第3話「元英雄、畑を耕す。ついでに温泉掘り当てる」
照りつける太陽。見渡す限りの大自然。
清涼な川と、そこを気持ちよく泳ぐ魚たち。
どこからか聞こえてくるカエルの鳴き声と鈴虫の音色は、ここが田舎だということを思い起こさせる。
あまり開拓されきっていない田畑と、ボロボロの家屋。そして痩せこけた住民の顔はこの国の村落の不健全さを物語る。
そう、ここは帝国領内にある村落の一つ、ハマの村。
素敵に愉快に痛快に絶望的な村である。
そんな過酷極める土地で、一人、鍬を両手に土をうがち続ける者が居た。
「ほら、ロアー。もうお昼も近いから頑張ってください~~」
「なんで!おまえらは!手伝わないんだよ!」
悪の組織の下っ端は、懸命に鍬を振り続けて、畑を興していた。
ロアの視界の端では呑気に女幹部二人が机を置いてティータイムと洒落こんでいる。
「いや、元はと言えばアンタの会社のためだし……それに私ペンより重いものが持てないか弱い美少女なのよね」
「鍬持ってきたのお前だろうがベアトリーチェ!」
ついでに言えば、机と椅子を持ってきたのもベアトリーチェとアンジェリカだ。
すっとぼけてるのをツッコみながらも全く手を止めないロア。
みるみるうちに畑が耕されて、ロアはひと段落したとタオルで顔を拭った。
畑のど真ん中でオーバーオールの作業着で一人鍬を握るその男は、明らかに村中から浮いていたが、誰もそれに何も言わない。
なにせ鍬の威力を間違えるとその周辺の地面がえぐれるような威力で耕すことができる鬼のような人間がまじめに畑を耕していたのだから。
「しかし何だって村興し一つでここまで地道なことをせねばならんのだよ」
「千里の道も一歩まで。ワタシが議会を遅延し続けてるうちに、飼料を作らなきゃいけないんだから、こうして村で実際に働いて勉強してるんじゃない」
「一応聞いておく。ウチ、悪の組織だよな?」
「悪の組織は妥協を許さないの」
「入る組織間違えたーーー」
文句を言いながら畑から出てきて、ティータイム中のアンジェリカから弁当を受け取る。
アンジェリカのお手製……ということは決してなく、ロアが自作した弁当だ。
二人とも料理に関してはずぶの素人以下なので、基本的にはロアぐらいしかまともに料理が出来ない。
弁当を開けて、鹿肉をパンで挟んだ簡単な料理に舌つづみをうちながら、ロアは首にかけた『竜呼びの笛』を吹いた。
『――――ギャォォォォオオオオオオ!!!』
すると地面からドラゴンが現れた。
緑王竜グレイブドラゴンと呼ばれる 上半身から下半身まで木の根や土で体が出来た竜で、大地の加護を得ていると言われており、非常に珍しい特性を持っている。
その竜は、ロアの目を見ると、その意志が伝わったと言うように畑の真ん中に寝そべった。
「後は頼むぞー」
「ねぇ、あの子何をしてるの?」
「大地のマナを活性化させて、これから植える作物が急成長するように働きかけてもらってる」
「凄いですねぇ。それでいつ収穫出来るように?」
アンジェリカの問いに、ロアは龍脈やマナの流れを見る特殊な秘術で畑を確かめてから答えた。
「植えてから、半日ぐらいで全部収穫出来るぐらいにはなるか」
「早すぎ。ホントドラゴンってチートな存在ね」
「……ちーと?」
「何でもないわ」
ベアトリーチェから出てくる謎の言語に、ロアは「ベアトリーチェは俺の知らない言葉ばかりを知っているな」と感心した。
いつも通り目が曇っているのは、ロアからしてベアトリーチェの存在というのはそれだけ尊敬に値するのだろう。節穴が極まっている。
「だが、こんなこと一時凌ぎだぞ。根本的にこの村には若い労働力も足りてないし、土地も痩せてる。年貢も日々目減りしてるんなら俺達が出来ることなんてたかが知れてるぞ」
「そうね。それは正しいわ。だからこそロアに農業を学んで欲しかったのよ」
「……??」
どうゆうことなのだろうかと考えていると、アンジェリカが立ち上がる。
「さて、ではわたくしはタネを撒いてきますね。ゆっくり休んでてくださいロア」
「じゃあ頼んだ」
それだけ会話をすると、アンジェリカはグレイブドラゴンの周りにタネを撒き始める。
まるで豊穣の女神様のように美しいその姿に、村人たちは傍目からじっと見惚れていた。
そんな様子を眺めながら、ロアはベアトリーチェに話しかける。
「なぁ、何で俺が農業を学ぶ必要があるんだ?」
「言うと絶対断るとか言うだろうから嫌よ」
「ぷーーー」
そんなことを言われては一向に要領を得ない。とロアは考えながらも溜息を吐いて早々に諦めた。
「いやー、あの子本当に大きくて凄いですねー。しかもお利巧でいい子です」
そんな押し問答をしていると、タネを撒き終えたアンジェリカが戻ってきた。
アンジェリカの言葉に、ロアはいい気分になってふんぞり返る。
「エドラは卵の頃から育てて、アイツは手持ちの竜の中ではかなり温厚な性格だしな」
「あの子、エドラって名前なんですね」
「そう、元はナエドラって種類の竜で、植物と融合した竜なんだ」
「飛べるんですか?」
「いや飛べないな。地中の中をモグラみたいに掘って移動したり、歩いたりして移動するんだよ」
「へぇーいろんな竜が居るんですねぇ。私は飛竜サラマンダーしか知らないので新鮮です」
ロアの呼び出せる竜たちは、ロアがまだ姫の行方を追って旅をしていた頃に育てていた竜だ。
それが今では『存在進化』と呼ばれる特殊な進化方法で育成されまくった結果、悪竜ジーズ並みに強いドラゴンが無数に生まれており、ロアの密かな自慢になっている。
とはいえ、余りにも手にあまり過ぎるので現在は竜護の里に匿うか、呼び出されるまで各々の巣を作らせてそこで今はひっそりと暮らして貰っていたりする。
最初に育てた竜はアンジェリカが言っていた飛竜サラマンダーで基本的にロアの遠出の際の足替わりになって貰っている。
以前に、王国姫がレオスの育てたドラグーンに乗って『サラマンダーよりずっと早い』と言った時には流石にサラマンダー自身がキレて二人をドラグーンごと墜落させたことがあるのはいい思い出だ。
「ていうか畑を耕すのを竜に言えばすぐに済んだんじゃないか?」
「それはアンタのためにならないじゃない」
「お前は俺のなんなんだ?母さんか?」
「雇い主」
「っく……何も言い返せない」
拾って貰えた恩をとりあえず忘れないようにと釘を刺されてロアが苦しむ横で、アンジェリカは周りを見渡していた。
「それにしても、辺境とはいえ相変わらず活気がないですねこの村は」
「アンジェリカの昔住んでいた村なのよね?ここ」
「はい。私が『ハマの百人殺し』という不名誉な称号を頂く前に」
「……何したのよアナタ」
「少々、異教徒達をぱぴゅんぱぴゅんっと」
「「ぱぴゅんぱぴゅん」」
今日日効かない擬音だ。本当に一体なにをしたんだろうか?聖女とは?などと色んな疑問がアンジェリカ以外の二人の間に流れたが、深くは聞かないことにした。
「そういえばロアとアンジェリカって元々知り合いだったのよね?」
「そうですね。3年前の行商の人と一緒に巡礼の旅に出ていた時ですね。丁度戦争が起こった頃でしょうか」
「そうだな。あの時、旅先のモンスターが出る山やら、戦場やらで、やたらと強そうなヤツが居る場所でいつも先回りされていて、ビビったな。回復してくれたり、回復瓶を補充させてくれたのはありがたかったけど」
「あははは」
「ハハハ」
二人が談笑している横で、一人ベアトリーチェは「あ、これボス前のセーブポイントの話だ」となんだかRPGゲームの裏側で後日談を見ている気分になってちょっとだけ微笑ましくなった。
そうしていると、アンジェリカがぱたぱたと自分の衣服を仰ぎはじめる。
「しかし、本当に熱いですねぇ……比較的まだ夏じゃないと思うんですが……」
「運動したからな。仕方ないだろう」
「アンジェリカの胸元覗き見ながら言うんじゃないわよ」
「こんな時は、温泉にでも、入りたいですねぇ……ねぇベアトリーチェ?」
仮面越しにパンチを叩き込むベアトリーチェに、なにやら含みを持たせてアンジェリカが言う。
「ん?あぁそうね。こうゆう汗を掻く日なんかは最高よね」
「前が見えねえ」
「この村、近くにブロッサム島と呼ばれる活火山がある島があるんですよ」
「う、うん?それで?」
「この村、温泉ないんですが、ひょっとしたら温泉出ないかなーって思いまして」
「ははは、それはないよーないない」
「そんな美味い話があるわけないって」
「そうですよねーーーうふふふ」
「はっはっは」
「あはは」
「うふふ」
三人はひとしきり笑ったあと、アンジェリカが立ち上がった。
「さて、冗談は別として、近くの川で水浴びでもしてきましょうか。今度は本当に覗かないでくださいね?ロア」
「怖いからやめとくな」
「怖くなくてもやめときなさいよ」
そういって、二人ともが竜に乗せたバッグを持って、立ち去っていった。
一人ぽつんと残されたロアは、グレイブドラゴンのエドラをじっと見つめる。
「……。」
―――ひょっとしたら温泉出ないかなーって。
頭の中で先ほどの言葉が妙に残っている。
いや、これは何かの誘導なのだろうか。しかし、罠でもいい。罠でもいいんだとロアの内なる声がささやいていた。
「いやまさかなー」
そういいながらも、エドラを呼んだ。
「……この辺で、お湯が出てきそうなとこって……ある?」
グレイブドラゴンは地脈、そして土地を読むことに長けている。
それはうっかり水源や、油田、マグマなどの不慮の場所に出ないためにグレイブドラゴンが培った特性だ。
例に漏れず、エドラもその性質を持っている。
エドラはゆっくりと首を持ち上げると、近くにある山の麓をじっと見つめた。
「あっち?あっちか」
そこまで距離のある場所ではないからと、サラマンダーのサラを呼んでそちらの方に飛んでいく。
やがて、妙に開けたごつごつと岩のある川の土手に到着する。
「いやいやいや、まさかな」
はっはっはと笑いながら、鍬を振り上げる。
「あらよっと」
―――――鍬を打ち付けた場所から、あっさりと温泉が噴き出した。
水柱が立ち上り、辺り一面に虹色の光が眩く迸る。
目を丸くさせたロアは、仮面越しに驚愕した顔で立ち尽くした。
「マジかよ」
高さ3M以上にも及ぶ吹き上げた温泉が、まるで雨のように降り注ぐ。
その雨を浴びながら、ぼーっと眺めていると、背後から突然気配が沸いた。
ベアトリーチェとアンジェリカだった。
ゆっくりと振り向くロアに、アンジェリカは笑顔で言うのだった。
「じゃあ、今日は残業ですね。ロアさん?」
とりあえず、寂れたハマの村に、温泉という観光地が出来上がるのだった。
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