第5話「元英雄、牢屋にぶちこまれる」
―――ぴちょん。
天井から水滴が落ちる音で目が覚める。
「ん……」
身を起こすと、目の前には鉄格子があり、今いる場所も、鉄格子の向こうも薄暗く、そしてどこか湿り気を帯びている。
男は夢を見ていたような感覚で、現実に戻る。
「夢じゃない、か」
信じたくは無かった。まさか自分がこんな場所に押し込められるなんてことがあるとは思わなかった。
何故、こんなことになってしまったのか分からず、思わず頭を抱えた。
「―――ようこそ、地獄の一丁目へ……へへっ」
突然声を掛けられ、周りを見渡すが誰も居ない。
壁の向こうから声が返ってきた。
「へへ、隣の部屋だよお兄さん……その様子だと、ここは初めてのようだなぁ」
「……アンタは?」
「俺かぃ?俺はここに住み着いてる変わり者さぁね。お兄さんは?」
「ロア……」
「なるほど?いい名前じゃねえの」
そういわれて、ロアはちょっとだけベアトリーチェに感謝した。
精神が弱っている。
いつもなら、こんなことでも動揺しない自信があったが、今はとにかく余裕がない。
「アンタぁ、自分の身に一体なにが起こったのか分からないって様子だなぁ」
「……わかるのか?」
「ここに流れつく人間は、皆一様にそう考えるの、さ。 ……よかったら俺に話してみなぁ。ちょっとは気分が晴れて頭もすっきりするかも知れねえぜ?」
「……そう、だな……聞いてくれるか?」
そう、男に言われて、ぽつりぽつりと、ロアは話始める……何故、こんなことになってしまったのか。
「ばかものおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
――――ビリビリビリビリィ……!!!!
すさまじい咆哮が、ハル達を吹き飛ばさんとしていた。
ひとしきり声を出したジェスティ王国の国王”アルスラン=ジェスティ”は深い深い溜息を吐いた。
「……久々に顔を見たと思えば、女連れ……しかも帝国女を捕まえて一体どうゆう了見だ貴様?」
「あの、これには色々わけがありましてーー……」
「言い訳無用!女々しいぞ貴様!腹を切れ!」
「無理言わないでください」
ふんー……とまるで蒸気機関車のような鼻息を吹いてアルスランは玉座の上、まるで大木の枝かのような太い腕を組む。
変わっていないなぁとハルはある意味で安心した。
「王様、実物を見ると凄い迫力ね……」
「あぁ、流石にまだ45歳だ。全然健在だな……」
ベアトリーチェはただただ目の前にいる凄まじき王に畏怖の念を抱く。
なんだかララ姫が裸足で国から逃げ出した理由が少しわかったかもしれないと思った。
「しかし、生きておった事は褒めて遣わす。貴様のことだ。どうせかつての仲間から国の内情を聞いてすっとんできたのであろう?」
「あ、はい。その通りです」
「ふん、そのような噂話を流しておけば貴様がひょっこりと出てくると思ったまでの話よ」
「さ、流石でぇす」
ハルがわざとらしく褒めると、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
その様子を見て、ハルは自分がただただ釣りだされたのだと悟った。
「じゃあ、戦争の準備をしているというのは……」
「デマよ。……なんだ?血に飢えておったか?」
「いや、そんなことは全然全くこれっぽっちも」
「ふん、あやつの息子らしくない」
アルスラン王はハルにとって、早くして亡くなった父親の代わりのような人だ。
なんでも父はアルスラン王とは旧知の仲だという。一体どうすればこんな豪傑と渡り合えるというのだろうか、とハルは心の中で父の偉大さを再認識する。
とにかく豪傑、豪快、豪胆という印象が強く、曲がったことを嫌う。
それゆえに、ハルの隣に居る人物に対して、深い疑念を抱いていた。
「時に、そこな帝国の」
「は、はい」
「貴様がハルのケツを蹴り飛ばした女か。ふん、見れば見るほど帝国顔だな」
アルスランは鼻を鳴らしてニヤリと笑う。
現在、ベアトリーチェはフードを脱いで顔を見せている。
王城内では流石にマントやフードは誤解を招きかねないと、ベアトリーチェは先だって着替えて、今は帝国ではよく見るタイプのドレスを着ていた。
いつもの雰囲気とは違うベアトリーチェに、ロアもついつい最初は魅入ってしまったものだ。
「貴様の用とはなんだ? そのため、ハルについてきたのだろう?」
「―――はい。まずはご挨拶を」
ベアトリーチェ―――もとい、アトリー=ロナンはドレスの端をつまむと、深く膝を曲げてカーテシーをした。
「私は、ロナン帝国、国王ゲイリー=ロナンが第一皇女、アトリー=ロナンと申します。今回は極秘の身の上ではありますが使者として、はせ参じました」
おぁ、とハルは思わず声を上げた。
初めてベアトリーチェが皇女らしい佇まいを見せており、目を見張る。
アルスランは軽く会釈をして応えた。
「うむ。国の連中にも黙って出てきたというのか?」
「はい。……ですが、我が父より、親書を預かっております」
「ゲイリーめから?」
「……こちらに」
そういって、アトリーはハルに丸くまとめた封書を渡す。
ハルは「OK」と言って、傍に居た大臣にそれを渡すと、大臣から封書を渡されたアルスランは封を切って広げる。
「……。」
渋い顔をしていた。
一体、どんなことが書いてあるかは、ハルにもよくわからないが、とにかく戦争回避出来るような内容であることを願った。
「―――ハハハハハ!!!」
突然、アルスランは高笑いをする。
思わずハルはビクリと体を震わせた。
「……なるほど。アトリーと申したな」
「……はい」
「そうか」
そう言うと、アルスランは一瞬、寂しそうな顔を浮かべた。
―――瞬間、その顔がいきなり”修羅”のそれへと変わった。
「そこの”ハル”はやはり偽物であったか」
一瞬、ハルには理解が出来なかった。
思わず、その場に立ち尽くして、頭が真っ白になる。
「ま、待ってくれ王様!俺はここに―――」
「―――ええい黙れ!そもそもハルはな。去年に酒を飲みすぎて死んでおったわ!余りに無様な死に様ゆえ忘れておったがなぁ!」
怒りの表情で、腕を振ると、途端にハルはその場に居た兵士達に羽交い絞めにされた。
からん、と仮面がハルの荷物の中から落ちる。
「待って!話を聞いてくれ!」
「下手人を牢屋に閉じ込めておけ!翌日には即刻、そこのハルを名乗る不敬の輩の首を跳ねるぞ!」
「な、なんで……!おい、ベアトリーチェ!!!お前何を渡したんだ!!」
ハルはベアトリーチェを糾弾する。
とうの彼女は、まっすぐとアルスランを見据えていた。
「な、なんだよ……!おい!!!」
「―――そこの偽物」
目の前に、アルスランが詰め寄る。
彼はもみ合いになった時に落とした仮面を拾い上げて、それをハルの顔に取り付けた。
「その我が義理の息子によく似た顔は、この国では隠しておけ」
何故か。
その時、アルスランが泣きそうな顔をしていたのが、ハルの脳裏に深く焼きついた。
「連れていけ!!!!」
こうして、ハルは何が起きたか分からず。地下牢に閉じ込められるのだった。
そうして冒頭に戻る。
回想を終えて現実に戻ってきたロアは、仮面をクイっとなおした。
「―――ってことがあったんだよ」
「zzzz……」
「―――おぃ!寝るなよ!?!?!?」
鉄格子に捕まり、ガシャンガシャンと音を立てて、ロアは隣の男に叫ぶ。
「クソ!!お前が聞きたいっていうから!!こっちも話したってのに!!」
ガシャンガシャンと思いっきり鉄格子を引っ張るが頑丈で壊れない。
「バカやろーーーーーー!!!」
半分泣きたくなって半狂乱で叫ぶと、どっと疲れがやってきた。
「……一体なんなんだよ。みんな、俺に何も教えてくれねえ……」
水の滴る音だけが、その場に響く。
一体どれぐらいの時間が流れたのか。翌日には処刑されるとのことだったが、今はすっかり日も落ちた。
どっぷりと闇の中に浸かり、鉄格子の向こうにある明かりを見ながら、考えに耽る。
(……なんでなんだ王様……なんでアンタがそんな辛そうな顔をしてたんだ)
それだけが、気がかりだった。
パンと膝を打つと、ロアは決心する。
(よし、脱獄しよう。このままモヤっとしたまま死ねるか)
悪の組織で胆力だけは磨き上げてきたロアはこんなことではへこたれなかった。
とは言え方法を考えなければならず、ベッドに腰をかけると、考えを巡らせた。
「ロア」
「うーーーーーーん」
「ロア、起きなさい」
「う―――ん?」
―――ガシャン!!!
「うおあ!?」
鉄が蹴とばされる音がして、跳ね起きる。
「ごきげんよう死刑囚」
「おはようございます。ロア」
いつのまにやら眠ってしまっていたようで、気づけば鉄格子の向こうにベアトリーチェとアンジェリカが居た。
アンジェリカの手元には、何故か鍵束が握られていた。
「―――貴方、プリズンブレイクに興味ない?」
「はぁ……?」
ベアトリーチェの問いに、初めて会った時と同じような声が漏れた。
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