第8話「悪の女幹部と二重スパイ、とても仲が悪い」



 ベアトリーチェが誕生日を祝われている、その時間の別の場所。

 そこでは、ある茶髪に目隠しをした女性が、リゾート街の真ん中にある不動産屋の目の前で意味深な笑いを浮かべていた。


「フフフ……カジノで大勝ちしてしまいましたわ……このお金で別荘を買って、そして貴公子様と……」


 リゾート街で作ったイルミナ銀行の通帳を眺めて不敵に笑っているバーバラ=ニジュースパイ。

 周りの人間は珍妙な恰好をした余りにも怪しい人物を避けて進む。

 そんな状況を何とも思っていないのか、バーバラは一人妄想に勤しんでいた。


 ――――――――


「本当に良いのか? こんな素敵な別荘を」

「えぇ、貴公子様のためにバーバラが購入しましたの……それで、その」

「あぁ、こんな素敵なプレゼントを貰って嬉しいよ……ただ」

「ただ?」

「一人で住むにはあまりにも広すぎるな」

「それって……つまり」

「あぁ、一緒に住んでは貰えないだろうか? これは俺の気持ちだ」

「……!? これは、結婚指輪……!?」

「俺と、結婚してくれないか? バーバラ」

「あぁ!!! 貴公子様―――」


 ――――――――


「貴公子様ぁぁぁぁああああ!!!」


 妄想が過ぎて奇声を上げて鼻血を流すバーバラに、周りの人間たちが立ち退いて行く。

 一人、別荘のチラシを見つめたバーバラは、意を決したように拳を握った。


「これは、行くしかありませんわね!」


 勇み足で不動産の店舗へと足を勧めていくバーバラ。

 その背中は日差しのせいなのか、それとも他の要因なのか、びっしょりと汗で濡れていた。


「すみません! 表にある別荘を購入したいのですわ!」

「すみません! 表にある別荘を購入したいんですが!」



「「………ん??」」



 バーバラと誰かの声が重なった。

 横に視線を向けると、ショッキングピンク色の頭髪をボブカットにした胸の大きな女が立っていた。

 どこか儚げで現実味のない風貌の彼女は、バーバラに視線を向けると途端に嫌そうな顔をした。


「げっ、バーバラさんじゃないですか」

「……そうゆう貴女は確か、ティターニアさん?」


 珍しく顔を顰めているティターニアと、それを敵を見るような視線を送るバーバラの間で、火花が飛び散る。

 以前、彼女たちはロアが働いていた時のホストクラブに行った際、今回と同じような感じでバッティングをしたことがある。

 その時はホストの店員たちに宥められていたのだが、ティターニアとバーバラは気質的なところで相性が悪いのか、それともお互いに敵認定をしたのか、馬が合わずに大喧嘩を繰り広げたことがあった。

 最終的にはロアの「二人いっぺんに接客をする」という余りにもクズな対応でその場が収まったのだが、その後も彼女たちは何かがバッティングするたびに争いを繰り広げる中になっていた。


「……もしかして、別荘を購入しようとしていらっしゃる?」

「……そうゆう貴女もでしょうか?」


 ゴゴゴゴ……と大気が震えている。

 二人の目の前では不動産店員の女性が困ったようにアワアワとしていた。

 なおも二人の燃え盛った炎はとどまるところを知らない。


「ここは立ち退いて頂けますわよね? わたくしの方が先に目を付けたんですもの」

「いえいえ、ウチの方が先でしたよ。逆にそっちが諦めるべきだと思うのです」

「あ、あのお客様……?」

「嫌ですわ。なんという卑しさなのでしょう。アイドル活動しているというのに腹の黒い女ですわ。ファンも幻滅モノですわよねー?」

「はぁーーー? 卑しいのはそっちですよね? ロア様に散々媚び売っておきながらなんという言い草なのです? あとウチのファンにはこんな態度しませんから」

「……お客さまーーー……?」


 ギャーギャーと店の入口で騒ぎを起こす二人に、店員はオロオロと声を上げる。

 二人はなおも喧嘩をしていると突然「「すみません!!」」と二人が店員に声をかける。

 店員が「ひゃいぃ!?」と声を上げると、二人ともが外に指を差した。


「「あの別荘ください!」」

「せめてどっちか決まってからにして貰ってから来てくださいぃ……」

「「むっ……」」


 そういわれて二人ともが一度、臨戦態勢を納めた。


「……確かにこのまま言い争っていても埒が明かないですわね」

「なるほど。ではどちらがロア様に相応しいか決めるべきではないのです?」

「いいですわね。決勝法は?」

「―――ロア様は経営の天才。ここは不動産売買でより多く儲けた方がロア様に相応しいのではないのです?」

「いいでしょう……では」


 二人は互いに顔を見合わせると、再び店員に向かって「「すいません!」」と叫び、店員がまた「ひゃいぃ!?」と声を上げると、二人は口を揃えて――。


「「マンションの物件をお願いします!!」」

「なんなんですかこの人たちぃぃいい……!!!!!」


 妙な二人に振り回されて、店員は今日一日絶望することになったのは言うまでも無かった。




 小一時間後、バーバラはとあるマンションを購入した。

 目の前には新しく建築されたばかりで、オートロック機能まで備えたマンションがある。屋上にはジャグジー付きのプールまで備えたセレブ用マンションで、建築会社インパクトの粋をこれでもかと込めた建物だ。

 満足そうに、バーバラは頷いた。


「このマンションなら、貴公子様にプレゼントしてもよいかも知れませんわねぇ……いえ、でも別荘はやっぱり捨てがたいですわぁ」

「気に入って頂けてよかったです」


 隣ではバインダーを持った先ほどの店員が無理やり貼り付けた笑顔で対応しており、緊張している様子だった。

 そんな心情を知ってか知らずか、バーバラは「ふふん」と鼻を鳴らした。


「では、この物件を今からオークションにかけますわ」

「はい……?」

「後ほどまた決まり次第伺いますわねー」


 それだけ言うと、バーバラは風の如く何処かへとピューと走り去っていった。

 取り残された店員は「な、なんなのぉ……?」と戸惑った様子でつぶやくのだった。




 さらに小一時間後、今度はティターニアに呼び出された店員は、唖然とした。

 不動産店のカウンターで、ティターニアの横にいる人物は、この帝国内でも有数の貴族男性だった。

 名前はたしか”ロレンス=ギークマン”という人物で、女好きでかなりの資産家であることは平民の間でも有名だ。


「こちらの方とのオーナー契約を結びましたので、こちらの方に不動産をお譲りします」

「か、かしこまりました……」


 バインダーに書かれた契約書の紙を受理して、店員はティターニアの横にいる脂っこい男性に視線を向ける。

 鼻息がとにかく荒く、眼鏡の奥に見える下心たっぷりの視線が全く隠せていなかった。

 そんな男性に、ティターニアは両手を合わせて感謝の言葉を送った。


「ありがとうございますぅ。ロレンスさんが居てくれて助かりましたぁ」

「ぶ、ブヒヒ……ティターニア氏のためなら、島一つだって買ってあげますぞぉ。ブヒッ」

「うわぁ。嬉しいです。いつもありがとうございますぅ」


 いつも以上にわざとらしい愛嬌を見せているティターニアだが、店員はその腹の奥で見えている他の女へのドロドロしている対抗心をひしひしと感じて、ドン引きしてしまう。

 欲しいもののためにはそこまでするのかと、店員は「世の中には色んな人がいるんだな」と軽く現実逃避するのだった。




 さらに小一時間後、ティターニアとバーバラは顔を付き合わせていた。


「最終的な儲けは……わたくしの勝ちですわね」

「くっ……なんと情けない」


 勝負はどうやらバーバラの勝ちだったらしく、やはりオークションという広く公募するような形にしたのが功を奏したようだった。

 勝ち誇ったようにバーバラは高らかに笑いを上げて喜んでいる。


「伝手に頼っているばかりでは勝利を得られませんわね。良い教訓になりましたわ」

「……そうですね。あの人にはもう頼らないようにします」

「ふふん、それでは別荘はわたくしが買わせていただきますわね」


 そういって勝ち誇っていたところ、店員が「それが・・・」と申し訳なさそうに声を掛けてきた。

 二人して「?」と首を傾げると、店員の女性は細い声で言った。



「あの、お二人が勝負をしている間に……その、別の方が別荘を購入されまして……」




 バーバラは目の前がまっくらになった。


「なんですってぇえええええええええ!?!?!?」



 勝負すらも無駄になってしまったことを、深く深く嘆いたバーバラは膝から崩れ落ちた。

 流石に不憫に思ったのか、ティターニアがバーバラの肩に手を置いて慰める。


「あの、ドンマイ……です」

「敵からの情けなんて要りませんわよぉ……! なんでぇ、どうしてぇ……!」


 悔し涙で地面に水たまりを作るバーバラ、一方でティターニアは店員に尋ねた。


「それにしても誰が購入されたのでしょうか……?」

「あの、それが、さるお方でして……」

「え?」

「”店の前で喧嘩をするような人には売れないな”ということでして……」

「誰なんですのそいつは!? 小一時間ほど問い詰めてやりますわよ! クレームですわ!」


 バーバラが立ち上がって地団太を踏むと、店員は苦笑した。



「えっと、ロアと名乗るお方です」


「」

「」


 二人が白目を剥いた。


「……今日の所は休戦ですわね」

「……そうですね。それが良いかと……」


 二人は静かに互いの目を見て頷いた。


「「喧嘩をしても良いことはない」」


 がっくりと肩を落とした二人が店舗から去っていくのを、店員は不憫そうに見送っていくのだった。



 後に二人がノーブル海岸のリゾート地区での不動産女王になっているのを、ロアだけが気づくのであった。

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