第5話「元英雄、働きすぎて倒れる」
ロアは、やらかした。と後悔した。
まだまだやらねばならない仕事がいっぱいあると憤った。
建設事業を設立して温泉施設の建設も終わり、ヤクルゴン竜乳の今年いっぱいの決算報告書を作成、ハマの村農業開拓計画のための関連マニュアルを書き上げた。
だがまだまだロアにはやらねばならないことがたくさんある。
新規派遣農業従事者への全体勉強会や、新事業『ヤローワーク』のテナント建設、そしてヤローワークの作業手順マニュアルの作成等……数えればキリなどない。
今やロアの下に位置する従業員は200人を超え、その全てが順調。
竜護の里からは感謝の言葉を毎週のように受け取るし、やりがいも感じている。
……ゆえにだろうか。
こうして床に伏せることになってしまったのは。
ロナン帝国にあるbarフェリーチェ。その奥にはイルミナティカンパニーの隠しアジトがあり、実はそこはロアの住処でもある。
アジトの隅にはしっかりとシャワー室やトイレ、狭いながらも寝室が完備されており、住みやすさで言えば王国に居た頃の実家より快適だった。
咳や熱が止まらず、ロアは横になった状態で床に伏せっていた。
「……しまったなぁ」
いつも付けている仮面も脱いで、つかの間の休みを取る。
思えば、戦争中も、ジーズとの戦いの中でも体を壊したことはなかったロアにとって、初めての経験だった。
心細く、どことなくいつものアジトがひどく広く感じられた。
「ロアちゃーん?入るわね」
横になっていると、barのママであるアッシュがタオルと着替えを持って現れた。
このbarでオーナーをやっている彼?彼女?は、ボスであるベアトリーチェの知古であるらしく、barの奥にあったVIPルームを快く貸してくれた。
なぜVIPルームにシャワーとベッドがあるかは、今のロアにとって考えたくもない疑問だった。
「すまないなアッシュ」
「いいのよ。仕事の方はベアちゃんとアンジェちゃんがやってくれているそうだから、ゆっくり休むと良いわ」
ロアの背中を拭いて、昼食のパンを置いて部屋を去っていくアッシュ。
一人残されてまた横になったロアは、一人つぶやいた。
「……今頃、俺が居なくても上手くやってくれてるよな」
否、現実は否である。
ロアなき今のイルミナティカンパニーは、現在、混沌を極めていた。
「この書類なんですが、どうでしょうか?社長代理」
「……なるほど」
そんなことを言われても分からん。とベアトリーチェは心の中でキレた。
いや、ロアのワンマン経営に自然となっていたのも、そうしたのも自分のやったことなのだが、それにしてもやりすぎたとベアトリーチェは反省した。
隣に居るアンジェリカに書類を丸投げしようとしたら、バインダーで頭を殴られたので、しぶしぶ書類をよく読んで判断することに。
なまじ前世の知識があるので、書類の是非自体は問題なく処理できるのだが、なまじ数が多すぎる。
今日だけで100や200件なんて余裕で超えているため、これまでどれだけロア任せで何もかもやらせていたのか身に染みる。
しかも何が凶悪かって言うと、全部が全部全くバラバラの場所からの案件という、王政の承認書かとベアトリーチェはキレかけた。
というか隣にいるアンジェリカは半分キレてる。
今、ヤクルゴン事務所の裏にある隠しアジトで伏せっているロアに全力で全てを頼りに行きたくなっていた。
「ダメですよ?」
「心の中読まないで?」
無言で書類を高速処理していたアンジェリカに何故か心を読まれたりしながらも、机にかじりつくベアトリーチェ。
これにプラスしてハマの農村開発事業計画書などの草案をまとめたり、建設現場に作業員兼現場監督としての農地整備工事をしたり、飛竜に乗って竜護の里へ竜乳の仕入れなどをやっていたと考えれば十分過ぎるほど化け物みたいな活動量だ。
悪の組織の参謀としては完全無欠と言えるほどの判断力もあるため、彼にしか判断できない案件も多い。
お昼休憩となり、ひと段落してようやく二人は肩を下ろす。
アンジェリカは完全に魂が抜けた様子でソファに寝そべり、ベアトリーチェも目頭をつまむ。
「アタシたち悪の組織よ?なんでこんなことしなければいけないのよ……」
「ぶーたれないでください。実際ロアの活動が一番イルミナティカンパニーに影響が出てるんですから」
「もう、部下に何もかも丸投げしたい……」
「そうですねぇ」
今は亡き(死んでない)ロアに思いを馳せる二人。
いつの間にか先ほど来ていたヤクルゴンレディーの従業員が置いて行ってくれたホットミルクに口を付ける。
「そういえば、なぜベアトリーチェはロア……英雄ハルをスカウトしたのですか?」
息を吹き返していると、急にアンジェリカがそんなことを質問してきた。
ベアトリーチェは目を丸くしていると、うーんと唸った。
「そうね、端的に言えば、将来とんでもないことをするから……かしら」
「とんでもないこと、ですか」
「それこそ、世界を滅ぼそうだとか、極端な考えを起こして強大な敵として立ちはだかったり……だとかね」
(実際、続編がないんだけど、エピローグで闇落ちしたハルが続編でラスボスとして……? みたいな演出があったりとかで当時怖かったのよね)
基本的には、ベアトリーチェのやったゲームでの英雄ハルの扱いは、散々なものだった。
無自覚に主人公ムーブをするが、それもこれも王族としての生活を嫌う姫を苦しませる要因にしかならず、心底嫌われていた。
(姫は王族の義務や在り方、教育の厳しさに鬱屈した毎日を送っていて、後に英雄となるハルの婚約者として政略結婚の相手として決められる……んで、亡命した先でレオスと駆け落ちして、そのついでに世界を救う……うん、ハル悲惨過ぎる)
ここまで英雄ハル自身何もかも蚊帳の外だと逆にすがすがしいレベルだ。
といってもハルの方は別に性格が悪いわけではない。姫はハル自身を嫌っているわけではなく、王族として生まれた時からの政略道具のような扱いに憤っていただけだった。
とはいえ姫の方の性格も大分とがっていて、ベアトリーチェの見ていたレビューサイトの方では、ヒロインの性格の酷さにイライラする。もっとハルに寄り添ってやれよ。RPGやっていたと思ったら唐突なNTRで草も生えない。とは良くレビューに上がっている程度には賛否両論ある作品だったのを思い出す。
それも続編でハルを救済するための何かしらの用意がされていたような気がしたが、続編が出ずして転生してしまったベアトリーチェに取っては今更過ぎる気がした。
どうせ悪役になるんならスカウトしてしまえというベアトリーチェによるなんとなくムーブによって、続編で巻き起こるはずだったバハムートを従えた最強竜使いの元英雄ハルによるハルマゲドンと呼ばれる世界の存亡を賭けた大戦争はそれとなく回避されたのは、ベアトリーチェには知る由もない。
「流石ベアトリーチェ。そこまでの考えがあってスカウトしていたとは、まさに慧眼ですね」
「そ、それほどでもないわよ。もっと褒め称えなさい」
胸をはるベアトリーチェは世界をいつのまにか救ってるとは夢にも思ってない。
「それにしても、村興しで若い労働力を誘致するために、直接営業をかけるとは思いませんでした」
「そうかしら?まぁ今の騎士団の状況なら無理もないわよね」
実際のところ効果があるかは不明だが、それでもロアが畑仕事の一連を学んでくれたおかげで、農作物の作り方講座を開くなどして教育の場を設けたおかげか、定着率は高い。
そもそも今の軍拡主義風潮に関しては、帝国の政府内のみならず帝都中で賛否が二分している。
血の気の多い中年層はレオスを支持、現実を広く見られている若年層は穏健といった風に完全二分。
そのせいで全くと言っていいほど騎士団がまとまっていない状況だった。
「あのサギーって若いOB騎士……どことなく怪しいんだけどいいのかしらね」
「あら?私たち悪の組織ですよ?怪しい方がいいのではないでしょうか?」
「いやそれはそうなんだけど……」
「それに業績も着々と出していますから、安心してよろしいかと思いますよベアトリーチェ」
「まぁそれもそっか……言動がチャラいだけだし」
そういってホットミルクをもう一口すると、ぐっと背伸びをした。
「さて、そろそろ再開しましょ」
「ですね。しかし騎士団も今頃人手が減りまくって慌てふためいていたりして」
「……ないない。何人騎士がいると思ってるのよ」
「そうでしょうか?案外あの将軍も今頃頭を抱えていたりして」
「ないない」
お互い笑い合いながら、ロアの居ないつかの間の仕事を片づけ始めるのだった。
「なぜだ……何故こんなにも退職する者が多いのだ……!!!!!!!!」
そのころ一方、帝国騎士団の詰所にて、将軍レオス=パルパは本当に頭を抱えていた。
それを眺める中年の腹心は、同じく困ったように、頭を抱える。
腹心の持っている書類は、今週だけで退職した騎士たちの退職届であり、それが十数枚バインダーに挟まっていた。
「今週だけで30名……今月に入ってすでに80名近い騎士が『一身上の都合により退職』だぞ!どうなっている!?」
「どうやら田舎の農村に転職するのが若い騎士たちの間で流行っているようでして……」
「とはいえこれは異常だ!この国で一番安定する仕事は軍だ!奴等は何故、今の特権的な立場をそんに簡単に放り出せるのだ……!」
実際、軍の仕事は戦闘訓練と要所の警備など、基本的には訓練以外は楽な仕事ばかりだ。
いかんせん年功序列や階級社会による世代間の軋轢はあるものの、そんなものは躾の範囲だとして軍では当たり前のようにやってきた。
喉元過ぎればなんとやら、キツイ初期訓練や下積み時代が終わればある程度の暇がある。
騎士は戦争時以外では一定の人気がある職種だった。
それが今や、入ってくる騎士の数よりも断然早いスパンで退職ラッシュが始まっている。
管理監督する側、編成する側の立場である将軍にとってはこれ以上ない恐怖だった。
「どうやらこの一件、最近何かと話題の連中が手を引いているようでして……」
「またあの竜乳屋の奴等か!?」
「はい、どうやらOBの騎士達を出汁に、勧誘を行っているようで」
「っく……この国に奴らを捉えられるような法律がまだ制定されていないゆえに、鬱陶しいことこの上ない」
「すれば悪人は我らになりまする。今、民衆相手に事を荒立てるのは辞めた方が懸命かと」
「……ふん」
椅子に体を預けて不機嫌そうにレオスは溜息を吐く。
バインダーに並べられている退職届の数は日増しに増えており、原則受理しなければならず、例外はない。
つまりこれはすでに退職を心に決めたものたちの”声”とも言えるものだ。
何故そう思えるのか、本当にレオスは思い悩んだ。
「……斡旋している主格の男の情報は手に入っております。竜乳屋の社長……ロアと名乗る仮面の男です」
「金の動きや、この男の行動などはどうなっている?確か監視を付けていたはずだが」
「分かりません」
「分かりません??? 監視を振り切るなどありえん、ドラグーン部隊に周辺を当たらせているのだぞ」
「それが……こやつの呼び出す飛竜サラマンダーがドラグーン達の速度を凌駕しておりまして」
「なに……? ドラグーンはこの世界で最速の飛竜だぞ。それがサラマンダーなんぞより遅いなど、あるはずがなかろう」
「そうなんですが、実際、ヤツのサラマンダーを追うことができず、その後の行方も知れません」
「……っく、これだからドラグナーという奴等は」
深く深く溜息を吐いて不機嫌そうに鼻を鳴らすと、腹心の男は「では私はこれで」と足早に執務室から退散した。
一人残されたレオスは、机の引き出しを開けると、そこにある便箋を手に取った。
「かくなる上は、私自身がヤツを見定める……他ないか」
それは、とあるパーティへの招待状だった。
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