第三章「悪の組織、サマーバケーション!」
第1話「悪の組織、前準備をする」
ガガーーーーーー!ガションガションガション!
大きな音を上げて、裁断機が稼動している。
その横では仮面の男ロアと、金髪をポニーテールにまとめた絶世の美女アンジェリカ、それと鹿撃ち帽を被った男性が機械の横で顔を合わせていた。
ロアは、裁断機から出てきた紙を、ガス灯の光に透かしたり、色んな角度から眺める。
「……ふむ」
「いかがでしょう? 我が”ロナンデイリー新聞社”の印刷加工技術は」
鹿撃ち帽子の男性、ロナンデイリー新聞社の印刷工房担当”ガンガー”は帽子の唾をつまみながら言う。
しばらく、ロアはその紙を眺めていると、にやりと笑った。
「透かし、潜像、凹凸加工……なるほど、今現状再現可能な技術は全てクリア出来ている。素晴らしい技術力だ」
「聞けば聞くほど、驚きですなぁ。まさかこのような偽装対策を施す知見をお持ちとは……」
「あぁ、まったくウチのボスには驚かされる。……今まで何故そのような知識を持っていて実行してなかったのか謎なほどだ」
机の上に一旦、紙を置いて、ロアは胸ポケットから手帳を取り出す。
それはベアトリーチェが自慢気に語った現代知識を書き記したノートであり、ロアにとっては何にも代えがたいアイデアの宝庫だった。
あるページでロアはめくるのを止めると、そこには”ニホンの印刷加工は凄い”と命題打たれた見開きのページがでかでかと書かれており、その中にはびっしりとベアトリーチェに質問して聞きだしたすべての内容がつづられている。
「ククク……これは我らがボスの叡智のほんの一端に過ぎない」
「本当に、どのような方なのでしょうか……末恐ろしいですね」
ガンガーは頬に汗を流しながら言う。
その横で、アンジェリカは微笑んでいた。
満足げな表情で手帳と刷られた紙を眺めるロアに、ガンガーは問う。
「それで……一体なんなのですか?その紙は」
「これか? これは……そうだな」
ロアは少し言葉を選んでから言った。
「―――ただの商品券だ。ついでに”楽園”への片道切符でもある」
「”楽園”……?」
ガンガーはロアの言葉に、底知れない何かを感じた。
ロアは手帳をパンと閉じる。
「ククク……いずれわかることだ」
悪の組織二人の笑い声が、暗い工場の闇に、どこまでも沁み込んでいくのだった。
翌日、皇都ではヤクルゴンを始めとした、様々な企業で、ある催しが行われていた。
ティターニアが働いているスターバックルにある、一階のカフェコーナーで、接客をしているティターニアは金貨を受け取り、紙を返した。
正面でカプチーノを延々と頼む脂っこい常連客が、ニコニコと笑っていた。
「はい、では1000ガルド以上を購入して頂いたので、1000ガルド分の”楽園”で使える商品券のお返しです!」
「あ、あのティターニアちゃそ? その”楽園”……とは、な、なんでござるか?デュフ」
「はい! 今度開業される”メーブル海岸”沿いに建設されるリゾート施設?のことらしいです!」
元々、声の大きなティターニアの言葉に、今対面に居る客のみならず、その他の客も興味を寄せる。
「そ、それで……その」
「……デュフ?」
少し恥ずかしそうに、もじもじとしながら、ティターニアは顔を赤らめた。
「その”楽園”で、ウチ、歌を披露するってことになってるので……よかったら、見に来てくださいね?」
上目遣いで、彼女は言った。
客の心臓が口から出ていく。
「デュフ!も、もももももちろんでござるよぉ!! ティターニアちゃそのためなら!」
「はい!その商品券で宿泊以外なら、お買い物も出来ますのでよろしければお願いします!」
対応を終えて商品を渡すと、客はその場を離れていく。
少し離れたところで、少し小太りな男性はぶつぶつとつぶやいていた。
「……デュフ、あのように身を捩らせて……はっ!? これはボキに対するお誘い……? も、もも、もしや拙者の事がす、すす……好きってことンゴ?」
ティターニアは呑気に「帝国の人って変わった人が多いなぁ」と思っていた。
横で見ていたノレアは、隣にいるティターニアを見て「これが魔力か……」とつぶやいていた。
所変わって、騎士団の詰所。
―――バァン!
「レオス将軍!大変です!」
バーバラ=ニジュースパイは、ドアを蹴とばしながら入室する。
レオスは溜息を吐いた。
「なんだ? なにかロアについて掴めたのか?」
「その貴公子様……じゃなかった、ロアについてなのですが、これをご覧ください!」
そういって、バーバラはレオスにある冊子を渡す。
それは宣伝チラシであり、そこにはでっかく「楽園この夏オープン!」と書かれていた。
「……なにぃ? 場所は……ピスティ家の領地か」
「はい! どうやら戦時に魔竜レヴァイアサンによって荒らされていた土地一体を、きこ……ロアが買い上げてリゾート地にするつもりらしく!」
バーバラは机をバンと叩いた。
「スパイとして! あくまでスパイとして! ここに潜入したいと存じます!」
「絶対遊ぶつもりだよな貴様!?」
レオスはツッコミを入れながらも、溜息を吐いた。
「それで? どうやって潜入するつもりだ?」
「はい、今現在、きk、ロアの経営する関連会社では、あるものを配っております……こちらです」
「これは……商品券と書かれているな」
「はい、こちらがどうやら入るための切符代わりになっておりまして、商品の購入額に応じたキャッシュバックとして配られているようです」
「なるほど、姑息にも誘致するつもりか……しかし、それほどまでに重要な施設ということ……」
バーバラの報告を聞いて、レオスは一度首を縦に振る。
「よし、バーバラ=ニジュースパイ。お前には”楽園”への潜入任務を命じる。ロアの背後を徹底的に洗い出せ」
「やったーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
「遊びで行くのではないのだからな!? 忘れるな!?」
バーバラの歓喜に奮える叫びが、詰所を超えて、帝国の端から端まで届くのだった。
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