第4話「悪の手先、騎士をたぶらかす」
「はぁ……」
若き帝国騎士ローレンは溜息を吐いた。
戦争を生き残り、なんとか死に物狂いで、悪竜ジーズとの戦いも終結。
やっとこさ得た平和だというのに、ローレンの心の中はどんよりとしていた。
「もうやめたい……毎日教官にはどやされるし、戦争は終わったっていうのに、未だに王国を仮想敵にした訓練を死ぬまで繰り返すし。体が毎日キツイ……」
帝国騎士団の詰所から出ていき、家までの帰路を歩きながら、そんなことをつぶやく。
というのも、こんな噂までもがローレンにとっては絶望のタネだった。
『英雄である将軍レオスが、王国との再戦を望んでいる』
当然ながら、大半の帝国騎士たちは全く乗り気ではなかった。
国内の自力がとことん失われており、戦時中の年貢などで、村々は疲弊し、労働力に飢えている。
こんな状態で戦争でもおっぱじめようものなら、結果など目に見えているというもの。
さして最近は王国の方が勢力を盛り返しているとあれば、なおのことだった。
「……はぁ」
「よぉ、どぅしたどぅしたローレン」
「あれ?騎士団OBのサギー先輩じゃないですか」
声をかけて振り返ると、そこには妙に羽振りの良さそうな恰好をした年上の元騎士が居た。
どうやら普段着のようで、絵柄の派手な半袖のシャツに、短パンと言った感じの恰好で、夏らしい衣装とは言え大分ローレンには派手目に見えた。
騎士団に居た頃はかっちりとした衣服をして、面倒見が良く後輩によく好かれるタイプの人だったことを思い出す。当然ながら昔見た印象とは大分違って見えた。
戦後に、退役したと聞いた時はビックリしたが、元気そうな様子でローレンは安心した。
「どうしちゃったのよー。戦争前はあんなに熱血子ちゃんだったじゃんー。悩みがあったんなら聞くべ?」
「先輩もずいぶんと……こう、チャラくなったみたいで」
「えちょwちゃらくねーしw とりまシーメーおごるし、ちょ話聞かせてちょ」
「あ、はい」
強引ながらも、気遣ってくれているというのは感じられて思わずローレンは後をついていく。
すると、近所では高級と有名なバーの目の前にやってくる。看板には『フェリーチェ』と書かれており、あの大企業『ヤクルゴン』の裏手にある店だった。
「え。ここフェリーチェじゃないですか!? いくら何でも僕なんかのために恐れ多いですよ!」
「だいじょぶ。オレちゃんここの優待券もってっし」
「え、なんで……?」
「いーからいくぞー。ここのアッシュママンのステーキマジでうめーんよ」
「あ、ちょっと……!」
強引に手を引かれながらも、フェリーチェの中に入っていく。
中は意外と薄暗く、ガス灯のほのかな色味が、部屋を蠱惑的に見せており、なんだかローレンは妙にドキドキした。
カウンターには筋骨隆々のがっちりとした体型の偉丈夫がおり、体中の傷跡が歴戦の戦士であることを物語っていた。
「あら、いらっしゃいサギーくん。今日も『導き』?」
「へへ…そんなとこっす。あ、こいつローレンってッス。アッシュママ」
「あ、ど、どうも……」
「うふふ、初心なのは嫌いじゃないわ。いつもは一見さんお断りなのだけれど、サギー君に免じてあげるわ」
「ありがとうございます…!僕、フェリーチェに来られて光栄です!」
「あらうれしいわ」
お勧めでいいかしら?と聞きながらもアッシュママは手際よくカクテルを作っていく。
追加でステーキを頼むと、喜んでと言いながら厨房に引き込んで行くのだった。
「さてさて、んじゃ聞かせてちょ。悩み」
「……本当に、なんてことないんですよ?」
「いーっていーって。どうせ騎士団がらみっしょ?」
「そうですよね……サギー先輩がいの一番に騎士団をやめたのも分かる気がします」
「……。」
それだけ言うと、サギーは机の上に置かれたグラスを手に取る。中にはウィスキーが入っており、上品な香りが鼻に香った。
そして、少しだけ真剣な顔をして、グラスをあげて乾杯を促す。
「「乾杯」」
チンっという音がなり、同時にウィスキーを口につける。
アルコールだけではない、芳醇な香りが、喉と鼻を突き抜けていった。
「……いい話があんだけどさぁ。聞く?」
「いい話?」
ローレンが少しだけ身を引く。
「あ、ちょwちげーしw あぶねえ話じゃねえよ?ただちょーっと仕事紹介したげよっかなってハナシ」
「仕事の紹介?」
「騎士団抜けるまで、社会の広さってやつ?知らなかったっしょ?ぬけぴっぴしたら世界バリ広がってさぁ。これでも良い感じの伝手あんだよねぇ」
「社会の広さ……ですか」
「そそ。分かってるつもりでも全然みんなわかってなくってウケるよね。あ、ローレンきゅん興味沸いてきた感じ?」
「えぇ……」
グラスに口を付けて、一度話を切り上げてから、またサギーは話始めた。
「最近さぁ、仕事つまんないなって思うことってぇ……ない?」
ローレンは言葉に詰まらせる。
実際つまらないとは思っており、今すぐにでも辞めたいと思っていた。
「あるよねぇ~~~~~!俺もそう思ってある人ん口車に乗ったんだよぉ」
「ある人?」
聞き返すと、すっとぼけた調子でサギーがけらけら笑った。
「なんでもイルミナティカンパニー?とかいう会社の重役ポストん人らしくってさ。人を紹介してほしいらしいんだよね~~~」
ローレンは聞いたことのない名前の会社に首を傾げた。
「俺も何してるかわっかんねっけどぉ。なんでも今激熱の会社らしくってさぁ。……唐突だけど、田舎って行ってみたいって思う?」
本当に唐突にハナシが一転した。
なんだろうか、自分は誘導でもされているのだろうかとは思いながらもローレンは答えた。
「うーーん。帝国内の田舎って基本的に絶望的なまでに搾取されまくってるからあんまり……」
「だよねーーー!でもね、イルミナティカンパニーの派遣で行けるとこがあってさぁ。そこがめちゃアツなのよ~。年貢もカンパニー側が納めてくれるから取られる心配ないし、長い間メシの心配しなくっていいとこらしいのよ~」
「え、でもそれって大丈夫なんですか?」
「合法合法。しかも福利厚生までしてあって、そこが手厚いのもグッドなのよ~」
「へー例えば?」
だんだんと良い話のように思えてきて、ローレンはつい口車に前のめりになった。」
サギーがその様子にニヤリと笑みをこぼす。
「なんでも、ハマの村ってとこの派遣にあたれば、天然温泉に入り放題で、毎日ウハウハだってハナシ」
「温泉……」
「しかも見てみ、この魔道具写真。こんな可愛い田舎っ娘と縁談のハナシまで優先的に貰えちまうってわけよ。ローレン彼女とかは?」
ローレンは首を横に振る。
実際、男だらけの騎士団で、仕事はハード、毎日家を行ったり来たりだけの生活で出会いなど皆無だった。
それを思うと、魔道具写真に写った黒髪の青年は、アメジスト色の髪色を持つ美少女と、清楚そうな金髪美女に挟まれて、心底羨ましく思えた。
「そっかー。婚活のサポートも充実していて、そこもグッドなのよー」
「そうですね……魅力的だ。行きたくなってきました」
「そうでしょそうでしょ? 今度その重役さんと会う約束あるんだけどさぁ……一緒にどう?」
「お願いします!!!!」
「OK任せとき~~~」
ローレンはサギーの口車に乗せられて、まるで誘蛾灯に集まるかの如くふらふらと導かれるのであった。
サギーが後日ローレンにイルミナティカンパニーの重役と引き合わせる約束をして、ステーキを食べ終わったローレンを見送った後、彼の横に一人の男性が席についた。
「……流石だな。サギー」
「ロアっさん。……へへ、まぁこれぐらい楽勝ですよ」
「アッシュ。ブランデーを頼む」
ロアが注文し、手慣れた手つきで筋骨隆々のバーテンダーがすぐさまブランデーを作り、ロアはグラスを手に取る。
「乾杯」
「乾杯ッス」
チン、とお互いのグラスをぶつけて、ロアは彼の健闘を称える。
グイッと二人は酒を煽ると、一仕事終えたサギーが暗い笑いを落とした。
「これでヤツも田舎送りッスねぇ」
「いい仕事だ。今度新事業として開業する人材派遣会社の重役ポストに君を推薦しよう」
「マジっすか!いやぁこれから大変になるッスねぇ」
「君のおかげで、帝国騎士の若い衆を田舎に若い労働力を引き込める。行った先で活躍したり満足することが出来れば自然と新事業『ヤローワーク』のバリューも期待出来るだろう」
「楽しみっすねぇ」
サギーは、ロアにヘッドハンティングされたことを思い出しながら感慨に耽る。
あの日、横殴りの雨が染みる夜に、上司の騎士と殴り合いの喧嘩をした後ことを。
その時から、拾って天職に転職させて貰ったロアのことを、サギーは心のそこから慕っていた。
仮面で素顔は分からないが、多分悪い人ではないのだろうことは察していた。
「これからも期待しているぞ……サギー」
「任せてくださいよ」
サギーは嬉しくなり、もう一度酒を煽る。
「くっくっく……」
「ひっひっひ……」
その様子を眺めていたバーのママ、アッシュはつぶやいた。
「この二人、あくどい事してるように見えて、ただただ田舎の仕事斡旋してるだけなのよね……」
笑い合うバカ二人を見ながら、アッシュは淡々とグラスを洗うのだった。
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