第2話 これはゾンビじゃありません
私がアピリス先生に見とれている間に診察が始まった。
ゾンビの診察というから、もっと特別なこと・・・、例えば体中に電極をセットされて電気を流されるとか、そういうことも覚悟していたが、実際には、ごく普通の医者の診察っぽかった。
珍しいことと言ったら、皮膚の表面を採取されたり、目玉が飛び出した後の目のくぼみをライトで照らされたりしたくらいだろうか。
それ以外は、聴診器で心音を聞かれたり、喉の中を見られたり、あとは体のいろんなところをチェックされたり。
美少女に色々診察してもらうのはそれはそれでいい気分だったが、そろそろゾンビへの好奇心が勝ってきた。
「あの・・・、やっぱり私、ゾンビですよね!?」
私は興奮を抑えることもせずにアピリス先生に質問を投げつけると、彼女は困った表情でため息をつく。
「あのぅ・・・。これはゾンビじゃありませんよ?」
「え!?ゾンビじゃないんですか!?」
「むしろ何でそんなにゾンビであることを期待してるんですか!?もっとこう・・・不安になったりしないんですか?」
「いや、でも私、ゾンビが好きなんです!今の私、どう見てもゾンビだと思うんですけど、違うんですか!?」
アピリス先生は、相変わらず困惑した表情で、言い含めるように私に語り掛ける。
「違います。いいですか?あなたは単に『病気』の症状が出ているだけなんですよ」
「病気?」
「とりあえず、診察は終わったので処置に移りますね」
そういうとアピリス先生は机に用意してあった注射器を手に取って、
有無を言わさず私の腕に突き刺した。
「痛っ・・・あれ?痛くない・・・?」
私は注射は苦手なのだが、全然痛くなかった。
「凄い!全然注射痛くなったです。注射うまいんですね!」
私はアピリス先生の腕前に感激したが、彼女は首を振る。
「そうじゃ無くて、あなたは今痛覚が著しく鈍くなっているんです。これも病気の症状の一つです」
痛覚が鈍く?ゾンビになってから特に痛いことをしていなかったから気づかなかったが、そう言えば目玉が飛び出しても全然痛くなかったのはそのせいか。
そんな事を考えていると、アピリス先生は注射を打ち終え、なにやら粉薬とコップに入った水を差しだしてきた。
「はい、これ飲んでください」
「はぁ」
言われたままに粉薬を飲む。粉薬は苦手なのでちょっとむせてしまったが、アピリス先生が私の背をさすってくれたので何とかおさまった。
私が落ち着いたところで、先生は説明を再開した。
「この病気は、まず細胞の自己再生力が著しく上昇し、殆どの傷はすぐさま回復するようになります。その影響として、皮膚が変色し、表面が変質します。また、先ほど言ったように痛覚の鈍化。人によっては意識の混濁、気力の減衰、稀に攻撃性の増加などが現れます」
「えーと・・・」
スラスラと喋るアピリス先生の言葉を頭の中で整理して・・・。
「それって、要するに『ゾンビ』って事なんじゃないですか?」
「違います!『ゾンビ』なんて非科学的な存在じゃありません!これは科学的な『病気』なんです!」
「なんて名前の病気なんですか?」
「『外因性細胞異常再生症候群』です」
「・・・・。その病名を英語にして頭文字をならべると『Z.O.M.B.I』になるとか?」
「何言ってるんですか!?」
アピリス先生が私に突っ込みを入れると、待合室へつながる扉がコンコンと叩かれた。
「おーい、入っていいか?」
先ほどの受付のおじさんだ。するとアピリス先生は、私に服装を整えるようにジェスチャーで合図をした。
確かに、先ほどまで診察を受けていたので少し着崩れていた。私が服を整えるとアピリス先生が扉に向かって声をかけた。
「どうぞ」
「うーい。入りますよっと」
おじさんが部屋に入ってくる。猫背のその姿は相変わらずやる気の感じられないが、口元はニヤニヤしていた。
「ほらな、センセイ。小難しい病名つけるより、『ゾンビ』って言っちゃったほうが分かりやすいって」
「ジョージがあんな変なホームページを作るからでしょう!?」
おじさんはジョージさんというらしい。話からすると、あの残念なホームページはジョージさんが作ったらしい。
面白がっている彼とは対照的に、アピリス先生はプリプリと怒っている。
「あれのせいでこの病気が『ゾンビ』と思われてるんですよ!?」
あれが無くても私は自分の事ゾンビだと思ったんだけど・・・。
するとジョージさんはアピリス先生の怒りをかわすためか、私の方にターゲットを変えてきた。
「お嬢さん、面白いね。ゾンビで来院する人なんてもっと悲壮感溢れてると思ってたけど、センセイも俺もびっくりしちゃったよ」
「じゃあ・・・、やっぱり私はゾンビなんですよね?」
「ゾンビじゃありません!だいたい、ゾンビ映画なんて非科学的すぎます!」
「そんな事言って、センセイはゾンビ映画とかオバケみたいなのが怖いだけなんじゃないですか?」
「もう!知りません!」
アピリス先生はむくれてしまった。私と話している時はすごく穏やかで優しそうなのに、ジョージさんと話している時はやけにツンケンしている。まあ、どう見てもジョージさんが無駄に意地悪しているせいだと思うけど。
アピリス先生は一息ついて気持ちを落ち着かせたようだ。私の方に改めて向き直る。
「それより、村井ニニカさん、もう充分薬が効いてきたみたいですね」
「え!?」
そう言われて自分の腕を見ると、ずっと青緑色だった肌が、以前通りの肌の様子に戻っている。いや、ちょっと血色は悪いかも知れない。だが些細な問題だ。体や顔を触ってみたが、体中治っているらしい。目に力を入れても目玉も飛び出さない。
「治ってる!すごいすごい!」
ゾンビになったことにもテンションが上がったが、そうは言っても元の体に戻れることもテンションが上がる。
「よかった。じゃあ、あとはこれを」
アピリス先生は私の手首に、小さな袋がついた麻ひもを括り付けた。ブレスレットのようになる。
「その袋に薬効が入っています。それを身につけていれば症状は抑えられるので、はずさないようにしてくださいね」
「かわいー!」
結構気に入ってしまった。
「ありがとうございます!」
私は心からの笑顔でアピリス先生にお礼を言った。
彼女もニコニコしている。
その隣でジョージさんがニヤニヤして口を開いた。
「じゃあ治療費の事だけど」
治療費。そうか、代金のことを聞くのを忘れていた。
「100万円ね」
「100まんえん!?」
私は再び目玉が飛び出しそうになった。今は本当には飛び出さないけれど。
「そ、そんなにするんですか!?」
「保険適用外って言っただろう?」
「『保険適用外』って何ですか?」
「あらら・・・」
ジョージさんは急に気の毒そうな目つきでこちらを見てきた。
「ちょっと、ジョージ!」
アピリス先生が間に入ってきてくれた。
「ニニカさん。100万円出せないなら無理しなくていいですからね。もちろん出してもらえるならありがたいですが・・・」
え、本当に?出さなくていいなら助かる・・・。
「でもその代わり、答えてほしいことがあります」
答えてほしいこと?100万円なんて払えないから、そっちでお願いするしかないけど、何だろうか。
「つらいかも知れませんが・・・・。あなたがこの病気になった時の事を詳しく教えてもらえますか?」
その言葉に、自分の体の中を通る血がスッと冷たくるような気持になった。
私がゾンビになった時。
あの時の出来事が頭の中を駆け巡る。
「どうしてそのことを聞きたいんですか?」
私が神妙な顔で問いかけると、アピリス先生も同じように真剣に答えてくれた。
「それは・・・この病気の発生源を調べて、これ以上患者が増えないように・・・」
「つまり、ゾンビの発生源を調べるって事ですよね!私も連れて行ってください!」
やっぱり、ゾンビの調査に行くためだった!
元々私はあの場所にゾンビの事を調べに行ったのだ。専門家の調査に同行できるなら願ったり叶ったり!
「早速案内します!さあ、行きましょう!!」
私は元気よく立ち上がった・・・が、私のやる気に反してアピリス先生はポカンと口を開けてこちらを見ていた。
「アッハハハハハ」
ジョージさんが隣で笑っている。
「こりゃ凄い。彼女は筋金入りだね。センセイ、一緒に行ってもらうのが一番じゃないですか?」
「でも、彼女を危険にさらすわけには・・・!」
「そこは俺が何とかしますよ。このままじゃ、連れて行かなくても勝手についてきそうだし」
もちろん、連れて行ってくれないならそのつもりだった。
「はぁ・・・分かりました。でもニニカさん、絶対に危険なことはしないでくださいね」
アピリス先生は観念したようだ。
危険なことはしないで・・・。つまり、私がゾンビになった場所に危険があることをアピリス先生は分かっている、ということだ。
まだ詳しく聞けていないが、やはりアピリス先生はゾンビについて治療するだけでなく色々知っているはずだ。
「じゃあ今すぐ行きましょう!」
一刻も早くゾンビの事を詳しく知りたい。
一緒に行けば、アピリス先生に話を聞く時間も沢山できるはずだ。
「あ、そう言えば」
私は最初から気になっていたことを今聞くことにした。
「ジョージさんって、何なんですか?」
「ジョージ?私の助手ですけど・・・」
「彼はゾンビじゃないんですか?」
「だから、ゾンビじゃないですって・・・」
アピリス先生は再び大きなため息をついた。
なんだ、ゾンビじゃないのか・・・。
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