第3話 夜中のゾンビスポット

「そこの・・・!角を・・・!右に曲がってください!!」


 アピリス先生が運転する軽自動車は、すでに暗くなった山道をさらに奥へと進んでいく。先生の運転はお世辞にも上手くはない。私はジョージさんと後部座席に乗って、やたらに左右に振り回されている。

 ちなみにジョージさんは「安東丈治あんどうじょうじ」という名前だということだ。アピリス先生的に「ジョージ」というのが呼びやすいらしい。アピリス先生のことも聞いてみたが、そこははぐらかされてしまった。

 そんな事より、現場までの道案内をしながら、私がゾンビになった時の事を説明してくれということだった。


 ◆


 数日前も私はこの夜道を通っていた。その時は自分のスクーターに乗っていた。目的地は山奥の廃ビルだ。夜中に一人でそんなところに行くのは勿論怖かったが、噂によるとゾンビは夜に現れるらしいので仕方がなかった。


 廃ビルに着き、その中に忍び込む。


 かつては何かの会社のビルだったようだ。5階ほどまであるらしく、さほど大きなビルではない。今はすっかりボロくなっており、所々窓が割れたりしている。


 自分の持つ懐中電灯以外に明かりはない。

 人の気配も全く感じない。

 だけど、得体のしれない何かを感じるような気がする。

 いくらゾンビへの好奇心があるとは言え、恐怖に押しつぶされそうになった。


 そして・・・ある時そのの気配が自分の真後ろにハッキリと感じた。


 私が慌てて振り返ると、そこには青緑色の肌で目をギラつかせた男が立っていて・・・・。

 次の瞬間、その男の手から伸びた長い爪で、私の体は貫かれていた。私は悲鳴を上げる間もなく、意識を失った。


 そして次に気が付いた時には、私はゾンビになっていた。


 ◆


「というわけで、ここには爪が伸びるタイプのゾンビがいるんです。結構珍しいタイプですよね!アクティブなゾンビっぽいです」


 私達三人は、目的地である廃ビルの前で車を降りて、その様子を伺っていた。


「さっきのエピソードから、何でそんなテンションでこの場所に来れるんだ・・・」


 ジョージさんが何故かちょっとひいていた。


「そうですよ。普通トラウマになって、二度とここに来たくないと思ってもおかしくないはずです」


 アピリス先生は真剣に心配してくれているようだ。

 やっぱり優しい。


「ニニカさん、おかしいですよ。何でそこまでこの病気の事を知りたいんですか?ゾンビが好きってだけではないんじゃないですか?」


 しかしその先の質問には困った。

 どうしたものか。


「それは・・・」


「ちょっと待った」


 私が口をひらこうとした時、ジョージさんがそれを遮った。


 口元に人差し指をあて、静かにするようにと言いたいようだ。


「先客がいるみたいだ」


 彼の視線の先を見ると、私達が乗ってきた車からやや離れた所に別の車があった。


 特に古びた様子もない。ついさっきまで人が乗っていたようだ。先日の私と同様に、ゾンビの噂を聞きつけて肝試しに来た人がまさに今廃ビルの中にいるのだろうか。


「どうするの?出てくるまで待っとく?」


 何となく、こっそりしないといけないのかと思って私はそう言ったが、アピリス先生とジョージさんの考えは違うようだ。


「いや・・・」


 二人は廃ビルの方を睨みつけている。


 そこで私は、アピリス先生の表情が今までとは一変して、険しく鋭いものになっていることに気づいた。ジョージさんの方も、今までのダラダラした様子は見られない。


「・・・来ます!」


 次の瞬間、廃ビルの中から複数の悲鳴が響いた。その後すぐに、入り口から3人の若い男達が飛び出してくる。3人とも体中に傷をつけて、ボロボロになりながら逃げだしてきたようだ。


 何から逃げているのか・・・。

 すぐにその答えが出た。


 彼らに続いて、廃ビルの中から4つの影が飛び出してきた。こちらは動きが速すぎて最初よくわからなかったが、廃ビルの外の広場でその影が動きを止めた時にようやく正体が分かった。


 犬だ。

 大型の日本犬が4匹。

 だが、ただの犬ではない。懐中電灯の明かりで照らしたその姿は、毛は抜け落ち、皮膚がただれたように青緑色に変色していた。


「ゾンビ犬・・・!?」


 それが男たちを襲っていたのだ。


 男たちはこちらに気づいたようだ。

「た、助けて!」といったようなことを、しかし息も絶え絶えで半ば言葉にならないまま、恐怖から足をもつれさせながらこちらに向かって走っている。


 必然、ゾンビ犬達もこちらに向かってくる。


「ジョージ、ニニカさんを!!」


 ジョージさんは私の前へ立ってくれた。守ろうとしてくれているようだ。


 でもそしたらアピリス先生は?


 私よりもか弱く見える彼女を心配した。


 しかし・・・、彼女の表情は恐怖ではなく決意に満ちていた。


 彼女は自らの白衣の前ボタンを解き、白衣の下から何かを取り出す。


 あれは・・・・


「銃!?」


 思わずそう叫んだが、彼女が手に持っているものは、私のイメージする銃とはちょっと違う気がする。


 白い箱・・・漫画コミック本くらいの大きさの箱に、取っ手がついたような見た目をしていた。


 それをまさしく銃のように構える。


 男たちはそんなアピリス先生の様子を気にする余裕もないようで、横を通り抜けていった。そうなればゾンビ犬がまず襲い掛かるのはアピリス先生だ。


 先頭を走る2体が地面を蹴り飛び掛かる!


 だがアピリス先生は動じることなく、両手で構えた銃を2発、撃ち放った。


 バシュン!バシュン!


「「ギャウン!!」」


 思ったより軽い銃声と、ゾンビ犬達の悲鳴が連続で響く。


 地面に倒れ落ちたゾンビ犬を見ると・・・・


 その心臓近くに長い針のようなものが刺さっていた。


 どうやら針を撃ち出す銃のようだ。


 残り2体のゾンビ犬が間髪入れずにアピリス先生に飛び掛かって来る。


 今度は銃を撃つのが間に合わない!?今にも噛みつこうとする。が、アピリス先生はまずその1体の腹に、四角い銃の角を思いっきり打ち付けて地面に吹き飛ばした。


 そしてもう1体の攻撃も寸前でかわし、地面に着地する瞬間を狙ってその横腹を蹴り飛ばした!


 地面に倒れた2体のゾンビ犬を狙って銃を2発撃ち、それぞれの心臓に針を突き立てた。針を刺されたゾンビ犬はその場で倒れたまま痙攣している。


 あっという間に4体のゾンビ犬を倒してしまった!


「凄い!凄い!」


 綺麗で医者というだけじゃなく、強くてカッコいいなんて!


 私は感激してアピリス先生に駆け寄った。


 だが・・・はしゃいでいるのは私だけだとすぐに気づく。


 アピリス先生もジョージさんも、廃ビルの中を睨んでいる。

 確かに・・・あの中に何かが・・・。おそらく、私を殺したあのゾンビがいるのだろう。何となくそういう気配を感じる気がする。


 そう言えば、と気が付いた時、さきほど廃ビルから逃げ出してきた男たちは彼らの車に乗って逃げ出していた。先生に助けてもらったのに薄情な、とも思うが、恐怖でそれどころじゃなかったのだろう。


 私がもう一度アピリス先生の方を見ると、彼女もちょうど私の方に向き直った所だった。その表情は真剣そのものだ。


「ニニカさん、これで分かったでしょう?あまりにも危険すぎます。車の中で待っていてください」


「えー!そんな!中に入ってゾンビの正体を調べるんでしょう?私も一緒に行きます!」


「ダメです!何でそんなに、危険を顧みないんですか!いくらゾンビが好きだって言っても、おかしいですよ!」


「それは・・・・!」


 私がなんて答えようか考えあぐねていると・・・、それまで黙って聞いていたジョージさんが口を開いた。


「『人をゾンビにする方法』を知りたいから。そうだろ?」


「・・・!」


 私は何も言えなかった。


 だが、ジョージさんの言葉と私の様子を見て、アピリス先生は一気に気色ばむ。


「なっ・・・、本当ですか!?」


「それは・・・・」


 私が答えられずにいると、彼女の顔は怒りと、そして失望の色を見せた。


「それがどういう事か分かっているんですか?あなたの言う『ゾンビ』は、実際は『病気』の症状の一種なんですよ?『病気』の人を自ら増やそうとしている、ってことですよ!?それとも・・・」


 アピリス先生は一瞬唾をごくりと飲み込む。


「まさか、死んだ人を生き返らせようと思っているんじゃないですよね!?」


 彼女に詰め寄られ、私は目を逸らすことしかできなかった。


 これまでの彼女の言動から考えて、こんな風に怒られることは予想できた。だから直接ゾンビ化の方法を聞くことをしなかったのに・・・。


 ジョージさんを恨めしく思うが、それが筋違いであることも分かっていた。


 だが、私に助け船を出したのもそのジョージさんだった。


「おっと、そこまでみたいですよ、センセイ」


 ジョージさんは廃ビルを指さす。


 その屋上に人影があり、こちらを見下ろしている。


 人影・・・いや、人か?あれは。


 かなり体の大きい男のようだ。

 上下つなぎの作業着を着ている。

 袖をまくって現れた腕や、顔、その皮膚は青緑色に変色し・・・ているだけではなく、変色した場所から獣の毛のようなものが生えている。口には鋭い牙があり、手には大きな爪がある。


「あれは・・・狼男タイプのゾンビ!」


「そんなゾンビ映画本当にあるの?」


 思わず口にした私の独り言に、ジョージさんは律義に反応してくれた。

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