第5話「悪の幹部、法廷で負けを喫する」
帝国最高裁判所 第一法廷 初公判
「――――では、レオス=パルパ被告の判決を言い渡します……… ”死刑” 」
「はい、控訴控訴! 控訴控訴控訴控訴!!!!!!!」
「却下しm―――」
「こーーーそ!! こーーーーーそ!!! こーーーーーーそ!!!」
弁護人席から仮面の男ロアは大声で必死に叫んだ。
これでもかと言わんばかりに必死な形相に隣に居るレオスはドン引きした表情をしていた。
その様子を見ていた裁判長が、木槌を下ろそうとしている所を―――
「まぁ良いではないでおじゃるか。どうせそこの者の無様なあがきよ」
「……タムラ=マーロ議長」
顔を白塗りにした貴族の服を着た、頬に湿布を貼った男が手を上げて、心底面白そうに言う。
興が乗ったとでも言わんばかりのロアの道化っぷりを笑っていた。
タムラ=マーロは、ひとしきり笑った後、被告人席に居る男をねめつける。
力なくその場に座り込んで、全てを受け入れたような顔をしていたのは、レオス=パルパだった。
「まぁ、腑抜けてしまったヤツの味方をするのがそもそも間違いだったんでおじゃるよ」
勝ちを確信しているように、タムラが言う。
ロアは「ぐぬぬ……」と本気で悔しそうに歯を噛むのだった。
「それでは、一旦の判決は保留として……第二審は、後日行います……閉廷」
そういって、裁判長は、木槌を打ち鳴らすのであった。
「てめえええええ!! 何を受け入れてやがんだぁあああああ!!」
閉廷後、ロアは、レオスとの面会室で激しい怒りをぶつけた。
当の本人は、うつむいたまま、顔色一つ変えない。
レオスの後ろに居た看守は、大きな欠伸をしていた。
「事実に沿った事を事実に沿って言ったまでだ。タムラを殴ってしまったこと、それを起きた経緯を嘘偽りなく」
「だからってあることないことでっち上げでなんとでも言えるだろうが! 自分がどうゆう立場か分かってんのかてめえ」
「罪人だが?」
「何で偉そうに言うんだよオマエ!?」
結果として、第一審はロアの惨敗だった。
原因は、目の前にいる男レオスが、法廷で争おうとしていなかったから。
そもそもが権力に威を言わせた証言の数で、ロアはタムラ側の検察とは一方的な力量差がある。
もはや味方の居ない、目の前の腑抜けを守り抜けるような段階ではなかった。
「くっ……せめて、オマエが徹底的に戦う意志さえ見せれば、こっちだって打開が出来るんだよ。ララ様だって頑張ってロナンモールで署名活動してるんだぞ」
「それは、彼女が勝手にやっていることだ。どうせ貴様のその打開とやらも、法外な手段を用いたモノであろう。そんなものに協力する気はない」
「この分からず屋が……」
目の前に居る男に苛立ちが募るロア。
やはり見捨ててしまえばよかっただろうかと、激しく後悔した。
そうやって拳を握りしめて、いっそ殴ってしまおうかと思っていた矢先、レオスはロアに言った。
「貴様こそ分かっていない」
「はぁ?」
思わず首を捻る。
溜息を一つすると、レオスは言葉を続けた。
「これ以上、無駄なあがきをすれば、確実に評議会の連中にどんな手を使ってでも潰される。私が罪を受け入れることが、結果的にララの無事に繋がるのだ」
「それこそ無用な心配だ。俺らの組織力を舐めて貰っちゃ困るな」
「……。」
もう一度、レオスが溜息をする。
そして、話をしても無駄だとばかりに、椅子から立ち上がり、看守に腕を差し出した。
「待てよ。話は終わってないぞ」
「無駄な問答だ。私は既に罪を受け入れるつもりでいる。貴様の悪行にいちいち付き合ってこれ以上無駄なことをしたくない」
「無駄かどうかなんて分からねえだろ」
「……貴様のその無鉄砲なところが、昔から気に食わないのだ」
レオスが看守に手錠を掛けられると、面会室から出て行ってしまう。
ロアは、その背中をただただ眺めていることしか出来なかった。
「アイツはなんなんだよ!!!」
―――ダァン!
barフェリーチェのカウンター。
机の上で、ぶどうジュースを入れたジョッキを叩き付けて、ロアが怒りに奮える。
対面でその怒りを一身に触れた筋骨隆々の偉丈夫、アッシュは困った顔でぶどうジュースが飛び散った机を拭いた。
「まぁ、そろそろ怒りを鎮めて頂戴」
「……すまないアッシュ」
「いいのよ。むしろロアちゃんが愚痴を吐くなんて本当に久しぶりよね。前に愚痴を吐いたのは……ここに来た最初の時ぐらいじゃない?」
言いながら食器を洗ってロアの話を聞くアッシュ。
その顔は、どこか懐かしさに浸っているように見えた。
「あの時のロアちゃんは、今よりもっと余裕が無かったわよね」
「今より?」
「そうよぉ。アタシも警戒されてたり、とにかく落ち着きが無かった気がするわ」
「……そうだっけか」
思い返して、ロアは挙動不審気味に見られてたのかと思って赤面してしまう。
帝国に来たばかりのロアは、とにかく警戒心が高く、アッシュにも人見知りをしていた。
アッシュもその頃のロアとはあまり良い関係性を持っていなかったように思う。
仲良くなったのは、信頼を寄せるようになったのはいつだったかはロアはもう思い出せない。
「ちゃんと貴方は成長出来てるわよ」
「そうかな」
「そうよ。……それで、裁判はうまくいきそう?」
アッシュが、そう言うとロアは「うーん」と首を捻った。
「後はレオスの意志次第なんだよな……もう既に仕込みは終わってるし、ロナンモールも襲撃対策を含めて全て滞りはない」
「そうなの? なら後は将軍様の心意気だけなのね」
「そこなんだよな……アイツが腑抜けている内はどうやったって勝てねえ……手札はあるのにそれを出せねえのはヤキモキするんだよな」
「うーん……」
「?」
ロアの言葉を受けて、アッシュは何故か考えこむように顎に手を当てていた。
「それなんだけどね。ロアちゃんと、将軍様ってどこか似ているような気がするのよね」
「似ている? いや冗談言うなよ」
「まぁどこが似てるかって言われると困るんだけど……なんか本音を包み隠して話をする所というかね」
「本音を?」
「そうね。全く本音に振れないように、行動だけで本音を終わらせるところとかそっくりかも知れないわね」
アッシュは話ながら確信を持ったように頷く。
言われた言葉を反芻しながらロアは「……本音」と繰り返しつぶやく。
そこに、レオスの真意があるような気がして、ロアは考え込んでしまう。
「もしかしたらなんだけど……」
アッシュが考えをまとめたようで、話を切り出した。
「将軍様は、ロアちゃんに全部託すつもりなのかも知れないわね」
妻のことも、子供のことも、この国のことも全部。とアッシュが言葉を締めくくる。
ロアは、その言葉が一瞬理解出来なかった。
しかし、考えれば考えるほど、その考えが何故か鮮明にレオスの面影に重なっていくように思えた。
「いや、アイツはそんな安いプライドを持ったヤツじゃ……」
「そうかしら? 将軍様は確か王国から姫を攫ってきたっていう噂だし、案外気にしていたのかも知れないわよ?」
「……。」
思い浮かぶのは、全てを諦めたようなレオスの顔。
彼の普段からの不遜な態度を考えれば、法廷でのあの姿は一体何を考えていたのだろうか。
未だにララを慕うロア。そしてそのことを察しているレオス。
レオスの残像が、頭の片隅ですれ違っていた。
「ロアちゃん。本音で話してみてはどうかしら? きちんと、ぶつかり合うような形で」
「本音で……」
「そうよ。分かり合おうとするには、話をしなければいけないわ。将軍様の背中をしゃんとさせたいなら猶更ね」
そう言ったアッシュは、ロアにぶどうジュースの入ったジョッキを出した。
その鏡面に映った自分の像を見て、ロアは一度考えをまとめていく。
酷い顔をした男の顔が、そこにあった。
「……ふざけんな」
ロアがそうつぶやいて、ジョッキを持ち上げると、ぶどうジュースを一気飲み干した。
「アッシュ。ありがとうな。お代はベアトリーチェにツケといてくれ」
「ぶどうジュース二杯分ぐらい自分で払って頂戴」
「はい」
会計を済ませたロアはスーツのジャケットを持ち、バッとそれに袖を通すと、barの扉を押して歩き出すのだった。
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