第6話「仮面の男、悪企みを開始する」



「まったく奴等にも困ったものでおじゃるな」

「タムラ=マーロ議長も災難でしたなぁ。まさか飼い犬に手を噛まれるとは」

「ふん……軽く女をなじっただけで入れ込みよって」


 帝国評議会、円卓。

 そこでは数名の評議会議員達により、毎度の如く悪だくみが行われていた。

 当然、そこにいる人間たちは仲良しこよしで集まっているわけではない。

 それぞれが何かしらに固執し、互いに牽制をしあっているような歪な組織体系で構成されている。

 薄氷の上で、タップダンスを踊っているような、そんなスレスレの関係性に、逆に彼らは刺激を感じていた。


「しかし、あのロアとかいう輩はやはり目ざわりではありますな」

「やはり貴殿もそう思うでおじゃるか? アルヴィン議員」

「えぇ、再三刺客を送ってはおりますが、うまくかわしておるようで」

「ふむ、ヤツめはヤツで対処しなければな」


 アルヴィン議員と呼ばれた男は、背もたれに体を預けて顎鬚を触る。

 タムラ=マーロはその男とは密接に関わっており、ほとんど右手と左手のような関係だった。

 そんな男たちを横目に、ある男は目を細めた。


「なにか? ゴーヨック=バリー議員?」

「……いえ、特には」


 その視線に気付いたタムラ=マーロに、ゴーツク=バリーの一人息子、ゴーヨックは目を反らしてそっけなく言った。

 面白くないと言わんばかりに鼻を鳴らしたタムラは話を続けた。


「まぁ、これであの生意気なレオスめも終わりぞよ。クハハハハ!」


 タムラは顔に手を当てて笑うと、それに釣られたか付き合ったか、周りの議員も笑いだす。

 それを見て、ゴーヨックだけは面白くなさそうに、下を向いていた。


「……愚かな奴等だ」






 一方、牢獄の中。

 レオスは、眠れずにベッドに腰を掛けたまま、息子のジョンと妻のララのことを考えていた。

 仮面の男が言っていた言葉が、ずっと頭を離れない。


『オマエが徹底的に戦う意志さえ見せれば、こっちだって打開が出来るんだぞ』


 彼が言っていた言葉が、本当なのかどうかはレオスには確かめようがない。

 つい、その言葉に縋りたくなってしまう。

 しかし、それでもせっかく誕生した家族を、自分の望みを、天秤に掛けてギャンブルをする勇気など、レオスには持ち合わせていなかった。


 諦めて仕舞いたかった。


 レオスの目から見て、ロア―――元英雄ハルは、未だにララのことを慕っているように見えた。

 それは、レオスにとってはある意味では嬉しいことだった。

 本来であれば、許されざることをした彼女に対して、ハルはどこまでも甘い。

 彼女にとって針山のような場所である帝国の中で、唯一頼れる存在がいるとしたら、彼しか居ない。

 プライドの高いレオスにとって、元恋敵である男に妻を託すというのは、腹が煮えくり返るようなモノだ。

 それでも、そうでもしないと、それを受け入れでもしないと、レオスには評議会から家族を守ることは難しい。

 こうなるぐらいなら最初から評議会とは対立していくべきだったと後悔したが、今となっては、あの頃の自分には、そんなこと思いつきもしなかっただろう。


 最初から、そうゆう運命だったのかも知れない。

 良い結末だと、レオスは思った。

 こうして、過去に背中を刺され、今を捨て去って、レオス=パルパは完成するのだと、そう思った。


「そんなことでいいのか?」


 ふと、鉄格子の向こうからそんな声を掛けられる。

 レオスはビックリしながらも、そちらを見ると、そこには仮面の男、ロアが悠然と立っていた。


「どうやって……」


 どうやってか、それとも何故この深夜にもなった時間に、この男がここに居るのか。

 そう狼狽えるレオスに、ロアは鼻を鳴らした。


「今の俺には造作もない。なんせ王国では俺は前科一犯の脱獄囚だからな」


 ピースをしながら言うロアに、レオスは呆れた声を出した。


「何しにきた。勝てないからと私を脱獄させに……来たわけではないようだな」


 ロアは手をひらひらとさせて何も持っていないとアピールしたのを、レオスは見て、理解した。

 そして、ふと―――彼はその手を仮面へと持っていく。


「久しぶりだな。レオス=パルパ」

「……貴様」


 英雄ハル。

 仮面を外した彼は、変わらず、レオスにとってはむかつく目つきをしていた。

 誰にでも優しく、慈愛を持っていると言わんばかりの目。

 敵であるはずの自分ですらも敵でもなんでもないと思っている目だ。


「真剣に、話をしに来た。この時間になってしまったのは……オマエなら分かるだろう?」

「本当になんの用だ?」


 レオスがそう返すと、ハルはゆっくりと深呼吸をして、レオスに問うた。


「お前は、本当に俺に全部託すつもりなのか?」


 レオスの眉がピクリと動く。

 確信を突かれたからではない。それを分かって居ながら何故ここに来たのかが分からないからだ。


「俺は、諦めさせたりはしない。お前は責任を取らなければならない」

「……。」

「レオス。俺はお前に姫様を託したつもりはない」


 辛そうな表情をしていた。寂しそうな表情をしていた。

 久々に見た仇敵の顔は、実に色々な感情に塗れていた。


「……姫様がお前を選んだんだ」


 そういった彼は、まっすぐにレオスを見ている。

 思わずレオスは、目を背けてしまう。


「大体、お前はそれでいいのか?」

「何がだ……?」


 力なく聞き返すと、ハルは優し気な目で言った。


「お前は今は父親なんだろ? 赤の他人に任せて、それでいいのか?」

「……。」

「俺は今まで帝国で色んな職に就いてきた。色んな役目を貰えたし、基本なんでもやればできた」


 自慢気に言うハルは、その後「それでも」と言葉を切った。


「俺にはどうしてもできない仕事がある。……ララ様の夫と、子供の父親だ」

「……っ!」


 レオスの肩が振れる。


「その仕事の責任は、お前にしか取れないぞ。それとも、そんな天職をお前は自ら手放すのか?」


 見下ろしている。

 髭を蓄え、もはやボロ切れのようになっているレオスを、仮面の男は見下ろしていた。

 レオスの肩が奮える。

 己がいかに腑抜けていたかを、痛く思い知らされたレオスは自分の不甲斐なさを悔いた。

 ただしその怒りの矛先は自分にではない。

 ―――こんなヤツに何故そこまで言われなければならないのだという逆ギレによるものだった。


「……そうだ。私には家族が居る」


 守り抜かなければならない。

 こんなヤツの手を借りるのは癪ではあるが、自分の手でキッチリと守り抜かなければならない。

 レオスは、自分の膝を殴った。


「私は何をすればいい?」

「徹底して争う意志を見せれば良い。たったそれだけで全てをひっくり返せる」

「失敗することは許されない」

「するはずないだろ」

「失敗した時、貴様はどうする?」

「知らね。失敗しないし」

「……いいだろう」


 レオスがベッドから立ち上がる。

 ハルは、彼の目の色が変わったことを確認すると、静かに仮面を被った。


「貴様に乗ってやる。しかし、見逃すのは今回限りだ」

「もう将軍様でも騎士でもないっていうのに殊勝なことだな」

「ぬかせ。貴様が父親としての私を奮い立たせたのだ。父として、騎士としての姿をしなければ示しがつかない」


 もう騎士として落第の姿はしているがな。とはロアは思ったが、口には出さない。

 安堵したように鼻から息を深く吐いて、ロアは手を出した。


「なんだ? この手は」

「よろしくって意味だよ。なんだ? 握手は恥ずかしいか?」

「ふん、さっさと帰るがいい。男同士が友情ごっこのために握手など出来るか。貴様は敵だ」

「そうかよ」


 そう言われて「まぁ、これでやっと戦えるかな」とつぶやきながら、ロアは鉄格子の前から歩き出した。

 その背中に、レオスは声をかけた。


「ロア」

「ん?」

「勝つぞ」

「もちろん」


 そう言い残して、ロアの背中は牢獄の深い闇の中へと溶けていく。

 レオスはベッドに再度腰を掛けて、ゆっくりと目を閉じた。


「……そうだ。私は、もう父親なのだ……」


 妙にすっきりとした気分になったレオスは気力を戻すために、まずは寝ることを決め込んで、横になるのだった。






「……聞いていたか?」

「ばっちりだよ旦那」


 牢獄へ続く地下への扉を開けて、外へと出ると、そこには妙にやさぐれた見た目のシスターが居た。

 ロアはその女性、シスターグレアへと問うと、速攻で答えは返ってきた。

 シスターグレアは満足そうにしながらも、鼻を指で擦った。


「君たちミシリス教のシスター達に、俺は仕事を”斡旋しょうかい”する―――この国の”暗部うら”を担う仕事だ」

「へぇ……”興味おもしろい”ねぇ。聞こうじゃないか」


 にやりとシスターグレアが口を歪めて笑った。

 ワクワクしている様子の彼女に、ロアはフッと口の端を吊り上げるのだった。



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元英雄、転生皇女、謎の聖女の三人は帝国で悪の組織をやるそうです。 阿堂リブ @Live35

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