第7話「悪の幹部、追われる」



 この世界に置ける宗教や教会はかなり特殊な立ち位置に存在する。


 曰く、犯罪に手を染めた者や、身寄りのない者たちの駆け込み寺としての側面が強く、とかく所属する者は社会から爪弾きにされた者達も多い。

 例えば貴族令嬢が何か粗相をした場合の反省させるため、かたや腕っぷしでしか社会に通ずるものがなかった者のよりどころとして利用された。

 自然とそうなれば裏社会との繋がりも多くなり、貴族たちや、商人たちに鉄砲玉にされることなど当たり前のように行われてきた。

 つまり、この世界に置けるシスターというのは、総じて『そのスジの者』という意味合いがある。


 現代基準に照らし合わせるのであれば『ヤクザ』ということだ。




「どいてくれーーーーー!!」


 そんなシスター達に、現在……


「待てゴラーーーーー!!!」

「逃がさねえぞ異教徒がぁーーーーーー!!!!」

「〇ねぇーーーーー!!」


 何故かロアは追われていた。




 ロナン帝国帝都の街を、昼間っから仮面の男と修道服の女性たちが爆走チェイスするという、なんとも珍妙な光景が出来上がったのにはキチンと理由がある。

 それはロアがヤクルゴンの訪問販売を自ら行っている時のことであった。


「どうもーヤクルゴンですー」

「はーい!いつもありがとうございますー」

「いえいえー。今日は新商品の紹介に上がりましてですね……」


 ヤクルゴンは業績も右肩あがり、ヤクルゴンレディたちも順調に業務においてベテランの域に達しており、会社の利益は青天井まで突入していた。

 ロアがその日、訪問販売をしなければならなかったのは、新商品『YG3000』と呼ぶ、普段の3倍濃縮させたヤクルゴンの竜乳が開発されたためであった。

 そんなこんなで、談笑しながらヤクルゴンの販売をしていた矢先……


!?

「おいぃテメェなにしてやがる?」

「はい……?」


 怪しげなシスター達に見つかった。

 何故か角材を片手に持ったシスターがロアをねめつける。


!?

「テメェ、こんな昼間っからウチの”領域シマ”でなにしてやがるぅ?」

「え、普通に商売だけど?」

「”商売しょうばい”だぁ……? んな怪しい怪しい”恰好ナリ”しておいてシラを切るたぁなぁ」


 言われてロアは自分の恰好を見直すが、なんということか仮面とスーツの恰好になんの疑問も抱かない。

 むしろ「え?どこか変なのか?」とでも言いたげな表情をしていた。

 習慣とはいえ、ロアは完全に天然を発揮していた。


「……何か勘違いをしていないか俺は―――」

「おいシスター共ぉ!異教徒発見だぁ!こいつ”簀巻き”にしてやんぞ!」


!?

「「「「っすぞゴラァーーーーーーー!!!!!」」」」


「はぁーーーーーーーー!?」


 角材を振り上げられ、ロアは咄嗟にそれを回避して、ヤクルゴンを販売するための箱を抱えて脱兎のごとく逃げ出した。

 大通りに出ると、次から次へと目の前に角材やバット、果てにはバールに剣を持ったシスターが現れて、ロアの行く手を阻もうとしてきた。


「いや多すぎだろぉ!?」


 言いながらも、ブォンブォンと唸りをあげて振りぬかれる凶器をすんでのところで避けながら、大量のシスター達を躱していく。

 その数たるやまるで過去ダンジョンに潜った際、現れた大量のギガントアント達に追われたことを思い出すほどだった。


「どうなってんだあああああああああああああ!?!?」


 そうして、とんでもない”逃走劇レース”が、帝都のど真ん中で幕を開けるのだった。





 一方そのころ、帝国騎士団詰所の執務室で、レオス=パルパはとある修道女と密会をしていた。


「呼び出しに応じて頂き感謝する。マザーグレア」

「アァ……アタイをお呼び出したぁ……随分と切羽詰まってるようじゃねぇの”先生センセ”ィ……ヒヒヒ」


 ソファの上にふんぞり返り、机の上に足を置いている明らかに失礼をしている修道女に、レオスは何も言わない。

 それは過去レオスが利用してきた裏社会の数少ない伝手であるために、レオスにとってこの程度は失礼にもなりはしない。

 格が違う。というものだった。


「一応言っておくが、ウチを使うってこたぁ単なるガキの”火遊びボヤ”じゃぁ済まねえってこたぁよーく”認識”ってるはずだよなぁ?」

「もちろんです」


 修道女の鋭い眼光に、少しも動揺せず、逆に睨みつけるような目でレオスは言う。

 その眼光が、修道女にとってはたまらなく気に入っていた。


「ヒヒヒ……イィねぇ”清濁ママのおっぱい”飲んでちょっとは大人になったかよ?えぇ?」

「これでも、色々ありましてね」

「んで”仕事ゴト”のハナシでもしようかい”先生センセ”ぇ?」


 それだけ言うと、レオスは机の上に一枚の魔道具写真を置く。そこに映し出されていたのは仮面とスーツの男だった。

 修道女は首を傾げる。


「おぉ?こいつぁ……」

「知っておいででしたか。通名は『ロア』と名乗っているそうです」

「それでぇ?この奴さんが一体どうしたってんだヨォ」

「こいつは堅気ではありません」

「……ハナシだけなら聞いてやらぁ」


 レオスはどこまでを知っているのかを探り探りに、情報を開示していく。

 勝気な態度を崩さない修道女は、相も変わらず笑っていた。


「先日、私の部下たちが大量退職しました。皆一様に同じ文面で退職理由を述べており、調べてみればとある男の陰が浮上しました」

「それがコイツだってか?」

「それだけじゃありません。竜乳屋を名乗り、謎の飲料を市場にばらまいており、その資金の行方も不明。更には我が国の誇るドラグーン部隊をも追いつかせない竜を所持しており、何らかの組織の後ろ盾を受けているようです」

「……コイツがそれの”先発さきぶれ”だなぁ。そりゃあ間違いねえなぁ」

「私はコイツが危険と判断しました。先にコイツを残せば我々の商売に大きく影響が出る……そう考えています」


 言葉をしめくくり、レオスはソファに背を預ける。

 祈るように膝の上で手を合わせると、どっと疲れがやってきた。


「つまりはなんだぁ……? コイツの”掃除ケリ”をアタイは任されてんのかなぁ?」

「そうゆうことです」

「ヒヒヒ……」


 怪しく笑っている。

 レオスと修道女はお互いの視線をぶつけ合い、しばし、時が流れる……すると突然。


!?

「このハナシはなかったこととして聞いてやる」


 突然、修道女から笑いが消えた。

 ぶわっとレオスの背中に滝のような汗が流れる。


「な、何故……!?」

「それが分からねえんだったらまだ世間知らずの坊ちゃまみてえだなぁ。コイツのバックはそんなに”簡単ヤワ”じゃねえ。裏の住人なら誰でも知ってることなんだヨ」


 それだけ言うと説教は終わったとでも言わんばかりに修道女はニカッと笑った。


「だから、この話は聞かなかった。それでこのハナシは”終焉オワリ”だよ」

「……とんでもない闇が、この男の裏にはあるとでも?」

「それを勉強するのが今のアンタの”宿題やるべきこと”だ。次はもっとマシな”オトコ”になっとけよ。食いがいねえからなぁ」


 じゃあな。と言い残してレオスのもとから去っていく修道女に、レオスはただただ何も言えず、その場に立ち尽くしていた。




 マザーグレアは、廊下に出てから目の前に修道女に声をかけた。


「おぃ……」

「仕事ですか。マザー」

「いやぁ?ただの雑談に付き合えよぉ。アタイはこれでもちーっとばかりおしゃべりなのさぁ」

「は?へぇ……」


 それだけ言うと、若い修道女を連れて歩き出す。歩幅は大きく、少しだけ歩くスピードも早かった。


「とんだ世間知らずも居たもんだよなぁ……ヒヒヒ」

「中で何をお話に?」

「ん?気になるかぁ?ちょーーとばっかり”教訓じょうしき”を教えてやったのさ。……時におめぇ『ハマの百人殺し』って知ってっか?」

「は……? あの都市伝説みたいなハナシ、ですよね?」


 修道女が噂程度に聞いたものだ。

 内容もよく知らず、先輩シスターもあまり口に出さないことから、誰も彼も知っている話ではないと記憶している。

 その様子に、マザーグレアは喉を鳴らして笑った。


「クキキ、この世で一等やべぇヤツの話さぁ」

「伺っても?」

「いいぜ? ……ハマの村にぁ、昔”異教徒クソカスども”が蔓延ってやがったのさ。邪神ゴミだか、魔女アバズレだか崇めてたっっていういわゆるカルトってヤツ」

「ハマの村?聞いたことないですが」

「最近、温泉だの田畑だのが盛り上がってる隠れ里だったか……まあいい。とにかくとある日、”邪教徒ゴミカス”共が一夜にして消えたんだぁヨ。それもフッと神隠しにでもあったみてぇになぁ」

「……それは、何故ですか?」

「知らねぇ。……だが、そんな村から不気味な女が現れて、うちらの教団がそいつを新人神の化身だとか祀り上げちまったんだってヨ」


 それから先のことはムショの中でくさい飯を食っていたから知らねえ。と言葉を締めくくるマザーグレアに、シスターは恐怖を覚えた。


「まさか、そいつが本当に存在しているんですか……!?」

「あぁ、実際、裏でそう呼ばれているシスターが存在する。つってもシスターやマザーなんてヤワな呼ばれ方はしてねえが」

「その人はなんていうんですか……?」

「タコ。それは自分で調べなぁ」


 暗い笑いを落として、話が脱線していること「いっけね」とマザーグレアがこぼす。


「とにかく、そんなやべぇヤツが居てなぁ。その『ハマの百人殺し』が最近妙にご執心な様子で男の周りをうろついてやがんのさ」

「……恋人とかってことですか?」

「そこまでは知らねえ。だが徒党を組んだとなっちゃあ……なぁ?」


 ごくりと修道女が生唾を飲む。

 話の全体像は追うことが出来ないが、とにかくこの国の裏側ではなにかとんでもないことが進行しているということだけは、十分に修道女には理解できた。


!?

「――――た、大変ですぅーーーーーーー!!!」



 そんな事を世間話のように語っていると、廊下の向こうから修道女が走りこんできた。

 ふわふわとした髪の毛と、小柄な背丈の小動物的な可愛さのある修道女は、マザーグレアの目の前で足をくじいて転ぶ。


「ん?シスターメメリカか?どうしたぁおいそんな血相変えてヨォ」


 転んだシスターメメリカに、手を貸すと、彼女は涙を拭って一生懸命に答えた。


「ま、街でシスターたちが人を追ってるんですが、なかなか捕まらずマザーにも手伝っていただきたく!」

「ん?あぁ、どうせ”異教徒ゴミクズ”がまた懲りずに現れたんだろぉ……ヒヒヒ、運がねぇよなぁ。いいぜぇどんなヤツなんだぁ?」


「そ、それが、スーツに仮面を被った人でして……」

「ん?」


 なんか聞いたことがある外見の特徴だ。


「それって、もしかして、ヤクルゴンってヤツを街で売りさばいていたり……」

「はい!ヤクを売りさばいてました!ふてえやろうですよね!」

「……。」


 一気にマザーグレアの顔から血の気が引いた。


「……? どうかなされましたか?」


(やべえやべえやべえ!よりにもよってヤバいやつに何時の間にか手が出ちまってるよぉーーーーー!!!どうする!?消すか!?”ヤツ”に知られる前に仮面を消すしか……!)


  ―――こつっ、こつっ。


「―――っ!?」


 その時、シスターメメリカが走ってきた方向から、さらに後ろからヒールの音が、廊下に響いた。

 「やばい」とマザーグレアの本能が警鐘を鳴らす。


!?

「おやおや、こんなところに居ましたか。マザーグレア」

「……”聖女カシラ”」


 真っ白の修道服を着た金髪の女性がそこにいた。暗闇のためか顔は見えず、ただただそこに悠然と、幽霊のような立ち姿で。


「一応、もう事が済みましたのでご足労頂かなくても結構ですよ。どうやら誤解も解けましたので」

「そ、それはよかった……それで、その……そいつらは?」

「あぁ”これ”ですか?街で買い物をしていましたら、カタギの方に粗相をしておりましたので、ぱぴゅんぱぴゅんと」

「ぱぴゅんぱぴゅん」


 そう言う白い女性の両手には、大量にシスターがとっつかまっており、一応全員気絶させられていた様子だった。


「ダメですよ?教育はきちんとしてくださいませんと……」

「す、すいません”聖女カシラ”ぁ……こいつらにはきちんと落とし前を」

「必要ありません。どうやら貴女も教育が必要なようですから」

「へっ……?」


 素っ頓狂な声が出る。

 目の前までやってきたこの世の者とは思えない程に美しく整った顔を持つ女神のような女は、微笑んだ。




「先ほど、『消す』と心に決めていたようで……知っていましたか?”聖女わたし”はすべてを知っています」




 その後、マザーグレアは降って湧いた”不運ハードラック”と”踊るダンス”るのであった。


「うふふふ」


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