第10話「謎の女幹部、暗躍する」



 ロナン帝国騎士団にある詰所、レオス=パルパの机の上には相変わらず退職届が山のような高さで置かれている。

 レオスの正面には騎士団の制服である白い外套を羽織った女性がいる。

 女性は茶髪を綺麗にまとめており、眼を隠すように布を巻いている。

 レオスは、机の上で指を組みながら、言った。


「それで、首尾のほうはどうだ?」

「はい。竜乳屋のロアは確認出来ました。現在は帝都内にいるようでございます」

「なるほど……良い手前だ。お手柄だぞ―――バーバラ=ニジュースパイ」

「ありがとうございます」


 茶髪の女性『バーバラ=二ジュースパイ』は、敬礼をして答える。

 レオスは椅子に持たれかかる。ぎしっと質の良い皮素材の椅子が音を立てる。


「しかし、貴族街に店を構えて、そこで商売……か。奴は何を考えているのだ」

「探りを入れてはみましたが、特にこれといったことは聞けませんでした」


 彼女は淡々と報告する。

 バーバラ=二ジュースパイは、ロアを対象とした組織を調査するためにレオスに派遣された『スパイ』だった。

 結果として、ロアには悟られず、店の誰からも警戒はされていない。

 スパイの仕事としては上々だった。


「”魔眼”の効き目は?」


 レオスがそう聞くと、バーバラは首を横に振った。


「強固な精神プロテクトがかかっているのか、効果が見られませんでした」

「……耐性まであるのか」

「はい。それどころか『瞳が綺麗だ』と、わたくしを口説く余裕まで見せておりました」


 レオスは溜息を吐く。

 バーバラの肩が少しだけ動揺で揺れる。


「バーバラ、貴様に与えられた任務を忘れて遊んでいたわけではあるまいな?」

「決して、そのようなことは」

「貴様の父親、ドミテモ=二ジュースパイは優秀な御仁とは伺っている。だがしかし、私はお前を遊ばせているつもりはないぞ」


 父親の名前を出されてバーバラは「父上……」とつぶやく。

 思わず、外套の端を、強く握りこんでしまった。

 その様子を見て、レオスは「いいか」と切り込んだ。


「自分の地位を守りたいのであれば、結果を示すのだ」

「結果……」

「そうだ。ヤツの裏に居る組織、そしてヤツ自身の弱みから素性まで全てを洗いざらいだ」

「かしこまりました」


 バーバラは敬礼をして答える。

 しかし、その顔は暗く、レオスに対する畏怖の念で溢れていた。

 レオスは、書類に手をつけながら、バーバラを睨んだ。


「話は以上だ。何か分かり次第すぐに来い」

「はい……失礼いたします」


 言われて、バーバラはすぐに部屋を退出した。





「……ふっ」


 バーバラは騎士団の詰所から出て、歩き出しながらふっと笑った。

 そのまま、その場を離れながら、ある場所へ向かった。


 そこはホストクラブ『スターバースト』……の近くにある貴族街の噴水広場だった。

 現在は深夜だが人通りは多い。

 貴族街は平民街とは違い、貴族の屋敷などの住宅も近く、基本的に夜にオペラハウスやレストランなどが活発に利用されており、夜の遊び場所には困らないほど明るい。

 昼間は仕事をしている貴族が多い帝国では、むしろ昼間の方が人通りが少ないのだ。

 つまり、誰かと違和感なく待ち合わせをして、人ごみに紛れて密会をするのであれば、深夜の方が都合が良いということだ。


 バーバラの方へ、ヒールの音を響かせて誰かが近づいてくる。


 その人へと視線を向ける。

 長いまるで金細工のように細やかかつ優雅に揺れる金髪、そして、白いパーティドレスのセクシーかつグラマラスな、まるで美の女神かのように錯覚させられる女性がそこに居た。

 その人は、目を細めてバーバラに微笑みかけた。


「時間通りですね。バーバラ」

「お待たせいたしまして申し訳ありませんわ。アンジェリカ様」


 それは、アンジェリカだった。

 彼女たちは噴水広場で、談笑をするかのように連れ歩く。


「首尾の方はどうでしょうか?」

「レオス将軍は我らには気づいておりませんわ。貴公子様しか未だに見えていないはずです」

「そうですか。……やはり貴女に声を掛けて正解でしたねバーバラ」

「ふふっ、光栄ですわアンジェリカ様」


 そういわれてバーバラは目元の布を取り外す。

 怪しく光る深紅の瞳が、闇の中でもひときわ輝いていた。


「やはり綺麗ですね。貴女の瞳は」

「そう言っていただけるのは、貴公子様とアンジェリカ様のお二人だけですわ。……”心透かしの魔眼”には本当に苦労させられておりましたので」

「ふふ、きっと私たちのボスでも同じことをおっしゃられますよ。あの人はカッコいいものが大好きですからねぇ」

「カッコいい……ですか。救われる気持ちですわ」


 バーバラは笑顔で言う。

 心透かしの魔眼でアンジェリカを見ても、やはり何か秘術があるのか、なにも読み取れない。

 しかし、ボスに対する信頼ある言葉は、不思議とバーバラを信じさせる説得力があった。


「それで報酬なのですが……」


 と、話を切り替えるアンジェリカは、持っていたバッグから封筒を取り出した。

 バーバラは「来た」と楽しみにしていたのか、ウキウキしていた。


「こちら、普段の報酬です。お店の代金の方、どうせ騎士団からは建て替えられてないのでしょうから、その分も」

「その通りです。本当にありがとうございます……それで……?」

「あぁ”特別報酬”の方でしたね?」


 そう言うと、アンジェリカは胸の谷間から一枚の魔道具写真を取り出した。


「こちら、チェキになります」

「きたーーーーーー!!! 貴公子様とわたくしのツーショット!! わはーーー!」


 今までのテンションが嘘だったかのように、飛び跳ねながらそれを受け取り頬ずりする。

 ちょっとだけ獣かと見まがうような鼻息を立てていた。


「やはりカッコいい……この仮面のお姿……あぁ素顔はどのようになっていらっしゃるのか気になる!きっと絶対顔面が良い!」

「ふふふ、貴女が今まで以上に頑張れば、もしかしたら見れるかも知れませんね」

「はい! 不詳、バーバラ=二ジュースパイ! 全力で取り組ませていただきますわ!」


 バーバラは月を見上げる。

 月光が二人を照らし、バーバラは月を彼に見立てて、つぶやいた。


「あの日救っていただいた御恩のため、そしてホストクラブに通うため、わたくしやり通しますわ。――――『二重スパイ』!!」


 バーバラ=二ジュースパイは”スパイ”である。

 日々、正体を隠し、他人を騙し、情報や証拠を握ることのできる潜入のスペシャリストが彼女だ。そしてさらに言えば、彼女は悪の組織にそそのかされて、ロア達の知らないところから援護する”二重スパイ”でもあった。


 帝国の夜の喧噪に、二人の怪し気な女性たちの笑い声が、消えていく。


「ふふふ……」

「うふふふ……」


 アンジェリカは気合を入れる彼女を微笑ましく思いながら、月光の下で笑っていた。


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