第44話 小南レイは仕事ができない

「―――という訳でゾンビは本当にいたんですよ!」


 ボク、小南レイは、天神警察署の一室で暮井先輩にゾンビ誘拐事件の顛末を説明してた。暮井先輩はあまりの衝撃の事実に頭の整理が追い付いていないようだ。彼女のトレードマークのポニーテールの結び目を手で撫でつけ(これは先輩のクセらしい)、眉間にしわを寄せながらボクが言ったことを整理して復唱しだした。


「えーとつまり、ゾンビ専門の病院に行った後にゾンビを尾行してたらゾンビに誘拐されて、同じく誘拐されていたゾンビの一般人を助けるためにゾンビ三人組が乱入してきて、4メートルを超える巨人ゾンビが大暴れして、それをゾンビ専門の医者が倒して、ゾンビの親玉が現れて手下のゾンビと一緒に逃げて、誘拐されていたゾンビの一般人はゾンビ専門の医者が治して家に帰った・・・ってこと?・・・あんた本気で言ってるの?」

「ちょっと違いますね。途中でゾンビ専門の医者のお姉さんが美女ゾンビと一緒にに現れて・・・」

「いや、もうその話はいいわ。それで、そのゾンビ専門の医者や、誘拐されたゾンビの一般人とやらはどこにいるの?」

「それは秘密です!」

「はぁ?」

「医者の方は色々事情が複雑そうだし、誘拐された人たちはいきなりゾンビになって戸惑ってるだろうから、警察に引き渡すのはかわいそうじゃないですか」

「ふざけてるの!?容疑者も被害者も関係者もいないんじゃ、あんたの話なんて誰も信じてくれないでしょ!」

「ふざけてなんかいません!ボクのこの目を見てください!!」

「無駄に曇りなきまなこで見るんじゃない!あんたの事を『まっすぐでいい目をした新人だ』って騙されて採用した人事のオッサンに文句言ってやりたいわ」

「いい目をしているだななんて・・・誉めてもらえて照れますね」

「私は誉めてないんだけど!?」


 先輩は随分興奮しているらしい。きっと事実を受け入れられなくて混乱しているのだろう。


「とにかく信じてください!ゾンビの親玉ダンテ・クリストフは今も罪のない人々を傷つけてゾンビにしているんですよ!!なんとかしないと!」

「何とかって何を?」

「取り急ぎ上層部に直談判してゾンビ対策本部を作るべきかと!」

「やめなさい。信じてもらえなくてヤバい奴だと思われるだけよ」

「上層部は頭が固いですね!じゃあ市民にゾンビ注意のビラを配ったり街頭でゾンビの脅威を宣伝するとか!」

「もっとやめなさい。警察自体がヤバいと思われるだけよ!」


 そう言うと、先輩は頭を抱えてデスクに突っ伏した。


「あー、もう!何でこんな子の指導員になったのかしら。月に20枚も始末書を書かなきゃいけないような生活はもうイヤ!」

「先輩、月に20枚も書いてるんですか」

「アンタのを書いてるのよ!」

「ボクの!?何かしました!?」

「聞き込みさせても尾行させても、途中で迷子やら落とし物やら夫婦喧嘩やらを見つけだしてそっちを助けに行っちゃうから、まともに仕事出来てないでしょ!」

「え!助けた人たちから感謝の手紙が来るほど喜ばれてますよ!?」

「本来の仕事ができてないって言ってんでしょーが!」


 ボクは先輩の言葉に衝撃を受けた。


「そんな…ボクは刑事としての仕事を全うできていなかったのか…」

「やっと分かってくれたのね」

「ボクはどうしたら名誉を挽回できるでしょうか!やっぱりゾンビの親玉を捕まえるしかないですよね!?」

「全然分かってない!あなたはもう何もしないでいいから!」

「そんな!?そんなわけには行きません!何かさせてください!」

「えー・・・。・・・勝手に行動されるよりはいいか・・・」

「え?」


 小声で良く聞こえなかった。


「何でもない、考えるからちょっと待って」


 先輩はポニーテールを触りながらしばらく悩んだ後、何かを思いついたらしい。


「じゃあ警察署の裏庭の空き地に、深さ1メートルの穴を掘って」

「穴を?」

「その後、それを元通りに埋めるてくれる。それをしばらく一日中繰り返して」

「穴を!自分で掘った穴を自分で埋める!?」

「いや、ごめん、忘れて。これは昔読んだ本に書いてた、無能警官に与える嫌がらせ任務シリーズの1つだった」

「無能警官!?」

「冗談よ。ポリスジョーク」

「なんだ、ジョークですか」


 唐突な罵倒に衝撃を受けたが、ジョークなら気にする必要はないな。先輩はさらに「閃いた!」という顔をした。


「・・・じゃあ、ゾンビと言えば、海に巨大ザメのゾンビが現れるという噂があったじゃない」

「そんなのありましたっけ?」

「あったの!それを釣り上げるのがあなたの任務よ!釣り上げるまでは戻ってこない覚悟で臨んで!」

「なるほど!海の安全を守り、サメゾンビでゾンビ事件の証拠にもするわけですね!?」

「そのとおりよ!頼んだわよ!」


 先輩は俄然元気になって、ホクの肩に手を乗せて力強くそう告げた。


 ◆


「というわけで、ボクはサメゾンビを釣り上げに行ってきます!」


 突然現れた小南しょうなんレイ刑事は、嬉しそうにそれだけ報告して診療所を出ていった。


 残されたわたし、村井ニニカと、ジョージさんは静かに顔を見合わせる。


「サメのゾンビの噂なんてあったっけ?」

「わたしは聞いたことないですね。いたら面白いけど」

「じゃあ…」


 私たちは同じ結論に達していた。


「先輩とやらの嘘ですね」

「余計なことしないように、厄介払いされたんだな・・・」


 わたしとしては警察にゾンビの正体を明かしてもいいんだけど、アピリス先生が元気が無い今はやめておこう、というジョージさんの提案により、レイ刑事にはわたしたちの事を秘密にしてもらっている。


 そういう訳で、可哀そうだけどレイ刑事はしばらく存在しないサメゾンビを追いかけてもらうしかない。


 ・・・サメゾンビが本当にいたら面白いけど。

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