第四章「悪の組織 VS 帝国評議会」
プロローグ「帝国将軍、監獄へぶち込まれる」
―――そこは灰色の鉄格子の中だった。
男は、静かにベッドに腰掛けながら無機質な牢獄の中に居た。
ただ何をしているというわけでもない。
考えるのは、ただただ、自身の家族のことばかりだった。
男には、かつて野心があった。
病める村落や、自由のない帝都の民を置いて自由気ままに富を貪り、人を嘲笑う帝国貴族を超えるという野望だった。
騎士団長の重役ポストに位置する家系で生を受けたレオス=パルパには当然、それが出来る位置に居た。
だがしかし、男は理想に裏切られた。
帝国は、表では三権分立を謳っている。
皇帝家、騎士、評議会。これら三つが互いを牽制しあい、権力の濫用を諫めるために、帝国が2世代も前に制定したものだ。
だが、そんなものは実際には存在しないのが、現実だった。
帝国騎士団長の任命は表向きは帝国騎士団内の投票を元に、皇帝家が任命しているとされているが実際は、評議会の老人の面々に気に入られた者が就くことが出来る出来レースだった。
男は、それを知った時、下種へと堕ちた。
評議会の言われるがままに、ジェスティ王国から王女ララを攫い、更には甘い言葉を掛けて自分のモノとした。
幸い王女ララは温室育ちゆえに、あまり賢くない女で、懐柔することは簡単だった。
こうして評議会の後ろ盾を得て帝国が王国との戦争に勝ち、自分がその英雄として奉り上げられれば、帝国を変えるための権力が手に入ると、そう信じていた。
王女ララを失い、士気の下がっている王国を帝国が薬を使って調教したドラグーンを使えば、下すことはたやすいと、そう踏んでいた。
だがそれは、一人の男の存在によって、打ち砕かれた。
―――英雄ハル。 彼の存在はレオスにとっては圧倒的だった。
まさにドラゴン達の王のような男だった。
帝国も調教に薬こそ用いるもののドラゴンの扱いについては心得がある。
だがしかし、英雄ハルが率いているドラゴンについては、まるでレベルが違っていた。
薬を用いた調教の特徴である知性の低下もなく、むしろ勇猛に人間を伴って戦っているようなドラゴンが王国には数十頭と放たれ、戦場は完全に帝国が劣勢に立たされていた。
その先頭でドラゴンを率いて戦っていたのが、英雄ハルだった。
強力無比な力や本能とは違う統率された戦い方をするドラゴン達に、砦はまるで玩具を扱うかのように崩され、関所の騎士達はもはや両手を上げて降伏することでしか助かる道は無かった。
それほどまでに、戦争そのものを変えて仕舞うほど、英雄ハルは強大だった。
事実、現在レオスの妻であるララでさえも、王国に居た頃は彼の顔色を伺う日々を送っていた。
恐れられていたのだ。身近な人間にも、そして、もちろん王国にも帝国にも。
「―――あなた」
ベッドに座るレオスに、声が掛けられる。
しなびた中年の看守ではない、若く、少々低い女の声だ。
「ララか」
「大丈夫ですか?」
そこに居たのは、王国から攫われて、最終的にはレオスと結婚をした王国の亡命者ララだった。
彼女は心配そうにレオスに声を掛ける。
薄暗い牢屋の中で、彼女の金髪はよく見える。
「あぁ、意外と快適だ。流石は帝国の監獄だ」
「……そうですか」
いつもの調子を装いながらレオスが言うと、ララは安心したように息を吐いた。
「ジョンは?」
「今は侍女に預けております。流石に、こんなところまで連れてくるのは気が引けましたので……」
「そうか。無事ならそれで良い。……ザイード領へ行く準備は進んでいるか?」
「ジョンだけなら。もう従者たちも退職済みです」
「お前は?」
「残ります。あなたを残してはいけませんから」
そう言ったララに、レオスは「それは……」と口ごもる。
「ダメだ。と言っても残ります。これはすでに決めたことです」
「……。」
「今回の件、私のことを侮辱されたことを怒って評議会の議員に手を上げたと聞いてます。そんなことを聞いて、責任を感じないわけないじゃないですか」
それを言われてバツが悪そうに黙り込むと、ララは言葉を続けた。
「私は嬉しゅうございました。あなたに愛されていると知ったことが、どんな形であれ、嬉しかったです」
「……すまないな」
「とんでもございません。……やはり、ここから出ることは敵わないのでしょうか?」
「相手は、この国の最高機関である評議会だ。その高官を殴ったとあれば、この身がどうなるかは奴等の思うがままだ……最悪、首を括ることになるやも知れん」
獄中で、伸びてしまった髭をじょりっと撫でながらレオスは言う。
ララは目を地面に向けた。
「ハルであれば……」
「ヤツは死んだ。王国からの発表でそう喧伝されている。ゴーツク=バリーの美術館でヤツの遺品であるとする剣を見たはずだ」
「私は、信じられません」
「それに、ヤツが私を助けるなどありえん……お前を奪った憎い男を助ける理由などない」
「……。」
ララは「そうかも知れませんね」と諦めたように言葉を吐いた。
それでもレオスのことを諦めきれないララの視線は、レオスを真っすぐと見据えていた。
「私、諦めきれません。どうにかして、協力者を見つけてまいります」
それだけ言って、ララは「風邪には気を付けて」と言い残して、背を向けて歩き出した。
薄暗い監獄の中、窓辺から差し込む一条の光が、レオスにとってまぶしかった。
レオスとララの二人のやりとりを、監獄の隅で聞いていた者が居た。
その仮面の男は、静かにその場を離れると、ぎゅっと拳を握りしめるのだった。
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