第1話「仮面の弁護士」



「はい、では今回の裁判で弁護人を務めさせて頂きます。イルミナ法律事務所のロアと申します。よろしくお願い致します」


「…………………………………………はぁ?」


 面会室、レオスは目の前の弁護士バッジを身に着けた仮面とスーツの男を眺めて、言葉を失っていた。

 スーツの男はバインダーの紙をペラペラとめくって、ペンを取り出す。

 そして無駄に流麗な手つきでペン回しを披露しながら、しゃべりだした。


「では、今回の事件についておさらいさせて貰ってもよろしいでしょうか?」

「―――待て」

「はい?」


 絞り出すようにレオスが手のひらを仮面の男に見せながら言うと、仮面の男は首を傾げた。


「……何故だ?」

「何故とは?」

「何故!貴様が!弁護士などやっている!? しかも私の!」

「えー? 別に司法試験に合格して弁護士バッジを取得出来たから試しに弁護士やってみようとかそんな理由じゃないですよ?」

「それだな!? おそらく理由それだな!?」


 椅子にこれ以上なく偉そうに座っている仮面の男ロアに、ふーふーとレオスが肩で息をしていると、ロアはニヤリと笑いながら「まぁ一旦座れよ」と宥める。


「こっちもこっちでそれなりの理由はある」

「私に利用価値があるとでも?」

「そっちはあんまり期待していないから安心してほしい」

「……。」


 心底腹が立ったように顔を顰めるレオス。

 ロアは面白そうに「冗談だ」と言うと、本題に入った。


「帝国は三権分立の考え方の原則の元に成り立っている。そうだな?」

「皇帝家、評議会、騎士団が対立しあうことで権力の一党化を防ぐ原則……だが、実際は全ては評議会の手の上のことに過ぎん。パワーバランスが違う」

「だがしかし、今はそうじゃない」

「なに?」


 ロアの言葉にレオスは眉を潜める。

 そんなことあるものかと食い下がるレオスに、ロアは飄々とした態度で答えた。


「今、皇帝家は莫大な資産を抱えている。評議会の連中など鼻で嗤えるほどの……な」


 ハッとレオスが息を呑んだ。


「……まさか、貴様は皇帝家に仕えたとでも言うのか?」

「厳密には違うな。協力関係になったのさ。今や我らは皇帝家のパトロンであり、皇帝家が我らのバックになっている。あくまで共生関係だよ」


 それだけ言うと、レオスは納得したように「なるほどな」とつぶやいた。


「つまりは貴様がことごとく帝国を発展させてきたのは、そうゆう背景があったということか」

「想像に任せるさ」


 手のひらをひらひらとさせて、飄々と言ってみせるロア。

 少々の苛立ちを感じながらも、レオスは納得がいかないと口を尖らせた。


「だが分からんな。皇帝家の力を増長させるためだけなら、私など必要ないだろう」


 ちっちっちと、ロアが指を振る。


「それがそうもいかない。評議会の高官がせっかく表舞台に上がって元とはいえ騎士団長を断罪しようと登壇するんだ。ここらで一発鼻を明かすには絶好の機会だ」

「……騎士団にはもはや力はない」


 力なくレオスは言う。

 ことごとく退職者が出た騎士団にはもはや若手の参入は期待できない。

 かつては帝国内で一等安定感のあった職種だったが、今や市民市場の方に人気も流れていった。

 結果的に繁栄と呼べるような好景気に突入しており、かつての帝国の薄暗いイメージなど当の昔に置き去っていた。

 騎士団など、軍隊などもういらないと、世間が言っているようにレオスには思えた。


「レオス=パルパ、お前の思っているより評議会にはパワーはない。ましてや騎士団が蜂起すればアッという間に評議会は滅ぶ」

「……でもそうなってはいない」

「徒党を組み、結束することで今まで難を逃れて、そのくせ勢力のある方にすぐに甘言を吹き込む風見鶏だったからだ」


 確信を持っているかのようにロアは語り、レオスは目を伏せる。


「ここで俺の出番というわけだ」

「貴様に一体何が出来る」


 レオスの問いを、仮面の男は鼻で笑った。


「評議会共を内部からバラバラにして、何もかもが出来る」


 ロアが尊大に言って見せる。

 自信の表れか、それとも誇大広告か。

 どちらにせよレオスの回答は決まっていた。


「私は協力などしない。出来るものならやってみるがいい」

「いいのか? そんな風に言って?」

「……なに?」

「――――ララ=ジェスティ……いや、今はララ=パルパか?」


 ロアがその名前を口にすると、レオスは面会室の鉄格子を強く殴った。

 ゴォンという音と共に剣幕でロアに迫る。


「彼女に何かするつもりか?」

「何も? ただ彼女は今この時も、街をかけずり回って、必死にアンタを救おうとしている。正直羨ましいよ」

「……。」


 レオスが黙り込むと、ロアが真剣な口調で話始める。


「ということで本題に入ろう。―――何故、評議会の高官への暴行へと発展した?」

「帝国定例査問会があった際、帝国評議会議長”カーネ=クイムシー”に、私の昨今の退職続きの不始末を問われた際、妻を侮辱された」

「なるほど、それでカッとなってやってしまったと?」

「あぁ」


 苦虫をかみつぶしたような顔をするレオス、それを見て何故か安心したようにロアは息を吐いた。


「私はこのまま自分の不始末を自分で片づけるつもりだった……」


 ぽつりぽつりと心の中のことを話し出すレオス。

 どうやら相当参っていた様子で、思わず聞く側のロアも少々頬を掻いた。


「まぁ、やっちまったモノはしょうがない。この際、どうやって極刑を免れるかだけ考えるべきか」

「弁護士……だったな。一体いくつもの職に手を付けているのだ貴様は」

「……うーん、目に映る必要そうな資格は大体」

「何がしたいのだ貴様は」


 二人が話し合っていると、看守がしびれを切らしているかのように、槍の柄で地面を叩く。


「時間がない。……とりあえず、今回の裁判では俺が担当することになる。俺に任せておけ」

「……不安だ」

「なら良かった」


 嫌味を一つ入れて、ロアは席を立つ。

 すると、看守もレオスの腕を「失礼します」と言って掴み上げて連れて行こうとすると、ロアは思い出したように「あっ」と声を上げた。


「―――そういえば、何故、俺の正体をララ姫にまで隠した? どうせ察しはついてるんだろう?」


 仮面の男が振り返って問うと、レオスは「知れたこと」と答えた。


「死人と話す趣味はない」

「そうか」


 それだけ言うと、面会室の扉を開けてロアは退出するのだった。




 面会室の扉を開けると、見覚えのあるアメジスト色の髪色を持った少女がそこにいた。

 彼女は、壁にもたれかかりながら、指で自慢の髪の毛をくるくると弄びながら、ロアに問う。


「―――これで良かったのかしら?」

「何が?」

「レオスに手を貸すってことよ。アンタ、レオスには恨みがあるんじゃなかったかしら?」


 ベアトリーチェがそう問いかけると、ロアは難しい顔をした。


「正直複雑な心境ではあるさ。……だが、姫様とその子供のことを考えれば、なんとなく放っておけば目覚めが悪くなると思っただけだ」

「ふーん、お優しいのね」

「褒めてるのか? それ」

「もちろんよ」


 微笑みかけるベアトリーチェに、ロアは肩をすくめる。


「だけど、分かってる? ショッピングモールのオープニングに、評議会の妨害、レオスの裁判とやることは山積みなこと」

「この程度のタスク、こなしてみせるさ」


 そういってベアトリーチェを通り過ぎていくロアの背中。

 その背中へ、忠告するように、心配をするようにベアトリーチェは声をかけた。


「無茶は、しないでね」

「無茶振りする側が何を言ってんのさ」


 再び歩き出すロアの背中を、静かにベアトリーチェは見送るのだった。


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