第10話「悪の幹部、因縁の相手と対峙する」


 パーティ会場のテラス席。

 そこで二人の男は、顔を突き合わせていた。


「本日はお招きいただき感謝する。ヤクルゴン社長――ロア殿」

「ご足労頂き感謝いたします。レオス将軍閣下」


 会場の全員が、気にしないようにと努めないようにしながら、パーティは進行される。

 レオスは、胸の前で腕を組みながら、会場を見回した。


「かの『マジョラム』を貸し切りとは羽振りが良いようだな」

「おかげ様で。是非将軍殿にも我々の精良ぶりを見ていただきたく」

「吹かせ。……どうして私に招待状を送りつけた?」


 苛立ちを隠せない様子で、圧をかけるレオスに、ロアはフッと笑って答えた。


「さぁ?私めの一存ではございませんでしたので」

「目の前にいるのを誰と心得ている?ふざけているのであれば早々に止めておいた方がいいぞ」

「本当に私めの一存ではなかっただけの話。ふざけてはおりません」


 一度会話が途切れ、静寂が訪れる。


「……やはり貴様には余程心強い後ろ盾があるようだな」

「ご想像にお任せします」


 ロアは視線を外さずに言う。

 その態度にレオスは苛立ちを隠さずに詰め寄った。


「この国で好き勝手はさせん。貴様には必ず報いを受けさせるぞ」

「シスター達をまた差し向けるつもりで?」


「……は?」


 ロアの言葉にレオスは言葉を失う。

 以前、ロアに向けて刺客を放とうとしたが、シスターグレアによりその依頼は破棄された。

 なので、実際にロアに何も実害をもたらしていないはず。レオスは何故この男が知っているのか分からず困惑した。


「私の方にも優秀な協力者がおりましてね」

「……。」

「お前のやり方ではもう、この世界には通用しないぞ……レオス=パルパ」

「そちらが本性か」

「お互い様だろう?随分と悪いやつだったようじゃないか。将軍様?」


 レオスの顔に汗がにじみ出る。


「貴様は……何者だ?」


 レオスは椅子から立ち上がって問う。

 ロアは姿勢を崩さずに静かに答えた。


「ロア。しがない組織の下っ端だよ」


 それだけ言うと、ロアはパーティ会場の方へと手を上げた。


「納得頂けましたでしょうか? お帰りはあちらからどうぞ」

「……ふっ、ふははは!」

「……?」


 突然レオスが高笑いを初めて、ロアはその様子に首を傾げた。

 すると、レオスはロアに勢いよく掴みかかり、突如のことに周囲がざわついた。


「貴様!何が目的だ!何故正体を隠す!俺に、俺に全てを奪われたからか!?」

「誰かと間違えてるんじゃないか?」

「いいや!間違いない!お前は――――」



「―――そのあたりにして頂きましょうか」



 ――女性の声がすると共にレオスの後頭部に何か硬いものが当てられる。

 レオスは後ろは振り返らずとも、自分に命の危険があることは、すぐに察知出来た。

 ロアの胸倉は依然として掴んだまま、レオスは問うた。


「その殺気、ただ者ではない。なるほど貴様が裏にいるものか」

「はいー。アンジェリカと申します。今後ともよしなにレオス将軍閣下」


 鈴の音が踊るかのような涼やかな声が、何故か今は怖いとロアは思った。


「次から次へと一体、お前たちはなんなんだ……何故私の邪魔をする」

「違うな。自然と俺達のやりたいことの上にお前が居ただけだ。運が悪いと思って諦めろ」


 レオスにそれだけ言い渡すと、すぐさまロアは胸倉を掴む手を掴み上げて引きはがす。

 襟元を正したロアは、レオスから少し離れた。


「俺達の目的だったか? なら教えてやろう」



 ロアは、レオスではなく、ベアトリーチェに視線を送りながら答えた。





「―――世界征服だ」






 しばらくにらみ合いをした後、ロアとアンジェリカはレオスを解放する。

 もはやレオスにはこの場で出来ることはない。

 不愉快な気持ちになりながらも「失礼する」と言って、会場を後にしようとする。


「貴様たちの好きには、絶対にさせないぞ」

「受けて立つ。時代の流れについてこれるかな?」


 それだけ言うと、レオスは「おい」と誰かを呼び出した。

 おそらくは誰か連れてきていたのだろう、ロアは自然とそちらに視線を向けた。


「……!!」


 その人物を見て、ロアは心が―――ガンと揺れた。

 まるでハンマーに後頭部を打ち据えられたような感覚と、胸にぽっかりと大きな穴を穿たれたかのような情動に駆られて、思考が止まる。


 そこに居たのはかつて婚約者だった思い人――王国姫『ララ=ジェスティ』。

 そして、その彼女の腕の中には、まだ生後1年ほどぐらいの、赤ん坊が抱かれていた。


「……」

「行くぞ」


 レオスはララを連れたって会場を後にしていく。

 ララもそれを追って、何も言わずに会場を後にした。

 会場の喧噪も、ざわつきも、今のロアには何もかもが聞こえなかった。





 レオスとララが会場を去っていった後、ロアは社員にもみくちゃにされていた。

 曰く、流石社長と言う声や、世界征服の天望など、様々な質問で溢れかえり、ロアは気持ちを整理する時間は与えられず、逃げるようにしてテラスの方に引っ込んでいった。

 テラスの欄干に体を預けながら、あまりの衝撃に呻いていると、そこにアンジェリカが現れた。


「お疲れのようすですね」

「やられた。まさか最後の最後に見せつけられるとはな」

「彼女のこと、まだ想っていたのですね」

「正直、もう気持ちがないものだと思っていたよ。思ったよりも惚れた弱みってのは残ってたらしい……いや、そもそも何処か期待してたんだろうな」


 どこか遠くを見ながら言うロアに、アンジェリカは何も言わない。

 元婚約者に対する下心を見抜いていたのか、それともそうでなかったのか。

 手紙を出していたのは、それを見越していたからだったのかは、今のロアには想像もつかない。つくづく目の前にいる聖女の底が見えず、思わず笑ってしまった。


「レオスを下して、姫様が俺と一緒に城に帰り、元の生活を……なんて、都合の良い夢を見ていたんだろうな。現実を突き付けられて嫌になる」

「立派でしたよ。取り乱さず、何かを人質にとることもせず、貴方はとても立派に戦ったと思います」

「ありがとな。きっと一人で居たら、この国をバハムートでふっとばすくらいのことはしてたかもな」


 冗談めかして言うが、心底フッとばしてやりたそうに、がっくりと肩を落としていた。


「おつかれ。ロア」

「ベアトリーチェ」


 何時から聞いていたのだろうか、気づけばアンジェリカの隣にベアトリーチェまで来ていた。

 そうだ。この女ボスがあの時ロアに声をかけていなければ、きっと最悪な未来に繋がるようなことを、自分はやっていたのだろうとロアは思う。

 それゆえに、なんだか感謝の言葉を伝えようと、言葉を探す。


「貴方を勧誘した時の話、ちゃんと覚えていてくれたようでなによりよ」


 そうしていると、ベアトリーチェに先を越されて、ロアは感謝の言葉を飲み込んだ。


「……あれは衝撃的だったからな」


 フッと笑うと、脳裏に出会った時の記憶がよみがえる。

 余りにも素っ頓狂すぎて、何時までも忘れられない思い出だった。


「さぁ、パーティを再開しましょう。レオス=パルパにも啖呵を切ったんだもの時間は待ってはくれないわ。貴方もいつまでもしょぼくれてないで、輪に入りなさい」

「……アイツ鬼だろ」

「ふふ、悪の女ボスですからね」


 そういって、気持ちを入れ替えたロアは、再び自分の足で歩き始める。

 今度は、目的を間違えない様に、ベアトリーチェの背中をしっかりと見据えて。




 パーティも大詰め、終わりの時間が近づき、ロアはヤクルゴン社員たちをもう一度集めて閉会式に移ろうとしていた。

 一時騒動はあったものの、その後のことは滞りなく進み、今はすっかり落ち着いていた。

 途中、ベアトリーチェがロアと社交ダンスを披露したりして盛り上げたりなどしたりと大忙しだったが、気づけばもう終わりの時間になっていた。


「みんな、ちょっと色々あったけど、今日のパーティは楽しんでくれてありがとう」


 ロアがそういうと、どこからか口笛がとんだりと、なかなか歓迎されている様子だった。

 安心して、一呼吸おくと、また話始める。


「最後に、重大告知がある」


「「「「えええええーーー!?」」」」」


 会場がざわつく。一体なんだろうか、また新事業立ち上げで会社が盛り上がるのだろうかと声があがる。

 ロアは落ち着くように手を掲げながら続ける。


「俺は、明日から社長職を辞任する」




 時が止まった。


 瞬間、戸惑いの声が溢れかえり、ロアは訂正するように声を荒げた。


「ま、待て待て!違う!社長から、取締役代表になるだけだ!今後、新たな社長と社員で、この会社を盛り上げて欲しい。俺は国外から来た人間だ。なるべくならこの国に根ざした人達で、この国の未来を切り開いてほしい」


 それを告げると、安心したような声が漏れる。

 続けて、社員の一人が手を上げた。


「新社長はどなたになるんでしょうか?」

「あぁ、それはな……こちらの人だ」


 そういってロアが手を上げると、女性が登壇してくる。


「……ん?」


 ベアトリーチェが、その女性に見覚えがあるらしく、思わず声を上げた。




「こちら、新社長のノレア=ピスティさんだ」

「はーーーい!ノレアです!」



「ええええええええええええええええええええええええ!?」



 ベアトリーチェの大声が、会場の外まで響きわたった。


「え、なんで!?」

「ノレアさんは、創設当時からヤクルゴンレディーとして働いてきて、多くの部長職も兼任して来られた。皆も納得だと思うんだ」

「いやなんで!?私のメイドとしての職務は!?」


 ベアトリーチェのツッコミは無視され、なお話が終局に向かっていく。


「ではみんな!新社長に――――乾杯!!!」


「「「「かんぱーーーーーーーい!!!!」」」」




「どうなってんのよぉおおおおおおおおおおおおお!!!」




 ベアトリーチェの叫び声が、遠く遠く、貴族街の外にまで響きわたったのであった。


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