第6章 ゾンビ病棟24時
第45話 天才外科医 財前マシロ
「財前先生、あと2分でオペ開始です」
「分かった」
オペ看の言葉を受け、控室で準備を完了していた俺は、最後にコンセントレーションを高めるため、いつものルーティーンに入った。
姿見の前に立ち、自分のコンディションの確認を行う。
そこに映っているのはいつも通り完璧な自分。日本人男性、27歳。174cmで68.2kg。今日もきっちり適正体重を維持している。BMIや体脂肪率も含めて健康体。その結果スタイルはよく、整った顔の容姿と相まって、見た目も完璧だ。これは自惚れるている訳ではなく、これまでの周囲の反応、具体的には俺にアプローチをかけてきた女性たちの反応、から導き出した客観的分析だ。そもそも医者としては患者に安心感を与える必要があり、そのためには健康的かつ清潔感を保つ必要がある。それを追求していれば自然と見た目は整うものだ。そういう訳で、今日も俺は完璧に仕上がっている。それを確認することで、俺のコンセントレーションは極限に高まるのだ。
「財前先生、時間です」
「ああ」
短くそう答えてオペ室に入った。すでにオペの準備は整っている。メンバーも十分に信頼できる者たちを集めた。もちろん俺に比べると一人一人が完璧という訳にはいかないが、それをチームとして組み上げ、事前ブリーフィングを徹底することで万全を期すのも執刀医である俺の手腕だ。そういう意味でも俺の仕事は完璧だ。
「それでは、これより
今回の手術はかなり難易度の高いケースだ。日本でもこのレベルの手術をできる医者は少ないだろう。だが俺なら問題ない。完璧な医者である俺なら。
◆
手術が無事終わった後、俺は副院長室に呼び出されていた。
ここ、
現在俺たちがいる建物は最近建て替えられた新しいものだが、そのすぐ隣の敷地に、旧病棟と昔の製鉄所の工場や煙突が、当時の歴史を伝えるレガシーとしてそのまま残っている。
「いやぁ~財前く~ん。今日の手術も見事だったねぇ~。学会からも高い評価を得て僕も鼻が高いよ~。さすが九州に居ながらにして世界トップレベルの腕を認められた若き天才外科医だねぇ~」
副院長の猫なで声のおべっかは先ほどからずっと続いている。オペの報告などとっくに終わっているのだが、その後ずっとこの調子だ。よくもまあ30歳も年下相手にこれだけおべんちゃらを続けられるものだと感心するが、聞くに値する内容ではないので、副院長室の窓から見える旧病棟と工場跡のレガシーをぼんやりと眺めてしまっていた。いつもならそろそろ彼の本題に入る頃なので、一応意識を副院長の話に引き戻す。
「それでねぇ?そんな財前君にお願いがあるんだけどぉ、今度の院長選でぜひ、僕に味方すると皆に言って欲しいんだよねぇ~。君がそう言ってくれたら僕は絶対院長になれるから、君にもいい目を見せてあげるからさぁ~」
やっぱりこれだ。この話も何度目か。
「何度もお伝えしていますが、俺はそんな病院内の政治に関わることはしません。そんな事に時間と労力を取られるくらいなら、自分の技術をより完璧に仕上げる事に使います」
「うぐぐ・・・」
副院長は苦々しい顔をして、先ほどまでの猫なで声をやめて精いっぱいの威圧的な声を出す。それも俺には痛くもかゆくも無いが。
「そんな事を言っていると、この病院での立場が危うくなるぞ!」
「別に構いませんよ。俺に海外の病院からも沢山のオファーが来ているのは知っているでしょう。地元愛からここ九州で働いていますが、自分のキャリアを無駄な政治の犠牲にしてまで日本に留まるほどではないので。この病院で働きづらくなるならとっとと出ていきます。俺がいなくなって困るのが誰かは知りませんが」
「うぐぐ・・・」
ここまでの話も毎度のことだ。この男は記憶力に重大な問題を抱えているのではないか。
「ではこれで」
そう言って俺は副院長室から出て行った。
◆
副院長はあんな感じだが、この病院自体は悪い所ではない。設備もスタッフも高い水準で整っている。政治的なしがらみなどは海外に行っても大なり小なりある。特に俺のような天才医師ならそれに巻き込まれるのも仕方ない。自分に害がない程度にあしらうのも完璧な俺に課せられた責務であろう。それと同じような話で、同僚からの妬み嫉みもある程度受け入れつつ、問題にならないように配慮してやる必要がある。という訳で俺は仕事以外で無駄に同僚の外科医と顔を合わせないように、休憩時間は院内を散歩するか看護師控室にお邪魔するか、そのどちらかにしている。
特に看護師と仲良くするのは悪くない。女性看護師からのアプローチがうっとおしくもあるが、仕事上の嫉妬の対象にならずに、院内のいろんな噂を聞いて情報収集ができる。そのおかげで余計な人間関係に巻き込まれずに済んだり、逆に他の医者が間違った診断をした患者を助けてやることもできたりする。
まあ噂なので変なのもある。最近は、この病院に正体不明の症状の患者が来ることが多くなった・・・・とか。それがまるでゾンビみたいだった・・・、とか。しかしそういうバカみたいな噂の中から未知の病気や症状に繋がることもあるので、何事も聞いておくものだ。
今は一人で散歩中で、ちょうど院内の総合受付の近くにさしかかった。この規模の病院だと受付だけでも大きな空間で、診察や支払いを待っている患者の数も多い。するとその中に8歳ぐらいの1人の少女が目についた。子供がいるのは珍しくも無いが、見覚えがある気がする。そうだ、確か検査入院で1か月くらいこの病院にいる子だった気がする。俺の担当ではないが、1か月もいると何度か見たことがある。
その子はしばらくキョロキョロしていた。1か月もいて迷子という事も無いと思うが・・・と思っていると、俺の方を見ると慌てて駆け寄ってきた。何だ?
「先生!財前先生でしょ?天才外科医の!」
なんだ、ミーハーなファンか?女性看護師や女性患者からアイドル扱いで声をかけられることは多いが、子供は初めてだな。
「そうだけど、仕事中だから子供の相手はしてあげられないんだ」
俺は努めて紳士的に対応したが、少女は何故か怒ったような焦ったような顔をする。
「そうじゃ無くて!具合が悪い人がいるから、来てほしいの!」
「そりゃ病院なんだから、具合の悪い人ばかりだろ」
「そういう事じゃなくて!早く来て!!」
そう言って無理やり手を引かれて連れていかれたのは、受付広場の端っこの待合ベンチだった。
「このお姉ちゃんが急に倒れちゃったの!さっきまで一緒にお喋りしていたのに!」
そのベンチに倒れこんでいた女性、いや、まだ若いので少女、か。それもまた見覚えがあった。前に一度この病院に来た。診察ではなく人捜しだと言って、色んな所に聞きまわっていた。俺は直接話していないが、遠目にでもその容姿が目立つものだから、印象に残っていた。銀髪に褐色の肌の17歳くらいの少女。直接話した人が言うには、名前は確か、アピリスとかいう。
その少女が目の前のベンチで倒れこんでいた。
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