第2話「開店、ロナンモール」



 ロナン帝国、帝都ロナフィード。

 今や人口100万人を超える大都市であるが、一年前までは評議会を中心とした政府の圧政に苦しむ都だった。

 下町では主にガスや蒸気、水力が動力として使われており、資源は潤沢にある。

 しかし、金貨や銀貨、銅貨などの経済に関わるものは政府により重税が敷かれていたためか、食いぶちに困るモノが続出しており、イルミナティカンパニーが創設されるまでは困窮していた。

 現在、その下町には大きな商業施設が出来、新たな風が吹こうとしていた。


「では、開業を祝して、テープカットを行います!」


 建物の前では仮面の男や、その関係した人物たちがずらりと並んでいる。

 みんな一様にフォーマルな出で立ちをしており、少々堅苦しくも、和やかな雰囲気だった。

 ロアが「せーの」と掛け声をすると、みんなで一斉にテープを切った。


「それでは! ロナフィードに出来た新しい商業施設! その名も”ロナンモール”! 開店です!」


「「「 わああああああああああああああああ!!!! 」」」


 割れんばかりの拍手に迎えられて、ロア達がその場を立ち退くと、開店した店内にぞろぞろと大勢の客が入り始める。

 みな一様に、落ち着いており、走って中に入ろうとすることはなかった。

 それだけ、高級店らしい雰囲気を醸し出していたが、下町の誰もが今やそれなりに富を持つようになった帝都では、呑まれて臆する者も居ない。


「無事に開店出来ましたね」


 隣でテープを切っていたノレアがロアに話しかけてくる。

 安心したような口調で話すノレアに、ロアは「あぁ、此処からが正念場だ」と少しだけ気合を入れなおすように言った。


「じゃあ、俺は店内の様子を巡回しに行ってくる。なにか異常やトラブルがあれば館内にあるベルで知らせてくれ」

「わかりました。後は任せてください」

「頼んだぞ」


 それだけ言い残してクールに去っていくロア。

 その背中を、ニヤリとした目で見つめる男の陰があるのだった。




「あれが、噂の仮面のロアか。……ふん、随分とまぁ貫禄に溢れた奴かと思えば、随分とヒョロイ兄ちゃんじゃねえか……おい、てめえら」


 離れたところからロアを見ていた少々大柄な男達が、顔を合わせる。

 リーダー格の男である”ジャッカル=ムッツリーニ”は4人の男達に「仕事だぜ」と言い放つ。


「今のを確認したなぁ? 俺達暗殺ギルド”夜の血祭り”が受注した大口の仕事だ。しくるんじゃねえぜ」

「へへへ……楽勝でさぁ兄貴」

「おいらの愛刀”縄文弥生飛鳥時代ジュラシックワールド”が血を欲してやがるぜ……ヒヒヒ」


 男達が手元にある刃を弄びながら、舌なめずりをする。

 明らかに危険な匂いを漂わせており、その一角だけ、人気を避けるような空間が出来ていた。


「おい、あんまり目立つんじゃねえぜ。コイツをしくれば帝国から逃げ出す羽目になりかねないからよ」

「へへへ……分かってますぜ兄貴」

「ならいい。武器はしっかりと手入れしてきたんだろうなぁ?」


 リーダーのジャッカルがそう言うと、横でバタフライナイフを弄んでいた男”ビンタ=ヨクナーイ”が下卑た笑いを浮かべて「もちろんでさぁ」と答えた。


「ヒヒヒ……おいどんのナイフにはたっぷりと即効性の毒を仕込んでますぜ……あの仮面野郎もコイツがかすっただけであの世行きよ……ぺろり」


 ビンタはナイフをなめずり回した。


「あっ」


「……おいこいつ今………」

「あっ、やばっ、舐めちゃっt…………うっ!」


 男の一人”ビンタ=ヨクナーイ”は、仲間の暗殺者に見送られて、この世を去るのだった。




「……何をやってるのですの、彼らは」

「まぁまぁ、良いではありませんか。余計な手間が一つ減りましたし……ぷっ、ふふっ……」


 そんな彼らを、ロナンモールの最上階から見下ろしている陰があった。

 一人は笑いを必死に堪えている笑いの沸点が低い金髪の女性、そしてもう一人は目元を布で覆った茶髪の女性だった。


「ふふふ……はー、面白かった。 では早速暗殺者を罠に掛けて参りましょうか」

「わかりましたわ。では―――手筈通りに」

「聞きましたね? シスター達」


 アンジェリカが背後に居る数十人のシスター達に声を掛ける。

 全員がオーラを纏っており、物々しい雰囲気を漂わせていた。


「「「―――ハイ! 聖女様カシラぁ!!!!」」」


 全員が勢いよくそう答えると、一斉に散開していく。

 誰かが瞬きをする間に、全員の姿が、モールの屋上から忽然と姿を消した。

 残った場所に、不敵に笑う女性の笑い声が、残響のように木霊していた。




 ショッピングモール”ロナンモール”は複合型の商業施設である。

 もちろん主にロア達、イルミナティグループが行っている店舗が主になって活動しており、このためにロアは最近、街から都市にまで発展したハマの村から採れる農作物を売り物にした食品会社を立ち上げていた。

 そしてそれはもちろんロナンモール内の至る場所でお肉や野菜などの日常的な食品を買い物したり、フードコートを設けて、外食産業を刺激したりなど多岐に渡り、充実させている。

 会社名は”食品会社 ハマフード”

 この会社自体の社長は未だに決まっておらず、ロアが実質的に今は社長となって活動していた。


「いらっしゃいませー! いらっしゃいませー! 今日は全品大安売りの開店直後の大バーゲン! 惣菜、お肉のコーナーが大安売り! ぜひともご購入のご検討くださいませー!」


 そんな中、エプロンを着た仮面の男ロアは大声で、食品市場コーナーを盛り上げていた。

 ベアトリーチェの知識を元に建設した市場コーナーは清潔感に溢れており、品物の位置も分かりやすく設定されており、見て回りやすい意匠が施されていた。

 会計をするためのレジも、流れ作業が出来るように人数態勢を整え、大量に時間待ちをするお客様を素早く対応出来るようにしておいた。

 このために、ロアは求人にかなりの資金を投入しており、なるべく従業員の数が限界まで余るように気を使って採用していた。

 結果としては、サービスの速度、質は向上し、貴族街にある別の商会がやっている商業施設でもここまでのクオリティは出せないだろう。


「食品補充のスタッフは、かなり作業に追われているな……やはり客が想定よりも何倍も多い、か」


 ロアは、店内を冷静に眺めながらも、次の作戦を練る。

 一応はベアトリーチェから学んだシフト制を採用しており、昼ごろには新しいスタッフが数十人追加されるとは言え、嬉しい悲鳴が飛び交っているような状態だった。


「……っ!」


 殺気を感じてロアが周りを見回す。


「早速来たか。評議会の刺客が」


 ロアがそれに気付いた瞬間。指をパチンと鳴らすと「お、なんだぁ? やっと”出番<デッパツ>”かぁ旦那ぁ?」と後ろで棚の陳列をしていた気だるそうな女性が腰を上げる。


「君の力を借りる時が来たようだ。―――シスターグレア」

「キキキ……相手は何だぁ? ”異教徒クソカス”かぁ?」

「同業者だ」

「なるほどなぁ。仮面の旦那がアタイら”教会女はぐれもの”に頼ってくれたからにゃぁ期待に答えねえとなぁ?」

「頼んだぞ」


 数秒後、バックヤードで悲鳴が聞こえたとの通報が入ったが、静かにその情報はもみ消されたのだった。




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