第7話「悪の幹部、カフェに行く」



「……はぁ」

「……。」


 ロナン帝国、barフェリーチェの奥にある隠しアジトで、ロアの溜息を聞き続ける。

 もう何回目なんだろうか。ジェスティ王国から返ってきてから、ずーーっとこの調子。

 流石のベアトリーチェもそろそろ聞き飽きていた。


「ねえ、ロア」

「ん?」

「気を落とさないでね」

「わかってるよ……はぁ」


 ロアは膝の上で、ベアトリーチェの飼い猫チピを撫でまわしながら答えて、また溜息。

 そろそろ返して欲しいなぁ。と思いながら、ベアトリーチェは提案した。


「息抜きでもしてきたら?」

「息抜きかぁ……」

「まぁ、流石に故郷を追われて落ち込む気持ちは分からないでもないわよ。でもそんなんじゃ、いつか自分で潰れるだけよ」

「……ん?王国を追われたのは別に気にしてないぞ?」


 励ましの言葉をかけると、ロアはけろっとした顔で言った。

 なんだか無性に腹が立った。


「んじゃなんなのよ」

「……いや、それがなぁ……はぁ」


 ロアがまた溜息を吐く。


「はぁ……」


「……。」ビキッ


 ベアトリーチェの額に青筋が立った。


「そんなに溜息吐くぐらいなら息抜きにでもいきなさいよ!」


 ロアは隠しアジトの外に蹴り出された。

 barではアッシュが丁寧にグラスを洗いながら、こちらを見ていた。


「ロアちゃん。あんたね。目の前で辛気臭い顔してたらあの子だって傷つくわよ?」


 アッシュにそう諭されると、ロアは自分の顔を仮面越しに触った。


「……そう、だよな」

「あの子の言う通り息抜きにでも行ってきたら? 案外、気分転換って大事よ?」


 丁度休みなんだし。と付け加えてアッシュが言うと、ロアはスーツの襟を正した。


「いってくる」

「はい、いってらっしゃい」


 ロアはbarフェリーチェを出ていくと、早速、街へと繰り出すのであった。




 数分後、ロアの足はとある場所で止まった。


「……??????」


 ロアの目の前には、行列が並んでいる。それも恐らく一時間待ちほどの行列だ。

 その行列の先にはカフェがあり、そのカフェが、ロアの混乱を呼んでいた。


「スターバックル……だよな?」


 そこはロアが立ち上げた警備会社があった場所で、そこに何故か二階建ての建物が存在していた。

 周りを見渡せど、やはり立地は確かに警備会社がある場所で、そこに何度見ても見たことない二階建ての建物がそびえたっていた。

 看板にはデザインこそ変わっているものの、しっかりと『スターバックル』とは書かれており、それゆえに更にロアの混乱を呼んだ。


「どうなってんだ?」


 とりあえずは、オーナーとしては確かめざるを得ないため、中に入ろうとする。


「あぁーーーーーー!?なに横入りしようとしてんだテメェーーーーー!?」

「すまない。ここのオーナーのロアだ。所要で失礼する」


 それだけ言ってロアが頭を下げると、怒号を上げた男性はバツが悪そうに頭を掻いた。


「あ、あぁ……すまねえ。大声上げちまって」

「いや、長い間待って頂けるほど人気なようでなによりです」


 そう言ってロアは男性に会釈をすると、カフェの中に入る。


 落ち着いた木製を基調としたインテリアに、慌ただしい店内、しかしながらもゆったりと時が流れているような静謐感を感じる。

 カウンターの近くにある立て看板には『ヤクルゴンミルクフラペチーノ』と大々的にお勧めとして書かれており、一体誰が主体となってこんなことをしたのか一瞬で理解できた。

 そうして店内の様子を眺めていると、カウンターに居た女性がロアがいることに気づき、その物語のヒロインのような華やかな笑顔で大きな声を出した。


「あ!ロア様~~~!!!!!!」

「ティターニア?」


 ショッキングピンク色のボブカットが特徴的なとても元気な女の子がそこに居た。

 お客さんに対応をしながら忙しなく動き回っていた彼女は、店員の一人に声をかけて場を任せると、ロアに駆け寄っていく。ロアは心なしか店内の男性客の目が睨みつけているような気がした。


「いらっしゃいませロア様!おかえりなさいです!」

「あぁ、ありがとう。ティターニア、ここは一体……?」

「え?あぁ、それなんですが……色々ありまして。――とりあえず、奥の方へどうぞ! ……ノレアちゃん!社長と少し話してくるね!」

「はーい!お任せくださーい!」

「ノレアまで居るのか」


 ノレアがてきぱきと仕事をこなしているのを横目に、ティターニアに連れられて店の奥の方へと歩いていく。

 従業員オンリーと書かれた扉を抜けると、窓辺に一対の椅子と机が置かれており、それらを柔らかな日差しが照らしていた。

 椅子を引かれてそれに腰掛けると、続いてティターニアが向かいの椅子に座る。


「VIP席……というか従業員専用の席になります。こちらの方がゆっくりお話出来ますよね?」

「あぁ……しかし、こんなレイアウトまで……」

「あはは、実はノレアちゃんとアッシュちゃんと仲良くなる機会があって……その時に、私がスイーツ作りが好きだからってご馳走しましたら、お店を出した方が良いと言われまして……」

「ノレアが主体になってカフェを新設したと?元々あった建物まで改築して?」

「はい! そうです! 建築会社もインパクト?っていうとこがすぐにやってくださって! すごく早かったんですよ!ほんとあっというまでした!」


 ぶわーーと言いながら大きく腕を広げて凄さをアピールするティターニア。

 ロアは「知ってる」と笑って答えた。


「警備会社の方は?」

「二階の方に増築して、そこに事務所を設けました」


 それで二階建てになっていたのか。とロアは天井を見上げた。


「ロア様に何も報告せずにこんなことして……」


 ロアが右手を上げてティターニアを制する。


「別に謝らなくていい。楽しそうに働いているならそれでいいさ。しかし、ノレアはヤクルゴンの社長までしてるのに、よくそんな余裕があるな……」

「あはは、不思議ですよね。ウチもあんなにパワーを感じる子は久々です」

「アイツあれで皇族のメイドまでしてるんだぞ……どういうスペックしてんだ」

「そうなんですか!?凄いですね!」


 ロアは冷静に考えておかしいとは思いながらも、まぁノレアだからなという感想で納得した。何をしたとしても大半上手くいくのがノレアという人物の凄いところだ。


「それで、このカフェの売上なのですが……」

「いや、このカフェの売上は俺は受け取らないさ。この店から出る給料は自分の懐に入れればいい。借金はあくまで警備会社の方だけで支払えばいい。生活が豊かになって結果として楽しく働けるようなら俺はそれで満足だ」

「ロア様……!!」


 感極まったように喜びに身を震わせるティターニア。

 ロアは、パンと柏手を打つと、話を切り替えた。


「話は以上だ。……俺もベアトリーチェから息抜きをするよう言われていてな。何かもらおうか」

「はい!今メニューをお持ちしますね!少々おまちください!ロア様!」


 慌ただしくティターニアが立ち上がってフロアの方に戻っていく。

 その背中を見送ると、ロアは大きく背伸びをして、窓の外を眺める。

 窓のすぐそばには植物が植えられており、見ているとホッとするような気がして、なんだか気が緩む。

 久々に仕事ではない時間を過ごしながら、少しの間でいいからと仮面を外した。


「仮面を外しても、ロア……か」


 もうハルには戻れはしない。

 しかし、それゆえに英雄でもなくなった今に、少しだけ安心している自分がいる。

 肩肘を張って誰かの期待に応え続け、ただ終わりの見えない戦いに怯えるだけの日々にも終わりを告げ、今はただ、ありのままの自分を生きることが出来る。

 日陰者となってしまったが、今の木漏れ日ぐらいの日々が丁度良いのだと、ハルは思えた。


「お待たせしました~!愛情マシマシクワトロベンティサイズバニラキャラメルエクストラホイップチョコソースウィズアップルクランブルヤクルゴンミルクフラペチーノです!」

「……なんて???」


 いきなり呪文を唱えながら机の上にとにかく甘そうな飲み物を置いてくるティターニアに、度肝を抜かれるロア。

 不思議そうに頭を傾げながら「え?」と彼女はもう一度言った。


「愛情マシマシクワトロベンティサイズバニラキャラメルエクストラホイップチョコソースウィズアップルクランブルヤクルゴンミルクフラッペです」

「長すぎねぇ!?さっき立て看板見たときはそんなメニュー無かったろ!?」

「ウチの店、フラペチーノのカスタマイズが豊富なのが売りなので!」

「そんなカスタマイズするヤツ玄人すぎるだろ」


 ツッコミながらも、とりあえず出されたものは試してみようとストローを差す。

 口を近づけようとした、その時、何故か「ちょっと待ってください」とティターニアに止められた。


「おいしくな~~れ!萌え萌えキュン!」

「……なにそれ?」

「えっと、美味しくなる呪文だそうです。ロア様限定サービス……です」


 耳まで顔を真っ赤にしたティターニアが心底可愛かったが、ロアの脳裏には余計な顔が浮かんだ。


「誰から教わった?」

「ベア社長です」

「だろうな。そんな変なことを教えるようなヤツあいつしかいねえよな」

「どう、ですか?」

「キュンです」


 ロアは素直にそう言うと、リンゴのように顔を赤くしたティターニアを置いておいて、フラペチーノに刺さったストローに口を付ける。

 優し気な甘さと、意外とほんのりと苦味もあるような、不思議と元気が沸いてくる味に、ロアは驚いた表情でうなづいた。


「うん!これはイケるな!」

「本当ですか!嬉しいです!」


 恥ずかしさに手で顔を仰ぐティターニアが嬉しそうにガッツポーズをする。


「あれだけ行列が出来るのも納得だ。すごいな」

「えへへ……ロア様に褒められちゃいましたのです」


 心底嬉しそうに顔の体温を確かめるティターニアに、ロアはフッと笑った。


「……ロア様?」

「いや、思えばタニアとは戦場でばかりずっと話していたな……と思ってな」

「そうですね。集落に来てくれたハル様が、ウチのことを助けてくれて、それから旅に連れてってくれて……戦争の時も、ジーズとの戦いの時も、ずっと気の抜けない旅をしてきましたのです」

「そうだな。こんな日が来るなんて思わなかった」

「えへへ、ウチは嬉しいです。ハル様と、こんなたわいない日々を送れて。……それだけに、悔しいです」

「……? なんで?」


 そういうと、タニアは苦笑した。


「ベア社長が、ハル様のことを連れ出して、いつの間にか知らないハル様になってて……今ならちょっとだけ、旅を終わった時のハル様の気分がわかる気がします」

「……。」


 少なくない嫉妬の気持ちを濁すように、タニアは切なそうな笑顔を浮かべており、ロアはフラペチーノにもう一度口を付けた。


「あの時の俺より君はずっと大人だよ」


 少しだけ、フラペチーノのほろ苦さが増したような気がした。


「ロア様……!」

「……ん?」


 タニアは意を決したように大きな声をあげると、ロアが顔を上げる。

 真剣な表情をしていた。まるで一大決心を胸に抱くような、そんな表情だった。


「ベア社長のこと、どう思ってますか?」


 それを言われて、フラペチーノをもう一口飲んでから、ロアは口を開いた。


「悪の組織として、気の置けない仲間だよ」

「そう、ですか……」


 はぐらかされたという感じではない。本気でそう思っているのだろうことは、タニアには見て取れた。

 単純にそうゆう気分じゃないのか、それとも本当に恋愛対象としての興味がないのか、駆け引きをしてみないと何も分からないが、これ以上藪蛇をつつく勇気はタニアにはなかった。


「わかりました。……ではそろそろノレアちゃんにどやされてしまいそうなので、お仕事に戻りますね! 気の済むまでこちらでお寛ぎくださいね!」

「ありがとうな」

「はい!では失礼しますニャン!ロア様!」

「それはやめろ」


 本当に余計なことをしてくれたな、とロアはすっかり甘くなってしまったフラペチーノに舌鼓を打ちながら、ベアトリーチェに感謝するのだった。




 すっかり良い休日を過ごして、隠しアジトに戻ると、ベアトリーチェがソファで膝を折って座っていた。

 目の前の机の上には、遊び疲れたチピがすやすやと丸まって寝息を立てていた。


「気分転換は出来たかしら?」

「あぁ、すまなかったな」


 短く言葉を済ませて、ロアはスーツの上着を脱いで対面のソファーに腰掛ける。


「そういや、ベアトリーチェお前、ティターニアに余計なこと教えたな?」

「どうだった?」


 ベアトリーチェがイタズラっぽく笑った。


「最高」

「そうよね。あの子可愛いもの」


 何故か自慢気にベアトリーチェが胸を張った。

 先ほどまで一緒に居たティターニアと比べてボリューム感が薄い。


「失礼なこと考えてない?」

「どうかな?」

「ふーーん? ―――そうだ。アンタ結局なんであんな溜息吐いていたのよ」


 ベアトリーチェが思い出したように言うと、ロアは「なんだったっけな」と天井を見上げて記憶を掘り返す。


「あっ」


 思い出した。


「せっかく故郷に帰ったのに、地元の酒を飲みそびれた事を後悔してたんだよ」

「このクソのんべえめ」


 しばらくの間、ベアトリーチェのご機嫌取りをすることになるロアなのであった。



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