第38話 月夜に消える

 アピリスさんがジョージさんをゾンビにした。その言葉に皆少なからず衝撃を受けているようだ。


 ボクがこれまで聞いていたのは、人々を傷つけゾンビを生み出していたのはダンテ・クリストフという男だ、という話だ。アピリスさんはそのゾンビを治療している善意の人だと思っていた。だがアピリスさんもゾンビを生み出していたということか・・・?


 その話の真偽が分からず、ボクはアピリスさんの方を見る。彼女は何も言わず、いや、何も言えずに?青ざめた顔をしているだけだった。


「アピリス先生が・・・?」


 最初に困惑の声を上げたのはメアリさんだった。メアリさんも知らない事だったらしい。全てのゾンビを生み出した元凶として、ダンテへの怒りを昂らせていた所に突き付けられた新事実ということか。


「やっぱり言ってなかったようだね。どうりで皆の口ぶりが、私だけがゾンビを生み出してるというようなものだった訳だ。知っていながら敢えて言わなかったんだから、アピリスさんも中々・・・」


 ドカァアアアア!!


 ダンテの言葉は、突然ダンテの上にとその音によって中断された。ダンテ自身は直前でその場から飛びのいて無事である。落ちてきたのは・・・フランシスさんだ!彼女が落下と共に蹴りぬいたコンテナの天井は、凍って砕かれたように割れている。


「キャアアア!!」


 ダンテが立っていたコンテナのすぐそばには、誘拐されていた人たちが集まって身動き取れずにいたので、彼女たちは突然の衝撃に悲鳴を上げて怯えてしまった。だがこれは結果的には好機だった。ダンテがフランシスさんの攻撃を避けるために場所を移動したことで、先ほどまで誘拐されていた人たちがダンテののようになっていた状態が解除されたのだ。


 それを意に介しているのかいないのか、ダンテは事も無げに移動したコンテナの先で体勢を立て直す。


「フランシスさんに、パナテアさんも。逃げ帰ったんじゃなかったのか?」

「そう思わせておいて、貴方を倒す隙を見計らっていたのですよ。貴方のような男、出来る事なら一刻も早く排除したいのは当然でしょう?」


 フランシスさんはその長い白い髪をかき上げて、優雅な微笑みのままそう答える。一方パナテアさんは少し離れた塀の上に、厳しい顔をして何も言わずに立ち佇んでいる。


 そして、メアリさんもジョージさんも、混乱しながらもダンテに対して臨戦態勢を取る。ダンテが人質から離れたなら、一斉に攻撃することも可能だろう。ボクはとっさに誘拐されていた人たちに近づき、彼女たちが戦いに巻き込まれないよう後ろに下がらせる。ニニカさんも手伝ってくれたが「アピリス先生がジョージさんをゾンビにしたって、どういうことでしょうね?ね!?」とワクワクした様子で小声でボクに聞いてくる。とりあえず無視しておいたが。


「フッ、まあいいだろう。今日はここまでだな」


 ダンテは軽い口調でそう言うと、大きく後ろに跳び退いた。


「また会おう。パナテアさん、ニニカさん」


 そう言って月光の影に消えていく。


「・・・!待て!!」


 メアリさんがそう叫び追いかけるが、すぐに見失ってしまったようだ。


「くそ・・・!」


 落胆するメアリさんを横目に、パナテアさんとフランシスさんは放置されていた大男ゾンビとその手下たちの元に降り立つ。


「お、お姉ちゃん・・・!」

「アピリス」


 アピリスさんは改めて呼びかけるが、パナテアさんがピシャリとその言葉を押しとどめる。


「その男をゾンビにしたことを後悔しているなら、なおのこと、もうこの件には関わらず故郷に帰りなさい」


 厳しい口調のパナテアさんとは違いフランシスさんは相変わらず優雅な表情をしているが、その顔で倒れているゾンビ達をヒョイヒョイ担ぎ上げていく。


「あ、あの、一体何を・・・」


 ボクが思わず質問するが、


「秘密ですわー」


 フランシスさんに軽くあしらわれてしまった。


「それじゃ。分かったわね、アピリス」

「ごきげんよう~」

「あ、お姉ちゃん・・・!」


 そう言って、パナテアさんとフランシスさんも闇の中に消えていってしまった。アピリスさんが止める間もない。


 残されたのは、ボクとアピリスさん、ジョージさん、メアリさん、ニニカさん、そして誘拐されていた人達だけだ。

 そして、アピリスさんやメアリさんには暗い雰囲気が漂っている。


「えーと、どうしましょうか・・・」


 ボクが空気感に堪えかねてそう声を上げると、アピリスさんが気力を振り絞るという感じで顔を上げる。


「そ、そうですね。皆さんの病気の治療をしないと・・・。私の病院に移動したいですが、遠いのでまずはここで応急処置をしましょう」


 なるほど、確かに。


 ボクの刑事としての立場で言えば、まず警察に連絡して保護を、と言いたいところだが、その場合は事情の説明などで大きく時間がとられることが予想される。それよりは、一旦治療して落ち着いてから警察に連絡した方がいい・・・気がする。何となく。


 誘拐されていた人たちも、不安はあるがこれまでのアピリスさん達の奮闘、そして「治してくれる」という言葉に希望を持ち、アピリスさん達の指示に従うことに異存はないようだ。


「それじゃあ・・・」


 アピリスさんが治療のために動き出したその時。


「先生」


 アピリスさんを呼び止めたのは――――真剣な顔をしたメアリさんだった。


「先生がジョージさんをゾンビにしたって話、きちんと教えてください」


 その言葉に、アピリスさんはメアリさんの目をしっかり見て、そして意を決したように口を開く。


「はい、この事態が落ち着いたら、必ず」


 メアリさん、アピリスさん、そしてジョージさんも、改めて重苦しい空気を身に纏っていた。何とも言えない気まずい雰囲気の中、誘拐されていた人たちのゾンビ症状に対する治療が始まった。


「メアリさんは、とある事情から、ゾンビを生み出すダンテを凄く憎んでいるんです。そこにアピリス先生もゾンビを生み出していたと聞かされて、心の整理がつかないんでしょうねー」

「ニニカさん・・・解説ありがとう・・・」


 そしてニニカさんだけはこの気まずい雰囲気を気にする様子もなくボクに事情を解説してくれる。何なのこの子・・・。


 こうしてボクの遭遇したゾンビ事件は一応の終幕を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る