後編「ジャック伯爵、街を駆ける」




「ハロウィン、ですか?」


 夕方、ロアとベアトリーチェの二人がティターニアの運営する道場『タニア道場』の前で、ハロウィンについて話すと、彼女は首を傾げて言った。


「そうなのよ。それでハロウィンって言うのは、これこれかくかくしかじかなイベントで……」

「なるなるほどほどですね。わかりました。子供たちにチラシとかを配れれば来てくれそうですね」

「それなら、これを渡してくれ」


 一歩前に出たロアはティターニアに、どこから出したのか紙束を手渡した。


「急ごしらえだが新聞社の伝手に作ってもらったチラシだ」

「え、いつの間にそんなものを……」


 ベアトリーチェの驚きに、ロアはフッとニヒルに笑った。


「それで、イベントの仮装としてロアに被せるかぼちゃの被り物をティターニアに作って欲しいのよ」

「かぼちゃ、ですか?」

「そう、かぼちゃ」

「ロア様が被るんですか?」

「そうよ?」

「……。」


 急に押し黙ったティターニアはロアに向けてちらりと見る。


「……なんだ?」

「いえ、出来るだけ可愛くしますね」

「不審者として通報されないか気を使ってくれてありがとう」

「いえいえ、それでは道場の子達にチラシを配って早めに道場を切り上げてきますね」

「頑張りなさいねー」


 ベアトリーチェが手を振って見送ると、ティターニアは道場の方へと戻っていった。

 途端に、道場の中から「モリッ!! モリッ!!」という裂帛の声が響きはじめ、稽古が再開される。


「これで、大体準備は終わったし、お菓子を量産しに行くわよ」

「……。」

「どうしたのよ?」

「いや、なんでもない」

「……?」


 道場の方を見て怪訝そうな顔を浮かべているロアを伴って、ベアトリーチェはその場を後にしていくのだった。





 そして、ハロウィン当日の昼。


「なかなか似合ってるじゃない。ロア……いえ、ジャック伯爵」

「……。」


 イルミナティカンパニーの隠しアジトの中央で、パンプキンヘッドの被り物を被った燕尾服の男が立ち尽くしていた。

 右手にはクッキーの袋が入った手提げバッグをぶら下げている。


「何か不満でもあるのかしら?」

「いや、ない。ないけど……」

「あーもー! ここまで来たんなら腹を括りなさいよ!」

「ちょ!やめろ蹴るな! この燕尾服、皇帝付きの執事の着てるやつだろ!? 汚れ一つ付けるのも怖いんだぞ!?」

「洗って返せば問題ないわよ」

「後で怒られても知らないからなマジで」


 ベアトリーチェがロアと仲良くじゃれ合っていると、彼らの元にヤクルゴンの制服を着用した女性が微笑みかけた。


「はいはい、相変わらず仲良しで良かったです」

「ノレア」


 手元にはお菓子の入った袋を持参しており、彼女が今回のイベントでクッキーを制作した張本人だ。


「そういえば、ロア社長? クッキーの方はご覧になりましたか?」

「見たよ。流石のセンスだ」

「ふふ……」


 ロアがクッキーを一つ取り出すと、その表面にはロアの被っているパンプキンヘッドをデフォルメしたようなロゴが焼き淹れられていた。

 魔物がモチーフということだったのだが、何処か可愛さを感じられるデザインで、これはこれでカッコいいなとロアは思った。

 


「さて、それじゃあ段取りを確認するぞ」

「オッケー。まずは町中の特設ステージで、ノレアが司会を務めるのよね」

「そうです。合図をしたらロア社長、もといジャック伯爵に登場をしてもらって、そこから集まってもらった子供たちにお菓子を要求されたら、お菓子を渡すという流れになります」

「そして、ある程度渡し終わったらヤクルゴンレディースと交代して、俺とノレアは次のイベント会場へと逃げる……これを全四つやったら終了だ」

「完璧ね」

「完璧だ」

「完璧でございますね」


 三人は顔を見合わせて、頷き合うと、ロアは盛大にマントを翻して言った。


「よし!作戦開始だ!」




 そして、イベントが開始されて、一行がどうなったかと言うと―――


「あああああーーー!! 押さないでーーー!!」

「おらー!おかしよこせーーー!」

「へんなかぶりものー!」

「かぼちゃおばけ!これでもくらえー!」

「やめろーーー!」


 これでもかというほど、ロアことジャック伯爵は子供たちにもみくちゃにされていた。

 開幕のイベント開始した時には、それはそれはクール&スマートに登場し、高らかに「我が名はジャック伯爵!子供たちよ!吾輩のお菓子が欲しいか!?」と高らかにかつノリノリだった。

 だがしかし、ロアは――というよりもベアトリーチェやノレアを含め、ヤクルゴンの社員達は完全に見誤っていた。


 下町の子供たちは、思ったよりも元気すぎたのだ。


 ロアの脳裏に浮かぶのはかつてのロナン帝国の下町の様子だ。

 活気はなく、やつれた子供など当たり前のように見かけるようなそんな街だった。

 そこでロア達が商売を頑張った結果、ロアが起こしたわけではないが、帝国の人々が呼応するように自治体が孤児院を立ち上げたりなど、とにかく子供たちがドンドンと活気づくような街づくりが行われていった。


 そして何が起こったか。


 ロア達の想像を超えた事態が起こっていた。


「お、多すぎる!? ノレア!予備のクッキーを出してくれ!」

「ま、待ってくださいね! 人ごみが多すぎて……きゃーー!スカート引っ張らないでーー!」


 子供、子供、子供、それが終われば再び子供、ところどころに混じって宿なし乞食。

 押し寄せる人の波が止まることはなく、ロア達は立往生を余儀なくされていた。


「これじゃ他の会場まで行けるか怪しいぞ……」

「残りのクッキーはまだ全然ありますが、時間の方が押しています」

「くっ、仕方がない。ここは全力で退くしか―――」

「行ってください社長!」


 もみくちゃにされている中、唐突に人波に亀裂が走り、そこからヤクルゴンの制服を着た女性従業員達がなだれ込んで、ロアを守るように囲む。


「ここは我々にお任せを!」

「き、君たち……しかし!こんな状況で離れるわけには……!」

「大丈夫です! 我々も厳しい営業や過酷な接客トレーニングをしています! ここで活かさなければ、いつやるんですか!」

「だが……!」

「帝国を、子供たちの笑顔を……よろしくお願いします、社長!」

「………っ! すまない……!」


 レディ達の覚悟の言葉を聞き、託されたロアはノレアを抱きかかえると、足に力を込め、唐突に空中へと跳躍した。

 家屋の屋根よりも高々と飛びあがって、彼女たちの雄姿を、目に刻み込んで、二人の姿は街の明かりの向こうへと消えていった。


「……社長には、思い出してもらわなければね」

「そうね。こうゆう時は”ありがとう”って言うんだって。あの人自身が教えてくれたんですもの……」

「さぁ! もうひと踏ん張りよ! ヤクルゴンレディーの底力見せてやりましょう!」

「「「「おぉーーーーーーーー!!!」」」





 そして、明け方。


「……………。」

「……………。」

「おーい、大丈夫ー?」


 下町の噴水広場にて、ボロボロになって項垂れて、朝日を浴びるロアとノレアに向かって、ベアトリーチェは手を振る。

 反応したロアは、しばらく遅れて反応して「あぁ」と答えた。


「うっわ。燕尾服がボロボロじゃない。またすっごい張りきったわね」

「……すまない」

「いいわよ。それで? クッキーは配り終わったの?」

「終わったさ。……全員がベストを尽くしてくれた」

「そう。クッキー売れそう?」

「……今日は、とりあえず寝かせてくれ」

「家で寝なさい」

「じゃあこれを吹いてくれ。サラが迎えに来てくれる」


 手渡された竜呼びの笛をピーと鳴らすと、すぐにサラマンダーがどこからともなく飛んできた。


「あとは……頼む」


 サラマンダーの口に加えられたロアはそのままどこかへと連れ去られていった。

 恐らくは、アジトのあるbarフェリーチェへと届けてもらうのだろう。

 ベアトリーチェはロアと同じく真っ白な顔をしたノレアへと歩み寄る。


「……まったくもう。世話が焼けるわね」


 虚ろな目をしたノレアに肩を貸すと、ベアトリーチェは朝日のまぶしい下町を歩き出すのだった。




 そして後日。

 すっかり元気になったロアは、ロナンモールのお菓子コーナーで高笑いをしていた。


「がっはっはっは!!! もう売れて売れてしょうがない! はっはっは!」


 そんなテンションMaxのロアの後ろで、ベアトリーチェとノレアは苦笑いを浮かべていた。


「分かりやすく調子乗っているわね……」

「あの後、街中を飛び回ったのが子供たちの中でウケたからなのか、ジャック伯爵がキャラクターとして人気出ましたからね」

「それでロゴ入りクッキーが爆売れしたってことね……」

「ちなみにロア社長、これにかこつけてジャック伯爵のグッズだとかサイン会だとかやるつもりらしくって、すっかりご機嫌ですよ」

「わかりやすい男ね」


 お菓子コーナーで笑いが止まらなくなっているロアは、グッと握りこぶしを掲げた。


「ハロウィン……最高だぜーーーーーーーーーー!!!!」


 ロナンモール中に響く、その笑いは三日三晩続いたそうな。

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