第9話「帝国皇女、観光大使になる」



「―――ということで、帝国の皇女にあらせられますアトリー=ロナン殿下が、この度、楽園リゾート”アトランティス”の公式アンバサダーとして就任されましたー」

「「「わあああああああ」」」 パチパチパチ



「……。」



 照りつける太陽、灼熱の真夏日、帝国皇女アトリー=ロナンは死にかけていた。


 炎天下の中、ドレスを身にまとい、ひたすらに町中に吹き荒れる熱波と戦い続けるアトリー。隣ではせめてもの暑さ避けとしてノレアが日傘を差しているが、効果は薄い。

 朝一番にロアに呼び出されたアトリーは流されるままにアンバサダー就任発表会と称した屋外の催しに参加させられ、その上「ドレス着てないと姫様ってわかんないから」という謎の理由で炎天下で厚着をさせられて、現在は服の下はおびただしい汗の量を感じている。


「アトリー様。がんばれー」


 隣でノレアが励ましているが、先ほどから熱に浮かされているのか聞く気にならない。

 それでもなんとか涼しい顔を演技出来ているのは、一重にアトリー自身のプライドに支えられてのことだった。


「では、アンバサダーに就任した現在のお気持ちをお願い致します!」


 ロア自身も、暑苦しそうなスーツを着ており、条件は同じ。

 額に汗がにじんでおり、ロアとの我慢大会の様相を呈していた。

 アトリーはなるべく涼し気に見えるような顔を作って、大きな声を上げた。


「みなさんー! これからも当リゾートをよろしくお願いしますねー!」




「「あーーーーーー!!! しんどい!!!!!!!」」


 ロアとアトリーはアンバサダー就任イベントを終えて、アトリーが宿泊するホテルのラウンジでソファに体を沈めながら大きく声を上げる。

 アンジェリカが二人に飲み水の入ったコップを渡すと、二人ともぐびぐびと天井を向きながら煽る。

 生き返ったように息を吹き返す二人は、顔の汗を拭うと、溜息を吐いた。


「こんな熱い中でよくもまぁあんなことやれたわねぇロアァ!?」

「夜にやればよかったなちくしょう!」

「まったくよバカーーー!」


 不思議な言い合いを繰り広げるロアとアトリー。

 意外と笑い上戸なアンジェリカは口を隠すほどツボに入っており、その隣でノレアとティターニアが苦笑いをしていた。


「しかし、これでこのリゾートの存続は約束されたも同然だ。たとえ評議会だって皇帝の娘が懇意にしている場所には重税を掛けないだろう」

「まさか自分の立場をそんな扱いされるとは思わなかったわ……」

「それに目的もおおむね達成できたしな。結果は上々だ」

「なによ、その目的って? そういえば前にも言ってたわよね?」


 アトリーがそう尋ねると、ティターニアが「あぁ、銀行のことです?」と口を滑らせた。


「銀行?」

「あっ、ティターニアお前……」

「え? あ、すみませんもしかして秘密だったのです?」

「……まぁいいや、そろそろネタ晴らしの頃合いだとは思ってたしな」


 ロアが肩をすかせてそう言うと、着ていたジャケットを脱いでシャツのネクタイをゆるめると「さて……」とつぶやき、姿勢を正した。


「まずはこの前の全体会議のことからだな」





 それは、時を遡って、楽園リゾート”アトランティス”計画始動前のこと。


「「「「 銀行を作る? 」」」」


「あぁ、そうだ。それにより貴族を超える財と、そして市場を作り出すことが出来る」


 アンジェリカが大きく「銀行設立(はーと)」と書いた黒板の前で、ロアが腕を組んで答える。

 回転チェアで体を遊ばせながらロアは黒板にアンジェリカに指示を出して「銀行設立の目的」と命題を出す。


「まず、銀行設立の目的なんだが、これは単純に金をかき集めるためだ」

「単純に商品で稼ぐということとは違うのでしょうか?」


 ノレアが手を上げて質問し、ロアはこれに「純粋な意味では違う」と答えると「純粋な意味?」という疑問が飛び交う。


「この国のお金は何を使ってる?」

「500ガルド帝国金貨、100ガルド銀貨、10ガルド銅貨、1ガルド鉄貨ですね」

「そうだ。それを純粋にかき集める。今までの商品と硬貨の1:1の関係とは違う」

「1:1の関係とは違う?」


 そうだ。と答えると、ロアは手を挙げてアンジェリカに指示を飛ばし、アンジェリカは「1:1:1の関係」と書き足す。


「このもう一つの1とはなんですか?」

「これは、対価だ。要はもう一つの硬貨に代わるものを用意すればいい」

「お金に代わるものですか……」

「まぁそれについて、ヒントになるモノが……このノートには書かれている」


 ロアは胸ポケットから出した手帳をひらひらと躍らせる。

 表紙には「ベアトリーチェ知識ノート」と書かれており、そこに書かれているのはベアトリーチェから聞きだした全ての知識である。


「ウチのボスから聞き出したニホンって国にある物の中に”千円札”ってのがある」

「千円札……」

「その国の価値で言えば、金貨二枚と同価値らしい。ちなみに材質はただの紙だ」

「「「紙と金貨二枚が同じ価値……!?」」」


 机を囲んでいる一同が一様に同じように驚いた顔をすると、ロアも前に同じような反応をした経験があったからか声を高らかに上げて笑った。


「考えられないよな? だがそれを可能にする理論が、この中にはある」

「では、その方法とは?」


 ノレアが聞くと、ロアはアンジェリカに指示を出すと、アンジェリカは黒板に「紙幣と信用創造」と書き込む。


「「「紙幣と信用創造……??」」」

「これは俺も耳を疑った話だが、解明をしてしまうと単純な話だ。要は”お金を預けて貰って、引換券を渡す”という単純なもので、この引き換え券が”紙幣”に当たる」

「引換券がお金に……ですか?」

「まぁ想像してみて欲しい」


 そういわれてもピンと来る人は居ない。

 ロアが説明を付け足す。


「今日、もしも大きな買い物をお客さんがするとしよう、金貨と紙、どちらの方が数えやすい? 当然、紙だと答えるだろう?」

「そうですね。自分が買い物をする側だった過程しても、当然ですが紙で持ち歩く方が楽です……」

「ジャラジャラと金属音を立てて歩けば、当然盗難の危険性も高まる。―――と考えれば、引換券で買い物の交渉をしようと誰かは考えるはずだ」

「……でもそれでは、偽造紙幣などが出回れば引換券の意味がなくなるのでは?」

「その対策に必要な技術も既に検討が付いている。……だろうアンジェリカ?」


 尋ねられたアンジェリカは薄く微笑む。

 アンジェリカには何故か”ロナンデイリー新聞社”の伝手があるそうで、この話を持ち出した際にロアは一度紹介を受けていた。

 実際、新聞社ともなれば情報の資産価値の自覚もあり高度な印刷技術も持つ、まさにうってつけな取引先だ。

 利用しない手はない。とロアは新聞社との契約を先に取っていたのだった。


「まぁ、そんなわけで、その紙幣のサンプルがこれだ」


 机の上に数枚の紙束を持ち出して、各人に配る。

 人一倍疑り深かったノレアは紙を透かしたりなど、眺めて、その偽造防止技術に舌を巻いた。

 透かし、潜像、凸凹加工など、一体幾つのギミックが仕込まれているのかと、良い眼を持っていたノレアでさえ驚きが隠せなかった。


「なるほど、これなら……」

「そうだろう? 最初はこの引換券を”商品券”として一定料金買い物をしたお客に払い戻しを行い、”楽園”への切符及び通貨として利用する」

「使いたくなる場所があれば、商品券として一時的に回収が出来る……」

「そう、そしてこの紙の使い勝手を知れば……おのずと銀行を設立する時には客が育つというわけだ」

「あ、あくどい……」


 仮面に手を当てて怪しく笑うロア。

 内心は「完璧だ」と、自分自身を褒めてやりたくてしょうがなかった。


「でも、一つ疑問なのですが、じゃあ何故金貨を必要とするのでしょうか? 聞いている限りは金貨の価値を暴落させる要因にしかならないと思うのですが……」

「そうはならない。金貨の製造そのものは帝国の公的機関で行っている。金貨は実は持っているだけで担保に値する」

「……? それでは預けた金貨と、紙幣とで、ガルドが二倍に膨れませんk………いや待ってください」

「気づいたか? だが、市場に出ていくお金が預けた金貨と同額であれば、なんら矛盾は生まない。……預金通帳を作り、預けた金額と同額を紙幣で引き落としさせれば金貨も減らない。あとは余った金貨を貸し出して金利で利益を上げれば更に金が集まる」

「……ほ、本当にあくどいですね」

「クックック」


 気が付けば、ロアは暗い笑いが止まらなくなっていた。

 その場に居るアンジェリカ以外の全員が、ロアの計画に戦慄を覚えたのは、言うまでもなかった。





 そうして、計画はとんとん拍子に事が進み、現在に至る。

 実際、カジノの近くに先だって銀行を設立し、そこで先に金貨と引き換えに


 話を聞いたアトリーは、首を傾げるとロアに問いかけた。


「えっと、じゃあショッピングモールってなんのために作るのよ?」

「銀行を併設すれば、何かと便利だろう? 金貨を紙幣に両替したり、逆に紙幣を金貨に代えておつりを作ったり、預けた金を引き出して買い物に役立てたりな」

「なるほどね。……それでなんでワタシには内緒だったのよ?」

「……。」

「おいこら?」


 アトリーがロアに詰め寄ると、ロアは「そうだな……」と観念したように答えた。


「最初だけは純粋な気持ちで、リゾートを楽しんでもらいたかっただけだ。裏事情を知りながら海で遊んでもいまいちだろう?」

「……ロア」

「それに別に隠していたわけじゃない。この夏休みの最後にはネタ晴らしをしようとは思ってたさ」


 ロアが顔をアンジェリカやノレア、ティターニアに向ける。自然とアトリーもその視線を追ってみんなの顔を見ると、みんな同じ気持ちだったようで微笑んでいた。


「みんな……」

「ウフフ、結局隠しきれませんでしたねぇ~」

「ご、ごめんなさいウチが……」

「気にするな」


 優し気な声でロアが言うと、ティターニアは「はい!」と元気よく返事する。

 素直だなぁとロアは感心した。


「そういえば、夏休みも明日まででしたよね?」

「明日で休みも終わりなのねぇ。意外と遊びまくった気がするわ」

「ウフフ……今日は盛大な催しもあるので、楽しみにしておいてくださいね」

「催し?」


 アトリーが問いかけると、代わりにロアは「あぁ、”アレ”なぁ……」とつぶやいた。


「なによ”アレ”って」

「楽しみにしておいてくれ」

「……?」


 何故かお預けにされて、首を傾げるアトリーなのであった。



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