第6話「悪の組織、温泉施設を建築する」
ハマの村。
そこはかつて絶望に染まった村で、やせ細った土地、若者の人手不足などが深刻化していた死んだと思われていた土地であった。
今では領主の手すら離れており、土地そのものを買い取ったイルミナティカンパニーによる実質的かつ実験的な統治が行われていた。
その近くにある山の麓、ある川の近くにある骨組みだけ出来た建物の傍で、数人の男性が作業服を来て集まっていた。
「おはようございます」
「「「おはようございまーーーす」」」
バインダーを持った先日風邪の症状から回復した仮面の男、ロアは数人の作業員に挨拶した。
つられて少し大き目な声で、作業員たちも挨拶を返す。
その作業員たちは、数人が元々とび職だった者達で、残りがロアが引き抜いた元騎士たちだった。
「作業責任者のロアです。それではこれから危険予知活動を初めて行きたいと思います」
「「「「はい」」」」
数日やったら慣れたもので、すらすらと言葉が出てくる。
危険予知活動……なんでも、スピードだけを意識して事故を起こせば、かえって時間がかかる……というベアトリーチェから出てきたとは思えない至極真っ当なものな意見を反映したもので、ベアトリーチェには毎朝やるように言われている。
ちなみにこれをやるのも、作業責任者であるロアだ。
「はい、では今回の活動まとめは『高所作業中は命綱を確認して、必ず作業しようヨシ』で行きたいと思います。異論ありますか?」
「「「「なし」」」」
「はい、では―――『高所作業中は命綱を確認して、必ず作業しようヨシ』!」
「「「「「『高所作業中は命綱を確認して、必ず作業しようヨシ』」」」」」
全員の声を聞いて、うんうんとロアはうなづく。
思えば、最初の頃、一か月前は全くと言っていいほど他の作業員とはあまり息が合わなかった。
とはいえ、繰り返したり、ロアが頑張るほど、作業員たちの態度が軟化し、今は普通に協力しあう素晴らしい戦友たちだと思えるようになっていた。
ここまで来るのに長かったとロアは振り返る。まだ一か月しか経ってないのだが。
「続いて安全唱和に行きたいと思います。――構えて」
「「「「ヨシ」」」」
ロアが人差し指を空に突き立てる。
作業員たちも動揺に人差し指で空を差した。
「本日もゼロ災で行こう。ヨシ」
「「「「本日もゼロ災で行こう、ヨシ」」」」
「ご安全に」
「「「「ご安全に」」」」
とても悪の組織とは思えない建設現場特有の儀式も終わり、それぞれ作業員たちが、昨日終わらなかった分の仕事にとりかかっていく。
ロアも、自分がやっている屋根瓦を取り付ける仕事を再開するために、屋根に上り始める。
「あ、親方。おはざす」
「おぉ、責任者の旦那」
屋根にあがると、作業長――とび職この道40年という大ベテランのアンジー親分と挨拶を交わす。
手が早いもので、すでに準備など疾うに終えて、ハンマーで釘を打ち付け始めていた。
ロアに気づいて声をかけるも、手は止めない。プロである。
「風邪はよくなったんけ?」
「はい。ご心配かけました」
「へへ、旦那はちっと働きすぎじゃきに。おらが若ぇころでもそうは働けんかったち」
「うーんそうですね。ちょっと反省です」
「まぁでも今日は今日。きっちり働くきに」
「そうします」
「へへっ、旦那みたいな奴に稼業継いで欲しいがなぁ」
思えば随分と気に入られたものだとロアは苦笑する。
親分はロアが救ったとある村の大工をしていた。
それがこの前ばったりと、竜護の里で再会し、現在共同で建設業の施工会社を運営することになり、更にそこに温泉をタイミングよくロアが掘り当てたものだから、温泉施設を立てるという契約を結び、現在それの真っ最中というわけだ。
まったくいつ何時も偶然とはあるものだとロアは苦笑しながら、手を休めずに屋根瓦を屋根に敷き詰めていく。
もう一か月もすればコツも大分覚えて、誰かに何かを怒られるということもなく、至極平和な日々を過ごすことが出来ていた。
それでも午後には竜乳の仕入れ、搬送などをせねばならず、あまり手伝うことが出来ないのだが、それでも施工会社『インパクト』の面々は頑張りを認めてくれる良い会社だった
そんな日々を送ること、更に数日。
いよいよ、温泉施設『竜宮湯旅館』が完成するのだった。
「やったぁ……」
「あぁ、ついにだなぁ……」
結果で言えば、当初の予算をかなり上回ってオーバーしたものの、その分リッチな作りの温泉宿が出来上がった。
隣では、ベアトリーチェとアンジェリカが拍手して建物の完成を喜んでいた。
「いやぁすごいわねぇ。かなり良い感じの旅館じゃない」
「これなら貴族の誘致も期待できますし、なにより雰囲気が最高ですね」
「そりゃあ。ほかならぬベアトリーチェのお嬢ちゃんが起こしたデザインが良かっただけきに。俺らはその通り作っただけがな」
「いやーでも、イメージまんま過ぎて凄いわぁ流石一流」
「それほどでもーーーないぎに?」
「親方、鼻の下」
滅茶苦茶伸びている鼻の下を、ロアが指摘するが、未だに若い子に褒められて『ぐへぐへ』と喜ぶ親方。
将来こんな風になってしまうんだろうかと、ロアは少しだけ己の将来に向けて不安になった。
「それじゃあ早速入ってみましょうか」
「そうですね!楽しみーーー」
そういって、呑気な悪の女幹部二人がぱたぱたと旅館の中に入っていく。
「さて……」
後ろの方で腕組みをしていた男たちが、それぞれ散り散りになり始めようとする。
「―――待て」
男たちに背を向けていたロアが、唐突にオーラを放出する。
「どこに行くつもりだ?」
「や、ちょっと……温泉にね?」
「そうか。だがこの後は完成後祝賀会じゃなかっただろうか?」
「や、やだなぁ旅館内でやろうってハナシじゃないですかぁ」
「そうだったか? 村長の家でやると記憶していたと思うんだが」
「……っく!てめえら!ロアの旦那を袋にしちまえ!」
その瞬間、男たちの目の前で白いオーラが吹き荒れる。
仮面の男は静かに立ちふさがる。
まるで英雄がそこに顕現したかのような、そんな重圧感に、男達が苛まれる。
「悪いが、悪の組織をやっているからな。部下とは言え、上司に対しての不埒は許さんぞ」
「「「「やっちまえーーーー!!!」」」」
ここに、しょうもない男たちの無謀な挑戦が幕を開けようとしていた。
一方そのころ。
温泉内、ベアトリーチェとアンジェリカはゆっくりと湯に浸かっていた。
白く濁った湯の華がふんだんに入った湯舟に、肩まで浸かると、なんだか心までぽかぽかとしてきた気がした。
「ふーーーー。やっぱり温泉はいいよねぇーーーー」
「そうですねぇ。極楽ってこうゆうことを言うんでしょうねぇ」
「しかし、よくロアが温泉を引き当てるってわかったわね」
「たまたまです」
「嘘っぽーーい」
ドカーーーーン
そういいながらも、恐らくは本当に予測していたのだろうとは、なんとなくわかっていた。
なにせアンジェリカは謎の聖女。なんでもありなのだ。
過去にどこか後ろ暗い過去を抱えていたとしても、ベアトリーチェにとってはそれを受け入れるだけの度量は備えているつもりでいる。
なにせ悪の組織の女ボスなのだから。
チュドーーーン
「それにしても、なんなんですかねこの音は?」
「さぁ?ロアが追加工事でもしてるんじゃない?」
「覗きに来ていたりして」
「アンジェリカの事が怖いだろうから無理無理」
「うふふ、それもそうですね」
ぼかーーーん
「まぁ本当に覗きに来てるんだとしたら、今頃ゆっくり湯舟には浸かれません」
「あぁやっぱり分かるもんなの?」
「聖女には何もかもお見通しなのです」
「すごーーい」
ドガガガガガ!
ベアトリーチェは棒読みで感心した。
どこまでが分かってどこまでが分からないのか、何を知れて何を知らないのか、アンジェリカは本当によくわからない。
ただ、それは悪の組織としては、やはりミステリアス感のある幹部キャラはカッコいいと思ったので、ベアトリーチェはそれでよかった。
「それにしてもベアトリーチェは本当に変わった人ですね」 ズドンズドン!
「そう?」
「えぇ、私のことを知る人達は、みんな私の事を恐れますから。我ながら気味が悪いと思いますし」
「そうかしら?あなたのそうゆう掴めないところを、ワタシは買ったつもりよ?」
「うふふ、貴女はやはり変わってます」
どことなく嬉しそうな顔を浮かべて、アンジェリカは満足そうに、湯舟に浮くのだった。
「ふーーーいいお湯だった。 ……何してるの?」
「ん?上がったか二人とも」
「なんで全員ボロボロになってるのよ」
「いや、運動していてな」
「……うふふ」
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