第6話「悪の組織、プリズンブレイク」
「貴方、プリズンブレイクに興味ない?」
「はぁ?」
もう一度、ロアにベアトリーチェが言う。
ロアはわけもわからずに、鉄格子を掴みながら問いかけた。
「お前の封書で投獄されたのに、お前に手引きされて脱獄するのすげー嫌なんだけど」
「仕方ないじゃない。ワタシもまさかこうなるとは思わなかったんだもの」
「はぁ?じゃああれは一体なんの茶番だったんだよ」
「……あの後のことを、脱獄しながら説明するから、さっさと出なさい」
そういって、アンジェリカの持っていた鍵によって牢屋が開錠され、ロアは言われるがままに牢屋から出た。
「説明してくれるのか?」
「するから、あんまりへそ曲げないで頂戴」
「……わかったよ。悪かった」
ロアが頭を下げると、アンジェリカは満足したように意気揚々と説明をし始めるのだった。
「説明するわね――――――あの後なんだけど」
王の間から、ハルが連れ出された後、一人残ったアトリーはアルスランと二人きりとなっていた。
「質問はあるか?アトリー皇女」
「封書には、なんと……?」
アトリーも動揺して動けない。
ハルの拘束をなんとかしようとも思ったが、自分ではどうにもならず、迷っている間にハルは連れていかれた。
アルスランは首を鳴らすと、鼻水をすすった。
「なんということはない。ただハルが帝国で死んだという報のみが書かれていたのみよ」
「ハルは死んでないじゃない!!」
アトリーの悲鳴のような声に、アルスランは首を振る。
「―――いいや死んだ。……という方が都合が良いという話だ」
「都合が、いい?」
アトリーがその言葉の真意が分からずに聞き返すと、アルスランは「何から説明したものか」と悩むポーズを取る。
しばらくすると、適当そうに「ま、よいか」とつぶやいた。
「頭の良い貴様らならば、答えには自ずと辿り着くであろう。真意はその後知れること」
「それだけじゃ、それだけじゃなにも分からない!」
アルスランは首を振る。
「分からずともよいのだ。今はその時ではないというだけの話」
「なに、それ……」
アルスランの言葉に立ち尽くすアトリー。
彼は「選別だ」とアトリーの足元に何かを投げた。
「……鍵束?」
「地下牢の鍵よ。どこぞにぶち込まれるかはわからぬが、それだけあればどれかは当たるだろう」
アトリーはそれを拾うと、アルスランの目を見る。
優しい目をしていた。まるで、旅立つヒナを見るような、そんな目だった。
「丁度迎えも来よったか」
「……え?」
ドアの開く音が背後で聞こえ、アトリーが振り返ると、そこにはアンジェリカと、その横に顔のよく似た二人の巫女服を着た女の子が居た。
「お待たせいたしました。ベアトリーチェ」
「アンジェリカ……?」
ニコニコとした表情で、いつも通りベアトリーチェとして接してくる。
「教会での話し合いも終わりましたので、お迎えに」
「やはり貴様も来ていたか。”
「はい、ご無沙汰しておりました。アルスラン王」
アンジェリカがうやうやしく頭を下げ、アルスランは片手で応じる。
”
教会が定める”大アルカナの聖女たち”その一人に数えられる人間に与えられたものだ。
「この子たちは?」
言われて巫女服の女の子達が、アトリーに向き直る。
「「私たちは、このジェスティ王国にお仕えする大アルカナの聖女」」
「聖女”
「聖女”
にこやかに笑うと、二人はアトリーにお辞儀をした。
アトリーも軽くカーテシーで返す。
「その者たちは、この地より長く存在する一族の者達。奇術を使い、人を監視しているが、気にすることはない」
「いい子達ですよ~」
「やめなさい”
「デブったのです”
「殺しちゃいますよ~」
べたべたとアンジェリカに引っ付かれて鬱陶しくする双子は、アンジェリカのコンプレックスに触れて首を絞められて制裁されていた。
一体この状況で何してるんだろうこの子達、とベアトリーチェは少し肩の力が抜けた。
「仔細は?」
「はい。幸い”上”にはハルの生存はバレては居ません。運が良かったです」
「そうか。ではさっさとこの国からあの下手人を連れていけ。この国は外様が出入りする故、誰の目に止まるか分からん」
「かしこまりました。ではそうゆうことなので、行きましょうかベアトリーチェ」
手短に話し終えたアンジェリカに、ベアトリーチェは戸惑いの言葉を投げる。
「ちょ、ちょっとまって!貴方たちは何を知っているの!?」
「アトリー様」
「…?」
「しぃ~……ですよ」
静かに、アンジェリカは唇の前で指を立てるのであった。
説明を聞き終えると、ロアは口に手を添えた。
「王様が、俺を逃がしてくれた……」
「そうなのよ。不思議よね」
「……何かさせたいってことなんだろうけど、何か知ってそうなヤツはずっとすっとぼけてるしな……」
ロアが横を走るアンジェリカを見ると、彼女は首を傾げた。
「はい?なんのことでしょう?」
「もういいよ……」
どうせ聞いてもずっとはぐらかされるだろうと思い、諦める。
今なにも言わないということは、今後、いつか自分たちでわかることなのだろうということだ。彼女はそうゆうヤツだ、とある意味でアンジェリカを信用していた。
「にしても、アンジェリカが聖女……か」
「知らなかった?」
「あぁ、ただのシスターかと思ってた」
思えばただのシスターにしては雰囲気もまるで違うな、とこの前シスターたちに追われた経験からアンジェリカを比べた。
そもそも教会に所属していること自体は知っていたのだが、やたらと謎多い女性なので、いちいちそこにはツッコんでたらキリがなかったのでスルーしていた。
「そういえば、捕まって牢屋にぶち込まれたのに大して荷物奪われなかったな」
ロアはそう言いながら、先ほど詰所から分捕ってきた自分の荷物を確認する。
路銀もなにもかも手を付けられておらず、詰所に誰も居なかったのはそうゆう配慮だったのだろう。
ロアは感謝しながら荷物袋の中に入っていた竜呼びの笛を首に下げる。
「それにしても脱獄って悪の組織らしくてカッコいいわよね!」
「言ってる場合か!?」
やはりロアにはまだベアトリーチェの感性がよくわからなかった。
地下牢から脱出すると、すぐに竜呼びの笛を鳴らした。
――――ぴぃーーーーーーーーー!!!
甲高い音が夜空に響きわたり、上空からどこから現れたのだろうか、ロアの愛竜サラマンダーが地面にすぐに降り立った。
「乗れ!」
ベアトリーチェとアンジェリカの手を引いて彼女たちをしっかりと乗せると、サラマンダーは三人を乗せて飛び立った。
「ふぅーーーーー!」
「いえーーーーーーい!」
「テンション高いなお前ら」
後ろで大騒ぎする二人を乗せて、サラマンダーの手綱を握って、王都を見下ろす。
小さな明かりだけがぽつぽつと灯っており、なんだかロアは、ハルは寂しくなった。
「これで、名実ともにハルには戻れなくなってしまったな……」
「そこまで悲観することないわよ。顔さえ隠せばいつでも来られるもの」
「……確かに言い方的にはそうとも読み取れるか」
最後のアルスラン王の言葉を思い返しながら、ロアはベアトリーチェの言葉に感心する。
アンジェリカは相変わらず楽しそうに二人を見守っていた。
王城のテラスにて、月明かりに照らされて飛び去っていく竜を眺めて、アルスランは目を細めた。
「あんな別れ方で良かったのですか?」
空を見上げるアルスランに、背後から巫女服の少女ルナが話しかける。
アルスランは彼女の方を振り返らない。
「まっこと、人生とはままならぬものよな」
ふっ……と落ち込んでいるような、安堵しているような口調で、彼は言った。
「娘には逃げるように他国に飛び立たれ。義理の息子同然の男は死んだものとして蹴り出した……まこと、まことままならぬものよな」
「……後悔、しているのですか?」
「しているとも。もっと愛してやればよかったと思わずにはいられん」
それを言う彼の目は、悲しみに満ちていた。
人一倍、愛情の強い男だと、ルナは感じる。この人に仕えられる栄誉こそ、自分が生まれた理由なのだと、ふと神とやらに感謝したくなった。
下を向いていたアルスランは、再び上空を見つめる。
「時にルナよ」
「はい」
「帝国にも良い女というものは居るのだな」
「……良い女ですか」
脳裏に残る二人の姿を思い浮かべながら、アルスランは言う。
「仲間の誰が甘言をかけようとも、我がどれだけ厳しい言葉で励まそうと、あれは頑としてへそを曲げておった。……毎日酒に溺れ、英雄という称号なぞ自ら踏みにじってまでな」
ルナは、何も言わずにただ聞いた。
「だがどんな魔法を使ったのか、あの帝国女はハルのケツを蹴り飛ばし、立派に立てるようにしおった。あれほどまで良い女を、我は妻以外には知らん」
ふと、今は離宮で暮らしている愛する妻を想う。
出来れば今のハルの姿を、一目見せてやりたかったと後悔は尽きなかった。
「我はあやつらに賭けることにした。ゆえに、戦の準備だけは整えねばな」
「帝国と、ですか?」
「違う。陸軍などいらぬ。あの国にはもはやあやつらが居れば問題ないだろう。……船が必要だ。外の者達と渡り合う準備をせねばなるまい」
「なるほど、わかりました。貴方様の御心のままに」
「寝ているハレめにも教えてやっておけ」
そういうと、ルナはすっと闇夜に溶け込んでいく。
それを見届けたアルスランは、もう一度、月に陰を残して飛んでいく彼らを見て、優しい顔で微笑んだ。
「そやつをよろしく頼む。アトリー=ロナンよ」
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