第9話「悪の組織、パーティを主催する」



 貴族街の中心に位置する高級レストラン『マジョラム』の多目的ホール。

 そこは貴族がパーティをするほか、商人が帝国貴族との交流を主に利用されてきたレストランである。

 その会場の中央で、ロアは社員たちの視線を一身に集めていた。


「今日まで、よく働いてくれた。おかげで『ヤクルゴン』及び、その関連会社は帝国でも随一の企業となった。ここにその記念を祝するパーティを開催する」


 ロアを見つめる社員たちは、みんな、緊張しながらも目を輝かせており、平民ながらもこのような場に来られたことに喜んでいる様子だった。

 そんな様子を満足そうにして、ロアはグラスを掲げた。


「これからの我々に、乾杯」

「「「かんぱーーーーーーーい!!!」」」


 今日は、乳製品企業『ヤクルゴン』の上半期成功祝賀パーティの日。

 皆一様に、今日は貴族の気分になって、浮かれるのだった。





 全員の様子を壁際でワインを嗜みながら、ロアが感慨に耽っていると、そこにヒールの音が近づいてきた。


「盛況なようじゃない」

「ベアトリーチェか」


 顔を見ずとも声だけで誰かを言い当てるロアに、ベアトリーチェはフッといつもの悪役スマイルを浮かべながら、自慢気に胸を張る。


「今日のワタシ、どうかしら?」

「あぁ、いつもと違って気合が入ってる」


 いつものファーコートに、Yシャツとタイトスカートで、かっちりと決めている。

 普段と違うとしたら、仮面を付けて、ちょっとYシャツの胸元を普段より一個多く外してセクシーさをアピールしているぐらいだった。


「ええ、なんたって今日はパーティよ」


 そういってアメジスト色のロングヘア―をかき上げた。

 ふわっとラベンダーの香りが、ロアのもとまで香ってくる。


「やっぱり競合他社と腹を探り合ったり、同業者とパートナーシップを結んだり、ビジネストークをするならいつものフォーマルなファッションの方が最適よね」

「いや、身内社員だけのパーティで、いつビジネストークをする機会があるんだよ」

「……。」


 冷静にツッコみをいれると、ベアトリーチェの顔がみるみる赤くなっていく。

 汗をだらだらと流しながら、取り繕うとしていると、震え声で言葉をつづけた。


「……ならドレスに着替えてこようかしら。大丈夫よ、これでも社交界にはそれなりに顔を出してるから、社交ダンスは得意なの」

「平民しかいないパーティで社交ダンスなんかしねぇよ」

「……。」


 そそくさとベアトリーチェが顔を赤くして立ち去っていった。


「……何がしたかったんだアイツ」

「きっと褒めて貰いたかったんですよ」

「うお!?ビックリした!……アンジェリカか。気配を消して背後に立つなよ」

「ふふ、まだまだ悪の組織としては未熟ですね」


 突然、背後から呼ばれて、すっとぶようにアンジェリカと距離を取ったロアは胸をなでおろす。

 バツが悪くなったように頭を掻いたロアは、反省したように鼻を鳴らした。


「後でビジネストークとやらに付き合ってやるか」


 それだけ言うと、壁に背を預けて、遠くでぶどうジュースを片手に誰かに声をかけて貰いたくてソワソワしているベアトリーチェを眺める。

 そして、隣にいるアンジェリカに向かって、ロアは首を傾けて「なぁ」と問いかける。


「どうして今回のパーティに”ヤツ”を呼んだ?」

「……招待状を出したのはベアトリーチェですよ」

「出したヤツはな。手紙を用意したのはお前だろう?」

「なんのことでしょう」


 相変わらず、腹の中が読めないアンジェリカに舌打ちをすると、苛立ちを紛らわせるためにワインを一口含む。

 珍しく気が立っている様子のロアに、アンジェリカは笑みを崩さない。しかし、表情には変化が訪れているようで、先ほどまでの楽しそうな笑みはなかった。


「私はただ提案しただけです。それを実行すると決めたのは彼女ですから」

「それをなんていうか知ってるか?責任転嫁って言うんだよ」

「彼女は責任者ですよ」


 ベアトリーチェを一途に見つめるアンジェリカの顔に、一切ふざける様子はない。

 雰囲気が変わったアンジェリカの横顔を眺めて、ロアは言葉を飲む。


「今日は貴方が大人になる日です」

「……そうかよ」


 そう言うと、ロアは、未だにソワソワとせわしないベアトリーチェの元へと歩いていく、その背中を見て、アンジェリカは目を細めた。




「―――楽しんでるか?」

「そんな風に見える?」

「見えない」

「じゃあ言わないで」


 先ほどのやり取りのせいか、ツンケンとした態度で、ベアトリーチェがそっけなく言うと、ロアは両手を上げた。


「悪かったよ。お詫びに俺と腹の探り合いでもしよう」

「……ふん」


 顔をそむけて「そんな手には乗らない」とへそを曲げるベアトリーチェに、ロアは笑いかける。


「って言っても重役がど真ん中に居たら目立ってしょうがないな。……テラスに行こう」

「あっ……」


 ベアトリーチェの手を引いて、ロアはテラス席の方へと向かう。

 途中、誰かの冷やかしの声が聞こえてきたが、ロアは素知らぬ様子で、ベアトリーチェは恥ずかしそうにしながら連れていかれた。


 会場の外にあるテラスでは、満月の光で満ち溢れていた。

 幻想的な雰囲気を醸し出すシチュエーションに、ベアトリーチェも少しだけドキッと胸を高鳴らせる。

 テラス席に置かれている二対の椅子に、手慣れたようにレディーファーストでベアトリーチェを座らせたロアは自分も椅子に腰掛け、こほんと咳払いをした。


「……さて、まずはゴマでも摺ろうか。君が提案してくれたおかげで、ヤクルゴンの製造元がバレる心配はなくなった。流石だ」

「ただ、竜護の里の周辺で乾草を買っていたのを、ハマの村にしただけよ。実際に作業をしたのは貴方じゃない」

「そのおかげで、帝都で金を手に入れてからわざわざ王国まで乾草を買いに行かなくて済むし、なにより金の流れも一本化出来たのは、君が村興しを提案してくれたからだ。あの時は心底戸惑ったが、今となっては柔軟な発想で頭もあがらないさ」

「……ふふ、畑を耕していたのがまるで昔のことのようね」


 実際、ロアが鍬を握るはもうなくなっていた。

 ロア自らが農業を学び、それを村人や新規参入者に幅広く学ばせた今では、村人自らが時たまグレイブドラゴンの恵みを貰いながらも、田畑を発展させている。

 今ではかつての絶望の村という認識は誰も持っておらず、村というレベルを軽く超えて、すでに町と言える程までには広くなっていた。

 最近では、村の中に飲食店を営む者まで現れ、ロアが手を加えずとも、社会としての循環が生まれている。

 竜護の里にヤクルゴンを仕入れにいくという流れは未だに健在ではあるものの、ハマの村にある冷蔵室という場所で竜乳を保存しておけば、いくらでも生産地を偽造出来た。

 騎士団の抜き打ち調査も、ツッコミの余地などまるで与えずに、余裕でパスできて、監査官が悔し気な表情をして帰っていったのを見送った時のことは、ロアにとってこれ以上なく気持ちの良い瞬間だったことは否めなかった。


「おかげでこうしてパーティも開催できた。悪の組織としては満点の仕事じゃないか?」

「これで満足するなんてまだ二流よ。貴方にはもっと働いて貰わないとね」

「マジかーー」


 口では文句を言うものの、ロアは楽しそうに笑った。

 その顔を見て思わずベアトリーチェも笑みがこぼれる。


「それで」


 っと、そこでロアは本題だとばかりに、言葉を切った。


「なんで”ヤツ”に手紙を出した?」

「……あー」


 と言葉に詰まりながら、ベアトリーチェが月を見る。


「提案してきたのはアンジェリカよ」

「なんでお前ら二人ともお互いに責任擦り付け合うん?」


 真剣な雰囲気がちょっと和らいで、拍子抜けしたようにロアが頭を掻いた。


「知ってるよ。なにも口車に乗せられることなかっただろ」

「……アンジェリカの行動にはいつもなにかしらの意味があるわ」


 それだけを言うと、ベアトリーチェはぶどうジュースに口をつける。

 一拍置いて、彼女はロアの瞳を正面から見据える。ロアも彼女の真剣な様子に居住まいを正した。


「貴方もいつまでも逃げ隠れは嫌でしょう?」

「それは……そうだな」

「なら一応の決着を付けるか、覚悟を決めて立ち向かうか、どちらかでしか前に進めないわ。知ってる?悪の組織は過去などモノともしないのよ」


 ロアは彼女の言葉に魅入った。

 心臓の奥を鷲掴みにされたような気がした。


 ―――今日は貴方が大人になる日です。


 先ほどアンジェリカに言われた言葉が、脳裏をよぎる。

 まさか自分よりも年齢が若い女性二人に胸の内を晒されるとは思わず、ロアは観念したように溜息を吐いた。


「……わかったよ。こうなりゃヤケだ」

「その意気じゃない。英雄」

「元、だよ」

「元じゃないわ。今でも貴方は英雄よ」

「光栄だね」


 決心したように、ベアトリーチェにケツを叩かれたロアは、椅子から重い腰を上げた。


 見れば、会場の人々が、ある人物の登場にざわついた。

 ロアはその姿をまっすぐと見据える。


 ロアの過去に暗い影を落とし、今でもなお、ビジネス方面で対立する因縁の相手。




「……レオス=パルパ」




 今、過去を乗り越えようとする者は勇気をふり絞るのだった。



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