ゾンビは治せる病気です~Dr.アピリス診療所~

長多 良

第1章 ゾンビ専門のお医者さん

第1話 ゾンビかな?と思ったら

『ゾンビ』


死体が動き出し、人々を襲うモンスター。


もちろん現実にそんなものはいない。

映画や創作の中の存在・・・・そのはずだった。


だけど、私の住む町に二つの奇妙な噂が流れていた。


一つは、

『死んだ人間がゾンビになって生き返る』

というもの。


そしてもう一つは、

『ゾンビになったらゾンビ専門の医者に行けば治してくれる』


というものだった。




「私、ゾンビになっちゃったみたいなんです!」


「あー・・・、初診ですか?・・・保険適用外ですけど大丈夫?あと、ゾンビかどうかは先生が判断するから、素人さんが勝手に決めないでね」


 私は勇気を出して自分の状況を受付のおじさんに伝えたが、彼はやる気なさそうな声で、事務的にそう告げた。


 肩透かしを食らった私は、思わず右目がポロっと飛び出してこぼれ落ちそうになってしまった。慌てて自分の顔に押し込んで元に戻す。



 私は村井ニニカ。ごくごく普通の17歳の女子高生だ。


 セミロングの黒髪に中肉中背。今日は、できるだけ肌が隠れるゆったりとした上着とパンツスカートを履いている。特別目立つようなことも無い人間だと自負している。



 ちょっとだけ人と違うところと言えば、ゾンビ映画が大好きだということ。


 あと、

 最近ちょっと、肌が腐ったように青緑色に変色し、油断すると目玉がこぼれ落ちてしまうことだ。


 どう考えてもゾンビである。


 そんな、私が助けを求めているというのに、目の前の男はチラリと見ただけで興味なさそうに、書類に何か書き込んでいる。


 ・・・30歳くらいだろうか?白髪交じりのボサボサのくせっ毛。体格はよさそうだが、猫背で不健康そうな顔色をしている。よれよれの白衣の下は、これまたよれよれなTシャツを着ているようだ。


 病院の受付としては問題のある態度だと思うが・・・、だがここは『ゾンビ専門の病院』である。


 ということは・・・・。


 「もしかして、あなたもゾンビですか!?」


 私は自らの直感に思わず興奮して、その男に詰め寄った。


 生気のまったく感じない態度に、この顔色の悪さ。ゾンビの特徴!


 「ゾンビ専門の病院にはゾンビが働いている!そういうのも王道ですよね!」


「・・・!?」


 だがその男は、変なものでも見るような目で私の方を見て言葉を失っている。


「あれ、喋るのが苦手なタイプのゾンビかな?」


「誰が喋るのが苦手なタイプ、だ。このクソガキ」


 男はあきれ顔をしてそう毒づいた。


 ◆


『死んだ人間がゾンビになって生き返る』


 そんな都市伝説が自分の街を中心に流行りだした時、ゾンビ映画好きとして、当然注目せざるを得なかった。


 さらには、噂はそれだけでは終わらなかった。


『ゾンビになったらゾンビ専門の医者に行けば治してくれる』


 この噂はなかなか珍しいパターンだった。ゾンビというのは大体、一度なったら治らないというお話が多い。ウィルス感染が原因の場合は、薬で治ることもあるので、そのパターンかも知れない。


 とは言え、やはり医者の話はピンとこない人が多いようだった。


 しかし『ゾンビになる』の方は、時が経つにつれて段々と真実味を増していった。


 目撃者が増え、証拠写真のようなものもネットに出回るようになっていた。それに伴い「ゾンビがよく出る」という、ゾンビスポットの噂も大量に生まれた。


 私はゾンビの事をどうしても知りたくて、そんなゾンビスポットを巡るようになった。


 そんなある日・・・、とあるゾンビスポットで、


 私は死んでしまった。



 いや、確かに死んだと思ったのだ。だが、ふと気づくと意識がハッキリして、元気に立ち上がることができた。しかし同時に、自分の体の異変にも気づいた。


 死んだ時の傷は大まかには治っていたが、治った箇所を中心に、周囲の肌が腐ったように青緑色になっていた。何となく肌質もしっとりとしている。もちろん、臭い。シャワーで体を念入りに洗ってもどうにもならなかった。


 さらには、油断していると目玉が外れてしまう。押し込めばまたくっつくのだが。


 そんな状況に、人並みにショックも受けたが、それと同時に、ゾンビ好きとしては、どうしても興奮もしてしまう。


「私、本当にゾンビになったんじゃない!?」


 と。


 とは言え、日常生活の事を考えると困ってしまうのも事実だ。


 病院に、とも思ったが、ネットの噂によると、普通の病院に行くと研究材料として人体実験に使われるという。まあゾンビ映画的にも定番の話だ。どうしても躊躇してしまう。


 幸い私は一人暮らしなので、学校さえ休んでしまえば誰にも会わずにすんだ。


 どうしても、と言う時は、全身を服で隠し、消臭スプレーをすれば、街中を出歩いての買い物程度はできるので、すぐに生活に困るというわけではない。


 だが、ずっとこのままという訳にもいかない。あまり長く学校を休むと、遠くに住んでいる親に伝わって心配をかけるかもしれないし。

 

 それに、私はゾンビの事をもっと知りたいのだ。どうやってゾンビになるのか。その方法が分かっていないのだ。


 そうなれば、やることは決まっている。もう一つの噂、『ゾンビ専門の医者』の事を探すのだ。


 ネットの情報を探っていくと、意外にも簡単に、とあるサイトに行きついた。


 そこは非常に低予算な・・・素人が作ったような簡素なサイトだった。イラストなどは無く、文字だけが並んでいる。だが、その文字は無駄に様々な色やフォントの種類が使われていて、センスも感じない上に、ただただ読みにくい。


 そんなサイトには、こんなキャッチコピーが書かれていた。


『ゾンビかな?と思ったら』


 そして、ゾンビの諸症状が並べられたチェックシートと、病院の住所が書いてあった。


――――――――――――――

『ゾンビかな?と思ったら』


自分がゾンビになったかも。そんな時、不安ですよね。

以下のチェックシートで3つ以上「YES」の方は、ゾンビの疑いがあります。

まずは当院にお越しください!


□最近死んだことがある

□皮膚が青緑色に変色している

□体から腐敗臭がする

□ケガをしてもすぐ治る

□無性に人を襲いたくなる


――――――――――――――


 怪しい、怪しすぎる。


 が、幸か不幸か、その住所は、私一人でも行ける場所だった。いたずらかも知れないが、行くしかない。


 ゾンビのことを詳しく知るために。


 ◆


 その住所は古びた雑居ビルの一室だった。


 中に入ると受付兼待合室だった。と言っても、通常の病院のような立派なカウンターはなく、来院者のためのソファと、受付のための事務机があるだけだった。どうにも急ごしらえという感じだ。さらに奥には扉がある。おそらく診察室に繋がっているのだろう。病院というだけあって最低限の清潔さは保っているようだが、建物自体の古さのせいで不安を感じさせる。


 さらに受付の男がやる気も感じられないくたびれたおじさんである。ハッキリ言って、病院としてはとても利用したくない部類だった。しかしここは「ゾンビ専門の病院」である。そう考えると、この怪しい感じも逆にかも知れない。


 ついさっき私の事を「クソガキ」と言ったそのおじさんは、ハァとため息をつくと面倒くさそうに、奥の扉に向けて声をかけた。


「おーい、何か面倒くさそうな患者さんだから、もう通しちゃうぞ?」


 そして、扉の向こうからの返事を待たずに、おじさんは私に扉の向こうに行くようにジェスチャーで促した。


 いいんだろうか・・・と思うが、ゾンビ専門の医者に会えるという好奇心に負けて、私はすぐにその扉を開けて、ドキドキして中を見る・・・。


 次の瞬間、息を飲んだ。


 そこにいた医者の姿は、全く想像もしていなかったものだった。


「女の子・・・?」


 私は思わず呟いた。


 私と同じ16,7歳くらいに見える女の子だった。


 彼女は美しくきらめく、少しウェーブのかかった長い銀髪を、邪魔にならないようにひとつに結わえ、その肌は褐色に、その瞳は金色に輝いてた。きっちりとした白衣を着て椅子に座る彼女は、その瞳で私の事を真っ直ぐと見つめていた。


 私はしばらく何も考えられずに見とれてしまっていた。


「どうぞ、座ってください」


 彼女は部屋の中にあるもう一つの椅子に私を促した。


 流暢な日本語だ。見た目から外国人かと思ったが、口ぶりからは分からない。


「あ、は、はい」


 私は慌てて椅子に座る。


「受付が失礼をしてすいません。お名前は?」


「あ、村井ニニカです。17歳です」


「ありがとう。私はアピリスです。では今から診察を始めますね」


 彼女は微笑みを浮かべて軽く会釈をする。そして顔を上げた時、彼女の表情は変わらず笑顔だったが、その目には強い意志が込められていた。


「安心してください。私があなたを必ず治してみせます」


 アピリス先生のその表情は、太陽の光を反射した新雪のようにきらめいて見えて、やはり私は見とれてしまった・・・・。


 目を見開きすぎて、うっかり目玉が飛び出してしまった。

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