第3話「悪の組織、自分を磨く」



 警備会社スターバックル。

 それは、ロアが立ち上げた警備会社であり、現在元騎士が多数所蔵している新進気鋭の警備会社だ。

 そもそも帝国には警備会社というものはなく、当然ではあるが、民衆の認識も浅い。

 やっていることそのものは逮捕権のない騎士と同じようなもので、出来ることであれば、村を盗賊から守ったり、美術館の出入りを管理したり、建設会社インパクトの施工中に竜車や馬車を相手にした交通整理をしたりなどの裏方作業ぐらいなものだ。

 もちろん歩合制の給料待遇などもあり、福利厚生は当たり前のように充実している。


 そんな会社に、元々『武闘家』として世界を救った経験のあるタニアを就職させたのは、ロアにとっては英断だと思っていた。


 だがしかし、そんな考えは甘かったのだと、後からロアは思い至るのであった。


「鍛錬に集中できません」


 総合事務所として現在活用しているヤクルゴンの事務所で、ロアは警備会社スターバックルの社員の一人から、相談を受けていた。


「……理由を聞こうか?」

「鍛錬中、組み手をするのですが、ティターニア殿が強すぎるのと、あの、あれが……すごくて皆集中できなくて」

「あぁ……”アレ”な」


 それは、タニアことティターニアが……女性として余りにも男にとって魅力的すぎたからだった。

 元々、成長して見まがうほどにまで成長していた彼女だが、それは顔や体だけにはとどまらない。

 女子力、とでも言うのだろうか。とにかくあざとい可愛さを周りにふりまいてくる。

 極めつけは人懐っこい性格から来る、人を惑わせる魔力が、周囲の人間をまるで誘蛾灯のように引き寄せて多くの勘違いを呼んでいた。


 ……つまり、中身以外が色々と大人になりすぎた。


 そもそもまだ未成年の成熟しきっていないはずなのだが、すでに色香をばらまいている彼女に一体誰が抗えようか。

 ロアですら未だに何度も無自覚に引っ付かれてドギマギとしてしまうというのに。


「わかった。なにか対策を考える……」

「ありがとうございます。では私はこれで……」

「おつかれー」


 男性を見送ると、ロアは大きく大きく溜息を吐いた。


「お困りのようですね」

「うわーーーーー!?」


 突然誰も居なかったはずなのに、隣からいきなり肩を叩かれて思わずロアも跳ね上がった。


「……突然出てくるなよアンジェリカ」

「ふふ、すみません」


 クスクスと笑い声を上げながら面白おかしく笑顔でいる彼女。

 ロアは「それで?」と問いかけた。


「なんか解決法が存在するのか?」

「簡単です。彼女をいっぱしの淑女にすればよろしいのですよ」

「……教会に入れるってことか?」

「いえいえ、あんな野蛮な場所に素敵なレディーをご案内するわけにはいきませんよ」

「お前の所属してるとこそんなディスって大丈夫か?」

「今は悪の組織ですから」


 彼女はなおも楽しそうに笑っている。

 教会がどうゆう場所なのか知らないロアには、つくづくアンジェリカの価値観がよくわからなかった。


「で?実際どうするんだよ」

「ふふふ、それは……」


 アンジェリカは口元で指を立てた。


「―――自分磨き、です」

「はい?」





 ―――かぽーーーーーん。


 ハマの村、山の麓に存在する温泉宿『竜宮湯旅館』

 そこにある天然温泉は、リウマチ、美肌、抗うつ、きりきず、冷え性、便秘改善などへの効能があり、大衆風呂も追加で増設され、村の人間たちからは広くありがたがられている。


「ということで、自分を磨きましょう」

「う、ウチ久しぶりに温泉に入りました……!すごいです!」


 そんな、旅館にある貸し切り風呂で、アンジェリカは自慢気に言う。

 湯舟に浸かり、ゆっくりと美肌に効くとされる温泉を堪能するベアトリーチェは隣に居るティターニアに問いかけた。


「どう?」

「最高です~~!なんですかここ天国ですか~~~!?」


 湯舟にどっぷりと浸かり、心底満足そうにするティターニアにベアトリーチェは微笑ましくなった。

 ふと、アンジェリカはティターニアにある物を差し出した。


「温泉に入りながら飲むヤクルゴンをどうぞ~」

「おぉぉぉ!これが王国でも噂に聞くヤクルゴンですか!?凄く甘い匂いがします~!」


 ぽきゅんと瓶の蓋を外して勢いよく飲む。

 すると、爽やかな風味と共に甘くてコクの強い竜乳が、口の中に広がっていった。

 ごくりと飲み込むと、酸味で思わず「くぅ~~~!」と声が漏れた。


「最高です~~~~~~~~!!!!」


 感動で腹から声が出て、山の向こうまで響きわたる。

 隣に居たベアトリーチェは思わず片耳を指でふさいだ。

 感動を放出し終えた様子のティターニアは、冷静になってアンジェリカに聞いた。


「それで、なんで自分磨きなのです?」


 首を傾げるとアンジェリカは「ふふふ」と笑って答えた。


「自分がいかに魅力的かを、人は自覚すべきだと思います」

「ふむふむ」

「自覚するには、まず自分を磨き、他人を意識したり比べたりしながらも自分の魅力を追及していく必要があります」

「……ふむふむ」

「ゆえに、私たちは今、温泉に入り、自分を磨く必要があるのです」

「…………ふむ?」

「つまりそうゆうことです」

「どうゆうことなのでしょう?」

「ワタシに聞かないで?」


 不思議な会話に巻き込まれたベアトリーチェが顔を背ける。


「それにしても……こう、凄いとは聞いてはいたけど……実際に見てみると、うん」

「……?」


 スレンダーな自分と見比べると、どうしてもティターニアのボリューム感はやはり別格。

 こんなのが目の前でぶら下がってたら仕事に集中出来ないよなぁとベアトリーチェは改めて認識するのだった。


「本当に自覚ないのかしら……」

「そうゆうところを教えるのも今日の課題ですよ」

「いじめなのかしら」


 そういうアンジェリカも、ティターニアと比べても遜色ないボリューム感の持ち主であり、彼女の場合は足や腕のほっそり感も相まって全体的にスタイルが良い。

 何故か温泉に入っているのにずーんとテンションだけがただただ下がっていく。


「ベア社長!ウチ、ロア様のためにも今回の自分磨き、がんばりますね!」

「そうね……まぁ、がんばりましょう」


 そういってベアトリーチェは、希望を込めてティターニアに負けじと自分を磨き始めるのだった。




 一方そのころ、そんな竜宮湯旅館の傍にある川の上流。

 ドドドドドと、高さ5mほどの切り立った崖から滝が流れる、その下で、ひたすらに自分を磨き続ける者達が居た。


「ぬおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「んあああああああああああああああ!!!!!」

「ぐぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 鍛えた体に鋼の精神を、そう心に誓いながら、ふんどしだけになった男たちが多数滝行を行っていた。

 株式会社スターバックラーの男性社員達。その中でも指折りの実力者で、部長を努めている男、警備員のケヴィンは声を荒げる。


「貴様らぁ!!!そんなのでティターニアちゃんの心を射止められると思うな!煩悩を捨てろ!」

「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「ティターニアちゃああああああああんんんん!!!!」


 煩悩を捨てろと言いながら女性の名前を上げて士気を上げようとする矛盾を孕んだ言葉を放つ男ケヴィン。

 また自らも滝行を行いながら、地獄の責め苦のように降りしきる滝と戦う者達を励ます。

 そこには、男たちの熱き自分磨きの一ページがあるのだった。


 穢れを拭いきらんとする水の壁に、その身をやつせば鉄ですら拉げかねない責め苦を味わい、ついに男たちは音を上げる。


「さ、さむぃいいいいいいい!!!」

「これ以上は無理だぁーーーー!!」


 次から次へとリタイアしていく警備員たちは川辺でドラゴンにより着火された焚火の方へと駆けていき凍えた様子でうずくまる。

 既に滝行を始めてから3時間は経過しており、一度休息を取る必要も考慮したケヴィンは、自分も一度滝行を中断して焚火の方へと向かう。


「お前たち、もっと男を磨こうとは思わないのか」

「む、無理ですよ!いくらティターニアちゃんの”アレ”に耐えるためとは言え、この責め苦はキツすぎます!!」

「バカ野郎ーーーー!! お前ら、あの人を見ろ!」


 ケヴィンが滝の端っこの方を指さす。

 男たちが視線を追うと、そこには仁王立ちで腕を組みながら滝に打たれるロアの姿があった。


「なっ!?社長!? ……す、すごい!全く微動だにしない!」

「流石は社長だ。一般人とは思えない」

「……男のレベルが違い過ぎる」


 まるで岩となりているかのような佇まいに、警備員たちが戦慄する。

 ―――当の本人はというと。


(ああーーーー。肩がほぐれるーーーーー……最近、肩こりが凄まじかったからなぁ)


 まるでジェットバスか打たせ湯にでも浴びてるかのような心持で滝に打たれていた。

 今や並みのマッサージ師ですら裸足で逃げ出すような肩こりが、滝行でほぐされていく。

 温泉なんかよりもロアには滝行の方が余程リラクゼーションになる様子だった。

 なお、彼を眺める男たちには、そんなことは露とも素知らない。


「くっ、流石はティターニアちゃんがべったりとしている漢の中の漢だぜ!」

「あぁ、普段から”アレ”を受けても唇一つ動かさないんだ。この程度なんてことはないだろうな」

「ごくり……それにしても、素晴らしい肉体だ」

「あぁ、まるで歴戦の英雄のようだぜ」


 焚火で震える男たちは、そんなことを口に出す。

 すでに彼らの心には、ヤツを超えることは出来ないと諦めかけていた。

 しかし――ケヴィンだけは違った。


「お前たち!あの人のようになりたいとは思わないのか!」

「「「……。」」」


 男たちの視線が揺れる。


「あの人はな、本当は俺達にかまけているほど暇な方ではない!今日は、その身をやつして俺達を奮い立たせようとしてくれているのだ!それに報いたいとは思わないか!」


 その言葉に、震えが止まる。

 そうだそうだと、漢を目指す者たちは、膝を打って立ち上がる。


「そうだ!負けてはいられない!」

「やるぞ!俺達も自分を磨いて、ティターニアちゃんに抱きついて貰うんだ!」

「その意気だお前ら!俺は感動した!」


 一人、また一人とまた滝行へと戻っていく。

 己だけではなく、仲間たちを鼓舞しながら。


「そいや!!」

「……そいや!」

「そいや!そいや!!!」



「「「「そいや!そいや!そいや!そいや!!!」」」」


「……え、なに?うるさっ……」


 ロアが戸惑う中、漢たちの大合唱が、山の中に響きわたっていくのだった。





「……ふーーー!結構な時間、お湯に使ってたわねー」

「温泉後のヤクルゴン最高ですーーー!」


 温泉ですっかりデトックスを終えてつるつる卵肌になったベアトリーチェたちは、宿のロビーで各々の時間に浸っていた。

 肌に香油を塗っているアンジェリカは、満足そうにしている彼女達を見て微笑む。


「ふふ、いい感じに自分磨きが出来たのではないでしょうか」

「そうねー。まぁ結局ティターニアの意識改善はあんまり出来なかったけど」

「いいのではないでしょうか。……どうやらあちらの方が頑張っていたようですし」


 遠くの方を見て、アンジェリカが何か言っているが、一体彼女には何が見えているのか、ベアトリーチェには分からなかった。


「……そういえば男衆って結局どこ行ってたのかしら。あの人達も温泉に入って少しは休めてるといいけど」

「どうなんでしょうね。ふふふ……」


 ベアトリーチェは、まさか滝行に行っているなんて露とも思っていなかった。


「まぁいいわ。たまにはこんな日があっても」

「ウチ、ロア様に借金しているのにこんな良い想いをしていいんでしょうか」


 不安そうな様子で、ティターニアがつぶやく。

 ベアトリーチェはすぐに首を横に振って答えた。


「いいのよ。ロアもむしろ自分の作った温泉に満足して貰えたなら本望でしょ」

「え、ロア様が作った温泉だったんですか!?」

「ええ、そうよ」

「……私の知らないところで、ロア様は色んなことをしていたのですね」

「そうねぇ」


 思えば様々なことをしてきたものだとベアトリーチェは笑う。

 主にロアが苦労している様子しか、あんまり記憶が無かったが。


「ウチ、私が知らない間のロア様のこと知りたいです!」

「いいわよ。色々教えてあげるわ」

「ふふふ、いいですね。まず何から語りましょうか」

「まずはあれでしょ。ヤクルゴン創設から」

「いいですね!」

「えっ、ヤクルゴンもロア様が作ったんですか!?」


 温泉であったまった体で、三人は賑やかに、この場に居ない仲間のことを語り始めるのだった。





「――――ぶえっくしゅん!!!!!!」


 滝の下で、ロアは大きなくしゃみをした。


「誰か噂してるな……ん? ―――おい大丈夫かお前ら!!」


 滝行に打たれすぎて力尽きた警備員たちは、その後、ロアによって滝から救出されるのだった。


 その後、自分磨きに成功したのか、警備員たちは悟りを開いた様子で、ティターニアの”アレ”に対する完全耐性を会得した。

 後に警備会社の新人教育に滝行が取り入れられ、新人達が地獄を見ることになるのだった。


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