第9話「悪の幹部、ホストクラブで働かされる」



「はぁーい!はぁーい!はい!はい!はい!!」


「ぐい!ぐい!ぐい!ぐい!」


「「「うぇーーーーい!!」」」


 ロナン帝国、貴族街。

 そちらの裏通りにある『ホストクラブ”スターバースト”』にて、ドレスの女性がグラスを仰ぎ、周囲にいる色とりどりのスーツを着た男性たちが掛け声を上げていた。


「ぐいぐいいっちゃってー!」

「よいよいよいよい!」


 そんな中、騒いでいる群衆を少し遠巻きに眺める珍しく白いスーツに仮面の男、ロアはつぶやいた。


「……なにこれ」





「貴方、ホストクラブに興味ない?」

「……はぁ?」


 barフェリーチェのカウンターで、アッシュの作ったエビピラフをロアと共に食べていたベアトリーチェは、思いついたみたいにそう言った。

 目の前にいるアッシュが、ベアトリーチェの言葉に反応する。


「ベアちゃん。ホストクラブってなにかしら?」

「男性スタッフが、女性客をおもてなしをして、楽しく飲酒をしてもらうっていうお店よ」

「へぇーいいじゃない。なんだか貴族街のお嬢様達なら喜びそうな場所ね」

「でしょ? 最近ロアとか結構暇してるじゃない? こいつ、そうゆう女たらしだし、良いかと思って」


 となりでエビピラフを夕飯として食べているロアに指を差しながら、ベアトリーチェは言う。

 あからさまにロアは顔を顰めた。


「別にたらしこんではないだろ」

「いーえ、たらしこんでるから。いっつも誰かしら女の子に話しかけられてるじゃない」

「ビジネスとして、必要最低限な会話をしてるだけだろ」

「なら、ビジネスとして女の子に良い思いさせるのは問題ないわよね?」


 ロアはベアトリーチェの言葉に「してやられた」という表情をする。

 カウンターでフライパンを丁寧に洗っているアッシュはフッと笑った。


「ロアの負けね」

「……。」


 がっくりとロアが頭をうなだれる。

 

「じゃあ決まりね。アッシュちゃん。手伝ってくれないかしら?」

「えぇ、いいわよ。どんなお店にしようか悩むわねぇ~」

「あ、ロアは店舗の確保と資金調整ね。ノレア辺りにも話を入れて大きく出るわよ~!」


 そういって意気揚々と話すベアトリーチェに、ロアは溜息を吐いた。





「なーーーに、澄ました顔してんのよ」

「澄ましてない」


 普段のタイトスカート姿とは違い、セクシーなオフショルダーのスリットドレスを着たベアトリーチェが、ロアを見下ろして話しかけた。

 意外とスレンダーな見た目にあっており、彼女に良く似合ってるなと、ロアは思った。

 手元でぶどうジュースを弄ぶと、ロアは「で?」とベアトリーチェに問う。


「このバカ騒ぎは一体どうゆうつもりなんだ? こんな飲み方貴族は普通好まないだろ」

「ふふん、それはアンタの先入観ってヤツ。貴族のお嬢様だって普段抑圧された物が溜まりに溜まっているものなの」

「ふむ……」


 そういわれて、未だに声を張り上げている男連中のど真ん中にいるノレアを見ると、それもちょっと納得なのかも知れないと思った。

 ノレアはすっかり気分が良くなったのか、げらげらと笑いながらワインの瓶を一気飲みしていた。

 この貴族街に、ホストクラブ『スターバースト』が開業されてから数日、ノレアは資本提供による優待で毎日顔の良い男を捕まえてはホストに勧誘して豪遊しまくっていた。


「ベアトリーチェもそうなのか?」


 ふと、気になることがあったので、聞いてみるとベアトリーチェは首を振った。


「好き放題させてもらってるのにあると思う?」

「いや……ただ、あったらあったで相談して欲しいとは思っている」


 ベアトリーチェは目を丸くする。

 ぷっ、と口から息を噴き出すと、ベアトリーチェは机の上のぶどうジュースの瓶を持ち上げた。


「もう一杯いっとく?」

「それ、酒じゃないぞ」

「知ってる。もうアンタに酒を飲ませないから、ワタシ」

「……まぁ、酒を飲まないって約束だったしな」


 ロアが隠しアジトに普段住まわせて貰っている。

 その際、約束として「酒を飲まない」という約束を交わしており、その時から代わりにぶどうジュースやリンゴジュースで毎日を誤魔化している。

 ゆえに先日、こっそりジェスティ王国で酒を飲もうとして、ベアトリーチェの機嫌を損ねてしまったのは、ロアにとっては良い薬になっていた。


 だからだろうか、自分でも意外なほど素直な言葉が出たのは。


「……君には感謝している」

「急になに?場にでも酔ったのかしら?」

「いや、なんでもないよ」


 ベアトリーチェに一蹴されて、ロアは思わず笑みがこぼれながら首を横に振る。

 ちょっとだけ寂しい気持ちを仮面の裏に隠したロアを置いて、ベアトリーチェが椅子から立ち上がる。


「さて、そろそろアンタに客を寄せないとね。ワタシ一人が独占してたらノレアに怒られちゃうもの」

「独占って……そもそも俺を目当てにする客なんかいないだろ?」

「それはどうかしら? じゃあ、よろしくね」


 そう言って手を振ってクールに去っていくベアトリーチェ。

 その背格好に、思わずロアは少しだけ、カッコいいなと思った。


 一方のベアトリーチェはというと。


(フフフ……今のはとっても悪の組織っぽくてクールな去り際だったわね。これぞ『クールな女ボス』って感じ)


 と、心底上手くいって内心で自分を褒めちぎっていることを、ロアは知らない。




 しばらく一人で居ると、スタッフの誰かが客を捕まえてきたようで、ロアに声を掛けてきた。


「ロアっさん。ご指名ッス」

「わかった。今行く」


 最近、ロアの一存によって派遣会社ヤローワークの社長に昇格したサギーが、ロアを呼び出してきた。

 何故こんな場所で副業をやっているのかは、謎である。

 ロアはとりあえずサギーの言葉に従って、客の元へと向かった。


「いらっしゃいませお嬢様。この度はお越し頂きありがとうございます。ロアと申します」

「ば、バーバラと申しますわ!」


 背格好は20代の手前ぐらいだろうか。かなり手入れの行き届いた長い茶髪を首の後ろでくるりと丸くまとめた、かなり大人しそうな印象のある女性だ。

 随分と年若いお嬢様だな――とロアはじっと魅入ってしまう。

 この世界で酒が飲め始めるのは15歳からとは言え、ロアは少し気が引けた。


「では、手を取って頂けますか?」

「は、はぃ……」


 かなりドギマギと緊張した様子で、ロアが差し出してきた手に、自分の手を乗せるバーバラ。

 ロアは手袋越しに手汗と、震えを感じ取り、内心少し戸惑っていた。

 奥の席まで案内すると、ロアはバーバラを先に座らせてから、その横に着席する。


「今日は、お仕事の帰りですか?」

「い、いえ……あの、帝国で数々の経営をなさっていると聞く貴公子ロア様と会えると聞いて……今日は」


(アイツ、俺のことをどんな風に言いふらしてるんだ…?)


 この場に居ないベアトリーチェに疑念を送りつつ、目の前のバーバラと話をしながら、てきぱきとお酒を用意する。


「今日は私のお勧めでも?」

「はい!よろしくおねがいします! ……流石は貴公子様、お手前がスマートですわ」

「……そんなに見られては緊張してしまいますね」

「あ! も、申し訳ございませ―――」


 大きな声で謝罪の言葉を述べようとするバーバラの顔の前で、ロアは指を立てた。


「泣き言を言って申し訳ありません。……貴女のような気品に溢れる美女と話をすること自体、普段のわたくしには恐れ多いのです」

「……そ、そんなことは」

「ふふん、意地悪でしたかね? こちらサービスのカルアヤクルゴンになります」


 そういって、手早くおしゃべりを済ませて、ロアは机の上にカクテルを作って差し出す。

 不思議な見た目をするカクテルに、バーバラは目を輝かせた。


「これは、お酒なのですか……?」

「えぇ、こちらは当店のみで飲むことの出来るメニューなのですよ」


 ベアトリーチェが店員全員に教えたメニューは、舌の肥えた貴族にも好評だ。。

 それゆえに、噂が噂を呼ぶような勢いで、婦人会や貴族令嬢たちの間で話題になり続け、現在ではロアによるマネジメントの甲斐もあり、スタッフも順調に人気を伸ばしていた。

 当然といえば当然なのだが、それゆえに酒を飲めない契約のロアは未だに味を知らず、血の涙を流し続け居ていた。

 カルアヤクルゴンに口を付けた女性が、ほぅ……と暖かい吐息を吐いた。その顔は幸福に染まっており、その顔を見るとロアは安堵した。


「……おいしい」

「それは、よかった、です…………!!!!」

「何故悔しそうに……? な、何か飲まれます……?」

「良いですか? では、ヤクルゴンを一つ……」


 ロアはアルコールの入っていないヤクルゴンをグラスに注いで、伝票に印を付けた。

 そして、バーバラの持っているグラスに、ロアは自分のグラスを近づけた。

 ロアはバーバラの瞳を見て、あることに気づく。


「貴女の瞳の色は、とても綺麗ですね。ルビーのようだ」


 瞬間、バーバラの顔色が少し赤みを帯びた。


「え……そんな……わたくし、よく家族にはこの瞳を気味悪がられるんですが……」

「すみません。気に障りましたか?」

「いえ、そう言ってくださる人が居るんだな、と思って。……とても嬉しいですわ」


 貴族の間では、女性が気遣われるということは少なくはない。

 しかし、それは上流になればなるほど……という話であり、位の低い貴族令嬢であればあるほど、男性側も侮って対応することなど日常茶飯事だ。

 むしろ平民である方が幸福になれるような女性は、貴族の中には普通に溢れかえっており、この国ではそういった階級社会の闇を感じることは、さほど珍しくもない。

 だからこそ、こういった男性がおもてなしを全力でしてくれるタイプの場所でロマンスを味わうというのは、まるでドラッグのように下級貴族には効いてしまうのだ。


 だがしかし、この令嬢はどこか気品は感じるが、独特な雰囲気を持っていた。


 赤い瞳は確かに珍しい。

 この世界では竜人族と呼ばれた太古の血筋との混血も時折居るのだが、そのほとんどが竜の眼と呼ばれる緑色の瞳だ。

 だがそれだけではないような雰囲気を、どこか感じていた。


「では、君の瞳に――乾杯」

「は、はい……乾杯」


 ベアトリーチェから教えてもらった口説きセリフを言うと、どこからか「ぶふぉw」という笑い声が聞こえてきたが、ロアは気にしないことにした。





 酒を飲ませながら、話を聞くとどうやら騎士爵の令嬢だそうだ。


 騎士と聞くと、この国では位が高いようにも思えるが、それはあくまで平民目線での話。

 こと政治に関して言えば、口出しは出来ず、挙句領地すら与えられない。

 皇帝にとって有益であるという証明を立てられたものにしか与えられない称号ではあるが、やはり貴族階級の中では低水準になる。

 そういった軍属に付いている騎士の地位をあげようというのがレオスが推進している軍拡の目的であるとは、ロアも知っているのだが、いかんせん今の平民にとっては邪魔でしかない。

 貴族には嫌われ、平民には疎まれる。騎士爵を持つものとは、さしてそういった苦労を背負う者の代名詞だ。


「父の仕事は理解できます……わたくしが我慢すればいいことだって……でも、苦しくて」

「なるほど」


 ロアは話を聞きながら、ある人のことを思い出す。

 ララ=ジェスティ。

 彼女がロアに言った別れの言葉も、苦しい、という叫びだった。

 目の前にいる女性と、その今は会えない人を、どうしても重ねてしまうロアは黙って話を聞いた。


「頂いているお金を使ってまで、わたくしは何をしているのですかね……」

「……。」


 女性が下を向くと、ロアはカルアヤクルゴンを更に注いで、机の上に置く。


「サービスです」

「貴公子様……す、すみません……このような根暗なお話をしてしまい……」

「―――気にすることはない」


 ロアの口調が変わる。

 それは悪の組織でよく使っている。自然体の口調だった。

 バーバラの目が見開かれる。


「よかったら君の話を聞かせてほしい。硬いことは無しだ」

「よろしいのですか?」

「遠慮しないで欲しい。少し君の話が聞きたくなった」


 明らかに雰囲気の変わったロアに、バーバラは嬉しくなりながら、肩を躍らせる。


「貴公子様は、どこかやはり他の方とは違うのですわね……」

「そうか?」


 ロアは首を傾げた。

 そうして手をパンと合わせたバーバラは話を戻した。


「では、今日はわたくしの愚痴に付き合ってくださいましね」

「あぁ、喜んで」


 そうして、時間がオーバーしてしまうまで、バーバラの愚痴に付き合うのだった。




「今日はありがとうございました。貴公子様」

「いや、こちらこそ。君にはまた是非来てほしい」

「……ふふ、勘違いしてしまいそうですわ」

「そうゆうお店だからな」


 気づけば長い時間話し込んでしまった二人は、片付けを始めた店の外。

 そこで、リップサービスを受け取ったバーバラは、帰りの馬車に乗り込む。


「では、ごきげんよう。貴公子様」

「あぁ、また会おう」


 お願いします。とバーバラが騎手に言うと、ゆっくりと馬車が動き出す。

 最後まで嬉しそうにしながら、酒に酔って帰っていくのを、ロアは手を振って見送った。


「―――随分と楽しそうだったわね」


 ロアの顔を覗き込みながら、いつのまにか隣に来ていたベアトリーチェは言った。


「売上的には全然ダメね。まったく……何処かで教育を間違えたかしら?」

「短絡的な思考で商売をするのは二流だぞ、ベアトリーチェ。商売は定期的に定額を貰えるようにするのが基本だ……って言ったのお前だろう?」

「そうね。でもあの客がずっとべったりだったのは……こう、なんというか……むぅ」


 もごもごと小声で喋りだしたベアトリーチェ。

 ロアは、そんな彼女を置いて、店の方に振り返る。

 ふと、ベアトリーチェがロアに「ねぇ」と声を掛けてきた。


「アンタ、なんであんなにあの子を気にしたの?」

「……似てたんだよ。誰かに」


 それだけ言うと、ベアトリーチェは……


「やっぱアンタ、ホストの才能あるんじゃない? 女たらし、死んじゃえばーか」


 と舌をべっと出して言うと、店の中にちょっと勇み足で戻っていくのだった。

 なんなんだ。とロアは困惑しながら、ベアトリーチェが入ったのを見送る。


 一度、馬車が消えていった闇の向こうを眺めて、ロアはつぶやいた。


「……姫様も、あんな感じで、苦しんでいたのかな」


 ロアは片付けの手伝いにかかるのだった。



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