

「あ、この人ゾンビ目当てですか?何でゾンビの事調べてるんですか?」


 俺の「余計な事言うな」というアイコンタクトは全く通じていなかったらしい。ニニカちゃんの質問に、刑事はハキハキと答えた。


「はじめまして!ボクはゾンビ事件を調べている刑事の小南しょうなんレイといいます!」

「刑事!?刑事さんですか!刑事さんがゾンビの捜査をしてるってことは、警察内でもゾンビの事は話題になってるんですか!?もしかして、すでにゾンビ対策本部が秘密裏に作られてるとか!?やっぱり国民には秘密なんですか?それとももうすぐ政府から発表があるとか!?」

「いえいえ、まだゾンビの事は警察内でも噂話レベルです。でもボクのような優秀な刑事は既に事態の深刻さを見抜き、こうして調査に乗り出しているという訳です!今のところ噂話の元を色々聞きまわっていますが、有力な情報はまだ見つかってないですね!おっと、これ以上は守秘義務があるので秘密ですよ」

「ええー!もっと聞きたいですぅー」

「ゴメンね、刑事の掟は厳しいから。ハッハッハ」


 小南しょうなんレイは、自分がさんざんペラペラ喋った事実に全く気付いていない様子で、偉そうに刑事の掟を口にした。こんなやつが本当に刑事なのか?いよいよ怪しくなってきた。主に能力的な意味で。


「ところで君は一体?見たところ高校生のようだけど?」

「バイトです」

「バイト!自分で学費を稼ぐために働くなんて、立派な苦学生だね!」


 そんな事一言も言ってないのに、勝手にニニカちゃんの苦学生設定を作り上げて感心してるぞ。


「いやー、ゾンビの噂に騙されてくる人が多すぎるせいで、この子もゾンビに興味津々になっちゃって・・・。という事なんで、もう仕事があるので帰ってもらってもいいですか?お兄さん」


 小南しょうなんレイは納得したのかしてないのかよく分からない顔だったが、取り合えず帰ってくれるようだ。


「分かりました!何か困ったことがあったら本官に連絡してくださいね!」


 そう言って名刺を渡して帰っていく。


 彼がいなくなったのをしっかり確認して、俺はぐったりとしてニニカちゃんを恨めしそうに見る。


「ああいう奴は適当に流して帰ってもらわないと・・・・」

「えー、でも警察がどこまでゾンビの事掴んでるか知りたいじゃないですか!?」


 それ自体は一理あるが。


「でも普通、刑事さんが捜査秘密をペラペラ教えてくれないだろう」

「あの刑事さんはペラペラ教えてくれましたけど」

「アイツは普通の刑事じゃないよ」

「じゃあいいじゃないですか」


 俺は極めて常識的な事しか言っていないのに、なぜか負けたようになる。俺は無力感に押しつぶされないように、さっさと話題を変えることにした。


「まあいいや、じゃあニニカちゃんも来てくれたし、もう少ししたら俺は出かけてくるから、店番お願いね」

「はーい。今日もバイトですよね」

「そう。倉庫で荷物運びの仕事。はぁ~やれやれ」

「あれ、肉体労働は好きなんじゃないんですか?」


 俺のがため息をつくのを見て、ニニカちゃんが不思議そうに問いかけてくる。確かに俺は肉体労働は好きだ。ストレス発散と言ってもいい。しかし・・・。


「分かってないなぁ。俺くらいくたびれた人間になると、好きな事をやる時でも、うっすら面倒くさく感じちゃうものなんだよ」


 俺のその言葉に、しかし現役の元気いっぱい少女であるニニカちゃんは全く理解できていないようだった。


 ◆


 ニニカちゃんに病院を任せて俺は外に出た。すでに日は傾きかけている。今日のバイトは港近くの倉庫街まで行って夜中まで荷物運びだ。病院の方は、夜になるまでにはセンセイとメアリちゃんが来る予定になっているので、俺は気にせずバイトに励む。予定なのだが・・・。


(つけられてるな・・・)


 刑事としてはお粗末な尾行をする小南しょうなんレイの存在に気づいた。やっぱりさっきのニニカちゃんの態度で怪しいと睨まれたのかも知れない。


 しかし、病院から出た俺を尾行して何か分かると思ったのだろうか。俺は今からバイトに行くだけだぞ。まあ、バイトに着いてこられても問題ないし、むしろ健全にバイトする姿を見て、ウチの病院に関するゾンビの疑惑を払しょくできるなら逆に好都合かもしれない・・・。


 そう思い、俺は尾行をさせたままバイト先に向かった。だが・・・。


(あいつ凄く尾行が下手だな)


 下手と言うのはバレバレ、というだけの話ではなかった。俺の事をすぐ見失うのだ。時々ちょっと待ってやらないと着いてこない。不自然にならない程度にちょっと待つ、を繰り返していたが・・・・。あまりにも遅いので様子を見てみると、何故こんなに尾行が下手なのかが分かった。(なんか逆に俺が尾行してるみたいになって変な話だが。)


「風船が木に引っかかった?お兄さんが取ってあげるよ!」

「道に迷ったんですか?そのビルならあっちですよ」

「おばあちゃん、荷物重いでしょ?階段の上まで持ってあげるよ」


 道で出会う困っている人に片っ端から声をかけて助けてあげてるのだ。そりゃ尾行も出来なくなるわけだよ。俺が待ってやってないとすぐに見失うに決まってる。


 こいつ、善良ではあるが仕事はできないタイプの人間だな。


 何でこんな奴の尾行につき合って一々待ってやらないといけないんだ?と馬鹿馬鹿しい気持ちにもなるが、あいつの性格の場合、俺を見失ったら「ボクの完璧な尾行から逃げられた!やっぱり怪しい!」とか言ってまた病院に押しかける気がする・・・。どうしたものか。


 このままだとバイトに遅刻するかも知れん・・・。すでに俺はバイトの仕事場の近く、港近くの倉庫街まで来ている。さすがに人通りが少なくなってきたので、これまでのように人助けで遅れることは少なくなるはずだが・・・。


 そんな事を考えていると、またあいつがついて来ていない。またか・・・。と思ったが、少し離れた所で何やら揉め事のような声が聞こえる。ケンカか?今度は仲裁でもしているのか?


 そう思ったが・・・どうもそうではないことが分かった。声の中に、女性の怯えた声が聞こえる・・・!?


 俺は声のする方に駆け出した。死角になっていた角を曲がると、奥まって人目のつかない空き地に1台のワンボックスカーと、1人の女性と2人の男、そして小南しょうなんレイがいた。男の片方が女性の腕をつかみ、それを咎める小南しょうなんレイともう一人の男、という状況だ。そのまま揉みあいになり・・・女性と小南しょうなんレイがワンボックスカーに押し込まれ、男2人はそのまま車に乗り込み走りだした!


「おいおい・・・!!」


 話の内容は詳しく聞こえなかったが、状況だけ見たら明らかにだ!刑事である小南しょうなんレイも一緒に連れていかれたが、アッサリ車に放り込まれた事も含めて、頼りになるとは思えない。


「くそっ!!!」


 連れ去られた女性と小南しょうなんレイの身の安全を考えて、今できる最善の策は・・・。俺がこのまま車に追い付いて助け出すしかない!!


 ゾンビの身体能力なら出来るかも知れない。とにかく、考える時間も惜しい俺は、車を見失わないように走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る