第4話「悪の組織、王国に出張する」
ジェスティ王国。
そこは自然豊かな土地が溢れ、竜と人による生活が完全に調和した国。
王都には、全国より様々な商人たちが盛んに交易をしており、商人たちは皆一様にジェスティ王国でしか入手できない食材や香辛料などを仕入れていく。
たった一代で奇跡を起こして帝国の圧制から国を独立させた前王カール=ジェスティの大きな銅像は、王都のシンボルとして、今日も人々を見守っていた。
そんな銅像の前に、三人の男女が顔を突き合わせていた。
「……いやなんで居る?」
「それはこっちのセリフよ」
「あらあら、こんな偶然あるものなんですね」
それは、いつもの『イルミナティカンパニー』の三人だった。
ただ、普段とは違った様子で、三人ともが妙な縁を感じていた。
「俺は王様に顔を見せにきた」
「ワタシも王様に用があるの。アンジェリカは?」
「私は違いますね~。こちらの教会でこれから会合です」
「「「……。」」」
目的は違えど、まさかのブッキングを他国でするとは思わなかった三人。
少しの沈黙の後、ベアトリーチェが口を開いた。
「ロア。こっちでも顔を隠すのね」
ロア、こと英雄ハルは何故か故郷にいるというのに、仮面をしていた。
ことロアの存在が大規模に受け入れられている帝国とは違い、この町では怪しいことこの上なく、ある意味で目立っていた。
「ん?あぁ、一応街中ではな……それに、俺は王都ではある意味で有名人だしな」
「今現在死んだと噂が立ってるんだから堂々としてればいいのよ」
そういわれて、うーんと考え込むロア。
「いや、王様に会うまでは……ちょっとの間だけ、な」
「臆病ですねぇ」
「そうゆうアンジェリカも顔を隠してるけど」
アンジェリカも、何故かフードで顔を隠していた。
ロアよりは大分怪しさは抑えめではあるが、それでもロアと同じように目立ってはいた。
「この国では私の顔は広く知れ渡っているのですよ。街中だと騒動が起きかねないので」
「じゃあ、ベアトリーチェは?」
そういってロアはベアトリーチェを見ると、ベアトリーチェも同じようにフードを被って顔を隠し、髪の色も隠したかったようで珍しくまとめていた。
「帝国でもなかなか外見を知られてないけど、一応ね。帝国人顔だし一応は敵国の皇女だから」
「お供はどうした?」
「普段から居ないわよ。それに公務で来たわけではないから」
「……じゃあ何でここに来たんだ?」
ふいっとベアトリーチェが視線を外す。
どうやら語りたくないようだ。
「案内は必要か?」
「「是非」」
「……観光ガイドかよ俺は」
そういっていつもの三人は、いつもとは違う国を歩き始めるのだった。
「ふーーー。にしても初めて来たけど凄いわね。すごーく色々な出店があって見てて楽しいわ」
「年中、行商人達の風通しを良くしてるんだ。実際交易の国って呼ばれてるぐらいだしな」
「あれ見てアンジェリカ!変なアクセサリー売ってる!」
「ホントですねー」
「こらこら、あんまり離れるな。帝国とは違って人通りが多くてただでさえ迷いやすいんだ」
興味本位に走り出そうとするベアトリーチェをなんとか抑えながら街を歩く。
ロアはなんだか懐かしくもなりながら、慌ただしい同行者達に苦労させられていた。
途中、紫色のイモのような食べ物に気づいたベアトリーチェがロアを呼ぶ。
「ロア、あれってなに?」
ベアトリーチェはなんだか見覚えがある気がしてロアに問いかけると「あぁ」と声を上げた。
「あれは、ベニハルカって名前の甘いイモだよ。蒸かして食べたりすると美味いんだ」
「へー」
(なるほど、サツマイモじゃない?)
ベアトリーチェが心の中で、前世にあったものと照らし合わせていると、今度はアンジェリカがロアを呼ぶ。
「ロア、こちらの国の特産品ってなんですか?」
「あぁー。なんだろ。今言ったベニハルカと、それを使ったクロキリって名前のお酒が有名だな」
(なるほど、芋焼酎じゃない?)
おや?とベアトリーチェが首を傾げる。
「魚料理も有名ですよね」
「あぁ、カマアゲか。あれも美味いんだよな。親父連中はあれと酒をセットにしてた」
(なるほど、さつま揚げじゃない?)
やっぱり?とベアトリーチェが確信に至る。
「確か、前王の友達の名前が『シマヅ』って名前なんだけど、その人から教えてもらったものらしいんだよ」
「なるほどー。薩摩からの異世界渡来だったかー」
「ん?ベアトリーチェ。よく『サツマ』を知ってるな。そうそう、その英雄さんがよくそのサツマってとこの話をしていたらしいんだよ」
「え、えぇ、歴史書を呼んだことが、ね……」
前を歩くロアが「ベアトリーチェはやっぱなんでも知ってて凄いなー」と感心する中、つい口に出てしまったベアトリーチェは現在いる場所がもしかして修羅なのではないかと、戦慄するのだった。
「はぁ……」
一通り話したロアが溜息を吐く。
ロアの足はまるで城に行きたくないとでも言わんばかりに重くなっていく。
気持ちの面ではやらないといけないとは分かってはいるのだが、いかんせん気が進まない。
義理の父と同じ人と袂を分かつかも知れないと、そんなことを考えると更に足が重くなった。
「浮かない顔ね」
ベアトリーチェが、こちらの顔を覗き込んで言った。
心を見透かされたのかと思ってロアはとっさに顔を背ける。
「仮面越しに分かるのか」
「まぁね。貴方わかりやすいし」
「……。」
実際、ロアの心の中は晴れなかった。
正確に言えば、ハルとしての自分が、この街にいつまでも居ることを望んでいなかった。
それは、元英雄として失望され続ける日々から逃げるようにベアトリーチェに付いていったからなのか、今の自分を見られてどう思うか不安なのか、そのどちらもなのかは確かではない。
しかし結果として心の淀みが足を鈍らせていたのは確かだった。
「アタシたちは悪の組織よ。自分の居たい自分で居ればいいのよ」
「……。」
そんな甘言に甘やかされていいのだろうかと、つい思ってしまう。
ロアの後ろでアンジェリカが温かい目をして見守っていた。
「見てくださいベアトリーチェ!あそこに居るの末期患者のマッキーくんですよ!」
「あのなんの末期患者か分からないで有名なマッキーくん!?きゃーーー!握手しにいくーー!」
「―――待てぇええええ!!! つかなんだそのキャラクター!?」
故郷のはずのロアですら知らない謎の着ぐるみキャラクターに突撃していく二人を、ロアは大声を上げながら追いかけていくのだった。
「……ここが、王城だ。んで、教会はここをずっと右手のほうな」
「はい。ありがとうございますロア。では二人とも、また後で会いましょうね」
ジェスティ王国の王城前広場で、ロアが道案内を終えると、アンジェリカは手を振って二人と別れた。
アンジェリカを見送った二人は顔を見合わせる。
「これって出張みたいよね」
突然、そんなことをベアトリーチェが言い出す。ロアは首を傾げた。
「だってそうじゃない。結局一緒のメンバーで、やってることはいつもと一緒。悪の組織の出張って感じじゃない?」
「悪の組織イルミナティ王国出張店ってか?」
「そうそう。ワタシも二人と会えたおかげですっかり肩の力抜けちゃったわ」
「それは……あるな」
実際、気持ちの面ではロアもかなり楽になって、前に向かう気持ちの整理が出来た。
ゆっくりと、仮面を脱ぎ、ロアからただのハルに成る。
「……どうだ?」
「うん、いい顔してると思うわ」
「今は、ハルだな」
「いいじゃない。まさに表の顔って感じで」
ベアトリーチェの言葉に思わずはにかんでしまう。
その顔を、どこか嬉しそうにベアトリーチェは眺めていた。
「じゃあ行ってくる」
「いや待ちなさいワタシも連れていきなさいよ」
「……ん?」
思わず足が止まる。
「いや、王様に用があるのは分かったけど、流石に帝国の女と一緒はマズイだろ」
「それはそうだけどワタシだけじゃ王城には入れないじゃない」
まるでハルが居ないと、王様への用を達成できないとでも言わんばかりの言い様に、思わずハルは顔を顰めた。
「お前―――もしかしてわざと俺についてきたな?」
「ぴゅ~~~ぷぷ~~~~……」
「下手くそな口笛やめい」
わざとらしさに辟易すると、あることが更に思いついた。
「じゃあアンジェリカもグルか」
「な、なんのことかしら~~~~」
「シラを切るなシラを」
偶然を装って付いてくるあたり、この二人はロアのことが気がかりだったようで、自分は大切にされてるんだなと何故か少しだけ嬉しくなった。
ハルとして、仮面を被ることをやめている今は自分に素直になって彼は微笑んだ。
「ありがとうな。じゃあ、行くか」
「そ、それでいいのよそれで」
照れた顔をしながら、いつもの調子で胸を張るベアトリーチェ。
自分を支えてくれた彼女を伴って、ハルは王城に向けて歩みを進めるのであった。
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