第5話「悪の組織、一歩前進する」



「くそっ!!! また負けちまった……!!!」


 ―――ドン!!!


 緑の柔らかな素材の机の上で、手元のカードをばらまきながら『フージ=ワラタッツィヤー』は机を拳で叩いた。

 目の前には金髪の美女がバニーガール姿で微笑んでおり、フージがばらまいたカードを丁寧に回収してから、ショットガンシャッフルをしていた。


「フフフ……残念でした。賭け札を回収しますねー」


 そういってバニーガールに身を包んだゲームディーラーのアンジェリカは手早く手元の掻き棒で差し出されていた商品券を回収する。あまりにも手慣れているような手つきだ。


「もう一回だ……もうマーグロー漁船はこりごりだっ……! この賭けに勝って俺はこの町で豪遊するっ……!」

「どうぞ。では賭け札の方をどうぞ」


 アンジェリカがトランプを五枚フージに配り、賭けられる札を目の前にしてフージ=ワラタッツィヤーは頭を抱えていた。


「勝たなきゃダメだ……勝たなきゃ悲惨がむしろ当たり前、勝たなきゃ誰かの養分っ……漕ぎ出せっ!恐れるなっ!」


 ぶつぶつと大きな一人ごとを立てながら、フージは商品券を全て投げた。


「オールインだ!こいつで決める!」

「はい、ではオープンです」


 自信満々で叩きつけた商品券の手前に、トランプを投げる。

 結果は―――


「フルハウスだ!」

「残念。ストレートフラッシュです」

「うぬぁぁぁぁあああああああああああああ!!!」


 ご愁傷さまですー。と言いながらフージの下から商品券をかっさらっていくアンジェリカ。

 対するフージはぐにゃぁぁぁぁああ……と精神が折れ曲がりながら全てを失った。


「お、おぁぁぁあ……」

「残念。ではまた明日マーグロー漁船行きですね」

「漁船は、マーグロー漁船は嫌だ……! 嫌だぁぁぁぁああああ!!!」

「警備員さんお願いしまーす」


 叫ぶフージを警備員が捕まえて連行していく。

 その光景を見て、静かにバニー姿のアンジェリカは「うふふ……」と妖しく笑っていた。




 その様子を高めから眺めている人影があった。

 カジノフロアを一望できる場所に、VIP用のカフェテリアコーナーがあり、そこで二人の男女が見下ろしている。

 一人は金色に光るスーツを纏った仮面の男、そしてその隣にはアメジストの髪色を持った美しい少女が立っていた。


「ククク……また一人と海に消えていったか……どうかな? 良い眺めだとは思わないか?」

「趣味悪いわ。アンタのそのスーツと同じで」

「ククク……」


 笑っている仮面の男に、ベアトリーチェはジトーっとした目を向ける。


「というかなんで金色なのよ。そのスーツ」

「ゴージャスに見えて、特別感があるだろう? いかにも成金って感じで」

「うん、ダサいから着るのやめて欲しいんだけど」

「人からの貰いものをダサいって言うな」

「……誰からよ?」


 それを聞かれてロアはふいっと顔を背けた。言いたくないらしい。


「まぁいいか。それで? ワタシはなんで遊ばせて貰えないのよ?」

「帝国の風営法上、カジノは18歳になるまでは禁止だ。まだお前17だし」

「今年18よ」


 フッとロアが笑う。

 含みを持たせたような笑みに、ベアトリーチェは怪訝な顔を浮かべた。

 そっと、ロアがグラスを取り出してベアトリーチェに渡すと、彼は瓶を持ち上げた。


「……お酒はいいのかしら?」

「ぶどうジュースだぞ」

「ならよし。ワタシ酒好きじゃないし」

「飲んだことあるのかよ?」

「匂いが好きじゃないのよ」

「あっそう」


 そういってロアがグラスにぶどうジュースを入れると、続けてベアトリーチェのグラスにもぶどうジュースを注ぐ。

 ロアが「乾杯」と言って、グラスをチンと鳴らす。


「悪の組織っぽいだろう? 連中が賭け事にかまけているのを上から見下ろす感じ」

「わかってるじゃない。賭け事って言っても商品券でやり取りしてるだけだけど」

「今はな」


 そう言ったロアに反応して、ベアトリーチェはあることに気が付いた。


「アンタ……まさかとは思うけど……」

「ん?」


 察したベアトリーチェは問いかけるが、ロアははぐらかそうとする。

 シラを切る様子に、ベアトリーチェは溜息をして追及を諦めた。


「いいわよ。どうせ後々分かるんでしょう?」

「あぁ、楽しみにしておくといいさ」


 ロアはそういって、席を立つと、カフェテラスから飛び降りて去っていく。

 ベアトリーチェは一人でぶどうジュースを飲み干すと、ロアの背中を目で追うのだった。

 フロアの真ん中にトンと軽い音を立てて現れた金スーツを着た仮面の男に、カジノで遊んでいた全ての人間の視線が集まる。


「皆様、お楽しみ頂けているでしょうか。今回、当遊技場にお越しくださりありがとうございます。今日は、皆様に商談があり、この場にご挨拶に参りました」


 金色のスーツを着た仮面の男はその場で優雅に一礼をする。

 数人から「おぉ」という声が上がり、一部の人間は「あれが、かの……」と始めて見たロアの風貌に感動を示した。

 さらに一部の人間は「あぁ!貴公子様!なんと麗しい!」という黄色い歓声がどこかから上がった。

 ロアは仮面をかけなおすと、ゆっくりと顔を上げた。


「まずは今日来ていただいている、貴族様方、ならびに商業組合の方々には大変お世話になっております。当リゾートが運営出来ているのはひとえに皆様のご助力によるものであります」


 再び頭を下げると、当然だと言わんばかりに煌びやかな衣服を身にまとった貴族や豪族が鼻を鳴らす。


「さて、当リゾートで現在お使い頂いているそちらの商品券なのですが、現在試験的にこの町でガルドの代わりとして利用していただいております」


 胸元から商品券を取り出し、ぴらぴらと振って見せる。


「当商品なのですが、今後、帝国中に点在するイルミナティグループ各社で使えるようにしようと考えております。そしてそのための場所も現在計画が進んでおります」


 パチンと指を鳴らすと、近くにアンジェリカが丸まった大きな紙を持って現れる。

 全員が、その金髪のバニーガール美女に注目し、そして見惚れる。

 彼女は微笑むと、丸まった紙を広げた。

 そこには大きな商業施設の草案が書かれていた。


「こちらに書かれているのは商業施設『ショッピングモール』の計画書です。当遊技場に来ていただいた方のみに開示しております。こちらでは、イルミナティグループの店舗並びに、商業組合に所属する一部の商会に出店をしていただく予定です」


 紙をパンと指で叩くと、ロアは手を広げた。


「そして現在出店して頂ける、そして出資していただける方を募集しております」


 ところどころで「おぉ」という声が上がる。

 うまく興味が引けたようで、ロアは少し安心した。


「並びに当リゾートへの出店希望等や不動産購入も募集しており、周辺の土地の購入交渉などを現在、領主のブルーノ殿と調整中です。近いうちに皆様の別荘をこのリゾートに建設出来る見通しも夢ではないでしょう」


 あからさまに貴族達の反応が良くなる。

 一部の者は「貴公子様とのプライベート別荘……フフ、フフフ……」という声が上がっていたが、ロアはあえて無視することにした。

 皆一様に個人的な別荘に興味が沸き始めたのか、前向きにロアの話に耳を傾ける。

 もはや、ロアのことを見下す者など誰もいない。

 ロアは一度大きく礼をした。


「では、ご検討のほどよろしくお願いいたします」


 締めくくると、アンジェリカを連れてロアはカフェテラスの方へと戻っていくのだった。




「ワタシ、何も聞いてないんだけど」

「そりゃ何も言ってないからな」


 ロアが戻ってくるなり、ベアトリーチェは一言ロアに言うと、さっぱりとした答えが返ってきた。

 その開き直りっぷりにベアトリーチェは大きく溜息を吐くと「いいわ」と手を振った。


「それで? 勝算はあるのかしら?」

「今後、このリゾートの土地は貴族と豪族で一杯になるだろう。その時には分割払いを組み、その利息で利益を得る」

「なるほど、あくどいわねぇ……どこでローン契約なんて覚えたのかしら?」

「ベアトリーチェですよ。ロアに自信満々教えたのは」

「そうだっけ?」


 隣にいるアンジェリカにすっとぼけた答えを言ってしまうベアトリーチェに、ロアは静かに笑みをこぼした。


「今後ショッピングモールの出店料でも稼ぐことは出来る、更には信用創造も行い、帝国にガルド紙幣を普及させ、国の経済を丸ごと頂く……ククク、まさに”悪の組織”らしいとは思わないか?」


 妖しく笑うロア。

 そんな彼に、ベアトリーチェは静かにサムズアップで返した。


「最高にクールじゃない」

「そうだろう?」

「ついでにスーツももうちょいクールにしてるともっと良かったわね」


 いまいち恰好の付かないお笑い芸人みたいな恰好をしたロアに、ベアトリーチェは苦笑した。




「あの、ロア様……」


 しばらく、三人で談笑していると、そこにバニーガール姿のティターニアが現れた。

 三人は彼女のことを見る。

 深くスリットの入った胸元と網タイツで覆われた大きな太腿がとてもセクシーだった。

 来るまでにも何人の男を狂わせたのか分からないが、とにかくそんな色気を放っている。


「ティターニアか。どうした?」

「あの、お時間になったんで、今日のレッスンをと……」

「あぁ、そんな時間か。すまない今から行こうか」

「……? どこ行くのかしら?」


 ベアトリーチェが呼び止めると、ロアは「ん?」と振り向いてこう言った。


「アイドルのレッスンだけど?」

「……アイドル?????」


 またしても何も知らないベアトリーチェは、首を傾けた。

 ロアの隣ではティターニアが恥ずかしそうにその引き締まった腰を揺らしていた。

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