第6話「悪の組織、アイドルを育成する」



「……ふっ……はい……!」

「はい!ワンツーワンツー!!! そこでターン! 最後に決めポーズ!」


 ビシッとポーズを決めたティターニア。

 その後ろでロアは手を叩いた。


「はい、オッケー! なかなか今のは良かったんじゃないか?」

「ありがとうございますプロデューサー様!」

「あとは明日のサマーフェスに向けて調整するだけだな!お疲れ様!」


 ロアはティターニアに、最近またノレアが開発したというスポーツヤクルゴンを手渡し、彼女はそれを一息に飲むと、「おいしぃ~~~!」と幸せそうに笑顔を浮かべた。

 その様子を離れたところから眺めているベアトリーチェとアンジェリカ。その隣にはノレアもおり、うんうんと満足そうにうなづいて、スケジュール表を確認していた。


「お疲れ~ニアちゃん。なんとか明日の『メーブルサマーフェスティバル』に間に合ったね~!」

「ノレアちゃん。ありがとう~。ノレアちゃんがマネージメントしてくれたお陰だよ~」


 二人で手を繋いではしゃぐティターニアとノレアから、ロアは離れていく。

 そして、ロアはベアトリーチェの方へと足を勧める。

 先ほどまで来ていた金色のスーツは脱いでおり、今はレッスン用に動きやすく黒いスラックスと白シャツだけの状態で、七分袖になるまでまくっていたシャツを正しながら、ロアは一息ついた。


「ふぅ……」

「結構本格的じゃない。まさか鏡まで用意してるなんて……」

「まぁな。結構本気で取り組んでるんだぞ? アトランティスリゾートに人を呼んでくるにはまだまだ集客しないといけないからな」


 言われてベアトリーチェは部屋を眺める。

 レッスン用の部屋は前世でも見たことがあるような、壁の一面がミラーになっている白塗りの部屋で、ヒールの音もかなり響くほどに空間がある。

 流石に音楽を流すほどの機材はないが、それだけでも光景としては尊く見えた。


「ティターニアはアイドルってヤツの才能がある。これからももっと磨けば全世界に名前が知れ渡るようになるぞ」

「確かにね。愛嬌はあるし、声もよく出るし、可愛いし……でも、アンタはそれでいいの?」

「何が?」

「あの子は……ううん、やっぱいいわ」

「変なヤツ」


 口ごもるベアトリーチェに、ロアは怪訝な顔を浮かべる。


「……それで、ティターニアがなんだって?」

「掘り返さなくていいってば」

「痛っ……別に蹴らなくてもいいだろ」

「ばーか」


 若い子の気持ちは分からん……とつぶやきながら、ロアはベアトリーチェから退散していく。

 ベアトリーチェは鼻を「ふんっ」と鳴らした。

 隣でアンジェリカがニコニコといつものように笑っている。


「ベアトリーチェも苦労しますねぇ」

「楽しそうに言わないでよ」


 アンジェリカのからかいに、ベアトリーチェは面白くないと言った風にそっぽを向いた。

 それを横目に、ロアとティターニアとノレアは、拳を天井に突き上げていた。


「よーーーし! 明日のフェスは絶対成功させるぞーーー!!」

「「おおーーーーー!!」」

「大盛り上がりね……」

「うふふふ……」





 そして、『メーブルサマーフェス』本番……。

 壇上では顔を白く塗ったド派手でパンクで、まるで悪魔のようなコスチュームを身にまとった三人の男たちが、激しいギグを繰り広げていた。


「サツエイせよ!! サツエイせよ!!! サツエイせよーーーーーー!!!!」

「「「サツエイせよサツエイせよ!!!」」」


「……なにこれ?」


 舞台袖、ステージの陰でベアトリーチェは壇上の白塗りの顔の男たちを指さして言った。

 隣にはロアがおり「はぁ?知らないのか?」と意外そうな顔をした。


「『どこでも魔道具写真クラブ』……略して『DMC』の三人だ。デスメタル界隈ではレジェンド的な人気を持つバンドなんだぞ?」


 聞いたことない、とベアトリーチェは心の中でツッコむ中、ロアは自慢気に語りだす。


「ギター&ボーカルのバンドリーダーの『シュナイダー三世』は中でも圧倒的なカリスマ性があって『青い鳥瞬撮事件』とか『野鳥狩人狩り』とか様々な伝説的エピソードを持ってる凄い人達なんだぞ」


 舞台上では、シュナイダー三世がギターを客に振り上げるパフォーマンスがされ、振り回し過ぎたギターがアンプを直撃し、シュナイダー三世が感電するというハプニングに見舞われている。

 ロアの説明を、そんな荒唐無稽なパフォーマンスと一緒に聞いたベアトリーチェは「へー」と生返事をした。


「そんなヤバい人たちを、この場に解き放って大丈夫なの? この後のティターニアが埋もれちゃうんじゃないかしら?」


 ベアトリーチェが感電して担架で運び出されるシュナイダー三世を指を差しながら言う。

 対してロアは余裕そうな表情をしていた。


「そうか? こっちもなかなかなパフォーマンスを用意してきたし余裕だろ」

「アンタのその自信一体どこから来るのよ」

「逆に彼女にアイドル性がないと?」


 そういわれて、ベアトリーチェは、今までのティターニアとの思い出を探る。

 大体、色気全開の彼女の姿が目に浮かんだ。


「……いや、そんなことないわね。魔性の塊みたいな子だし」

「だろう?」


 ロアは手のひらをひっくり返す。


「それに専用パフォーマンスもレクチャーしているし、大丈夫だろう」

「なによ、その専用パフォーマンスって?」

「ん? それはな――――」


「――――みなさーーーん! こんにちわーーー!」

「「「わぁあああああああ!! ティターニアちゃーーーーん!!!」」」


 ロアとベアトリーチェが話し込んでいると、ステージの方向から歓声があがる。

 先ほどの『DMC』への歓声にも負けず劣らずな大きさの声に、ロアとベアトリーチェはビックリした。


「うおビビった。凄い歓声だな」

「そうね。あの子、このビーチで相当顔が売れてたし、このぐらいはあり得るのかも……そういえば、始まっちゃったけど、ノレアとアンジェリカは?」

「あぁ、ノレアなら、ほら……」


 ロアが観客席の最前列を指さすと、そこには大きく手をぶんぶんとティターニアに向けて振るノレアの姿があった。


「ニアちゃーーーん!! 輝いてるよぉーーーーー!!!」

「ありがとうーーー!!」


 ティターニアも手を振り返しており、相変わらず仲が良さそうな様子だった。


「しれっと有料特典の最前列席取ってる……アンジェリカは?」

「アンジェリカはあっちの物販コーナーでずっとシャツ売ってたよ」


 見ると、確かに金髪の美女がシャツ姿でニコニコと笑っていた。

 机の上には既に「完売」と立札が置かれており、既に売り切ってご満悦の様子だ。


「みなさーーーーん!! 今日は盛り上がっていきましょーーー!!」

「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」


 会場のボルテージもマックスになりながら、後ろにいる数人の楽器を持った音楽隊が息を合わせてカウントを取ると、演奏が始まった。


「お、そろそろ歌うのね」


 ワクワクと、ベアトリーチェは舞台袖から眺めていると、ティターニアは人差し指と中指をファンに向けた。




「YO!!!!!」


「――――……??????」



 ベアトリーチェの思考が停まる。

 しかし、音楽はそのまま流れていき、ティターニアはそのまま踊りながら歌い始めた。


「たとえ、『どんな』不安のタネが『萌芽』しようが『フォーカス』した明日を『ノーダウト』で進むだけ! 『消化』不良の『今日だって』昇華すれば『評価』される日がくる!!」

「「「「うおおおおおお!! すげええええ!!」」」」


「……??」


 同じ母音の言葉を組み合わせながら、rhymeを刻むティターニア。

 舞台袖のベアトリーチェは未だに困惑していた。


「……ねぇ、ロア?」

「なんだ?」

「なにこれ?」

「ラップだけど?」


 あっさりと言うロアに、ベアトリーチェは思わず顔を顰めた。


「いや、ラップだけどじゃないのよ。……アイドルよね?」

「そうだな。アイドルだ」

「どこがよ!?」


 ベアトリーチェが憤慨しながらツッコむと、ロアは首を傾げた。


「アイドルって可愛いダンスと可愛いソングで客の心を鷲掴みにするのがいいんでしょう!? これじゃなんか違うんだけど!?」

「えぇ……でもお客さん見て見ろよ。滅茶苦茶ウケがいいけど?」


「「「うおおおおお!! すげえぜティターニアちゃんーーーー!!」」」


 ステージを見ると、全員が全員、ティターニアのヒップでホップなラップに心酔いしれているようで、ノリノリな様子だった。

 ベアトリーチェはなんだか頭痛がした。


「……もういいわよなんでも」

「はぁ? 変なヤツだな」

「変なのはアンタたちよ……」


 バリバリに無駄にキレキレなダンスを踊りながらも、一息にラップを繰り出すティターニアのライブは、大歓声に満ちていった




 そして、演奏も終わり、ティターニアは頬に汗を掻きながら、なおも腹から声を出す。


「聞いてくれてありがとうーーー!! ではここからはパフォーマンスタイムです!!」

「「「「いえええええい!」」」」


 会場が更にボルテージを増す。

 まるで待ってましたと言わんばかりの声の張り上げように、ベアトリーチェはロアを見た。


「そういえば、結局聞きそびれていたけど、専用パフォーマンスってなによ?」

「あぁ、それはな。―――『枕営業』だ」


 ティターニアの思考がまた止まる。


「ベアトリーチェが言ってたやつでな。あの時はぐらかされたから、俺なりに考えてみたんだ。これをすれば仕事を貰える可能性だってあるしファンにも喜ばれる。売上も出るし最適だってな」


 ロアが自慢気に話すが、逆にベアトリーチェは真っ赤になりながら泡食った。


「ちょ、ちょちょちょ!! ちょっと待ちなさいよ! 何考えてるの!?」

「はぁ? 何を慌ててるんだよ」

「え!? だって枕営業よね!? それってまずいんじゃないの!?」

「どこが?」


 首を傾げるロア。ありえないとベアトリーチェは更に慌てる。


「どこがって……アンタ本当にわかんないの!?」

「え、なんでだよ。教えてくれよ。俺何か間違えたのか?」


 宥めにかかるロアに、ベアトリーチェは煮えきった様子で、ステージに飛び出そうとした。

 ロアが慌ててベアトリーチェの手を掴んで止める。


「ちょっと待て! まだパフォーマンス中だぞ」

「待てないわよ!何をあの子にやらせるのよホントありえないから!」

「いやいやいや、枕営業が結局なんなのか分からないけど、ベアトリーチェは一体それが何を意味してるのか教えてくれよ!」

「そ、それは……あの……」


 途端に口ごもってしまうベアトリーチェに、ロアは困惑する。

 だがしかし、舞台はすでに進行しており、もうすぐにでもパフォーマンスが始まろうとしていた。


「?? まぁいいや、そろそろ始まるぞ枕営業」

「え!? もう!? 待ちなさいよ………ってあら?」


 ベアトリーチェの視線の先、ティターニアの胸の前には、ばーーんと枕が抱えられていた。

 まくら。枕である。普通に白い布で出来た、寝室にあるもの。

 少し変わった形をしており、それがこだわられたものであることはベアトリーチェの目から見て明らかだった。


「みなさーーん! 安眠、出来ていますかー? 今度、新しく帝都に建設されるショッピングモールに出品される”高性能まくら”の営業をさせていただきまーす!」


「…………へぁ??????」


 ベアトリーチェは思考がまた止まった。

 もはや目の前で何が起こっているのか分からず、その場に立ち尽くす。


「今回商会する”高性能まくら”なのですが、何とあの『シルクスパイダー』の生糸を仕様した特別なモノでして……見てくださいこのふかふか感!たまりません!」


 どう見ても営業トークを繰り広げているティターニア。

 その横ではロアが「うまくやってるだろう?」と得意げだった。


「今日の日のために、営業トークを練習してもらったんだ。これで、建設会社インパクトでついでに作られてる家具を売ることも出来るし、ショッピングモールの宣伝も出来る、一石二鳥だ……ってどうした?」


 わなわなと肩を震わせるベアトリーチェに、ロアが問いかけると、彼女は顔を真っ赤にしていた。


「……なんでもないわよ」

「………????」


 この日、物販に追加されたシルクスパイダーの高性能まくらは飛ぶように売れたのは、言うまでも無かったのだった。




「アトリーさまーーー。いつまで拗ねてらっしゃるんですかー? そろそろ起きてくださいー」

「……ノレアうっさい」

「そんなこと言わずにー」


 翌日、ベアトリーチェはとっても機嫌が悪かった。

 原因はロア。

 遠い原因にはロア以外にも多数居るのだが、なんだか辱められたようで、ベアトリーチェはロアに対して大変拗ねていた。

 今ではベッドの中で、ふて寝を敢行しており、非常に虫の居所が悪い様子だった。


「今日はロアさんはカニ漁に行ってますし、戻ってきませんよー」

「……あんなバカのことなんて放っておけばいいのよ」

「あらら……じゃあ今日は”いいとこ”に行く予定が台無しですね」

「……なによ? その”いいとこ”って」


 ティターニア応援用の鉢巻を未だに頭に巻いていたノレアが意地悪そうに笑った。


「”おすし”っていう食べ物が最近、このメーブル漁港で始まったんですよー。なんでもアトリー様が教えたとか?」

「……おすし……」

「はい、今日はそちらに行こうと思っていたのですが、アトリー様がこの調子なら”おすし”は私が独り占めですねーーー」

「行くわ」


 ベッドからベアトリーチェがバッと飛び出した。

 服装はいつ着替えたのかパジャマから、普段着のワンピースに着替えており、準備万端といった風だった。

 思わぬ転身に、流石のノレアも少しだけ「おぉう」となる。


「良かったです。じゃあ、行きましょうか」

「えぇ……」


 未だに虫の居所が微妙に座りの悪いベアトリーチェは、ノレアを連れて寿司を食べに、漁港へと向かうのだった。


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