元英雄、転生皇女、謎の聖女の三人は帝国で悪の組織をやるそうです。

阿堂リブ

プロローグ




 竜世界ロンゴミア。


 飛竜と人が共に共存し、お互いの助けとなる世界。

 様々な種に進化した飛竜は人を背に乗せ世界を渡り、人は農業や畜産などで食料を作り、竜に感謝をする。

 それは一つの大きな文明となっており、人と竜の完全なる共存が存在していた。


 そんな世界で、かつて帝国と王国は戦乱に明け暮れていた。

 およそ100年間にも及ぶ戦争は、世界中のありとあらゆる国家を巻き込みながらも大きな渦を巻き、混沌を呼ぶ。

 当然、竜と人同士が互いに戦乱に身をやつし、多くの命が散っていった。


 そんな中、世界に『悪竜ジーズ』と呼ばれる強大な力を持つ竜が現れ、両国を激しく強襲した。

 凄惨さたるや、まるで魔王を訪仏とさせる暴虐ぶりで、瞬く間に人類の脅威となって人の世を混乱に貶める。

 混沌とした世界を塗りつぶすごとき所業に、両国はようやく和平交渉を持ちかけて、悪竜ジーズとの戦いに臨んだ。


 そして大きな被害を生みながらも、人類は英雄を生み出し、悪竜ジーズを打ち倒す。

 図らずとも、その戦いにより、両国は争いを止めることになり、世界にひと時の平和が訪れたのであった。






「なーーーーんて、伝説があるけど実際の現実はクソだ!」


 ダァン!!!!!!


 ロマニ王国の城下町にある、安酒を提供する酒場で、元英雄ハルは机の上にジョッキを叩きつけた。

 目の前にいる髭面のスキンヘッドの男は、そんなハルの様子に辟易していた。


「おい、飲みすぎだ。ジョッキ壊すつもりか?」

「ヒック……うるせえなぁ……俺ぁなぁ……姫のために頑張ったんだぞ……」

「完全に出来あがあっちまってら……」


 そのハルの暴落ぶりに、酒屋の店主は頭を掻く。

 目の前にいる英雄は、かつて、17歳ながらも帝国との長い戦争を生き抜き、悪竜ジーズとの死闘を経て平和を勝ち取った勇者だ。

 だが、あれから2年もこの英雄はずっとこんな調子。入り浸られる側としては頭の痛い限りだ。


 周りで飲んでいた同じ常連連中も彼を同じような目で見ていた。


「見ろよ。あの英雄様また飲み漁ってやがる」

「姫様も姫様だよなぁ。まさか帝国の将軍様の元に高飛びしちまいやがってなぁ……」

「英雄様も情けねえよなぁ。自分の女をあろうことか敵国のヤツに取られちまうなんてよ。ハッハッハ……―――っ!?」


 笑い話をする男たちの目の前にジョッキを持ったハルがいつの間にやら現れた。

 ハルは男たちを睨みつけながらも、どっかりと男たちの肩を掴んだ。

 思わず悲鳴の声をあげると、今度はハルが泣き出した。


「そうなんだよぉーーーー!ひどいよなぁーーー!そのせいで王妃様も離宮送りになっちまったり、内政も荒れまくるしで大変なんだよぉーーー!」

「あ、あぁ……ホントにひでぇ話だよなぁ……」

「ほ、ホントだよなーー……」

「おぉーー!分かってくれるかー!?そのせいで精神病みまくりなのに貴族の領地巡ったりで忙しくてよぉーー!酒を飲むこの瞬間が唯一の癒しなんだよぉーー!」


 機嫌を損ねて沙汰に発展しなかったことで、男たちはホッと胸をなでおろす。

 その後、男たちは「予定があるから」と適当に言い訳をして会計を済ませると、ハルから逃げるように去っていた。


「なんだよぉ……愚痴に付き合ってくれても……いいじゃねぇかぁ……ぐすっ」


 一人残されたハルは更にジョッキで酒を注文し、一気飲みで喉に流し込んで、机につっぷくした。

 こうして夢心地で居ると、嫌なことを思い出さないで済む。

 あの冒険の旅は、ハルにとってはトラウマを植え付けられた苦痛の日々だった。


 17歳で王国の筆頭騎士になり、更に飛竜と心を通わせる才能を見いだされ、ハルは竜騎士になった。

 そして才覚と聡明さを買われてドンドンと頭角を表していくと、なんと騎士の家系の出だというのに、王族から縁談持ちかけられた。

 出会った王女は大層な美貌の持ち主で、ハルは一瞬で心を奪われて、心酔していった。


 ある時、王女は帝国の手先により攫われてしまってから、ハルは彼女を奪還するために旅に出た。


 飛竜と共に戦い、時には仲間を作って彼らの手を借りながらも、ハルはなんとか彼女の元にたどり着く。

 そこで待っていたのは、ハルへの絶縁の言葉だった。


『ハル、大人になるって苦しいことなのよ。私はあの国での日々がずっと苦しかった……けど今は違う。レオスの元に居れば私は自由なの』


 これを聞いて呆然自失になりながら王国に戻る。

 頭の中は先ほどの言われた言葉の意味をずっと辿っていて、道中のことは仲間たちに励まされ続けたような気がするが、よく覚えていなかった。

 王に報告をすると、すぐさま戦争が勃発した。

 裏切り者を誅するべくして起こった戦いに駆り出されたハルはドンドンと心を荒ませながらも戦い抜いた。


 そこに、あの悪竜ジーズが現れた。


 ジーズは戦いを終わらせるべくして現れた過去の英傑たちの古き友だった。

 代償を伴いながらも悪の汚名を背負い戦う竜との死闘をすることになり、ジーズの犠牲で戦争は一応の決着がついた。


 旅は終われど、ハルの心は未だにささくれが胸に刺さったような気持ちだった。


「……本当に、なにやってんだろうな」


 王女の問題については棚上げ状態になり、実母の王妃は責任を追及されて離宮送りになり、王様は貴族の結束を維持するために忙殺されている。

 ハルはハルで飲んだくれに堕ちてしまい、実家からは離反して、こうして酒場で一人管を巻いている。

 時々とは言えど王の願いを聞いて、貴族領を巡って協力を要請する仕事で日銭を稼いでおり、こうして資金は尽きることはない。

 しかし、市井からの名声はすでに地に堕ちており、民衆からは『元英雄』と評されていた。


 もう、何もかもハルはどうでもよくなっていた。

 何のために戦うか、何のために頑張るか、何のために生きるか……その指標を失った。




「ごきげんよう。アナタが元英雄ハルね?」


「……っ?」




 ハルは自分に近寄ってくる足音を聞いて、顔をあげる。

 そこには年若い少女が居た。

 まるで大人のようになりたくて背伸びをしているような恰好をしている、紫色のブロンドヘア―を持つ女の子だった。

 ふわふわとウェーブがかかった彼女の髪は、まるで羊のようで柔らかそうな印象を彼女に与えている。


「ヒック……アンタは?」

「私は、ベアトリーチェ=シュティッヒ=ハイデルン」


 アメジスト色の美しく、腰まで伸ばした髪をかき上げながら彼女は言う。


「秘密結社『イルミナティカンパニー』の社長よ」


 上品そうな雰囲気はあり、年齢ながらも貫禄を感じる立ち振る舞い。


 彼女はハルに手を差し伸べた。





「英雄ハル。アナタ、悪の組織に興味はないかしら?」




「……はぁ?」




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