第3話「ロナンナルド」



 朝のピークタイムが終わり、ロアが交代のチーフと交代して、バックヤードに戻ると、そこには体を簀巻きにされた荒くれ者が気絶していた。

 その隣では一仕事終えたエプロンを着たとてつもなくガラの悪い女が座っていた。

 女は手元で弄んでいた葉巻を口に入れると「ここは火気厳禁だ」とロアに言われて「口に入れただけでさぁ」と返す。


「良い手際だ」

「そりゃどーも。こういった仕事はウチの”得意分野オハコ”なんでねぇ」


 自慢にもならないと笑いながら言うシスターグレアは、男を軽く小突いた。


「旦那。コイツはどうすりゃいい? 凹まして聞き出すなりするかい?」

「やめておけ。コイツは足切りだ。どこの誰から頼まれたのかも、とうに割れている。わざわざ物騒にする必要もない」

「なにさ。お優しいこったねぇ」

「お優しい?」


 ロアがそう聞き返すと、グレアは「あぁ、お優しいね」と返す。


「アタイら、裏の人間じゃあコイツみたいなヤツは速攻で”解体バラ”されるか、”拷問ボコ”されるか……そのどちらとも言い切らないアンタは随分と”半端者パンダちゃん”のようだね」

「拍子抜けか?」

「あぁ、多少ねぇ。とても”聖女”みたいなバケモノ連中相手につるんでるヤツとは思えないね」

「バケモノ……ね」


 言葉を反芻するロアに、してやったりと言ったような顔を浮かべるグレア。

 グレアからすれば、ロアは”裏の人間”であると思っていた。

 だが、ロアに突然仕事を任されてから、半日しか経っていないが、人となりは把握出来た。

 ロアはグレアから見れば”甘ちゃん”だ。

 何も下に見ているわけではない。そもそも”大アルカナの聖女”というグレアからして妙な力を持ったバケモノ染みた人間と対等に話が出来ている時点で普通ではない。

 普通ではないのだが、その実際の印象はあまりにも”普通”過ぎた。


「まぁ、こっちに任せなよ。悪い様にはしねぇ。”企業のメンツブランドイメージ”ってヤツだけはどうにかしてやらぁ」

「では、俺は次に行く。ちょうど時間も正午に差し掛かる」

「あー……思えばアタイも腹ぁ減ったなぁ。終わったら弁当食うか」

「惣菜コーナーがおすすめだぞ」


 ロアがそういうと、シスターグレアは「はぁ?」と鼻で笑った。


「金がもったいねぇ。アタイは自炊派なんだよ」

「意外……」


 意外な一面を知ったロアは、人は見かけに寄らないんだなと感想を思い浮かべながら、食品売り場を後にするのだった。





「わーー、広ーい。すっごい人ねー」

「ここまで人が集まると圧巻ですね。ベア社長、あそこの席取りに行ってきますね」

「じゃあベア様は、あたしとご飯買いに行きましょうか。ティーちゃん何が良い?」

「あ、じゃあベア社長と同じモノでお願いします」

「はーい、じゃあ行ってくるわね」


 ロナンモールを訪れた、ベアトリーチェ、ノレア、ティターニアの三人は仲良くお昼を食べにフードコートコーナーにやってくる。

 フードコート内は、多くの人で溢れており、リゾートの時と同じように平民の家族連れで賑わっていた。

 壁際には様々な飲食店が出店しており、その中でもロナンナルドなるハンバーガーショップは特に忙しそうな様子だった。

 ロナンナルドに目を付けたベアトリーチェは、席を取りに行ったティターニアを置いて、ノレアと共にカウンターに並ぶ。


「ロナンナルド……すごい既視感あるわね」

「そうなんですか? 私達、今日初めて来ましたよね? やめておきます?」

「あ、ううん。ロアに試食を頼まれた記憶があるなーっていう感じで……(嘘だけど)」

「あー、なるほどですね」


 前世の記憶に近いものがあるっていうだけでつぶやいたことを適当に誤魔化して、列に並ぶベアトリーチェ。

 ハンバーガーを食べるのは前世以来で、とうに城の高級料理で舌の肥えていた彼女には久々のジャンクフードで、かなり楽しみにしていた。

 周囲では油が加熱されている香ばしい匂いが漂っており、食欲をそそる。

 ベアトリーチェの横を、ビッグバーガーをトレーに乗せた子供が通り過ぎていく。包み紙がもろ前世の某ハンバーガーショップのそれで「そこまで再現したのか」と女ボスは戦慄した。


「ワタシ、ビッグバーガーセットでいいや。ノレアは?」

「うーん。私はそこまでがっつりっていうほどでもないから……あ、フィッシュバーガーいいかも」

「ティターニアどうしよ」

「ビッグバーガーでいいんじゃないでしょうか? 一緒ですよね?」

「それでいっか」


 とりあえず先に注文する商品を決めておいた二人が、カウンターの目の前までやってくると、カウンターには見知った人物が笑顔で立っていた。


「いらっしゃい。ベアちゃん、ノレアちゃん」

「え、アッシュママ? ここで働いてるの?」

「えぇ、お昼のピークタイムだけね。ロアちゃんに頼まれちゃって」


 筋骨隆々の偉丈夫が、エプロンを着て立っていた。

 頭には赤いサンバイザーを着用しており、完全にロナンナルドの店員の顔として広告塔みたいになっていた。

 にこにことした緩い笑顔を浮かべて、クレーマーが寄ってこなさそうな感じが前面に出ている。


「ごめんね。ピークタイムで回転率重視だから、あんまりおしゃべり出来ないの。ご注文どうぞ」

「あ、ううん。こっちこそ。えっと……ビッグバーガーのセットを二つと、フィッシュバーガーの……単品でいいんだっけ?」

「単品で大丈夫ですよ」

「単品で」

「かしこまりー。はーい、ビッグセット二枚と、フィッシュ一枚おねがいー!」

「「「 はーい! 」」」


 奥の厨房から元気な声が聞こえてきたと思ったら、数秒足らずで三つのトレーがベアトリーチェ達の前に差し出された。

 あまりの早業に「え、もう?」と声が漏れた。


「ふふふ、凄いわよねー。全部焼きから何から一度作り置きしておけば、すぐ出来上がるシステム。ベアちゃんが伝授したんでしょ?」

「そうなんです?」

「……ちょっと覚えてないかも」


 ロアにそこまで喋ったか自信がなかったベアトリーチェは、とりあえずトレーを受け取る。


「じゃあ、またね。アッシュママ」

「じゃあまたお店でね」


 手を振ってアッシュの元から離れていくベアトリーチェ達。

 ハンバーガーのセットを乗せたトレーを持って、周りを見回すと、無事に席を確保できたティターニアがあらゆる声や音を突き破る勢いで「こっちですー!!」と叫んでいた。

 周りのちょっとビックリしたような顔を少しだけ申し訳なさそうな顔をしながらベアトリーチェ達はその席まで歩いていき、トレーを机に置いて着席した。


「ごめーん。おまたせ」

「いえいえー。あ、美味しそうな香りです~」

「じゃあ食べちゃおっか」

「頂きますですー」


 三人寄ればなんとやら、包み紙を剥いて、ハンバーガーにありつくと、三人は幸せそうな顔を浮かべた。


「「「おいしーーーー!!!」」」


 思わず叫んでしまうような声が出てしまい、慌てて口を抑える。

 ちょっとだけ周りの視線を集めてしまい、耳が熱くなった。


「すごい美味しい……このジャンク感が最高~~~」

「ジャンク感ってなんです?」

「体に悪そう? っていうか、雑に美味い? みたいな感じ」

「へぇ~」


 ジャンク感という言葉を不思議そうに反芻するティターニアに、苦笑するベアトリーチェ。

 その様子を、ノレアは微笑ましくフィッシュバーガーを食べながら「ジャンク感いいですね」と笑っていた。

 しばらく食べて、バーガーを食べきった三人は、今度は一つのトレーに棒状のポテトをまとめて広げて三人でつまみ始めた。

 一本ポテトをつまみあげたティターニアが「そういえば」と話を切り出した。


「捕まった元将軍……レオスのことなんですが、本当にロア様はヤツを助けるつもりなんですか?」

「そうらしいわ。ティターニア、気になる?」

「気になる……というより、なんだか複雑です。あんなにあの二人にはボロボロにされたのに……」

「確かに、初めて会った時は酷く荒れてたわね。懐かしい」


 笑うベアトリーチェに、ティターニアは怪訝な顔をする。


「大丈夫よ。アンタのヒーローは一度貶めただけのヤツを許せないほど、器の狭い男なのかしら?」

「……違います。あの方は……」

「二人とも」


 ノレアが割って口を挟むと、二人はハッとして彼女を見る。


「ロアさんのことが大好きなのは分かりますが、本人の前ですべきだと思いますよ」

「それもそうね」

「……そうですね。ごめんなさい」

「あぁ、そうだな。というわけだから、堂々と話し合って貰っても構わないぞ」


「「「……ん?」」」


 ベアトリーチェの隣、四人席で空いた場所を見ると、そこには何時の間に座っていたのか、仮面の男が座っていた。


「ろ、ロア!?」

「ロア様!?」

「いつのまに……」

「お昼を食べようと思ったら見知った顔が俺の話をしていたのでね。女子会していたところに失礼」


 ロアの目の前には、ロナンナルドのハンバーガーが置かれていた。

 どうやらロアも一緒にお昼をするつもりらしい。

 慌てた様子でティターニアが「と、とんでもないです!」とベアトリーチェ達を無視してどうぞどうぞと手を差し出す。


「将軍のことについては、少々状況は芳しくはないがな」


 ロアが口火を切り出し、明後日の方向に指を差す。


「「「……?」」」


 そちらを見ると、ある一人の女性が通路上で、ビラを撒いていた。

 大きな声を上げており、どうやら何かを訴えているようだった。


「ララ?」


 三人娘の中で唯一面識のあるティターニアが、その名前を口にする。

 目が鋭くなっている。まるでかつての敵を見るかのように。


「落ち着け」


 ロアがティターニアに忠告するように言うと、即座に敵意が解けていく。

 ララと鉢合わせた時の扱い方が分かっているようだった。


「ま、そうゆうことだ。……邪魔したな」


 ロアがバーガーを食べ終わると、足早に何処かへと去っていく。

 その背中を、見送ると、三人に沈黙が訪れた。


「……ロア様。辛そう」

「見守ってあげましょ。どうせアタシも今回は蚊帳の外だし」

「はい。ベア社長……」


 それだけ話すと、ノレアが「あっそういえば」と声を上げた。


「ベア様ってロアさんをスカウトした時ってどう口説いたんですか? 確かあの時、王国に出向いてまで会いに行ったんですよね?」


 助け舟を出すように、ノレアがわざとらしく話題を反らそうとしていた。

 ベアトリーチェはちょっと暗くなった空気を明るくしようと「そうね……」と思い出すように語りだすのだった。



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