第一章「元英雄、竜乳で企業する」
第1話「資金がないわ」
「資金がないわ」
ロナン帝国の路地裏にあるバー『フェリーチェ』
その奥にある『イルミナティカンパニー』の隠しアジトで、ベアトリーチェは言った。
「……。」
「……えぇ?」
ベアトリーチェの正面でソファに座る二人の男女は、互いに顔を見合わせる。
一人はツーブロックの頭髪をかっちりとセットした仮面とスーツの男。
一人はドレスを着た金髪ロングヘア―のおっとりとした雰囲気の女性。
ドレスの女性が挙手をする。
「ベアトリーチェ。資金がないというのは本当でしょうか?」
「ガチよ。マジでないわ」
ベアトリーチェと呼ばれたアメジスト色のブロンドヘアーを持つ女性が即答して首を横に振る。
そうですか。と挙手をした女性『アンジェリカ』が手をおろす。
「俺達の個人的な資金は全然あるだろう?」
「それはもちろん。ただイルミナティカンパニーは悪の組織よ? 出来ればスポンサードから資金を作りたいじゃない」
「こだわりつえぇ……」
仮面スーツの男『ロア』は、見上げた根性を見せつけられ、天井を見上げる。
「元はと言えばベアトリーチェが仕事をえり好みするからだろ?」
「そ、それは……私たちは悪の組織よ?見合った仕事というのがあるのよ」
そうやってやりたいことだけやろうとするから資金が調達出来ないんだろう。
――とはロアは思ってても言わなかった。
やってくる依頼もロアにとって気乗りしない案件もそれなりにあったし、ベアトリーチェも分かっててそういった足のつくようなリスクのある仕事は断ってきたからだ。
結果、それがえり好みとなったわけだからなんとも言えなかった。
「それで、今後の資金作りに関してはどうしますか?」
「ノープランよ」
「なるほど。取り合えずヤバいということは伝わった」
アンジェリカと共にロアはうーんと唸った。
「とりあえず、誰かから資金を借りるとかではダメなのか?」
「融資、ということですね。それならなんとか出来そうではないでしょうか? ……問題は」
「俺達自身が金を生み出すシステムを造らないと、あっという間に火の車ってことだけど」
「……なにかあります?」
「ないことはない」
「流石ロアね。聞かせて頂戴」
ロアは仮面をくいっとかけなおすと、足を組む。
「バーの新サービスとしてベアトリーチェとアンジェリカがバニーガールで接客を―――」
「「―――却下で」」
「……まぁそうだよな」
…と、ロアは口ではあっさりと諦めるが、ベアトリーチェには心なしかロアが結構ガチで落胆しているように見えた。
「まぁ悪の組織は一朝一夕とはいかないわよね……」
溜息を吐くベアトリーチェ。
そうしていると、バーに続く出入口が三度ノックされた。
「アナタたち。手紙が来てるわよー」
「ありがと。アッシュママー」
筋骨隆々のエプロンを来た偉丈夫が、手紙をロアに渡す。
宛名はロアに向けてのものだった。
「竜護の里からか」
ハルが冒険に連れていた竜たちを預かってくれている竜護の民と呼ばれる竜信仰の強い村を形成している部族からだった。
「どうしたの?仕事かしら?」
「いや、そんな感じの文面じゃないな……とりあえず俺に対する呼び出しだ。カウドラゴンが進化したみたいだから見に来いってことらしい」
「そうですか。じゃあ今日はこの辺にしておきましょうか。資金繰りについてはまた明日ということで」
「すまないな」
そういって二人を置いて先にロアは、竜護の里へ向かうのだった。
笛で飛竜を呼び出し、竜護の里へと向かい、入口に降り立つとそこでは一人の民族衣を来た男性が出迎えた。
男の名はファファテ。里長の息子で、現在はロアの飛竜たちを世話をするために王国から帰郷した英雄ハルの知り合いだ。
「来たか。ハル」
「その名はもう捨てた。今はロアだ」
「そうか。ハル」
「……。」
ロアは諦めた。
竜護の里というのは信仰の都合上、大都市などとの市井とは隔絶された環境にあり、基本的にはよそ者を嫌っている。
ロアと名乗ることを許さないのは英雄ハルという存在そのものに心底信頼を寄せている証でもあり、未だに竜という存在を大事にしている彼への敬意なのだろう。
とはいえ、ロア本人は今はハルと名乗ることを心底嫌がってはいるのだが。
「それで?進化した竜って?」
「こっち来い」
それだけ言うと、ファファテは踵を返す。
必要なこと以外はあまり言おうとはしないファファテに、ロアは後ろから何も言わずについていく。
纏っている雰囲気はやんわりしたもので、緊急性のある要件でないのはわかった。
「こいつが新しい竜、ヤクルゴン」
「でかいな」
しばらくついていき、竜たちの寝床である竜舎に入ると、そこには見たことのない竜がそこに居た。
進化を経て新種にたどり着いたのだろうか、元は『カウドラゴン』と呼ばれる牛と竜の性質を併せ持つ白黒の毛並みを持つ竜だ。
元は四足歩行状態でロアなどの成人男性と同じぐらいの大きさだったが、進化した彼らはまるで怪獣のように見上げるほどの大きさになってしまっていた。
「竜舎が随分と手狭そうだな」
「ヤクルゴンなってカラダ大きくなった。乳もすごく出る」
「乳?」
「竜乳。言う。とっても美味しいが、量、とにかく多い」
飲んだことがあるんだろう、おそらくファファテだけではなく村の人間たちもこぞって愛飲していることは見て取れた。
竜乳は確実に村の人間たちの助けになっており、彼らはその恩恵にあやかっている。
ファファテが悩んでいる理由というのはすぐに分かった。
「もしかして、食べる量も……」
「多くなってる。正直竜護の里だけではもう手が付けられない」
「なるほどな……」
「頼みある」
そういうと、ロアに向かってファファテはまっすぐと向き合った。
そうして意を決すると、ヤクルゴン達を見回してロアに言う。
「竜乳を、街で売って欲しい」
「……ふむ」
委託販売ということなのだろう。
基本的にはヤクルゴンの他にも大型の竜から、小型の飛竜まで竜護の里では様々な竜がお世話されており、中にはロアが預けた竜も言る。
なるべくなら市井の人間などから遠ざかった方がなにかと都合の良い存在の村であるため、村の人間が街に出ることは彼らにとってとてもリスクの高い行動だ。
だからこそロアに頼んでいるのだろうことは容易に察しがついた。
「分かった。方法については後日相談させて欲しい」
だからこそ、元英雄として困っているお世話になっている人達の役に立つことにした。
今は悪の組織の下っ端とは言えど、人情まで捨てたつもりは一切ない。
つまりはどこまで言ってもお人よしなのは変わらないのだ。と、心の中でロアは自嘲した。
「流石英雄。そう言ってくれると思った」
「はいはい。じゃあ、その商品になりそうな竜乳はどれぐらいなんだ?」
「冷蔵部屋にあるが、およそ一日に樽50個」
「はぁ……?」
「一日、樽、50個」
元英雄は、安請け合いはもう絶対にしないと、硬く心に決めたのだった。
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